暁の黄泉鴉 作:マサイのゴリラ
桃の婆の営む武器屋には、元の世界(
門と言えども店の奥にある
鴉の用事が全て済んだ後、鴉と加山はそこを通って転送してきたベランダに戻ってきた。
ベランダには燃やした紙束とその灰が放置されており、燻りながら風に散りかけていた。
「……そうだ。お前に訊いておきたいことがあったんだ」
「訊いておきたいこと?」
時刻は午後九時を回った頃。
加山が振る舞った料理を平らげ、鴉は椅子に座ったまま皿洗いをする彼女に言う。
加山が聞き返すと、鴉は茨木童子から貰ったスマホを服の中から取り出してテーブルの上に置いた。
「こいつのことだ。加山はどう思う?」
「どうって……どういう意味よ」
「何か違和感は無いか?」
「違和感……? 普通のスマホじゃないの?」
加山は蛇口を捻って水を止める。
そしてタオルで手を拭いてから、鴉の向かい側の椅子に座った。
「ああ、普通じゃない。やっぱり
「……? 私には見えるって? まるで見えない人間がいるような言い方ね……」
そこまで口にして、加山は気がつく。
それが見える者がおり、見えない者もいる。そして加山には見える。
まるで、鴉のことのように思えたのだ。
だが今回は彼のことではない。
鴉が茨木童子から渡されたスマートフォン。
元々鴉の持ち物ではないというのに、これもまた普通の人間の目には映らないというのだ。
「でもそれって……茨木童子から貰ったんでしょ? その辺に売ってるようなスマホなら、他の人間には見えるはずよ」
「お前以外の人間には見えない。尤も、もっとよく探せばいるかもしれないがな。祢々を殺してからここに来るまでに、人間の視界に入れて確認をしてみた」
「茨木童子が、あなた用に作ったってこと?」
「かもな」
鴉は煙草の箱もテーブルの上に置き、ライターも取り出す。
そんな様子を見て加山は、「火」と煙草を指差して言い鴉を制止した。
「……俺の武器や服は黄泉の代物だ。黄泉のものは、こっちの世界の人間には見えない。言ってしまえば霊体。つまり、お前のように高い霊力を放つ者にしか見えないんだよ」
「え……。それじゃあ、このスマホも黄泉のものってこと……!?」
「あり得ないと思うんだがなぁ……」
加山は驚きを隠せない。
というのも、鴉の武器や常識というのは明らかに現世と比べて時代遅れである。
そのため彼女は、黄泉の世界は現世と似ながらもその過去の時代をなぞって時が流れている。そうイメージしていた。
鴉の反応からしても、この考えが大きく外れているとも思えなかった。
「鴉、そろそろ教えてもらえないかしら。あなたの居た、黄泉のことについて」
「……そうだな。いずれ、とは思っていたことだ。教えてやるよ。黄泉の世界、妖怪たちのこと、そして……黄泉の神について」
───────────
黄泉の世界には光が無い。
いや、正確に言えば太陽が無い。
──黄泉では何も見えないってこと?
いいや。さっき行った桃の婆の店の周りみたいに、空と景色はひたすら闇に覆われている。
だが、光が無いにも関わらず近くにある物品や住人同士は、目に映すことができる。
暗闇の中に、ただ物か動物がいる。
そんな世界だ。
──不思議な世界ね……。あなたはそんな場所に住んでたんでしょ?
ああ。
それで黄泉の住人についてだが、種族としては俺たち鴉と同じ……
見た目はお前たち人間とは変わらず、お前たちよりは身体能力と再生力に優れている。
生活様式も、俺もあまり詳しくないがこの世界の過去の日本と似通っていたはずだ。
少なくともこのスマートフォンとやらがあったり、作ることができるような場所じゃない。
──だからあなたもあり得ないって言ってたのね。だとしたら、茨木童子はどうやってこんな物を……
もしかしたら、これが覚の言ってた鬼の秘密とやらかもしれんな。
奴らのことについては、どうして黄泉に一度も行ったことのない妖怪に固執するのか。それも探りたいと思ってる。
──そうよ。それで思い出したわ。妖怪は死んだら黄泉に行くって言ってたけど、どうしてそこから妖怪がまた現れたりしてるの?
……一説には、黄泉の世界は大勢の妖怪どもを放り込むには狭く、また妖怪たちの内戦に耐えられるほど頑丈でもなかったからと言われている。
──一説には?
疑っていた者は多かった。
というのも、そもそも何故黄泉の世界が妖怪の死後の行く先として選ばれたのかって部分がきな臭いのさ。
神話の時代、国生みの後の話だ。
神々は自分たちに近しく、しかし劣る存在である妖怪を疎ましく思っていた。数が多く、余計な力を持ち、自我もあるが故にまつろわぬのだから、当然と言えばそうだ。
──神々でも妖怪には勝てなかったって、ことなの?
おそらく臭いものに蓋を、ってことなんだろう。
だが妖怪にも、神々を脅かせるほどの力を有する者がいる。"神殺し"を為せる者がな。
死して尚力を失わず、自分たちを脅かしかねない。
無駄に誇り高く、貴い者だと自負する神々にとっては邪魔だったろうさ。
だから妖怪は消すのではなく、罪人として黄泉に収容したんだ。神に歯向かう愚者には
これが神々の答えだった。
──それじゃあ、死んだ後の妖怪の監視だったり管理を任せられたのが黄泉の神だったってことね。
そうだな。
黄泉に送られた妖怪に罰を与え続けるよう、他の神々より命じられていた。
一度黄泉に送られてしまえば、その世の支配者たる黄泉の神に逆らうことは不可能。
神々はこの優位性に目をつけたわけだ。
だが、問題は黄泉の神もまた、神々にまつろわぬ異端の存在だったということだ。
──えっ、神なのに、他の神を裏切ったの?
所詮、神と呼ばれている点でしか共通点が無いからな。
光の無い闇の世界で、"人間擬き"を生み出して孤独を埋めていた黄泉の神は妖怪を放置し、劫罰を与えなかったんだ。
──どうしてそんなことを……
俺が思うに、それは現世の神々の真似事だろう。
自分の世界に神ではない命が入り込み、それらが生き、争い、倒れていく様を眺めている。
現の世の神への嫉妬か、それとも
──学び?
俺は実際に神を目にしたことはないが、黄泉の神は
そもそも黄泉の世界そのものが、国生みの後に出来上がったらしい。
一つの世界を生み出した神が、もう一つの既に出来上がっている世界を見て学び、世界を拡張していく。
神々も誤算だったろう。だが自業自得だ。
未熟な世界に邪魔者を押し込めた結果、妖怪どもは溢れ返り、現世へと蘇っている。
──そう思うと、黄泉の神も少し気の毒ね。でも、現世の神への嫉妬の可能性もあるのよね? 事実は多分この先もわからなさそうだけど、でも黄泉の神はあなたたち鴉に妖怪を殺して連れ戻すよう命じた。これは本当なのよね。
ああ。
嫉妬であるなら、わかってて妖怪を現世に放った可能性すらあるわけだ。
だから黄泉の神が本気で俺たちに連れ戻させるつもりがあるのか、それとも黄泉の神の命ということにされているだけで他の神々による命令なのかはわからない。
どちらであれ、俺たちは妖怪を殺すという使命を果たさなくてはならん。
──あなたの話を聞いていると、まるで呪いのような使命と思うわ。
呪いで合ってるだろうさ。
俺たちは黄泉へは帰れないんだからな。
それに妖怪たちは俺たちの存在を知っている。
力さえあれば、俺たちを逆に狩ろうとしてくる。
それが自分の名声になるからだ。
──名声……。
四大財閥の連中がわかりやすいだろ。
妖怪は人間とは違う。
力と"名"が、奴らにとっての全てだ。
強いやつほど、俺たちの纏う葦の匂いに敏感になっている。
死なないためには戦うしかない。
それが、鴉だ。
───────────
加山は鴉の話を聞き、彼らの事情を憐れむ。
しかし同時に、こんなことも感じていた。
(生きるために、殺している……。それが鴉だと言ったわね。でも、私からは……あなたは、殺すために生きているように見えるわ)