暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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18.堅粉に舞う

 鴉は祢々の左側の脚を全て斬り落とさんと刀を振り下ろす。

 しかし刃は祢々の体に当たることはなく、()()に打ち付けられた。

 

「……そういう使い方もあるのか」

 

 鴉は自身から左手側へと目をやる。

 十メートルは離れていない地点に、祢々は浮遊して鴉を睨みつけていた。 

 羽は使いものにならなくなったはずなのに、だ。

 だがカラクリは実に簡単なものである。

 祢々は刀で斬られるよりも速く、自身の踏んでいたガレキを浮かせてそれに乗ったまま移動したのだ。

 事実、浮遊する祢々の足元にはガレキが固まっていた。

 

(羽を撃てば多少ラクになると思ったが……そうでもなかったな)

 

『ねぇえええエエェェッ!!』

 

 祢々は目を血走らせ、怒りの叫びを上げる。

 

「……フッ」

 

 そんな様子を目にし、鴉は鼻を鳴らす。

 余裕が消えるということは、それが確実に効いているということ。

 そしてここから、本気の攻撃を浴びせてくるということである。

 

 祢々は周囲のガレキをすり潰し、粉塵のベールを背後に生成。

 そしてそれを再び槍状に固めていく。

 先程鴉を襲った、無数のコンクリートの槍だ。

 自身を一度は戦闘不能にまで追いやった攻撃にも関わらず、鴉は銃を手放さず、刀を右手に握ったまま、祢々をただ見据えている。

 

「…………」

(脚はもう治った……。十分だ)

 

 鴉のズボンには、先程貫かれたときにできた穴が空いている。

 また血にも濡れていたが、既に傷は塞がっていた。

 

『ねぇえええええっ!!』

 

 祢々の咆哮と共に、コンクリートでできた槍が鴉へと飛んでいく。

 何本もの鋭い先端が、鴉の心臓を貫こうと迫る。

 

 

 しかしそれらが鴉の体を捉えることはなかった。

 鴉の動きは、一度祢々にやられるよりも前とは格段に違っていたのだ。

 最小限の動きだけで、体幹を狙ってくる槍の群れを回避する。

 避けるための体の向きから動きを悟られないよう、ギリギリまで槍がくるのを待ち、素早く、小さく体を傾けて避ける。

 

 槍を刀で弾くのは困難だ。

 そのため、刀を槍に当ててその力の反動で体を動かす。

 十数本の槍をやり過ごし、刹那──

 

 

 バキュゥゥゥゥン!!

 

 

『ギャァアァアアアアアッ!?』

 

 何本もの槍が鴉の前に迫り、また取り囲む中、その隙間に祢々の姿がはっきりと見えた。

 その瞬間、左手にあったリボルバーを標的に向け、引き金を引く。

 放たれた弾丸は祢々の左目に直撃し、複眼じみた硬い目玉に穴を空けられる。

 穴の周りに放射状にヒビが入り、黄色い粘液が漏れ出ていた。

 

 今まで上げていた雄叫びとは違う、完全に痛みに悶える悲鳴を響かせる祢々。

 この一撃によって祢々の集中、妖力も切れ、鴉の周りを取り巻いていた槍たちの動きも止まる。

 そして形を保てなくなり、ボロボロと元のコンクリートの粉や塊として落下していった。

 

『ねッ、ガァアアアアッ!』

 

「ふッ──!」

 

『ねっ!?』

 

 祢々は残った右目で鴉を睨みつけ、忌々しそうに鳴き声を発する。

 しかしこの隙を見逃さず、鴉はすぐさま距離を詰めて刀を振り上げた。

 振り下ろされる刀。

 反応できた祢々は鎌を交差させ、峰で刃を防ぐ。

 

『ね、エェェ……!』

 

「ふん!」

 

 なんとか耐えた祢々だったが、鴉は一瞬刃を浮かせ、交差したその前脚を蹴り上げる。

 祢々は思わず防御を解いてしまった。

 

「せぇああッ!」

 

 

 ザンッ──!

 

 

『ねアアッ!?』

 

 間髪入れず、鴉は右前脚の関節に一太刀浴びせる。

 綺麗に関節に刃が入り、鋭利な鎌は分断されて宙を舞う。

 驚きの声を上げ狼狽える祢々。

 それでも鴉は容赦せず、残ったもう片方の前脚も斬り飛ばした。

 その間わずか2秒足らず──

 

「ふんッ!」

 

『ねガアァァアィイアァッ!?』

 

 武器を失った祢々の頭を踏みつけ、足で押さえる鴉。

 そうすれば、彼のすぐ下には妖蟲の首の関節が丸見えとなる。

 左手に持っていた拳銃を放り、祢々を断頭しようと両手で刀を握り振り上げた。

 

「死に果てろ!」

 

『ねァアァアアっ!!』

 

 

 ギュゴォォオオオッ!!

 

 

「なに!?」

 

 鴉は関節めがけて刀を振り下ろす。

 冷たい刃が触れ、首を斬り落とすかというその一瞬、祢々は土壇場で妖力を放出。

 体の下にあったガレキが形を変え、高速で鴉の刀を弾く。

 そして祢々の体を覆うようにして纏わりつき、球体状のバリアのように本体を鴉や外界から隔絶してしまう。

 ただの防御形態かと思ったのも束の間、コンクリートの隔壁は四方八方に無数の棘を瞬間的に伸ばし、鴉を攻撃した。

 

「うぐっ……!」

 

 自身に向かってくる棘を寸前で身を翻すも、鴉の右腕の肉は抉り取られてしまう。

 後ろに跳んで、コンクリートの壁の様子を窺う鴉。

 棘は伸びきったままで戻らず、それ以上動いたりすることもなかった。

 

「面倒な状態だ……。仕方ない、あれを使うか」

 

 鴉は負傷により動かしづらくなった右腕の代わりに、左手で服の中に手を入れる。

 掴み、取り出したのは金属製の円筒状の物体。

 その上部には更に細い筒があり、それを貫くようにして針金が刺さっていた。

 

 鴉は上の筒を握り、右手の指で針金を引き抜く。

 そして祢々が閉じこもるコンクリートのバリアに向かって放り投げると、鴉は更に後退してバリアから15メートルほど距離を取った。

 

 

 ドゴォォォオオン!!

 

 

『ねェェエアアアァッ……!!』

 

 円筒を投げて4秒後。

 バリアのすぐ手前で円筒は光と火を噴き爆発、コンクリートの壁を破壊し、中にいた祢々を吹っ飛ばしてしまう。

 鴉が投げたのは手榴弾である。

 これも彼の持つ拳銃(リボルバー)と同様、百年ほど前に使われていたものであり、人間目線では古い過去の遺物も同然の代物。

 しかしただの武器ではなく、黄泉に由来する火薬が中に詰められているため一度死んだ妖怪には威力を十分に発揮することができるのだ。

 

 ただ、鴉の戦闘は近接戦が主体。

 拳銃の弾丸といい、この手榴弾といい、彼はあまり使用しない。

 使い続けて自身の手の内が広まってしまうのを防ぐのも理由の一つだが、再調達が面倒なのもある。

 

「飛び出たな。はァッ!」

 

 腕で顔に向かってくる爆風を防ぎ、それが晴れた瞬間再び祢々の元へ跳ぶ。

 刀を左手に握り直し、右手はその下で柄を握り力を入れる。

 吹っ飛んで無防備になった祢々は、その甲殻のところどころに傷ができて体液が漏れていた。

 関節以外狙うことはこれまで難しかったが、あの傷を狙えば甲殻からもダメージを与えることはできるだろう。

 鴉は胴体に見えた傷を狙い、突進する。

 

「せぇいはァッ!!」

 

『ねェガァァアッ!!』

 

 鴉は右手を柄の尻に手を当て、祢々の胴体へと刀の(きっさき)による突きを放つ。

 祢々はなんとか妖力を安定させ直し、ガレキをドリル状に形成して鴉の脇腹へと放つ。

 

「うぐぅっ……!!」

 

『ギガッ──!?』

 

 鴉の刀は祢々の胸にできた傷から軟組織へ刀を滑らせ、見事刀で貫いてみせた。

 しかし祢々の反撃も鴉の左脇腹に突き刺さり、貫通し、抉ってしまう。

 お互い、力を緩めた瞬間に敗北が決定する。

 両者のもらった攻撃はそれぞれ致命傷であり、出血のために時間経過と共に力は抜けていく。

 負けは死を意味する、我慢勝負だ。

 

「ぬうぅぅぅっ!」

 

『ガアアアアアッ』

 

 刀を押し込む鴉。

 妖力を放出し続け、鴉の貫きに耐える祢々。

 傷口から血を流し、彼らは最期の悪あがきを続ける。

 

 

「今だッ、放水開始ィィーーッ!!」

 

 

「っ!?」

 

『ねッ──』

 

 

 ドバアァァァァーーッ!!

 

 

 男の掛け声が響いたかと思えば、それとほぼ同時に四本の水の激流が祢々の鴉を襲った。

 不意の放水攻撃に、鴉は思わず刀から手を離してしまう。

 脇腹を貫いたコンクリートのドリルからも、水の勢いによって引き抜かれて解放される。

 

 放水を行ったのは、祢々の攻撃を生き延びた消防士たちだった。

 無事だった消防車からホースを伸ばし、その放出口を祢々に向けて水を放っていたのだ。

 掛け声の主は長濱。

 彼は手に拳銃を持ち、他の動ける警官と到着した武装隊と共に祢々を取り囲む。

 

「撃て撃てェッ、あのクソ虫を撃ち殺せェーーッ!」

 

 長濱の声と発砲を皮切りに、周囲の警官たちは祢々に銃を向けて弾丸の雨を浴びせ始める。

 

『ねッ、ガァッ……ギャッ』

 

「死ねっ、死ねこの野郎ォーーっ!!」

 

「よくも……よくも俺たちの仲間をっ……!」

 

 本来ならば硬い甲殻により、人間の用いる拳銃程度痛くも痒くもない。

 しかし鴉の炸裂させた手榴弾により多くの傷ができた今の祢々の体は脆く、いくつもの拳銃や自動小銃の一斉掃射を喰らって更に傷ついていく。

 

 祢々を撃つ者たちは、仲間を殺された怨嗟の声を上げながら攻撃を続ける。

 彼らの仇を討つという気持ちが、祢々の体に弾痕として刻まれていく。

 甲殻の破片が、黄色い体液が、軟組織が、弾を撃ち込まれた勢いで次々と宙を舞った。

 

「…………」

 

『ギッ、ガァァッ! ねギィィアァァっ!!』

 

 そんな祢々の様を、鴉は憐憫の目を向けて見守る。

 ただ憐れむだけでなく、「自業自得だ」と目で祢々に伝えている。

 数々の弾丸が体に突き刺さり、削り取っていく。

 痛みを感じ、鳴き声を断続的に上げながら。

 これが、妖蟲の最期であった。

 

「……終わったな」

 

『ガッ、ねッ……! ギバッ』

 

 徐々に動きが鈍くなり、ブシュッブシュッと体中から体液を噴き出すと、祢々は空へ腹を向けて息絶える。

 祢々に突き刺さった刀が、体液と共に体外へ押し流され出てきていた。

 一瞬でなく、ゆっくりじわじわと殺されていく。

 それが最も苦しむ()()()だ。

 

 目が濁り、動かなくなった祢々を囲む警官や消防士は雄叫びを上げる。

 拳や銃を天に突き上げ、口々に祢々の死を、仲間の仇討ちを歓ぶ。

 中には仲間の死や恐怖への緊張の糸が完全に切れ、涙が溢れて泣き崩れる者も。

 

「派手な戦いになったが……俺たちの勝ちだ」

 

 脇腹を押さえながらガレキに腰掛け、服の中に手を入れる。

 煙草の箱を取り出そうとし、しかし(さとり)にやって手元には無いことを思い出してため息を吐くのだった。

 

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