暁の黄泉鴉 作:マサイのゴリラ
焼き払われ、火の粉の散る社長室。
全て割れた窓ガラスからは、外界の闇──ではなく、空を赤黒く染める光が差し込んでいた。
目の前に立つ、異形の鴉から視線を離せない玉藻。
彼は歓喜に震えながら、口を開いた。
「最高だ鴉……。それを待っていた。それが、瑞子をも破った力か……!」
「……」
燃え盛る鴉を前にして、玉藻は依然として笑っていた。
絶対と謳った結界を破られ、それでも彼の自信と余裕は崩れない。
「玉藻」
「うん?」
「お前は、神になるつもりは無いんだってな」
「……ああ。そうだが」
鴉は玉藻の目の前で微動だにせず、問う。
その意図が何なのかは玉藻にもわからなかったが、質問には返答した。
鴉は言葉を続ける。
「人間を愛するくせに、人間を守ろうとしない。所有欲ばかりの神を軽蔑し、だから神に弓引くことを決めた。と、そう言っていたな」
「……」
「お前は人間を愛してはいない。だが、何もかも全てを手中にし、制御しようとする。
鴉は言葉を止めず、語気を強めていく。
「お前の嫌った、神と一体何が違う」
「……それは、少し的外れな──」
「神の座に、"王"として座るんだろ? この世の支配者として」
「……!」
それは玉藻への矛盾の指摘である。
玉藻は、神がこの世の頂点として相応しくないという意図で、神のスタンスを糾弾した。
神と王は違う。
神は永遠。自律的であり、権威の源泉を己の中に内包し、完結する。
王は歴史的。他律的かつ、権力の本来の所有者から委任される支配者である。
玉藻が王を目指す理由とは、他者に「支配者は玉藻しかいない」と認めさせるという目的に起因する。
「もう一度聞くぞ。何が違う。この世の頂点に立とうとするやつが、それまで立っていた不完全な者の、不完全な要素を受け継いで何の意味がある」
「私はまだ、頂点に立ってすらいない。私はまだ日本の王者だ……。その論理にはまだ当てはめられないよ」
「そうか」
玉藻の返答は
それを聞き、鴉はそれ以上言及しようとすることもなく、簡単に話題を切り上げた。
「だが、それでわかったな。お前に"頂点"は似合わない」
刀を握る、鴉の手に力が入る。
それを察した瞬間、玉藻は鴉が動き出すよりも速く攻撃を繰り出した。
妖力光線が鴉の胸を貫く。
「なに……!?」
光線はたしかに鴉を貫いた。
だが、その胸の穴は赤黒い炎に包まれて瞬時に塞がり。
完全に修復される。
「お前の
「!?」
「フン!!」
鴉は左手を玉藻の目の前に構えると、暗い炎を爆発させた。
爆炎は加山の姿をした玉藻を瞬く間に呑み込む。
「うッ……!!」
暗い炎は玉藻にまとわりつくように。
加山の姿を焼き溶かしていき、玉藻は脱皮するように妖力の膜を脱ぎ捨てる。
炎は捨てられた妖力の膜に燃え移り、消し炭にした。
玉藻はいつもの姿となるが、スーツの袖は黒ずんで焦げていた。
「……妖力を、焼いているのか。一体何の……」
「はぁあああッ」
「くっ!」
玉藻は手刀に妖力を纏わせ、鴉の斬り上げ攻撃を防いだ。
刃は止められたものの、鴉の赤黒い炎までを食い止めることは"
炎は、手刀を覆う黄金の妖力に燃え移る。
「これはっ、中々に厄介な……!」
玉藻の頬を汗が流れた。
赤黒い炎はすぐさま玉藻の手を、袖を焼いていく。
鴉は次の攻撃の予備動作へ移っており、玉藻へ追撃を図ろうとしていた。
「死ね、玉藻!」
「君がな!」
玉藻は鴉に向けて燃える手を突き出した。
直後、妖力を手のひらから爆発させ、鴉の体を消し飛ばす。
社長室のあるフロアを丸ごと吹き飛ばすほどの妖力の
「くぅっ……!」
(妖力を焼く妖力……! これは……やはり、
窓枠から本社ビルの外に放り出された玉藻は、そのま空中を浮遊していた。
滞空しながら、煙を上げる本社ビルに目を向けている。
「……火傷ね。これもまた、久しぶりだ」
玉藻の右袖は半分消え、前腕が露出する。
そしてその肌には、発赤と水泡ができていた。
「ん?」
ヒリつく腕の感覚を無視しようとしていた矢先、玉藻の眼下では異様な光景が広がった。
赤黒い炎が、本社ビルを中心として地上を覆いつくす。
洪水が引き、磯の匂いの残る更地を今度は火の海が襲った。
「……なるほど。鴉はあれでも死んでいない……ということを示したいわけではない。これは
玉藻は上空から地上を見下ろしながら、鴉の意図を推察する。
「あの炎の妖力を地上いっぱいに広げることで、鴉自身が放つ妖力を隠している。森の中に木を隠すように──」
自身の位置をわからなくする。
それを目的としているならば、鴉の取った行動は正しい。
しかし、玉藻はその不完全さも指摘する。
「君がビルから地上に落ちたことは、わかりきっているんだがね……」
鴉はもうビルの中にはいない。
玉藻はそれを理解していた。
「さてと、どうしようか……。鬼ごっことかくれんぼはあまり好きじゃないんだが──」
玉藻は自身の背後に気配を感じる。
それとまったく同じものを。
玉藻はバッと振り返った。
「こいつは…………!」
真夜中の空は赤黒く染まり。
玉藻の目の前には、その主たる巨大な"暗い太陽"が浮かんでいた。
そしてそれは、鴉とまったく同じ妖力を放っていた。
「……そうか。そういうことだったのか……。なるほどね、
しばらく太陽を見上げていた玉藻。
太陽を睨み続けた彼は、納得したように頷く。
「"妖を殺す妖"ね……」
玉藻は太陽の正体を知っていた。
「なーーんで鴉の味方をしてるだとか、どうしてここに現れたのかとか……。気になることはあるにはあるが……ただねぇ、予想は超えなかったかな」
玉藻は独り言を続ける。
あるいは、その太陽に向けて言っていた。
想定通りの想定外。
それが、玉藻の太陽に対する評価だった。
「まだ見ぬ"大妖魔"とかを期待していたけど、ただの大妖怪か。これ以上面白いものは見れそうにないかな」
玉藻は太陽に向け、手を突き出した。
その手のひらに紫電色の妖力が収束する。
「撃ち落としてやるか」
妖力が充填される。
爆発的に高まった玉藻の妖力は、いつか『四凶』にお見舞いした"
太陽を撃ち落とす。
神話的な、一撃を放たんとする。
「……!」
妖力を撃ち出すその瞬間、玉藻は背後を振り返る。
再び、ある気配を察知した。
だがそれは妖力ではない。
空を掻き切る、高周波音だった。
『ラプター1より各機、目標『オメガ』を視認。これより攻撃体制に入る。ラプター2から5、
『ラプター2、了解。こちらも目標を確認した』
『3、4、ステーションに到達』
『ラプター5、了解。熱源センサー同期、目標を確認した。作戦行動を開始する。
赤黒い空の雲を切り裂き、
五つの黒い影は、駆動音を響かせて飛行する戦闘機。
細長い機首、三角形の主翼を特徴とした世界有数、超高性能のジェット機の編隊が、向かってきていた。
「ほう……あれは……」
戦闘機編隊は、五機それぞれがバラバラに散開して東饗を囲むように飛ぶ。
そのうちの一機は、まっすぐ玉藻に向けて飛行していた。
機体の下には、目立つ弾頭が抱えられており。
玉藻は編隊の正体と、彼らの目的を理解した。
「面白い……。とっくに洪水で滅んだ東饗に、さらに追い討ちをかけようというのか。核弾頭で!」
玉藻は向かってくる戦闘機に体を向ける。
そして、背後から黄金の光を漏らした。
「国連だな……。こういうことをするのは。虫の息ではあったが、完全に潰れてはいなかった。そっちがその気なら、私も全力でもてなしてやろう。科学に生きる人間よ、神秘の恐怖を知るがいい!」
ラプター1、部隊のリーダーもまた、ヘルメットの中で闘志の火を揺らした。
『復讐の時だ、"Demon Fox"。祖国の仇を取らせてもらう』