暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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29.誤算

「はぁぁっ!」

 

「ぜぇえやァッ!!」

 

 薄らとした霧の漂う地下空間に、幾度となく金属と金属がぶつかり合う音が響く。

 鴉と大蝦蟇(おおがま)の剣戟は激しさを増すが、戦いの開始から今まで互角の戦闘模様。

 

「ふんッ!!」

(大蝦蟇……確かな腕前だが、鬼童丸や祢々(ねね)ほどの実力は無い。何か隠し玉が無い限り、ここにこいつを留めることは容易だ)

 

「ふッ、たアァァッ!」

(やるな鴉……! 社長から聞いていた話の通りだ。玉藻草司の祢々を殺したと言われても納得できるほどの腕前! 私のスピードについて来れるとはっ──)

 

 大蝦蟇は槍の先端による刺突だけでなく、柄尻も用いて打撃を行う。

 槍を左右の手で持ち替えながら高速で回転させ、高速の乱撃・どのような攻撃をしてくるかという翻弄・円形に回転する槍によるガードまで実現させている。

 

 それに対して鴉は、持ち前の動体視力で的確に大蝦蟇の攻撃を回避、あるいは刀で受け流す。

 そして一瞬の隙を突き──盗人がすれ違う人間から物を掠め取るように──刀の(きっさき)で大蝦蟇の体を斬り裂いていた。

 

「──ッ!? ふッ、ハァッ!!」

 

 鴉の攻撃により、左目のすぐ下にかすり傷を負う大蝦蟇。

 弾けるように舞った鮮血が左目に入り、汚すと、彼は槍の柄尻を力強くコンクリートの地面に打ちつける。

 柄尻は地面にめり込み、そして抉り出す。

 コンクリートの破片の(つぶて)が、鴉に向けて打ち出される。

 

「うぐあっ」

 

 弾丸のように礫が体を突き破ることはなかったが、それでも時速百と数十キロで飛んでくる無数のコンクリート片である。

 鴉を怯ませ、動きを止めるには十分だった。

 

 腹にモロに喰らい、崩れ落ちる鴉。

 その隙を大蝦蟇は逃さない。

 

「もらったァァッ──」

 

 

 バキュゥゥンッ──!

 

 

「んがぁああっ!?」

 

 槍の三つの(ほこさき)を鴉に向け、串刺しにしようと迫った大蝦蟇。

 だがその直後、鴉の左手にいつの間にか握られていた拳銃が火を噴き、大蝦蟇の左目を吹き飛ばす。

 

「しィッ──」

 

 大蝦蟇は顔の左半分を片手で覆い、痛みに悶える。

 鴉は即座に銃を手放すと、刀の位置と体勢を低くして構え、滑るようにして大蝦蟇へと距離を詰める。

 そのまま彼の首を斬り上げ、断頭するつもりだ。

 

「〜〜〜〜っ!! 舐めるな鴉風情が!」

 

「ッ!?」

 

 大蝦蟇の右目が鴉を捉える。

 それと同時に鴉は大蝦蟇の開かれた口に膨大な妖力の塊を感知。

 次の瞬間、その正体が姿を現す。

 

(な、何だこれは……!?)

 

 大蝦蟇の口の中には虹色に輝く霧のようなものが貯留していた。

 これが彼の妖力の正体だ。

 

 鴉が謎の霧に気を取られていると、それは大蝦蟇の口の中から突如として溢れ出す。

 いや、鴉に向かって放たれた。

 

「うああああッ!?」

 

 まるで突風。

 虹色の霧は螺旋状に渦巻きながら鴉を襲い、彼の体を持ち上げる勢いで吹き飛ばしてしまう。

 鴉では抗いようの無い力だった。

 

 そのまま霧は鴉を呑み込み、あちこちに立つコンクリートの柱に彼を叩きつける。

 何度も何度も、柱が傷つこうと抉れようと関係なく。

 自在に操れるこの霧は、大蝦蟇の舌のようなものだった。

 

「ガハッ……! ァァ……!」

 

 霧から投げ出され、地面に倒れる鴉。

 胸を強打し、呼吸がままならない彼はうずくまりながら必死に酸素を取り込もうとする。

 

「はぁ……はぁ……。く、クソ……!」

(この都心地下放水路の管理指揮官を任されたこの私が……守衛を行わなくてはならないこの私が、戦闘で逆に施設にダメージを与えることになるとは……! 社長に、顔向けができん……)

 

 左眼球が潰れ、瞼の下からドクドクと血が流れている大蝦蟇。

 本来この治水施設を守らなくてはならない彼だが、侵入者の排除のために逆に傷つけてしまうという失態を犯し、自責していた。

 

「だが……この勝負は私のものだ。私の()の前には、(やつ)は手も足も出せない……!」

 

 大蝦蟇は三叉槍を握り直し、50メートルほど前方まで吹き飛ばした鴉の元へと歩き始める。

 再び妖力を昂らせながら。

 

 

 

「……!」

 

 うずくまっている鴉の胸元で振動する物があった。

 大蝦蟇から離れ、霧が体を隠しているとはいえ、鴉は用心して体の下でその物体を取り出す。

 振動の主はスマホだった。

 茨木童子からの通信だ。

 

「……何だ」

 

『鴉、まずいことになった』

 

「なに……?」

 

『つい五分ほど前に、作戦通り(せがれ)殿及び『赫津鬼会』の部隊を一目連龍の本社へと突入させた。が……さっそく通信が途絶えた』

 

「!」

 

 茨木童子の作戦。

 それは鴉と大蝦蟇の開戦を合図に、鬼童丸率いる三部隊を一目連龍水道に突入させ、社長である瑞子鳴河(みずこめいが)を攻撃するというものだった。

 鬼童丸と二部隊は大型トラックで本社に突っ込み、残る一部隊は会社を囲みながら外から銃火器による攻撃を行うというもの。

 

 だが、彼らの通信は既に途絶えた。

 鬼童丸と三部隊、四つの通信機器は反応を返さないというのだ。

 

「……そうなると、負けたのか? 鬼童丸が?」

 

『倅殿に限って殺されたとは考えられん。メディアが流している映像を見る限り、本社を囲む部隊は壊滅したがな。倅殿含め、突入した部隊も()()()()()()と判断した。瑞子は生きている。そしておそらく……お前の方に向かう』

 

「…………」

 

『いや、奴は確実にお前の元へ向かうだろう。大蝦蟇と瑞子……。二対一では、お前に勝ち目は無い。祢々の時の戦いとは比にならないぞ。瑞子がお前の元に到着するまでに、大蝦蟇を殺せ』

 

「……言われなくてもそうするさ」

 

 茨木童子との通話はこれで終わり。

 一方的に電話をかけられ、そして切られた鴉だが、彼はそんなことは気にも留めない。

 瑞子が向かってくる。

 その情報がわかっただけでも儲けものだった。

 

「さて……大蝦蟇(やつ)のあの霧は厄介だな。こんなすぐに使うことになるとは思わなかったが……」

 

 鴉はそう呟きながらコートの内ポケットに手を入れる。

 取り出したのは、中に粉末の入った小瓶だった。

 粉末、その正体は灰である。

 

 鴉は瓶の栓を外すと、自身の刀に中の灰を振りかける。

 そうすると刀に何か変化がある……というわけではない。

 コンクリートに幾度となく叩きつけられてダメージが蓄積した鴉だが、彼の瞳に再び闘志が宿る。

 

「来い、大蝦蟇」

 

「言われずともッ!!」

 

 鴉が呟いた瞬間、立ち込める霧から槍を構えた大蝦蟇が飛び込んでくる。

 

「串刺しにしてくれるッ!」

 

「ふッ──」

 

 

 ガギィィィィッ!!

 

 

「はぁぁっ!」

 

「ぬおっ!?」

 

 大蝦蟇の全体重が乗せられた一突き。

 鴉は槍の三叉に枝分かれする手前の部分に刃を当て、突きの軌道から自身を外し、地面に槍の鋒を叩き落とす。

 

「喰らえぇぇええ!!」

 

 一瞬のこととは言え、槍を封じられた大蝦蟇。

 即座に大口を開き、あの霧を再び鴉へ吐き出そうとする。

 

 しかし鴉はその様子を黙って見ているばかりだった。

 大蝦蟇の口の中に、虹色の妖力が溜まっていく。

 そして、放出──!

 

「フンッ!」

 

 鴉に吐き出された虹の霧。

 彼はそれを、なんと刀で斬り払おうとした。

 霧を斬るなど普通はできはしない。

 だが今の鴉の刀は、特別な力を纏っている。

 

(なっ……!? わ、我が霧を斬った……!?)

 

 刀で斬ろうとも、霧は形を変えて再び一つになるはず。

 だが大蝦蟇の霧は鴉に斬られ、斬られた端から消滅していく。

 口の中からどんどん溢れる妖力の霧は、鴉によって斬り刻まれて消えていく。

 

 次から次へと吐き出される霧。

 それを素早く(さば)き切る鴉。

 大蝦蟇と彼の距離は近い。

 鴉が霧を斬り刻む連撃の中で、大蝦蟇に一太刀浴びせるのは実に容易いことであった。

 

「はぁああっ!!」

 

「ぬああああアッ!?」

 

 鴉の刃が、大蝦蟇に袈裟斬(けさぎ)りを浴びせる。

 胴体に斜め一文字に斬撃を受け、赤黒い血が噴き出る。

 

「チィッ──!」

 

「せいはァッ!」

 

 カウンターとして、大蝦蟇はその発達した脚で鴉の脇腹に蹴りを放つ。

 しかしすぐに見切られ、逆に太腿に断裂寸前の裂傷を刻まれてしまう。

 

「うがッ、あああッ!」

 

「終わりだな、大蝦蟇!」

 

 体勢を崩し、後ろへ倒れかける大蝦蟇。

 断頭せんと容赦なく、彼の首へと刃が振るう鴉。

 大きく振りかぶって、鴉は渾身の一撃を放とうとする──

 

 

 パシュッ──

 

 

 突如、そんな音が鴉の耳に入ってきた。

 消音器(サイレンサー)が取り付けられた拳銃が弾丸を放った時のような、そんな破裂音だった。

 

 だが、それと同時にもう一つ。

 鴉を襲った()()がある。

 それは、激しい胸の痛み。

 

「うおあああああああああああッ!?」

 

 大蝦蟇に斬りかかろうとしていた体勢を崩し、思いきり前方へ倒れ込んでしまう鴉。

 

「あッ、ああっ……! うぐッ、ハァッ、ハァッ……!?」

(な、何だ!? いきなり、胸、が……あ、あれは何かに……()()()()()()!? この、血は……!?)

 

 冷たいコンクリートに再びうずくまり、激痛に悶える。

 鴉は先程の音の正体は、確かに何かに撃たれた音だと断定する。

 痛みの箇所、心窩部には半径1cmほどの穴が空いており、止めどなく血液が溢れ、流れ出てきていたのだから。

 

 鴉の背後から、コツンコツンと足音が聞こえてくる。

 彼は痛みに耐えながら、何とか音のする方へ振り向こうとする。

 

「だ、誰……だ……!?」

 

「あ……しゃ、()()……!」

 

 大蝦蟇は確かに口にした。

 彼がそう呼ぶ人物はただ一人。

 

 

「派手にやられたな……ガマ」

 

 

「も、申し訳ありません……」

 

「…………!?」

(社長……まさか、こいつが……!?)

 

 霧を割るようにして、二人の元へ歩んできた者。

 声からして男。

 しかし背格好からは性別は判定できなかった。

 

 下半身は鴉のように黒い軍服のズボンとブーツに包まれている。

 異様なのはそこから上だ。

 上半身は水のベールを纏っており、水面が光を反射して地面や霧に独特の模様を映し出している。

 頭部も同様、水で出来ているフードを被っており、その中も水面が揺らめき顔が見えない。

 そして何より目を惹くのは、彼が両手に持っている()()()()()()だ。

 

「ガマ、お前気づいてねェだろ。本社に鬼共がカチコミかけてきやがった」

 

「えっ……あっ、そういえば、確かに本社の方から妖力が……」

 

「やっぱりな。気づいてなかった。()()()()()()? 鴉」

 

「っ……!」

 

 鴉は何も言わない。

 こう言ってくるということは、もうバレていると見ていいのだ。

 鬼と鴉には繋がりがあると。

 手を組み、今日一目連龍水道を襲撃したのだと。

 

「ガマ、お前もう帰っていいぞ」

 

「し、しかし……我々二人なら、鴉は確実に仕留められます。本当によろしいので……?」

 

「バカか。怪我して碌に動けないお前を勘定に入れて勝てるんなら、むしろお前はいらねェお荷物だ」

 

「は、はい……」

 

「わかったら行け」

 

 大蝦蟇はちぎれかけている右脚を引きずりながら、何とかその場を這いながら離脱する。

 ある程度待ち、大蝦蟇が離れられたと判断したその者は、改めて鴉に投げかける。

 

「ハッ、ずいぶんナメられたもんだなァ俺も」

 

「…………」

 

「お前と鬼が手を組んでるのか、鬼がガマとお前の戦いを利用したのか……まだどっちかわからねェが、色々と()()()()()()()()()

 

「……できすぎてる?」

 

「自分で言うのもアレだが、俺も大妖怪の一角。地下のお前らの戦闘は始まってすぐにわかった……。そして鬼共。あいつら、それと同時に来たんだよ。俺の元にガマを加勢に行かせないよう、足止めするつもりだったんじゃねェのか?」

 

 完全に読まれている。

 そもそも、鬼童丸や鬼の部隊がここまで簡単に無力化されるというのが想定外だった。

 かなりの力技とは鴉も思ったが、これは茨木童子の鬼童丸に対する信頼の厚さが誤算に繋がったと言っても過言ではない。

 

 この瑞子鳴河には、バレている。

 

「まっ、そんなことは後で茨木童子に聞けばわかることだ。立てよ、鴉。そろそろ胸の穴は塞がったろ?」

 

「……!」

 

 鴉と直接戦った経験があるのか、瑞子はそう促してくる。

 実際、もう傷は治りかけていた。

 

 鴉は黙ったまま、ゆっくり立ち上がる。

 目の前にいるのは、現在この東饗都を牛耳る最強格の妖怪。

 緊張は過去最大級であった。

 

 

「さて……俺のことはもう色々と知ってるだろうが、改めて自己紹介しようか。俺は『一目連龍水道』社長、"水虎(すいこ)"の瑞子鳴河だ」

 

 

 地下治水施設が轟音と共に突如として揺れ始める。

 地震かと思いかける鴉だったが、それは間違いだった。

 瑞子が放つ妖力がコンクリートの床を伝ってこの空間を……否。

 付近の土地全体を揺るがせていた。

 これが、四大財閥のトップの力。

 

 

 四大財閥・一目連龍水道社長"暴れ水"

 瑞子鳴河

 

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