暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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25.潜む癌

「鴉……それが、お前の仲間の名前か」

 

「はい」

 

 長濱は自身の背後へ顔を向けたままそう言う。

 加山も肯定するが、実際に長濱の目の前にいる鴉は彼の目には映ってはいない。

 座っている長濱を、鴉も見下ろすばかりで特にアクションを起こすようなこともなかった。

 

 姿勢を戻し、長濱は再び加山の方へ向く。

 そして口を開いた。

 

「加山。お前はさっき、敵はこの国の社会だって言ったな」

 

「ええ。言いました」

 

「詳しく聞かせてくれねぇか」

 

「わかりました」

 

 長濱はベンチの左端へ移動すると、空いた右側のスペースに加山を座らせ、「鴉とやらは座らなくていいのか?」と後ろへ声をかける。

 鴉は加山に首を横に振って見せ、そんな長濱の誘いを断った。

 

「それで、さっきの話の続きですが」

 

「ああ。社会が敵ってのはどういう意味だ? まさか人間社会に妖怪が大勢紛れてるってことか?」

 

「はい、まさしくその通りです。社会に紛れている……それどころか、掌握していると言っても過言ではありません」

 

「社会を掌握……!? んなこと、人間にバレずにできるのか?」

 

「実際にそうなっているんです。私と鴉は、先週に何体かの妖怪と接触しました。その中で出会った若い男の姿の妖怪は、こう言っていたんです。彼らは金の力を使い、警察もマスコミも、自在に操作できると」

 

「……! 警察も……」

 

 長濱は目を見開き、そして視線を落とす。

 まるで何か、心当たりがあるかのような反応であった。

 

「つまり、それだけの経済力を妖怪たちが持っているということなんです」

 

「待て、それだけの力があるってことは『四大財閥』クラスの金を持ってるってことだぞ……!? 数千兆円規模の資産があるってことだ……。妖怪が人間に隠れてそこまで金を蓄えられるなんて、俺には到底信じられん」

 

「……その四大財閥のトップこそが妖怪なんですよ。全員漏れなく」

 

「……何だとっ…………!?」

 

 長濱は驚愕する。

 加山にとってもこれは、たった一人では到達することができなかった真実である。

 鴉と出会い、彼が四大財閥の一角である茨木童子や、その捕虜であった覚と関わったことでようやく知り得た情報なのだ。

 

 長濱は自身の両手を組み、項垂れる。

 妖怪という、ただでさえ人智を超えた力の持ち主が敵だというのに、それらは今社会の頂点に立っている。

 自由の身であったと信じていた家畜が、草原を囲う柵に直面し、自分たちのその命は人間に管理されている、そう実感したようなものであった。

 

「お前たちは……そんな奴らとどう戦っていくつもりなんだ?」

 

「それは……」

 

 加山も言葉を詰まらせる。

 彼女には戦う力が無い。

 妖怪の存在を知り、鴉と情報を交えているだけだ。

 鴉は彼女に自分に代わって人間を助けるようにと述べたことはあったが、それは彼女自身の力で妖怪と対しているとは言えない。

 

「結局は私も、鴉頼りですから……」

 

 そう答えるしかなかった。

 確かに茨木童子と鴉は手を組みはしたが、それでも未だ何かを成したということはない。

 まだ口だけの約束に過ぎなかった。

 どう戦っていくのかという答えは、加山と鴉には無い。

 

「……加山」

 

「はい」

 

「俺からも、()()()()に伝えておきたいことがある」

 

 そう言われた加山と鴉は顔を見合わせる。

 長濱は続けた。

 

「この前の神宿でのテロ事件……いや、虫の化け物の起こした殺人事件は、上層部によって揉み消された。もっと正確に言やあ、隠された」

 

「テロだった、ということにされたんですね」

 

「ああ」

 

 長濱は回想する。

 祢々による死傷者数は70人を超えていた。

 建物の倒壊に巻き込まれてその数となれば納得はできるが、これは倒壊事故が()()()()()()死傷者数である。

 加えて、ボディカメラによる記録もある。

 その映像には確かに、猛威を振るう祢々の姿は映っていたはずだった。

 

『なぜそうまでしてッ! これをテロとして片づけようとするんですかっ』

 

『何度も言わせないでくれ、長濱くん。これは東饗を狙うテロ組織による犯行なのだよ。先日の病院爆破事件もそう……』

 

『馬鹿を言わんでください!! 俺たちのボディカメラには確かに映っていたはずだっ! 警官を次々と八つ裂きにし、コンクリートを飛ばしてパトカーや消防車を破壊していく虫の化け物の姿がッ!!』

 

 長濱は小太りの刑事課長に詰め寄り、彼のデスクに拳を叩きつけながら怒鳴っていた。

 納得がいかなかった。

 いくはずがなかったのだ。

 目の前で多くの人間が化け物に殺され、しかも他の警官や消防士たちもその惨状を目撃していたにも関わらず、現場にすらいなかった上官に揉み消されんとしているのだから。

 

『そんなものは無かったんだよ、長濱くん。これは、過剰なストレスによって発症した集団ヒステリーの一種だ。専門家を交え、すでに調べはついている。あの現場を前にして、正気でいられる方が難しいだろう』

 

『ならあのパトカーや消防車のザマは何だってんですかッ』

 

『パニック状態になった者たちによる破壊行動の結果だ。今回は不問とする。仕方のないことなんだ』

 

『〜〜〜〜ッ……!!』

 

 ボディカメラは既に回収されている。

 長濱側に証拠は残っていなかった。

 パトカーや消防車も形は見るも無惨な見た目となったが、妖怪の存在を確実に証明できるものではない。

 殉職した者たちも、既に処理されて手遅れだった。

 

『ふッ……ふざけるなァァァァッッ!!!』

 

 長濱の怒声が上下のフロアにまで届き、響き渡る。

 こうして祢の事件は完全に偽物の記録に塗り潰され、殉職した警官たちも闇の中へと隠された。

 神宿警察署は、既に妖怪の手に堕ちていたのだ。

 

 

 

「……そんなことが……」

 

 長濱の話を聞き、加山もまた唖然とした表情を浮かべる。

 流石にあれだけ派手な被害と、大勢の犠牲者、目撃者のいる事件であれば警察も無視はできないはず。

 そう思っていたからだ。

 

「……見事に腐ってたな」

 

 鴉もポツリと呟く。

 

「お前の話を聞いて、よくわかったよ。どうして上官が化け物絡みの事件を隠したがるのか……。それは、上層部(あいつら)がもう妖怪側にいたからってことなんだな」

 

「…………おそらくは」

 

「ったく。どうすりゃいいんだ? 俺たちは……」

 

 俯き、頭を抱える長濱。

 加山も彼にどう言葉をかければいいのかわからなかった。

 まさか自分の身を置く警察の組織が、ここまで闇に呑まれていたとは。

 「警察はいくらでも操れる」とは聞かされていたが、やはり実際にそれを感じる出来事に直面するとなると心にくるものがあった。

 

「加山」

 

「……鴉」

 

 ここで鴉が口を開く。

 

「茨木童子が言っていたが、(ばつ)や祢々は玉藻の部下だ。おそらく警察(おまえたち)の上層部を掌握しているのも玉藻だろう」

 

「それは私にもわかるわ。でも、これからどうするべきだと思う?」

 

「別に状況が悪化したわけじゃないだろう。ハナから俺たちは、警察の手なんぞ借りずに四大財閥と対そうとしてたんだからな」

 

 気を落とした長濱と加山とは対照的に、腕を組み落ち着いた様子で話す鴉。

 そんな空気感の差を感じさせる彼に、加山もムッとして言う。

 

「何が言いたいのよ」

 

「ハッキリ言って、警察に纏わりつく闇を払うことはできん。玉藻を倒さない限りはな。だが……闇に通じてるやつを掴んで、脅すぐらいはできるだろう」

 

「……? どういうこと?」

 

「真実を揉み消され、隠されているなら暴けばいい。俺たちにはとっておきの助っ人がいる」

 

「助っ人? ま……まさか」

 

 加山は鴉の言う"助っ人"の正体に心当たりがあった。

 鴉は答え合わせをする。

 

「長濱の上官に、覚を引き合わせるぞ。あいつを使って警察の闇を暴き……あわよくば、玉藻の情報を吐き出させる」

 

 

 

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