暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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21.桃の婆

「鴉ーー、買ってきたわよ」

 

 ガチャッと玄関を開け、両手に中身がいっぱいの白いビニール袋を持った加山が入ってくる。

 

「ああ、悪いな」

 

「はぁ、重かった……」

 

 風呂から上がり、前日に(さとり)が置いていったボロい服に着替えていた鴉は、まるで家主かのようにソファに座ったまま彼女を労う。

 服はもちろん洗濯済みだ。

 部屋に入ってきた加山は、近くのスーパーや文房具店から持ち帰ってきた重い荷物をドサッと雑にテーブルに乗せる。

 

「はい、頼まれてたものよ。桃をたくさんに……印刷用紙の山。桃、最近高すぎよ。スーパーで一個1200円よっ、1200円! 前までこんな高くなかったのに」

 

「……他にもあるように見えるが?」

 

「食料品よ。そして……あなたがさっき壊したボディソープのボトルね」

 

「……」

 

 加山はジロリと鴉を睨み、嫌味っぽく言う。

 というのも、加山が買いに出かける少し前に鴉は体を洗いに風呂場に行ったのだが、どうにも人間の生活様式に疎いがためにトラブル続きだったのだ。

 流石に一緒に浴室に入るわけにもいかず、脱衣所から色々と説明していた加山だったが……

 

 

───────────

 

 

『……? これどうやって水を出すんだ?』

 

「なんかレバーみたいなの無い? それを上に上げるとシャワーヘッドから出てくるわ」

 

『何ヘッドだって? わからん言葉を使うな。レバーだな、これか……。……おおっ、出た』

 

「左のレバーで温度変えれるようになってるから」

 

 

 

『おい、石鹸が無いぞ。お前いつもどうやって体を洗ってんだ』

 

「そこに色々並んでるでしょ? それが石鹸の代わりよ。えーと……上の方が青くて、下の胴体部分……って言えばいいのかしら。そこが白色なのが体用ね」

 

『それはわかったが、どうやって中身を出すんだ。この穴から出そうとは思うが──』

 

 

 バキッ。

 

 

『あっ』

 

「ちょっと!? 何壊したのよ!」

 

 

───────────

 

 

 ボディソープの出し方がわからず、力ずくでどうにかしようとした結果、鴉はボトルを破壊してしまったのだった。

 

 睨んでくる加山に対し、鴉は何も言わず視線を外す。

 そして袋の中に入っている桃を取り出し、ボディソープの件など全く意に介してないかのように彼女に言った。

 

「それで桃だが、(かご)か皿に全部乗せてくれ。切らなくていい。そのままの状態でだ」

 

「……わかった。でも、そろそろ教えてよ。何に使うの? 食べるわけでもないんでしょう?」

 

「それはこれからわかる……」

 

 鴉は加山に桃を渡すと、彼女が持ってきたもう一つのビニール袋の中のものに手をやる。

 持ち上げたそれは包装された印刷用紙の束だった。

 

 風呂に入る前に鴉は、テーブルの上にあった紙の山を指差して「あれぐらいの紙が欲しい」と言っていた。

 だがこれは加山が集めた四大財閥の資料であったため、これに代わる紙を用意する必要があったのだ。

 

「……これぐらいで十分か」

 

 鴉は包装紙を破り、紙を厚さ1cmほどの束の分だけ取り出す。

 そしてテーブルの上に並べてあった鴉の持ち物の中から、ライターを取り上げて火を着けると、なんとその場で紙の束を炙ろうとした。

 

「ちょっ、ちょっと!? 何しようとしてるのよッ! こんなとこで燃やしちゃ駄目!」

 

「あ、おい」

 

 加山は慌てて鴉から紙束を取り上げる。

 

「火災報知器が鳴るから室内で火は使わないで。やるなら(ベランダ)でよ」

 

 加山がビシッと掃き出し窓を指差して言う。

 鴉も「はいはい……」と口にしながら服やテーブル上の道具を持ち出しながら、窓を開けてベランダへ出ていくのだった。

 

 返してもらった紙束に火を着け、灰や塵が空に舞っていく様を眺めている鴉。

 しばらくして、桃を果物かごに盛り合わせた加山がベランダに顔を出す。

 

「はい、桃よ。それで何するのよ」

 

「もうしばらく待て」

 

「……?」

 

 鴉はかごを受け取ると、もう片方の手で紙束をバタバタと()()()()()、立ち昇る煙を周りへ散らす。

 加山は彼の行動を理解することができなかったが、代わりにあることに気がついた。

 煙が消えない。しかも煙には匂いがあった。

 あのむせ返るような臭さではなく、鴉が纏っている、しかし彼のそれよりもずっと強い葦の匂いが充満し始めていた。

 

「鴉……これは……?」

 

「頃合いだな。そろそろ着くぞ」

 

「着く? 着くって何が──」

 

 加山が口にしようとした瞬間、ベランダから見える東饗(とうきょう)の夜景がフッと消える。部屋の明かりも消えた。

 鴉の手にあった燃える紙束すらも。

 

 紙と明かりだけではない。

 二人のいたマンション自体が、東饗が消えている。

 鴉と加山は、光の無い真っ暗な空間に()()したのだ。

 

「か、鴉、ここは何なの……!?」

 

 ただの暗闇でないことは加山にもすぐにわかった。

 その場所には光は一切無い。

 だというのに、加山から鴉の持つ桃はしっかり見えているのだ。

 鴉は霊体であり、霊力の高い加山には光に関係なく目にすることができるが、桃は実体がある。

 

 光が無くては見えない物が見える。

 その異様さが、加山に言いようのない違和感と不安を与えていた。

 鴉もそれを察して、彼女に言う。

 

「……ようこそ、"黄泉(よみ)"へ」

 

「えっ……!? こ、ここが……」

 

「まあ、黄泉と言ってもお前たちの世界との隙間の中にある、黄泉に近い部分と言った方が正しいか。鴉は自力ではもう黄泉には帰れないのさ」

 

 鴉は果物かごを脇で抱え、他の物品もボロボロのコートの中のポケットにしまい、それを肩に掛けて歩き出す。

 加山も困惑しながらも彼について行く。

 

 鴉がベランダで行ったこと。

 それは、この黄泉と現世の隙間にある空間に入るための儀式である。

 彼ら鴉が持つライターは黄泉で製造された物であり、扱う火も特別なのだ。

 

 これが燃やす物からは葦の匂いを発せられる。

 この煙を多く撒き散らし、肺と身の回りを煙で満たせば、黄泉に近寄れる存在に一時的になることができる。

 しかし完全に黄泉の住人にはなれないため、あくまで二人がいるこの空間に入ることになるのだ。

 

「鴉って黄泉からやって来たんでしょう? なのに自力では帰れないなんて、大変ね」

 

「……まあな」

 

「家族はいるの?」

 

「どうだろうな。いたとしても、同じように鴉になってるかもしれんな」

 

「……そう」

 

 どこへ向かっているのかもわからぬまま、加山は鴉に質問を投げかける。

 全く未知の場所にいるために、そうでもしていないと落ち着かなかったのだろう。

 黄泉や鴉に関する質問であったが、答えたがっていないような鴉の態度から彼女もすぐに問答を切り上げてしまった。

 

 

 時計も無いため具体的な時間はわからない。

 しばらく歩き続けていた二人だったが、目の前にようやく、自分たち以外のものが見えてきた。

 それは古い、木造の小屋であった。

 

「やっと着いたな。今回は結構離れたところに転移したもんだ」

 

「方向はわかってたのね」

 

「ああ。葦の匂いがしてたろ」

 

「えっ、そうだったの?」

 

「まあ……匂いが弱くはあったかもしれないな」

 

 鴉の言葉からして、この小屋が目的地であったようだ。加山はそう納得する。

 決して新築ではないが、近づいてよく見れば小綺麗で趣のある日本家屋。

 鴉はその戸をノックもせずに開けて中に入る。

 加山もそれに続いた。

 

「まあ……!」

 

 中に入った加山は思わず声を漏らす。

 外見とは裏腹に、中はなんと昔懐かしの駄菓子屋そのもの。

 このノスタルジックな雰囲気が好みな加山は、鴉の後ろにいながらも内心ははしゃぎたい気持ちでいっぱいであった。

 

 鴉は建物の奥に進む。

 それに続く加山はワクワクしながら棚やショーケースの中を覗き込む。

 

「えっ……」

 

 しかしそんな彼女の気持ちはすぐに消え去ることになる。

 並んでいた商品の数々は駄菓子ではなかった。

 大中小様々な銃、弾丸、ショーケースには刀剣。

 他にも手榴弾やクナイ、槍……

 ここは駄菓子屋の皮を被った、武器屋だった。

 

「鴉……ここってまさか」

 

「ああ。鴉御用達の武器屋だ」

 

「……でも、ここに並んでる武器って全部……」

 

 加山は感じていた。

 警察組織に身を置くために、ある程度近代兵器は目にしている。

 だからこそわかる。

 並んでいる武器はどれも、古いのだ。

 まさにあの世界大戦で使われていたような。

 

 歩いていた鴉が立ち止まる。

 後ろから加山が彼の前を覗き込むと、座敷になっている段差にちょこんと座り込む背の低い人物が。

 彼女はここの経営者かとすぐに理解する。

 

「久しぶりだな。元気してるか」

 

「……ああ、どの鴉と思えば。お前さんもしぶといものだね」

 

「さっさと死ねって聞こえるぞ、"(もも)()"」

 

 その人物は老婆だった。

 黒子のように顔を布で隠しており、骨と血管の浮き出た手を除いて地味な色の和服で隠れている。

 鴉は彼女を桃の婆と呼んだ。

 

 桃の婆は鴉の後ろにいる加山に気づくと、ゆっくりとした口調で鴉に言う。

 

「おやおや、見ない顔だね。鴉、駄目じゃないか。こんなところに人間を連れ込んでは……」

 

「社会見学だ。それに、今は俺と組んでる。無関係じゃない」

 

「加山優香です……。あの、お婆さん、人間がここに来たらいけないっていうのはどういう意味なんですか?」

 

「んん? ああそれはねぇ……」

 

 桃の婆の顔は布で隠れて見えない。

 しかしこの時、加山は何となく桃の婆がニヤリと笑ったことを察した。

 

「黄泉に近いからねぇ……現世の人間が、黄泉の住人に本当になってしまう可能性があるのさ……。現世に帰れず、永遠にここに……ククッ」

 

「まあ、滅多にないから安心しろ」

 

「滅多ってことは、たまにあるってことじゃない!」

 

「フッ」

 

「ククク……」

 

 鴉と桃の婆は焦る加山をからかう。

 滅多というのは、そもそも人間がここに来ることがまずないという意味も含まれている。

 ただし、本当に黄泉に適応し現世に帰れなくなる可能性はゼロではない。

 

「それで、桃の婆。本題だが」

 

 鴉は桃の婆の前に、十個強ほどの桃が入った果物かごを差し出す。

 

「服が破れた。新品をくれ。あとはいつもの銃の弾、手榴弾……。ライターの燃料も足しといてくれ。あ、それから煙草もいつものやつ三箱。そして()も頼む」

 

「……いつもいつも面倒な注文だねぇ。定期的に来たらこんなことにならないのに……。まぁ、いつもより桃は多いから許してあげるよ」

 

 桃の婆は「いつもこれぐらいあればねぇ……」と呟きながら立ち上がり、鴉に頼まれた物を準備し始める。

 立ち上がっても身長が1メートル程度の老婆は、加山からすれば小人レスラーを見ているような気分であった。

 

「……あのお婆さん、お金じゃなくて桃で売るのね」

 

「まあな。だから桃の婆って言われてるんだろうさ」

 

「そういえば、この武器とかってどこから仕入れてるのかしら。日本軍の使ってた武器にも見えるけど……」

 

「さあな。だが……葦の匂いがする以上、ライターや煙草は少なくとも黄泉で作られてるんだろう。それ以上のことはわからん」

 

 そんな会話をしていると、店の奥から桃の婆の鴉を呼ぶ声が聞こえてきた。

 服の調整のためのようである。

 鴉が桃の婆の元へ行こうとすると、加山は彼を呼び止めた。

 

「ねえ、鴉」

 

「ん?」

 

「あなた、いつも野宿してるんでしょ? 今朝もそれで襲われてたじゃない」

 

「ああ……それはそうだが。だからどうしたんだ?」

 

「うちで寝るようにしなさいよ」

 

「なに?」

 

 鴉からすれば寝耳に水であった。

 野宿というよりは風雨は防げているためホームレスに近いが、それでも色々と不便ではある。

 快適な拠点を確保できる点では魅力的な提案であるが、同時に加山に危機が近づくことになる。鴉は現在、四大財閥(茨木童子を除いて)から命を狙われている状況だ。

 

「わかってるのか? お前まで危険になるんだぞ」

 

「あなたが外で寝て暗殺でもされたら、もっと困るわ。もっと安全な場所を探しましょうよ。マンションも確かに危険になるかもしれないけど……四大財閥が日本を牛耳ってる以上、東饗中が危険なのも事実なんだから」

 

「……考えておく」

 

 鴉はそう返答すると、桃の婆の元へと向かった。

 加山はため息を吐くと、二人が戻ってくるまで店内を落ち着かない様子で歩き回っているのだった。

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