暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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28.『大蝦蟇』

「急な呼び出しだな」

 

『情報はどこから漏れるかわからん。思い立ったが吉日吉時だ。送った地点は理解してるな?』

 

「ああ」

 

 スマホを耳に当てながら、鴉は疾走していた。

 加山たちと別れ、警察署を出た彼は茨木童子に指定された場所へと向かっていたのだ。

 往来する人間たちをすり抜けながら、西新宿のとある水路へ。

 

「……四大財閥の瑞子鳴河。どんなやつなんだ?」

 

『水妖だ。東饗中の水道インフラを己がものとし、この都は実質的に奴のホームグラウンドとなっている。豪州……オーストラリアを海に沈めた張本人でもあるな』

 

「海に……!?」

 

 770万平方キロメートルにも及ぶ面積のあるオーストラリア大陸。

 それを一晩で、たった一人で海に沈めたのだ。

 それを耳にした鴉は驚く他無かった。

 

「そんなやつを相手にするのに、お前はどういう作戦を立てたんだ」

 

『大陸を海に沈めたというのは確かに恐ろしい話だ。その気になれば日本も海の底に沈められるだろう。だが……』

 

「だが?」

 

『どれだけ強力な妖であれ、奇襲には弱い。伝説の存在であったとしても、たかが人間に討たれるほどに通用する』

 

「奇襲……か」

 

 茨木童子の言葉には、どこか彼自身の苦い思い出が滲み出ているようだった。

 明らかにトーンが落ちている。

 

 しかし、鴉は奇襲を行うことに関して賛成だった。

 鴉には妖力が無い。

 黄泉の国の住人独特の葦の香りを纏っているだけだ。

 妖怪が妖怪に対して奇襲をかけるのは妖力の感知によって看破されるリスクがあり、非常に困難である。

 だが、それが鴉であれば。

 匂いでバレるにしても、ギリギリまでは決して気づかれることはない。

 

『まず貴様には『虎水館(こすいかん)』という場所に向かってもらう。その地下には巨大な治水施設があり、そこを真っ直ぐ進めば『一目連龍(はじめれんりゅう)』に向かうことができる』

 

「なるほど。地下からバレずに瑞子の拠点へ襲撃するということか」

 

『いいや、厳密には違う。虎水館には番人がいる。唯一瑞子の手元に残っている、忠誠心の厚い番人がな……。まずはそいつと戦闘しろ』

 

「待て、やるのは良いがどんな相手なのかはわからないのか? その戦いで瑞子が気づいたらどうする?」

 

『番人は大蝦蟇(おおがま)だ。その時点でなら瑞子に気づかれてもいい。お前の仕事は、大蝦蟇を一目連龍本社へと向かわせずにその場に留めること。そして、お前の開戦が全ての合図だ』

 

「合図だと?」

 

『我が『赫津鬼会(あかつきかい)』の部隊と、(せがれ)殿を本社へ突入させる。瑞子を討つのは、倅殿だ』

 

 茨木童子の奇襲作戦。

 それにおける鴉の役回りというのは言わば囮だ。

 鴉が地下で大蝦蟇を引きつけ、瑞子以外の戦力がいなくなった一目連龍を鬼童丸を筆頭とした赫津鬼会の構成員が襲撃する。

 

 鴉はてっきり自身が瑞子と戦うものだとばかり思っていたが、鬼童丸という自分以上の実力者が作戦にいるというのなら、この配役が適切と言える。

 彼はそう納得した。

 

「了解した。虎水館から地下に向かい……大蝦蟇と交戦する」

 

 鴉は走るスピードを上げ、虎水館の目印となる公園とサッカー場を探す。

 

 

 

 しばらくしてそれらを発見すると、鴉はついに虎水館に到着した。

 地下の治水施設──鴉は治水が何かはわかっていないがーと聞いて、工場のような場所を想像していた鴉だったが、実際の虎水館は違った。

 水道や川、洪水対策のための施設に関する博物館も兼ねており、外装も子どもウケのためかレンガ造り風で、カッパのようなキャラクターの大きな看板もあった。

 

「……ここが……」

 

『瑞子は割と()()()()センスがあるようだな』

 

「なんだか気が抜けるぜ……」

 

 可愛らしいカッパのキャラクターを見て、調子を狂わされる鴉。

 だがタイミングは良かった。

 休館日だったらしく、中に人の気配はほとんど無い。

 時間帯ももう午後四時に近い頃であり、近づく人間も少なくなることが予想できた。

 

『鴉、ここからは電話を切らせてもらう。お前のスマホは妖力を感知できるよう設計してあるが、それで大蝦蟇の妖力を感知したら即、部隊を本社へ向かわせる』

 

「……設計ということは、やはりこれは(おまえ)たちが作ったんだな」

 

『ああ。普通の人間には見えていないだろう?』

 

「後で色々聞かせてもらうぞ。鬼たちのことを」

 

『生きて戻ってこれたらな……』

 

 やはり茨木童子から貰ったスマホは、彼ら鬼が製造したものであった。

 鬼には隠された秘密がある。

 覚の予想は確実なものとなった。

 

 

 鴉の言葉に、茨木童子は鼻で笑って応える。

 そして一方的に通話を切られた鴉は、虎水館の自動ドアを霊体特有の性質によってすり抜け、中に侵入する。

 関係者以外の立ち入りを禁ずる鉄扉でさえも通り抜け、暗闇の中地下へと続く螺旋階段を(くだ)っていくのだった。

 

 

───────────

 

 

「ここが治水施設……。東饗の地下に、こんな場所が……?」

 

 階段を十分近く降り続け、その終点に到着した。

 見渡す限りコンクリートに覆われた、広大な空間。

 何十本もの巨大なコンクリートの柱が立ち並び、空間の端も遠く、視力の良い鴉でさえ見えない。

 暗がりであった階段とは違い、この場所は十数メートルの高さの天井にある(おびただ)しい数の照明により昼間のように明るかった。

 

「……大蝦蟇か」

 

 鴉はまだ妖力を感じていない。

 姿を隠しているのか。

 それともまだ付近にはおらず、見えないほど先にいるのか。

 

 鴉は降り立った場所から真っ直ぐ歩き始める。

 この場所を守るという、瑞子鳴河の唯一の部下を相手取るために。

 

 

 

『倅殿、準備はできたか?』

 

 茨木童子は鬼童丸に問いかける。

 鬼童丸の耳にはイヤホンマイクが付けられており、茨木童子からの通信はそこへ届く。

 尤も、鬼童丸は喋らないためマイクは必要無いのだが。

 

「…………」

 

『そうか……。計画に変更は無い。倅殿率いる第一部隊を筆頭に、全三隊。総勢46名。鴉が大蝦蟇と接触したら、一目連龍本社へ突撃しろ』

 

 一部隊につき15名。

 そして統率者である鬼童丸を含めて46名。

 鬼も人間も入り混じっている三部隊となっている。

 三台の大型トラックを使い、文字通り一目連龍本社へと突撃するという算段だ。

 かなりの力技であるが、それも瑞子鳴河の()()に対抗するため。

 

 

 要は鬼童丸。

 他の赫津鬼会の構成員は捨て駒同然の囮、盾だ。

 もし本当に45名の構成員を失うとなれば、組織にとってかなりの痛手である。

 だが、それだけのリスクを負ってでも茨木童子はこの機会を逃すことはできなかった。

 

 

『……玉藻がいない今が絶好のチャンスだ。どこへ消えたのか知らないが、これを逃せば我々の勝機は永遠に失われたも同じ。頼むぞ』

 

 

「……」

 

 玉藻は現在、どこかへ姿を隠している。

 この東饗のどこにも彼の妖力は感じられなくなっているのである。

 このタイミングを逃した場合、茨木童子はこれ以降の戦いには必ず玉藻の邪魔が入ることを予想していた。

 鴉を引き入れたのも、玉藻への対抗の一手のつもりだったのだ。

 玉藻がいないならば、鴉の戦力も他の四大財閥への打倒に割くことができる。

 

『……いよいよだな。大蝦蟇の妖力を、鴉に持たせたスマホが感知した』

 

 茨木童子の手元には探知機(ソナー)の画面が映されたタブレットがある。

 画面の真ん中には鴉が持つスマートフォン。

 その正面には点滅する点が。

 それが大蝦蟇だ。

 両者の距離は30メートルであることが示されていた。

 

 

 

「…………!」

 

 地下施設を歩いていた鴉。

 気がつけば、周囲は霧で覆われていた。

 この地下空間の果てが見えなかったのは広いこともあるが、この霧のせいでもあった。

 そして、彼の鼻をくすぐるものが更にある。

 葦の匂いだ。

 

「……誰だ」

 

「我らが『一目連龍』の領域に土足で踏み入る侵入者に、私の名前を教える趣味は無い」

 

 鴉の正面、霧の奥にシルエットが浮かぶ。

 返ってきた声は若い男と思われるもの。

 鴉は自身に向かって歩いてくる、その男から既に妖力を感じている。

 

「フン。まあ、何の妖怪かわかっていればお前の名前なんてどうでもいい」

 

「なに?」

 

大蝦蟇(おおがま)なんだろう? 確かに地下(ここ)はじめじめしてる。好き好んでこの場所にいるのも理解できるぜ」

 

「……知ってたのか」

 

 面白くなさそうに呟く男。

 それと同時に、彼の姿も霧の中から現れる。

 

 身長は鴉の目測によれば鬼童丸と同程度の180cm超。

 上裸で、腰にはふかふかな毛皮の腰巻きを着用しており、ゆったりとした(はかま)と足袋を履いている。

 黒い長髪を後ろで結び、顔はやや童顔かつ左目には(かえる)のように横長の瞳孔が見えていた。

 そして彼の右手には、柄の長い三叉槍が。

 

「なぜ私の情報を、初対面である貴様が握っているのかは知らないが……。もし情報を流した者がいるならば、そちらも始末すべきかな」

 

「せいぜい頑張ればいい。お前はここで殺すがな」

 

「それは私の台詞だ。鴉、貴様の狙いは社長の首だろう。ついでに私の首も、といったところか?」

 

 大蝦蟇は三叉槍を回し、持ち直す。

 腰を落として槍を脇に挟み、鴉に構えた。

 鴉も同様に刀を抜き、霞崩しの構えをとる。

 

「瑞子社長は、私が必ずお守りする。本社には行かせはしない。いや……首だけは通そうか。貴様を(しい)し、その首を社長に献上するとしよう!」

 

「いいや……その代わりに、お前の首が瑞子の横に転がることになってる」

 

「生意気を……! 行くぞォ!!」

 

 大蝦蟇はコンクリートの床を蹴飛ばし、槍の三本の先端を鴉に向けて突進する。

 一瞬で詰められる距離。

 しかし鴉は焦らない。

 刀の刃を端の先端に当て、自らの体を大蝦蟇の軌道から外すように弾き飛ばす。

 

 

 鴉がそうして回避した瞬間、大蝦蟇はベタッと床に足を接地させて急ブレーキをかける。

 そして鴉に背面を向けたまま柄の尻を高速で振るい、鴉の頭部を殴打しようとした。

 

 

 ガギィィッ──!

 

 

「良い反応だ!」

 

「それが全力か?」

 

「まさか!」

 

 側頭部に柄尻が当たるスレスレのところで、鴉の防御は間に合っていた。

 大蝦蟇と鴉は互いの獲物を弾き、再び距離を取る。

 いざ、開戦──。

 

 

 

 一目連龍水道・都心地下放水路管理指揮官"霧中の忍"

 大蝦蟇

 

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