暁の黄泉鴉 作:マサイのゴリラ
若い美男子をバラエティでも上手く振る舞えるよう教育を行い、女性だけでなく男性ファンも味方につけ、この界隈で台頭したのだ。
社長である
あろうことかファンクラブまで存在している。
「社長、玉藻様がお見えになりました」
「……ああ、通してやってくれ」
デスクに向かい、キーボードを打ち続ける男。
淡い金色で筋盛りした髪に細く尖った鼻、シャープな目つき。そして紺色のスーツを着た彼こそが、その例の美男社長。
四大財閥の一角、
秘書が「玉藻が来た」と言えば、彼は顔を上げることなく彼女に応答する。
自身を見ていないとわかりながら秘書は月兎に軽く頭を下げ、一度社長室を退室した。
「思ったより早く来たな。まだ完成してないのに……」
月兎が作成していたのはテレビ局から打診されていた、事務所のアイドルをメインにした新番組に関する契約書であった。
誰を
それ以外にも、グッズ制作会社との提携についてやスポンサーと出演するアイドルの抱える他のCMとの問題が無いか等、月兎の仕事は多い。
若年とはいえ、たった一人で会社を日本トップにまで押し上げた経営方針だ。本人が中心となるのは当然のことである。
数分すると、部屋の前まで歩いてくる二人分の足音が聞こえてきた。
秘書と客人だ。
両開きの分厚いドアをノックする音がした瞬間、月兎は「入ってください」と返事をする。
扉を開き、入ってきたのは月兎の秘書と『ニンテラ』社長、月兎と同じく美しい金髪と白肌の持ち主である玉藻草司であった。
「案内、感謝します……。ええと、沼田さん? ここからは友人同士、二人だけで話がしたい。申し訳ありませんが退室をお願いできますか?」
「は、はい! もちろんです。ごゆっくりどうぞ……!」
「お茶はいらないよ、沼田くん」
玉藻は丁寧な口調で、社長室まで案内してくれた秘書・沼田に退室するよう頼む。
顎に手を添えられ、美しい顔と甘い声で迫られ、普通の女性である彼女が玉藻の頼みを
月兎も
沼田が出て行き、玉藻は社長室を完全に閉め切ってしまう。
そして月兎のデスクの正面にある、テーブルを挟むように置かれているソファの上座に座った。
「……あんな雑にやっても照れるようなのが秘書でいいのか? 男のアイドル事務所なら、もっと硬派な女を置いといた方がいいんじゃないかな?」
「何かと便利なんだよ。ああいう方がね」
月兎の社長室は異様な配置がされている。
普通社長のデスクは部屋の奥にあり、入室者の顔が見えるように、また入室者から社長の顔が見えるように置かれる。
月兎の場合、それが逆である。
入室すると月兎の背中が目の前にあるのだ。
メディア嫌いから人に顔を見られたくないのでは、と考える者も多い。
だとしてもそれだけの理由でこのように配置するものなのか。という反論もある。
まるで月兎が、入室者の顔を敢えて見ないようにしているかのようだ。
「……忙しい中悪かったねぇ」
「気にしなくていいよ。すぐ終わる。それで? 用事っていうのは?」
「
「……!」
今まで顔を上げず、ひたすらパソコンを触っていた月兎だったが、玉藻の言葉を聞き指の動きが止まる。
しかしそれもほんの一瞬の話。
再びタイピングを始める。
「……あの鴉に?」
「ああ。トドメは人間が刺したが、もう瀕死まで追い込まれてた。神宿のニュースは見たかな? あれだよ」
「へぇ。派手にやったね」
月兎は空返事をする。
祢々の敗北は思ってもいなかった話だが、所詮よその妖怪の訃報に過ぎない。
それに今のところ、まだ玉藻から月兎への用事というのも明かされてはいない。
「それで僕にどうしてほしいんだ? 言っておくけど、流石に
「違う違う! 祢々はもういいんだ。死骸の方も問題はない。ただ一つ、尋ねたいことがあってね」
「尋ねたいこと?」
「最近何か気配を感じなかったか? 具体的には、空から強大な妖力が降ってきて……体を押し潰すような感覚だ。茨木童子や瑞子は気づいていなかった」
「……いいや? そんなのは別に」
月兎はパソコンの画面を凝視しながら首を振る。
その答えを聞き、玉藻もため息を吐いて背もたれに背中をぶつける。
「月兎なら何かわかると思ったんだがな〜〜」
「君が言うほどの強大な妖力なんて、気づかないはず無いと思うけどね。気のせいっていうのは?」
「無いな。その気配がした後、一度祢々が倒した鴉が復活した」
「ふぅん、そういうことが。鴉に肩入れしてる
「私もそう思う。だから今は鴉よりも、そっちを調べたい気分なんだ。だがウチで一番強い祢々はやられ、後は有象無象の雑魚ばかり。今の鴉には薙ぎ倒されるだけだ」
「君が行けばいいじゃないか」
「うっかり殺したらつまらないだろう? それに、私が出るのは最後の最後だけさ……」
玉藻がそう言うと月兎は鼻を鳴らし、「君もどうしようもないね」と毒づく。
祢々を倒せるほどの力は見上げたものだが、それでも玉藻の足元にも及ばない。
鴉にまだ可能性や謎がある以上、今から出向いて台無しにしたり、味見程度に留めても最後の楽しみが減るようなことはしたくはない。
それが玉藻の
「……何となく君の言いたいことがわかってきた。つまりこういうことだろう? 祢々に代わる、ちょうど良い手駒が欲しい。探してくれ」
「流石は月兎! 何か良いのがいないか教えてくれよ」
玉藻は指を鳴らして月兎をおだてる。
月兎は相変わらずパソコンと睨めっこしているだけだ。
「何をもって"良い"のかはわからないが、実力だけで言うのなら……大陸に封印されてる
「大陸に封印? できれば一度死んで、黄泉から出てきたようなのが良いんだが」
「そんなに都合の良い妖がうじゃうじゃいるはずないだろ? どこかは妥協してくれ。鴉が戦ってくれなさそうって言うんだろうけど、自分の命を狙われたら誰でも応戦するよ」
「……フン。詳しく聞こうか」
玉藻は面白くなさそうに鼻を鳴らし、改めて腰をソファに沈める。
「大陸……いや中国の四方の隅にそれぞれ封印されてたやつらだ。彼らは全員、厄介者扱いされていた。ここまで聞けば何となくわかるんじゃないかな」
「……あーー、あいつらか」
「君も一応中国出身だからね。シナジーもあると思うし、良いんじゃない?」
「一応訊くが四体だよな? 強いかどうかはあまり聞いたことないが……名は確かに……」
玉藻は件の妖たちについてピンときたようだ。
自分の顎を撫でながら、口角を少し上げている。
月兎もあるキーを一際強く打つと、デスクチェアが軋むほど背中を押し付けて伸びをした。
「ふぅーー、終わった。ただまぁ、封印の解除の方法については僕も知らない。そこは、賢いお狐様に頑張ってもらいたいね」
「ああ、こちらこそ感謝するよ。月兎。おかげでこれからも、まだまだ楽しくなれそうだ」
「フフ……それは良かった……」
月兎はパソコンから視線を外し、チラリと玉藻の顔へ目をやる。すると次の瞬間──
パァァァ────ンッ!!
社長室の壁中にヒビが入り、窓ガラスは全て破裂するように割れた。
まるで、玉藻を中心に見えない力が部屋全体に放射状に放たれたかのように。
「…………」
「やれやれ、ちょっとからかっただけじゃないか。こんな壊さなくても……。おたくの会社に請求しとくからね」
先程までの空気感はどこへ行ったのか。
玉藻は黙って月兎を睨みつけており、月兎は何かしたようだが部屋は玉藻の放った妖力で一方的に破壊されたのみ。
玉藻の用事は済んだ。
そう判断した月兎はパソコンを閉じ、椅子から立ち上がった。
そして空気に溶けるように、実体から影になるようにしてその場から消えていく。
月兎はどこかへ行ったようだ。
元より、神出鬼没と言われる者である。
一人残された玉藻はソファから動かず、呟くのだった。
「"四凶"か」