暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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127.想定通りの想定外

 焼き払われ、火の粉の散る社長室。

 全て割れた窓ガラスからは、外界の闇──ではなく、空を赤黒く染める光が差し込んでいた。

 目の前に立つ、異形の鴉から視線を離せない玉藻。

 彼は歓喜に震えながら、口を開いた。

 

「最高だ鴉……。それを待っていた。それが、瑞子をも破った力か……!」

 

「……」

 

 燃え盛る鴉を前にして、玉藻は依然として笑っていた。

 絶対と謳った結界を破られ、それでも彼の自信と余裕は崩れない。

 

「玉藻」

 

「うん?」

 

「お前は、神になるつもりは無いんだってな」

 

「……ああ。そうだが」

 

 鴉は玉藻の目の前で微動だにせず、問う。

 その意図が何なのかは玉藻にもわからなかったが、質問には返答した。

 鴉は言葉を続ける。

 

「人間を愛するくせに、人間を守ろうとしない。所有欲ばかりの神を軽蔑し、だから神に弓引くことを決めた。と、そう言っていたな」

 

「……」

 

「お前は人間を愛してはいない。だが、何もかも全てを手中にし、制御しようとする。()()()()()()()、不幸を振り撒く」

 

 鴉は言葉を止めず、語気を強めていく。

 

「お前の嫌った、神と一体何が違う」

 

「……それは、少し的外れな──」

 

「神の座に、"王"として座るんだろ? この世の支配者として」

 

「……!」

 

 それは玉藻への矛盾の指摘である。

 玉藻は、神がこの世の頂点として相応しくないという意図で、神のスタンスを糾弾した。

 神と王は違う。

 神は永遠。自律的であり、権威の源泉を己の中に内包し、完結する。

 王は歴史的。他律的かつ、権力の本来の所有者から委任される支配者である。

 玉藻が王を目指す理由とは、他者に「支配者は玉藻しかいない」と認めさせるという目的に起因する。

 

「もう一度聞くぞ。何が違う。この世の頂点に立とうとするやつが、それまで立っていた不完全な者の、不完全な要素を受け継いで何の意味がある」

 

「私はまだ、頂点に立ってすらいない。私はまだ日本の王者だ……。その論理にはまだ当てはめられないよ」

 

「そうか」

 

 玉藻の返答は詭弁(きべん)だった。

 それを聞き、鴉はそれ以上言及しようとすることもなく、簡単に話題を切り上げた。

 

「だが、それでわかったな。お前に"頂点"は似合わない」

 

 刀を握る、鴉の手に力が入る。

 それを察した瞬間、玉藻は鴉が動き出すよりも速く攻撃を繰り出した。

 妖力光線が鴉の胸を貫く。

 

「なに……!?」

 

 光線はたしかに鴉を貫いた。

 だが、その胸の穴は赤黒い炎に包まれて瞬時に塞がり。

 完全に修復される。

 

「お前の()()姿()もいい加減に見飽きた」

 

「!?」

 

「フン!!」

 

 鴉は左手を玉藻の目の前に構えると、暗い炎を爆発させた。

 爆炎は加山の姿をした玉藻を瞬く間に呑み込む。

 

「うッ……!!」

 

 暗い炎は玉藻にまとわりつくように。

 加山の姿を焼き溶かしていき、玉藻は脱皮するように妖力の膜を脱ぎ捨てる。

 炎は捨てられた妖力の膜に燃え移り、消し炭にした。

 玉藻はいつもの姿となるが、スーツの袖は黒ずんで焦げていた。

 

「……妖力を、焼いているのか。一体何の……」

 

「はぁあああッ」

 

「くっ!」

 

 玉藻は手刀に妖力を纏わせ、鴉の斬り上げ攻撃を防いだ。

 刃は止められたものの、鴉の赤黒い炎までを食い止めることは"武甕雷(たけみかづち)"でも不可能であった。

 炎は、手刀を覆う黄金の妖力に燃え移る。

 

「これはっ、中々に厄介な……!」

 

 玉藻の頬を汗が流れた。

 赤黒い炎はすぐさま玉藻の手を、袖を焼いていく。

 鴉は次の攻撃の予備動作へ移っており、玉藻へ追撃を図ろうとしていた。

 

「死ね、玉藻!」

 

「君がな!」

 

 玉藻は鴉に向けて燃える手を突き出した。

 直後、妖力を手のひらから爆発させ、鴉の体を消し飛ばす。

 社長室のあるフロアを丸ごと吹き飛ばすほどの妖力の奔流(ほんりゅう)を放ち、玉藻の体も後方へ飛んだ。

 

「くぅっ……!」

(妖力を焼く妖力……! これは……やはり、黄泉(よみ)由来の力じゃないな。黄泉の神以外の、別の(あやかし)の加護がもたらされている)

 

 窓枠から本社ビルの外に放り出された玉藻は、そのま空中を浮遊していた。

 滞空しながら、煙を上げる本社ビルに目を向けている。

 

「……火傷ね。これもまた、久しぶりだ」

 

 玉藻の右袖は半分消え、前腕が露出する。

 そしてその肌には、発赤と水泡ができていた。

 

「ん?」

 

 ヒリつく腕の感覚を無視しようとしていた矢先、玉藻の眼下では異様な光景が広がった。

 赤黒い炎が、本社ビルを中心として地上を覆いつくす。

 洪水が引き、磯の匂いの残る更地を今度は火の海が襲った。

 

「……なるほど。鴉はあれでも死んでいない……ということを示したいわけではない。これは撹乱(かくらん)だな」

 

 玉藻は上空から地上を見下ろしながら、鴉の意図を推察する。

 

「あの炎の妖力を地上いっぱいに広げることで、鴉自身が放つ妖力を隠している。森の中に木を隠すように──」

 

 自身の位置をわからなくする。

 それを目的としているならば、鴉の取った行動は正しい。

 しかし、玉藻はその不完全さも指摘する。

 

「君がビルから地上に落ちたことは、わかりきっているんだがね……」

 

 鴉はもうビルの中にはいない。

 玉藻はそれを理解していた。

 

「さてと、どうしようか……。鬼ごっことかくれんぼはあまり好きじゃないんだが──」

 

 玉藻は自身の背後に気配を感じる。

 祢々(ねね)と鴉が戦った際、感じ取った膨大な妖力。

 それとまったく同じものを。

 玉藻はバッと振り返った。

 

「こいつは…………!」

 

 真夜中の空は赤黒く染まり。

 玉藻の目の前には、その主たる巨大な"暗い太陽"が浮かんでいた。

 そしてそれは、鴉とまったく同じ妖力を放っていた。

 

「……そうか。そういうことだったのか……。なるほどね、()()が……」

 

 しばらく太陽を見上げていた玉藻。

 太陽を睨み続けた彼は、納得したように頷く。

 

「"妖を殺す妖"ね……」

 

 玉藻は太陽の正体を知っていた。

 

「なーーんで鴉の味方をしてるだとか、どうしてここに現れたのかとか……。気になることはあるにはあるが……ただねぇ、予想は超えなかったかな」

 

 玉藻は独り言を続ける。

 あるいは、その太陽に向けて言っていた。

 想定通りの想定外。

 それが、玉藻の太陽に対する評価だった。

 

「まだ見ぬ"大妖魔"とかを期待していたけど、ただの大妖怪か。これ以上面白いものは見れそうにないかな」

 

 玉藻は太陽に向け、手を突き出した。

 その手のひらに紫電色の妖力が収束する。

 

「撃ち落としてやるか」

 

 妖力が充填される。

 爆発的に高まった玉藻の妖力は、いつか『四凶』にお見舞いした"天魔照(あまてらす)"に匹敵するほどのものに膨れ上がった。

 太陽を撃ち落とす。

 神話的な、一撃を放たんとする。

 

「……!」

 

 妖力を撃ち出すその瞬間、玉藻は背後を振り返る。

 再び、ある気配を察知した。

 だがそれは妖力ではない。

 空を掻き切る、高周波音だった。

 

 

『ラプター1より各機、目標『オメガ』を視認。これより攻撃体制に入る。ラプター2から5、散開(スプレッド)

 

『ラプター2、了解。こちらも目標を確認した』

 

『3、4、ステーションに到達』

 

『ラプター5、了解。熱源センサー同期、目標を確認した。作戦行動を開始する。攻撃準備(アームド)

 

 

 赤黒い空の雲を切り裂き、東饗(とうきょう)の跡地に踏み入る者たちがいた。

 五つの黒い影は、駆動音を響かせて飛行する戦闘機。

 細長い機首、三角形の主翼を特徴とした世界有数、超高性能のジェット機の編隊が、向かってきていた。

 

「ほう……あれは……」

 

 戦闘機編隊は、五機それぞれがバラバラに散開して東饗を囲むように飛ぶ。

 そのうちの一機は、まっすぐ玉藻に向けて飛行していた。

 機体の下には、目立つ弾頭が抱えられており。

 玉藻は編隊の正体と、彼らの目的を理解した。

 

「面白い……。とっくに洪水で滅んだ東饗に、さらに追い討ちをかけようというのか。核弾頭で!」

 

 玉藻は向かってくる戦闘機に体を向ける。

 そして、背後から黄金の光を漏らした。

 

「国連だな……。こういうことをするのは。虫の息ではあったが、完全に潰れてはいなかった。そっちがその気なら、私も全力でもてなしてやろう。科学に生きる人間よ、神秘の恐怖を知るがいい!」

 

 

 

 ラプター1、部隊のリーダーもまた、ヘルメットの中で闘志の火を揺らした。

 

『復讐の時だ、"Demon Fox"。祖国の仇を取らせてもらう』

 

 

 

 

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