暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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14.次なる刺客

「赫津鬼会の秘密……もしそれを知れたら、鴉は鬼に対して有利な状況になれるかもしれないわ」

 

 加山が頷く。

 暴いてほしい。そう言うということは、基本覚は鬼たちに関わらない立ち位置にい続けるつもりであるのだろう。直接鬼と会ったり近づくようなことがあれば、彼は情報流す上に心の読める危険因子であり、即抹殺される危険もある。

 だから茨木童子と手を組んだ鴉が秘密を暴きに行くのがよい。そういうことだ。

 しかし、鴉には疑問が一つあった。

 

「……覚、どうしてお前は赫津鬼会の秘密を知りたいんだ? お前は俺に秘密の件を教えるだけでいいものを、わざわざ俺に暴くことを依頼した。どうしてもそこが腑に落ちない。お前に何の利益がある」

 

「利益、か」

 

 覚は再び立ち上がる。

 そして鴉の目をじっと見て、答えた。

 

「そんなものはない……。お前が鬼共(あいつら)を倒すのに役立ててほしい……そして、俺の仲間たちの無念を晴らすのをお前に託したいだけだ」

 

「それをするのが、お前自身じゃ駄目なのか」

 

「ハッキリ言ってしまえば、俺はもう心が折れた。奴らの力と恐怖に屈したんだ。あいつらの妖力を当てられただけで、体が竦んで動けなくなる。おまけに、力も鬼より弱いからな……。逆立ちしても勝てやしない」

 

「……」

 

 覚の言葉を聞き、鴉は彼に鋭い眼差しを送る。

 覚の仲間というのは、おそらく同族に限らず一度も死なずに今まで生き残ってきた妖怪たちのことを言うのだろう。彼らは鬼に奴隷として働かされていた。

 覚が鬼に報復を願い、仲間の無念を晴らしたいと思うほど、それは過酷な状況だったに違いない。

 しかし、鴉は……

 

「秘密は暴きに行く。だが…‥お前らの無念はどうでもいい」

 

 口にした言葉はそれだった。

 

「鴉、そんな言い方……」

 

「加山。(こいつ)は丁度いいところにやって来た俺に全部背負わせて、自分は安全な場所に閉じこもってようとするクズだ。生き残りの妖怪を殺すのは俺の使命じゃないし、俺も殺そうとは思わないが、こんなヤツは死のうが喰われようがどうでもいい」

 

「鴉……」

 

「いいか? 覚。無念を晴らしたいならお前の手でだ。他人に頼むな。時間と、都合の良い誰かが解決してくれるものだと思うんじゃない。禍根を消せるのは自分だけなんだよ」

 

 鴉はいつもよりドスの効いた声で覚に言う。覚も、そんな鴉の様子を見て閉口していた。「丁度いいところにやって来た鴉に」「使命のついでに仲間の無念を」。それが、鴉の逆鱗に触れたのだ。

 それを加山も悟ったのか、言い方だけを注意して彼の言葉を遮りはしなかった。

 

「覚、もう帰れ。俺も行く。情報に関しては感謝する」

 

「ああ……そうだな。加山さん、悪かったな……長居して」

 

「いえ、それはいいけど……。あなたは帰るところあるの? ホームレスだし、それに敵もいるんでしょ?」

 

「行く当てはある。見つからないかはわからないがな……。だがまあ、構わない」

 

 覚は鴉に目をやりながらそう答える。

 鴉も加山に別れを告げ、窓をすり抜けてベランダから外へと飛び出した。「玄関から出てってって言ったのに」と、その様子を見て加山は呆れていた。

 それに対して覚は窓を開け、猿のように階下のベランダの手すりやパイプを掴んで地上に降りていくのだった。

 

 

───────────

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 家路……というわけではないが、加山のマンションを離れて同じ道を歩いていく鴉と覚の間には重苦しい空気が流れていた。

 お互い何とも思ってはいない。

 ただ、話すことが無いだけである。

 それはそれとして、鴉は先程の覚の言葉には本気で憤っていた。覚も、それを()()()()()

 

「…………」

 

「…………」

 

「……鴉」

 

「……どうした」

 

「さっきのことだが……鴉というのは皆、ああなのか?」

 

「どういう意味だ」

 

「俺は、鴉は(あまね)く黄泉の住人だと思っていた。妖ではなく、黄泉の神が生み出し、統治していた本来の黄泉の国の住人だとな」

 

「…………」

 

 鴉は閉口し再び無言に。

 覚はあの時、鴉の心を読んでいた。心の中、そこに広がる情景を。

 彼が目にしたのは、葦の広がる暗い闇の世界ではなかった。空は確かに暗かったが、世界は炎に包まれていた。

 小さな無数の光が空を飛び交い、たまに地響きが起こったのか風景が小刻みに揺れる。

 周りで土を噛むようにして倒れ伏しているのは、軍服を着た大勢の()()

 

 その光景を見て、覚はすぐに理解した。

 炎は戦火、空の光は星ではなく戦闘機。そして周りに倒れていた人々が身につけていた紋章は……

 

「お前は」

 

 

 

「黙れ」

 

 

 

「…………すまない」

 

 鴉は加山の部屋で口にした時よりも、さらに低い声で覚を黙らせる。覚の方も流石に踏み込み過ぎたと思ったのか、しばらく呆然とした後に謝罪をした。

 二人は歩みを止めず、覚にとって最適な隠れ家探しを続けるのだった。

 

 

───────────

 

 

 鴉は静かに目を覚ます。

 窓から差し込んでくる朝日が顔を照らしていた。

 彼はテナントの入っていない建物の中で眠っていた。いくら人間より圧倒的な再生力を持つとはいえ、流石に連日戦っていれば鴉も体力を消耗するのだ。

 

 昨晩ここに来るまでに覚とは別れていた。つまり覚の隠れ家を鴉は知らない。

 覚は加山のマンションを知っているため、何かあればそこに行くと言っていた。危険にも思うが、鴉が鬼童丸に連れ去られ戻ってくるまで加山には何もしていなかった。そこの保証はできると踏んだのだ。

 

「……ああ、昨夜あいつに渡したんだったな」

 

 鴉は胸元に手をやり、煙草を手にしようとする。

 しかし箱は服の中には入っていなかった。

 黄泉の香りを纏えば少なくとも鬼は近づいて来ないだろう。覚がそう言うので渡したのを、たった今思い出す。

 

「…………」

 

 鴉はピタリと動きを止め、集中する。

 目が覚めてからまだ数十秒。頭も視界もまだ不明瞭だが、体は確かに異様な気配を感じ取った。妖力だ。

 

「こんな朝っぱらからか……。いいぜ、やってやる」

 

 鴉は近くに立て掛けていた刀を手に取り、軍帽を被り直す。そして近くの窓を開けて、すぐ上の出っ張りに手を掴むと窓枠に足をかけて跳び上がった。

 建物は四階建て。屋上から眺めれば遠くに歌武伎町が見える。

 感じ取れる妖力はそこそこだった。鬼童丸には遠く及ばない。

 しかしまだ近くにいるというわけでは──

 

 

『ねェーーっ、ねェーーっ』

 

 

「え?」

 

 

 ズバァァッ!

 

 

「うぐああッ!?」

 

 不協和音としか言いようのない声が、突如背後から聞こえた。それに反応し顔だけで振り向けば、瞬間的に熱さと痛みが背中に走り、赤い血が宙を舞う。

 

「う、ぐッ……! こいつ!?」

 

 斬られた。しかし鴉は受けた攻撃を利用し体をのけ反らせ、そのまま前方に転がって背後へと向き直る。

 視界にそいつを収めてみれば、襲撃犯の正体がわかる。

 蟲の妖怪だった。言ってみれば、人間の胴体より一回り大きな蝿か鈴虫のよう。六本脚で、一番前の二本は鎌のような形状になっていた。

 だが異様なのはその顔面であり、頭部自体はまさしく蟲のそれなのだが、目は人間のものだった。そして口は蟲らしくない縦開きであり、歪な歯が生えそろっていたのだ。

 

「…………!?」

(何だこいつ……。こんな妖怪知らないぞ……。だが、このタイミングで仕掛けてきたということは……まさか、玉藻の……!?)

 

 自分がいた場所がバレたのか?

 鴉はそう考える。ならば玉藻が自身の位置を把握する術を持っているというのか。それともこの妖怪がそうなのか。

 どのみち、鴉は自分が妖怪を追う側という意識であった。黄泉の香りに妖力、それらを感じ取れるから。

 鴉は黄泉の香りを纏うが、妖力を発してはいない。妖怪から鴉を追うのは困難なのだ。

 

「……待てよ。そういえば茨木童子は玉藻に場所を悟られないためだと言って、俺を閉じ込めていた。なら、俺の場所を探れるのは玉藻じゃない……? こいつ自身か……!」

 

 鴉の居場所を探るのに、彼がどこかに痕跡を残した可能性も十分ある。しかし、最も危機感を持つべきは今彼が至った結論だ。

 この妖怪を逃せば、自分の位置は丸わかりになってしまうことだろう。そうなれば、茨木童子たちとの関係もバレてしまう。

 そうなっては、せっかく得られた四大財閥を崩す算段も全て水泡に帰す。

 今ここで、この蟲を殺さねば。

 

「……かかって来い。鬼童丸にやられて気分が悪かったが、丁度いい。お前で晴らしてやる。どっちにせよ、お前も黄泉に送らないといけないからな」

 

 完全に目が覚めた鴉は、刀を握り直して腰を落とす。

 彼の構えを目にして、蟲は口角を吊り上げる。

 三日連続の戦いだが鴉の闘志は燃え盛っていた。

 目の前のニヤケ面を斬り伏せてやる、そう意気込んで。

 

 

 

 "妖狐の愛蟲"

 祢々(ねね)

 

 

 

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