暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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13.『覚』

『報酬として俺の首を望むか。あくまでも』

 

「話を聞いてなかったのか? 俺はお前の走狗になるって言ったんだ。立場としてはお前の方が上……。その見返りとして、お前の首を寄越せって話だ。それぐらい求めても構わんだろ」

 

『……馬鹿な奴だ。だが……』

 

 鴉は本心では茨木童子の手駒となることは望んではいない。

 だが、彼が考えを改めたのにはこんな理由がある。それは至ってシンプルなものだ。

 茨木童子は高圧的な態度だけで終わらず、自分たちの弱みと不利な状況を鴉に教えた。それを利用され、他の四大財閥と潰し合いが行われることも予想できたはずだ。

 つまり、彼はそんなリスクを覚悟の上で鴉に話を持ちかけたということになる。

 弱みというのは、鴉にとって信頼の証でもあった。

 

「馬鹿はお前もだがな」

 

『フ……面白い鴉だ。気に入ったよ……。取引は成立だ。近いうちにまた連絡を寄越す。そのスマホは肌身離さず持っておけ』

 

「わかった」

 

『早いところ帰ってやれよ。あの人間の女、今頃お前の帰りを首を長くして待っていることだろう』

 

「余計な世話だ」

 

 鴉がそう言った瞬間、プツリとスマホの画面が暗転する。唯一の光源を失った部屋は完全な闇に閉ざされた。

 と思われたが、背後からスマホの画面よりも弱々しい光が差し込んでいるのがすぐにわかった。

 鴉が振り向けば、人一人何とか出入りできそうなサイズの窓があり、そこから街の光が入ってきていたのだ。この部屋が街の中心からは遠い場所にあることも景色を見ればわかる。

 

 鴉はスマホを服の中に仕舞うと、窓を開けて部屋を出る。

 どこかの建物の一室かと思っていた鴉だったが、実際はその場所は建物の屋上、そこに置かれたコンテナルームだった。

 夜風に髪とコートを靡かせながら、彼は加山の住んでいるマンションへと向かうのだった。

 

 

「……」

 

「どうした、倅殿。鴉のことが気になるのか? 時間は……まあ、間に合ったろう。奴が来るまでには鴉も離れている。案ぜずとも、GPSを確認すればよい」

 

「……フンッ……」

 

「鴉が首を縦に振らなければ、玉藻に奴を売る……。そんなことにならずに済んで良かったな」

 

 

 数分後、そのコンテナの前にも何者かが降り立つ。

 黒髪で、ボロ布を纏った青年だった。

 東饗政樹病院での戦いの後、鴉と加山の目の前に現れたあの青年だった。尤も、その正体は変身した玉藻であるのだが。

 

「……おいおい、誰もいないじゃないか。茨木が鴉を捕まえたって聞いたから来たのになぁ。逃げられてるぞ?」

 

 もぬけの殻になった部屋の中を見渡しながら、玉藻は呟く。

 

「ま、それでいいんだがね。いつも通り殺してちゃあ、つまらないってものだ。お次は誰を鴉にぶつけようか……。朧車、火車……いや片輪車……。ん? 全部車だな」

 

 

───────────

 

 

 時刻は午後八時を回った頃、鴉は加山の住んでいるマンションに到着した。

 およそ十時間前と同じようにベランダに跳び上がり、窓を透過して部屋の中に入る。鴉は高い霊力や妖力を持たないものは自由にすり抜けられるのだ。

 リビングの電気は点いており、それは窓の外からもわかっていた。足を踏み入れた鴉を出迎えたのは加山。そして、あの浮浪者の妖怪だった。

 

「鴉! 無事だったのね……」

 

「ああ。……連れてきたのか? そいつを」

 

「ええ……まあ。あの後、酷く苦しんで……ここで介抱してたのよ。大丈夫、何もされてないわ」

 

「お騒がせしたな」

 

 妖怪はソファに腰を埋めたまま、小さく頭を下げる。

 昼間に見た時の格好とは打って変わって、小綺麗な服に着替えていた。髪や肌も汚れが落ちて綺麗になっており、加山の風呂を借りたらしいことがわかる。

 

「もう問題が無いなら、とっとと帰ってもらった方がいい。妖力が漏れてる」

 

「……いいの?」

 

 加山は小さな声で鴉に尋ねる。

 彼女が言いたいことはわかる。妖怪なのに、鴉として彼を殺す必要は無いのかということだ。無論、問題はない。

 

「こいつに黄泉の香りは無い。つまり、一度も死んでいない妖怪だ。珍しい生き残りだな」

 

 鴉の使命は黄泉の国から逃げ出した妖怪を連れ戻すこと。一度も死んでおらず、黄泉に行ったことのない妖怪を殺す必要は無いのである。

 

「だが、こいつがこの部屋にいることで他の妖怪の興味を引く。お前も早く帰れ」

 

「まぁ待ってくれ、鴉。俺はあんたと話したいことがあってな。ここで待ってたんだ。悪かったな、加山さん」

 

「俺と話したいだと?」

 

 妖怪は腰を上げ、鴉の目の前に立つ。

 昼間に会った時は小柄に見えた彼だが、見た目を良くした今では鴉とほぼ変わらない体格になっていた。

 妖怪は鴉に聞く。

 

「鬼童丸にあの後殺されてないということは、あんた、もしかして茨木童子に会ったんじゃないか?」

 

「会ってはない。話はしたが」

 

「そうなの? 一体何を話してたの」

 

「それは……」

 

「スマホか」

 

 鴉が口にしようとした瞬間、妖怪は口を挟む。

 

「ああ……よくわかったな」

 

 鴉は服の中に仕舞っておいたスマホを取り出した。

 

「鬼たちは俺と接触してるってことを他の四大財閥に知られたくなかったようだ。だから対面で話はせず、こいつを通して話をしていた」

 

「"茨木童子と手を組む"って話だな?」

 

「えっ!?」

 

「……お前、まさか」

 

 妖怪は再び口を挟む。

 加山は彼が口走った内容に驚愕し、鴉はそこまで知っている妖怪を訝しむ。そして、すぐに彼の正体について見当がついた。

 だが鴉がそれを言葉にする前に、三度妖怪が口を開く。わかっていたかのように。

 

「ご名答。そうだ、俺は(さとり)。心を読める妖だ」

 

「やっぱりそうか」

 

 鴉はため息混じりに呆れた様子を見せる。

 普通に自己紹介をすればいいものを、わざわざ力をひけらかして正体を明かす。覚という妖怪の本能なのだろうか。

 そんな二人のやりとりに割って入り、加山は話を戻そうとする。

 

「そんなことより! 鴉、茨木童子と手を組んだって本当なの? どういう意味なの?」

 

「四大財閥の妖怪どもを倒したいという利害一致だ。まあ、茨木童子も四体のうちの一角なんだがな」

 

「利害一致って……」

 

「鴉に代わって俺が話そう。あの辺りの事情は、俺の方が詳しいだろうからな」

 

 せっかく立ち上がった覚は再びソファに腰を下ろす。

 鴉もテーブルの椅子を引き、そこに座った。

 

「四大財閥のトップに立つ妖……玉藻、瑞子、月兎、茨木童子はこの国を取り合っている。表立って戦争をしているわけじゃないが、今のところはずっと睨み合いが続いている状態だ。奴らは金の力を使い、政府を超えてマスコミや軍にすら影響を及ぼしている……これは知っているな? それは奴らが日本を己が手にするための段階の一つだ」

 

「じゃあ、茨木童子は鴉を味方につけて日本の取り合いに決着をつけようっていうの? それなら鴉、考え直すのよ」

 

「まあ待て。はっきり言うが、鴉が単身奴らを倒すのはほぼ不可能と言っていい。鬼たちと組んだ方が、まだ現実的だ」

 

「そんな! それでも最後に日本を乗っ取られたら本末転倒じゃない!」

 

「最終的に鬼とぶつかり合うにせよ、そこまで漕ぎつけるまでの苦労を考えれば遥かに手を組んだ方がいい。四大財閥の連中は、日本より巨大な国を滅ぼして回った……神の如き大妖怪たちだからな」

 

「「!? 国を……滅ぼした?」」

 

 加山と鴉は一緒になって驚嘆する。

 覚はそんな二人に対して淡々と告げた。

 

「奴らが日本に集中するよりも前……いや、先にこっちの話をするべきか。加山さん、あんた、海外の話が以前よりも耳に入ってこなくなったと思わないかな?」

 

「え? まあ……そんな気もするけど……」

 

「四大財閥の連中はその時だけ結託し、海外の国々に戦争を仕掛けた。月兎は欧州を、瑞子は豪州を、鬼どもは米国を、そして玉藻は中国を……。たった一晩にしてそれらの国は落ち、日本を世界の頂に立たせられる最低限の力を持っている程度にまで、悉く破壊し尽くしたんだ。そして金に物を言わせ、情報統制を行いマスコミを黙らせている」

 

「……っ!! そんな…………!」

 

 覚の口から語られた衝撃の事実。加山は驚きの表情を見せ、唖然としていた。警察に身を置きながら、そんな情報は一切入ってこなかったのだから。つまり、病院の屋上で出会ったあの青年が言うように、警察すらも財閥の手にあるということなのか。

 だが、ここで一つ疑問が生まれる。

 鴉はそれを覚にぶつけた。

 

「待て、覚。お前どうして加山ですら知らないことをそんなに知っている? お前、何者なんだ? 鬼童丸たちに利用されていただけなんじゃないのか?」

 

「ああ、その通りだ。俺は……いや、()()()は赫津鬼会に利用されていた。奴隷としてな」

 

「どういう意味だ」

 

「赫津鬼会は死んだことのない妖を攫い、奴隷同然の扱いをしている。その中でたまたま鬼童丸や茨木童子の顔を見ることもあってな。その時に奴らの心を読んだんだ。単にそうした話が耳に飛び込んできたっていうのもあるがな……」

 

「妖怪が、妖怪を奴隷として? どうしてそんなことを……」

 

「さあな。だが、さっき話した内容の中に四大財閥で鬼どもだけ他の妖と違う部分があった。一箇所だけだ。わかるか?」

 

 覚が尋ねるが、二人とも沈黙で応答する。

 しばらく考えて、加山が手を上げた。

 

「もしかして、国を滅ぼしたのところ? 他の妖怪は一体だけでやってるのに鬼だけ集団でって……」

 

「その通りだ。はっきり言えば、赫津鬼会は四大財閥の中で最も力が弱い組織だ。玉藻や瑞子たちと張り合えているのが不思議でならない。奴らと張り合える、()()()()()()が……赫津鬼会にあると俺は考えている」

 

「その辺りはお前の力でもわからなかったのか」

 

「まあな……。あの時は余裕が無かった。また顔を見れさえすれば、読めるんだがな……。だが、ここでチャンスが生まれた」

 

「鬼と俺が手を組むってのがそれか」

 

「ああ。俺からあんたへの依頼だ。そしてそれはきっと、将来的にはあんたにとっても役に立つ情報になるはずだ。あんたに暴いてもらいたい。赫津鬼会の、秘密を」

 

 

 

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