暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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35.鬼の世

「鬼の……世だと……!?」

 

「真の王、って……」

 

 覚と加山は驚きを隠せない。

 鬼たちの目的。それは、玉藻や瑞子などあらゆる敵を排除して、人間社会をも淘汰し自分たちが世界の頂点に立つこと。

 茨木童子は言っているのだ。

 

『まあ、隠すことでもあるまい。いずれわかったことだ……』

 

「ふざけないで! そんなこと、絶対させないわ」

 

『……フン。人間の女よ、お前に何ができる? 人間に何ができるんだ? 所詮鴉の手を借りることでしか妖との戦いの土俵には立てない……。というのに、ずいぶんデカい口を叩けるものだ』

 

「ッ……!!」

 

 加山は言い返せない。

 ただ悔しそうに、スマホの通話画面を睨んで奥歯を噛み締めるのみだった。

 彼女が黙ったところで覚は鬼童丸からスマホを奪い取り、マウスに口を開く。

 

「茨木童子、その"真の王"というのは誰のことだ……!? まさか、()()()なのか!?」

 

『フフフ……。さあ?』

 

「俺たちのような、一度も黄泉に行ったことのない妖を利用するのもその目的のためか!? お前たちは一体何をしているッ!? 答えろッ」

 

『わざわざ俺に聞かずとも、そこにもう一人鬼がいるだろう? そいつに尋ねればいいじゃないか──』

 

「!」

 

 鬼童丸のことだ。

 そう察した覚は妖力を瞳に込め、瞬時に彼の方へ目を向ける。

 

 

『まあ、どうせ喋らんがね』

 

 

 ボゴォォォンッ!

 

 

「なにっ!?」

 

「きゃあっ」

 

 覚が鬼童丸の心を読もうとしたその瞬間、なんと鬼童丸は手に生成した鬼火を自分の顔に思いきりぶつける。

 小規模な爆炎と爆発音を放ち、鬼童丸はベンチから崩れ落ちるようにして地面に倒れた。

 覚に心を読ませないため、自傷して自ら気絶したのである。

 

 鬼には高い再生力がある。

 それでも、一発で気絶できるほどの威力を躊躇なく顔面に撃ち込めるのは、並外れた組織への忠誠心と言わざるを得ない。覚と加山はそう恐怖する。

 

『──爆発音が反響していたな。練魔区にお前たちのものと思しきパトカーが向かったという情報が今、部下から入った。人目につかない場所に向かったであろうことを考えると……住宅街か? いるのは』

 

「くっ……!」

(バレた……!)

 

「さ、覚……」

 

 茨木童子は赫津鬼会(あかつきかい)の構成員を東饗(とうきょう)中に散りばめている。

 神宿から練魔まで走るパトカーがあれば、彼らの監視網にはすぐ捕まるのだ。

 鬼童丸はここまで読んで加山からスマホを借りていた。

 茨木童子が爆発音の反響や鴉を保護した彼らの行先を先読みし、大まかに彼らの居場所を突き止められるように。

 

「……加山さん、ここから離れるぞ」

 

「わかったわ……。鬼童丸は?」

 

「置いていく。鬼の目的はどうせ鬼童丸(そいつ)の回収だ。俺たちがこだわる理由はない……。鴉を連れて、別の場所へ行こう」

 

『聞きたいことは以上か? 切ってもいいなら切るが。俺も忙しいんだ。これから東饗に帰るし……帰ったら帰ったで、瑞子が面倒そうだしな』

 

「好きにしろ!」

 

 覚はスマホに向かって怒鳴ると、乱暴に通話終了ボタンを押す。

 ブツっと一瞬のバイブレーションと共に通話が切れると、覚は加山に放り投げるようにしてスマホを返却。そしてベンチに寝かせた鴉を担ぎ上げ、再び加山とパトカーに乗り込んだ。

 今度の行き先は。

 

至端(いたばし)区方面に向かってくれ。あそこなら練魔の次ぐらいには妖の目は少ないはずだ。できるだけ目立たない道を進もう、加山さん」

 

「わかったわ」

 

 エンジンをかけてパトカーを起こし、アクセルを踏む。

 顔が黒焦げになり、ベンチの前に転がってる鬼童丸を横目に、三人は練魔区の脱出を目指す。

 加山と覚の二人は気づいていないが、鴉の傷の修復が既に始まっており全体の負傷の4割は回復していた。

 だが、目を覚ますにはもうしばらくの時間が必要となる。

 

 それまでの間、鴉を守るのは二人である。

 先程茨木童子は加山に対して「何ができる」と問い、嘲笑した。

 人間に、彼女にできることはある。妖怪と戦う鴉を守ること。それができる人物とは紛れもなく彼女だ。覚もそう信じている。

 彼女自身も、ハンドルを握りながらそう信じたいと願っていた。

 

 

───────────

 

 

 加山と覚が公園を離れて二十分ほどが経過した。

 夜の住宅街を、闇より更に黒い車体が駆動音を響かせながら走っている。日本最大級の自動車メーカー『トコヨ』の高級車であるゼンツが、三台縦に並び、閑静な闇の中を行く。

 やがて街灯一本だけに照らされた公園に到着し入り口の前に堂々と停車すると、車内から黒スーツの男たちが出てくる。

 そしてベンチの近くまで歩いていき、倒れていた鬼童丸の背中を揺すった。

 

「カシラ、お迎えに上がりました」

 

「…………」

 

 彼らの正体は赫津鬼会の構成員。しかし鬼ではなく人間だ。

 他の極道組織を潰し、吸収しながら、赫津鬼会は肥大していった。そのため、全構成員の割合でいえば人間の方が多いのである。

 

 部下に揺り起こされた鬼童丸は、地面に手をついてムクリと起き上がる。爆破した顔面は既に修復しきっており、傷の一つも無い。土だけが付いていた。

 

「一目連龍の件については──既に聞いてます。マスコミの報道だと、カシラ以外の連中は全員死亡。一目連龍の社員も三十人ぐらいは死んでますが、瑞子鳴河は……」

 

 「残念です」と首を振る部下。

 鬼童丸は彼の報告を受けても尚表情ひとつ変えなかった。

 服に付いた土を払い、鬼童丸は立ち上がる。そして部下たちが乗ってきたゼンツに歩んでいく。

 先頭に置かれた車の後部座席に乗り込むと、運転席に座っていた別の部下が彼にスマホを差し出してきた。

 

「会長と繋がっています」

 

 鬼童丸はスマホを受け取り、耳元に当てた。

 

『改めて、ご苦労だったな倅殿。お前たちが時間を稼いでくれたおかげで、俺たちも目的のものを手に入れられた。これで()()()()()が全て揃った……!!』

 

 電話越しの茨木童子の声はとても愉快そうであった。

 鬼童丸も背もたれに身を預け、リラックスした状態で上司の話に耳を傾ける。

 

『やはり読み通り、『天逆鉾(あまのさかほこ)』は霊峰富士に隠されていた。伊世(いせ)にも出母(いずも)にも無いとなれば、あそこしかないと思っていたが』

 

 茨木童子たち鬼は、ある目的のために"神器"を探していた。

 人間の間に伝わる、八咫鏡(やたのかがみ)天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の三種の神器。これに連なる、もう一つの隠された神器こそが天逆鉾である。

 しかし存在が公になっているのはその柄でだけであり、鉾先は行方をくらませていた。

 

 茨木童子は鉾先の在処について日本中の神社や霊峰に目をつけ、何年もかけて調査をしていた。

 そしてついに、発見する。

 天逆鉾は富士山の火口近くに掘られた小さな洞窟に隠されており、今日、それを回収することに成功したのだ。

 

『倅殿、()()はこちらで行う。終わり次第帰るが、瑞子鳴河は黙ってはいないだろう。重要な物品だけ本部から回収し、然るべき場所に隠せ』

 

 トントン。

 

『よし……。ところで、瑞子は我々の動きに勘づいていた様子はあったか?』

 

 トントントン。

 

『そうか。あいつが馬鹿で嬉しいぜ。それに玉藻の不在も……。運が良かった。一瞬とはいえ、俺も妖力を使わざるを得なかったからな』

 

 今回の一目連龍水道襲撃作戦は、もちろん瑞子鳴河の首を獲ることも目標だった。しかしこれは、もうひとつの最大の目的を隠すためのブラフという側面も持っていた。

 

 天逆鉾を回収するには、それが纏う神の力に耐えなければならない。

 人間であれば問題はないが、茨木童子は妖。隠されている場所が場所であるため、人間が取りに行くのも困難を極めていた。

 自身の力をかなり解放して回収に臨んだために、いくら東饗と富士山という距離であっても瑞子や玉藻に勘づかれる可能性があった。それを誤魔化すために、鴉と鬼童丸、そして45人の赫津鬼会の構成員を動員したのである。

 

 それほどの犠牲を払ってでも、茨木童子は天逆鉾を回収したかった。

 その理由は覚と加山に語った野望。ただひとえに、それを叶えるため。

 

『……もうしばらくの辛抱だ。倅殿。必ず(まみ)えよう。お前の偉大なる父、我らが──』

 

 

 

 ──酒呑童子に。

 

 

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