暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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24.私たちの希望

 祢々との戦いから五日が経過した頃。

 ついに、加山の謹慎が解かれた。

 実に一週間の謹慎処分であるが、そもそもの経緯としては上官の命令を無視した独断専行のみであり、重大な問題も結果的には起こさなかったことから短期間の謹慎で済んだのだった。

 

「その服も一週間ぶりに見たな」

 

「最初にあなたと会った時はこれ着てたわね、そういえば。一週間ぶりに着ることなんてまず無いから、私も変な気分よ」

 

 神宿警察署へと出勤途中の加山と、彼女について歩く鴉は徒歩で街を巡回していた。

 朝七時過ぎの現在であるが、繁華街に足を踏み入れてみればそこら中に泥酔して寝ていたであろうサラリーマンや不良たちの姿が二人の目に入る。

 全員気分が悪そうに俯いているか、未だに色々と投げ出して死んだように眠っていた。

 

「結局あれからは妖怪は出なかったわね」

 

「そうだな。お前と出会ってからの三日間が異様に激務だった気がするが……まあ、こういう一週間もあるだろうよ」

 

「茨木童子の連絡も思ったより遅いわよね。何か企んでるんじゃない?」

 

「さあな……少なくとも今のところは、俺を後ろから刺すようなことはしないだろう。あいつらも、俺がいないと困るらしいしな。……それにしても、すごい街だなここは」

 

 桃の婆の元から帰ってきてから、鴉は加山の提案通り彼女のマンションの部屋に居候することにした。

 とは言えあくまでも拠点のような扱いであり、彼はほとんどマンションの外におり、パトロールを行っていた。

 

 妖怪の襲撃も気配も無く、茨木童子からの連絡も無かったため、鴉は夜の繁華街に向かい、下品なネオンの輝く下で人間たちが欲に溺れてる姿を観察していたのだった。

 

「大量の酒を浴び、乱雑に金を舞わせ、淫らに異性を抱き……妖怪よりも恐ろしいかもしれん。今の日本は」

 

「……そうね。みんな、欲望に溺れてるわ。お金のシステムは便利だし、日本の社会には不可欠なものだけど……この有り様は私も醜悪だと思うわ」

 

 二人は道の隅で嘔吐する、大学生ぐらいの青年たちの姿を見ながらそう話していた。

 欲に支配された人間は醜く目に映る。

 しかし()()を引き起こしたのは妖怪であり、だがその土台を作ったのはやはり人間である。

 

 

───────────

 

 

「おはようございます。加山優香、本日より復帰しました。ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした」

 

 街中の散策を終えて警察署に到着し、刑事課の部署に足を踏み入れた加山は、入り口の前で全体に向けて挨拶をする。

 

 

「加山さん……」

「加山……」

「運が良かったな……あいつ」

 

 

 ザワ……ザワ……

 

 

 部署の雰囲気は、はっきり言えばお通夜のようにどんよりとしていた。

 三、四十人ほどの職員が疲れきった顔のまま、広いオフィスの中を往来したりひたすら書類やパソコンに向かって作業を続けている。

 

 皆、加山の方へ複雑な表情を向けている。

 そしてぼそぼそと何やら話しており、その声が数十人分集まることでやや入室してきた加山や鴉にとって耳障りに思えた。

 

「……歓迎されている雰囲気ではないな」

 

「……当然よ。この前の病院に、祢々の事件の後処理とか……毎日とんでもない仕事量に押し潰されてたはずよ」

 

 鴉は加山の横で普通のトーンで。

 加山は側から見れば独り言のように小さい声で話す。

 

 少しだけ聞こえてきた「運が良かった」という言葉は「サボれて良かったな」という意味だろう。

 恨めしそうに加山を見つめる視線にも多少納得はいく。

 しかし、加山へ向けられる顔というのはそれだけではなかった。

 

「あの……加山さん。ちょっといいですか?」

 

「あ、貴島(きじま)くん」

 

 加山が自分の席に向かって歩いていくと、その途中で彼女より若い男が話しかけてきた。

 髪がやや茶色で天然パーマの彼は貴島悠介(きじまゆうすけ)

 加山の後輩にあたる。

 

「どうしたの?」

 

「その……長濱さんのことなんですけど」

 

「えっ……長濱さんがどうかしたの?」

 

「いえ、どうにもなってはないんですよ。いや、何かあるかと言われればあったんですけど……。長濱さんにちょっと顔を見せてあげてください。あの人、最近色々あったので」

 

 貴島の目元には(くま)がある。

 彼もかなり疲労していることだろうに、それでも長濱を優先して心配していた。

 彼の優しい気質もあるが、本当に長濱はまいっているのも事実なのだろう。

 加山はそう考える。

 

「わかったわ。長濱は今は?」

 

「多分、屋上ですかね……。考え事する時、あの人はいつもあそこに行きますから。加山さん、お願いします」

 

「ええ」

 

 加山は頷くと、ひとまず自身の先輩にもあたる長濱に会いに行くことに決める。

 仕事はその後でも構わない。

 後ろで黙って佇んでいた鴉にも小声でこのことを告げると、二人で長濱がよくいるという屋上へと向かうのだった。

 

 

 

 15階分の階段を上り、屋上に続く扉を開く加山。

 関係者でない者が見たら意外に思うかもしれないが、この警察署の屋上は観葉植物やベンチなどが設置され、比較的快適に過ごせるようにされている。

 異常好景気により全体主義と個人主義の同時存在する現在、働きやすさもまた重視されつつあるのだ。

 

 屋上に出た加山は、花が消え青々とした藤棚の下のベンチに座る人影に目をやる。

 後ろ姿からわかる。長濱であった。

 

「長濱さん」

 

「……! 加山。お前……ああ、そうか。今日が復帰の日か。悪かったな、きちんと出迎えてやれなくてよ」

 

「いえ、私は構いませんよ。ご迷惑おかけしました。それにしても長濱さん……かなり、お疲れのようですね」

 

 ベンチの前に回り込み、缶コーヒーを片手に黄昏ていた長濱に声をかける加山。

 彼女が言うように、多忙どころではない仕事量に追われていた長濱の顔はすっかり体力の限界を表していた。

 目の下には貴島以上に暗い色の隈があり、瞼もかなり重そうに下がっている。

 色黒で健康的だった顔色も、今は病気でもしているかのように悪い。

 

「そりゃあな。ここ五日間は何も無かったが、先週の連続()()事件の後始末や報告書やら……。とにかく色々やることが多すぎるんだよ」

 

「テロ……ですか?」

 

「お前……五日前に神宿であったあの事件知らねぇのか? 建物が三十近くぶっ潰れたやつだぞ? めちゃくちゃニュースになってたはずだろ……。お前だらけてたのか?」

 

「いえ、あの事件なら私も知ってますが……。しかし、テロとして片づけられたとは知らなかったです」

 

「まあ、それに関してはそうだろうな。昨晩そう結論づけられたんだからよ。……納得がいかねぇ」

 

 長濱は表情こそ変わらなかったが、握っていた空の缶に入れる力を増し、メキメキと音を立てている。

 そこには彼の静かな怒り、苛立ちと悔しさが滲み出ていた。

 

「加山、俺ぁお前に謝りたいことがあったんだよ」

 

「え? 謝りたいこと、ですか?」

 

「……お前は、俺たちによく妖怪やら化け物の仕業だと話してた方があったな」

 

「……それは……」

 

「神宿の事件だが、俺たちは確かに見たんだ。警察や消防を殺して、瓦礫を操って俺たちまでミンチにしようとしてきた……虫の化け物を」

 

「……!!」

 

 長濱の正面に立っていた加山は驚きの表情を浮かべ、そして長濱の背後に立つ鴉へ視線を上げる。

 鴉は黙ったまま加山に目を向け、「そういえば長濱(こいつ)は現場にいた」とアイコンタクトで伝える。

 

「あれが、お前が言ってた"妖怪"ってやつなんだろう。俺だって()()()()()()()()が、信じるしかねぇ。仲間が大勢殺されて、実際ニュースになるぐらいの事件になったんだ」

 

「……長濱さん」

 

「お前は、きっと一人でああいう存在に向き合い続けてきたんだよな。お前を信じてやれなくて、本当に申し訳ないと思ってんだ。……すまん」

 

「長濱さんが謝ることなんて何一つありませんよ……。私だって、長濱さんたちの命令を無視することはしょっちゅうで、それで、妖怪にだって何の太刀打ちもできてなかったんです。口だけの人間だったんです」

 

「…………」

 

 長濱は黙りこくる。

 加山も、それ以上彼に声をかけることはできなかった。

 励まそうというわけではなく、懺悔でもなく、ただ長濱に謝ってほしくないと、あなたは間違ってないと加山は伝えたかったのだ。

 

 二人の間に重い沈黙が流れる。

 加山は再び鴉に目をやった。

 しかし今回はその意図が鴉にはわからず、彼は首を傾げるばかり。

 だがそれでいいのだ。

 これは、加山の決意である。

 

「……長濱さん、私には仲間がいるんです」

 

「仲間?」

 

「……」

(喋るつもりか。だが……それは──)

 

 加山の一言で、鴉はすぐに全てを察する。

 

「東饗政樹病院での爆破事件……あの時、私の前に妖怪を狩るある者が舞い降りたんです。彼は今、長濱さんの後ろにいます」

 

 長濱はその言葉を聞くと、バッと振り返る。

 しかし、彼の視界には誰もいない。

 長濱は()()()()()だからだ。

 

「彼は、孤独な私に力を貸してくれました。私を認めてくれて、色んな話をしてくれました。妖怪狩りは彼の仕事、命をかけて妖怪と戦うんです」

 

「……まさか、あの時。虫が急に何かと戦ってたような動きをしてたが……そいつが……?」

 

「はい。彼が、戦っていました」

 

「…………」

 

 長濱は後ろへ振り返ったまま、虚空を見つめ続けている。

 自分の目には見えない者。

 死傷者多数とはいえ、虫の妖怪から自らを含めた生存者を守ってくれた者。

 会いたい。ぜひ話してみたい。

 長濱はそんな思いに駆られていた。

 

「彼は今、この国の社会を相手取ろうとしています。それが真の闇なんです。彼は、鴉は、私たちの希望なんですよ」

 

 

 

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