暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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47.切られる火蓋

「……これで、三体目」

 

 鴉は自身の刀に付着した血を、コートの袖で拭う。

 フシテレビ本社、十階に到達した鴉は窓一つない蛍光灯で照らされた無機質な廊下で早速妖怪と戦闘をしていた。

 彼の目の前には、首を落とされた白装束の女が転がっている。肌が死人のように白く、足は無い。薄らと半透明であり、まさしく幽霊という姿だった。

 鴉は既に、この『震々(ぶるぶる)』という妖怪を三体殺していた。

 

(実体を持つ妖怪じゃなくて良かった……。派手に殺し過ぎたしな。それに、こういうタイプはそろそろ……)

 

 鴉が腰に納刀すると同時に、震々の姿もスーーっと消えていき、ものの数秒で完全に消滅した。

 亡霊が変化したタイプの妖怪は実体を持たず、死ぬと同時に消滅。黄泉に向かうことになる。

 反対に実体を持つ妖怪は死体を残し、黄泉に行く。

 

「だが、どうして配置されてるのが震々なんだ……? 加山のように霊力が高くなければ、確かに人間の目には見えないが……」

 

 

「それで正解だよ、鴉」

 

 

「……!」

 

 鴉が独り言を呟いていると、背後から女の声が。

 彼が振り返ってみると、声の主の姿が明らかになる。

 白黒の事務服に身を包んだ、三十代後半ほどの外見の女性。ウェーブがかった暗い茶髪を後ろで結んでおり、濃いメイクをした美女といった具合だった。

 そして彼女からは妖力が漂っていた。

 

「妖怪だな」

 

「それも正解。まさかここまでやって来るとはね、思ってもいなかったよ。月兎様は特に注意喚起もしていなかったし、気まぐれでここまで来たのかしら?」

 

「……」

 

「あら、やる気満々ね」

 

 女性の質問に答えず、鴉は納めたばかりの刀を再び引き抜く。

 

「俺の目的は一つだ。月兎の顔の()()。それを大人しく喋ってくれれば、命だけは見逃すかもな」

 

「冗談でしょう? 私も黄泉から蘇った存在なんだけど。貴方たち鴉の使命からして、絶対見逃せるわけないじゃない」

 

「どうかな。そこまで強制力のある使命でもないが」

 

 女は腕を組み、鴉を観察している。

 鴉としては女の命には然程興味は無く、殺せるなら殺すとしか考えていない。女の行動によっては見逃すかもしれないし、このままでは嘘を吐いたまま殺すつもりでいる。

 女は当然そんな鴉の考えを見透かしており、取引に応じるつもりは一切無かった。

 つまり彼女は、鴉と戦いに来たのである。

 

「……来ないの?」

 

 女は腕を解かず、鴉にそう投げかける。

 

「……」

 

「警戒しちゃって」

 

 目の前の男が刃を見せつけているというのに、全く怯える様子を見せない女。

 鴉はそんな彼女の態度と、とある異変を(いぶか)しんでいた。

 

(戦闘体勢に入らないだけならまだしも、こいつの妖力……。普通は体の周りに纏わりつくように発せられるはずだが、まるで糸が周囲に張り巡らされているかのようだ……俺の後ろにまで及んでいる)

 

目には見えない気配だけのワイヤートラップが、女と鴉を囲むように廊下中に張り巡らされている。

 鴉も不思議には思っていた。

 この廊下に到達し震々たちを殺している間も、その前にも、人間一人ここを通ってはいなかった。

 この女が自分のこの妖力を使い、この場所を封鎖していたのだろう。鴉はそう推察する。

 

 鴉は刀を使い、自身の足元を刀で払う。

 妖力の糸を斬るようにそうすると、糸は分断され、か細い妖力が消えていく。

 彼の()()()()だった。

 

「あらぁ、気づいちゃった?」

 

「見えないだけでわかりやすいぞ。それに舐めすぎだ、こんな(もろ)い糸でどうするつもりだったんだ」

 

「フフ……」

 

 女は不敵に笑うのみ。

 彼女が敵だということはわかりきっている。(じれ)ったくなった鴉は、腰を落として"霞崩しの構え"を取る。

 女であろうとも敵には容赦しない。集中力を研ぎ澄ませ……そして床を蹴った。

 

「はぁぁあッ!!」

 

「フッ!」

 

 突進し、女の首めがけて刀を突き出す。

 しかし、鴉の体は空中で動きを止めてしまう。

 刀は彼女の首のわずか数ミリ前で止まっており、女の背中から伸びる硬い突起のようなものが刀の(つば)に当てられていた。この部分を起点に、鴉の刀を押し返していたのだ。

 更に、鴉の体には女の妖力の糸が纏わりついている。

 

「飛んで火に入る何とかねぇ」

 

「その()……蜘蛛の妖怪か。察するに、絡新婦(じょろうぐも)

 

「大せいか〜〜ぁい」

 

 正体を現した女、絡新婦の背中から、服を突き破りながらさらに蜘蛛の脚が三本伸びてくる。

 糸状の妖力は彼女の蜘蛛の妖怪としての能力。

 粘り気の強いこの糸は斬撃に弱く脆いものの、網にかけるようにして獲物の体に纏わりつかせれば簡単にその者の動きを止めてしまう。

 今の鴉はさながら蜘蛛の巣にかかった羽虫だった。

 

「ウフ、意外と簡単に捕まっちゃったわねぇ。これからどうする? 私と一緒に楽しいことでもするかしらん? それとも、月兎様のヒ・ミ・ツ。それ聞いてとっとと死ぬ?」

 

「……そうだな。選ぶとしたら後者だな。お前少し、ケバいし臭い」

 

 鴉を捕らえて余裕な絡新婦だが、鴉は彼女の軽口に動じることなく軽口を叩き返す。

 不利なはずだというのに余裕を失わないそんな鴉に、絡新婦はすぐに苛立ちを見せる。

 

「フン! あっそう。じゃあ殺してやるわ。月兎様の顔の秘密はねぇ…………言うわけないじゃない。目玉抉り出されて苦しみながら死ねっ!」

 

 絡新婦は背中から伸びる脚を、一斉に鴉の顔面に突き刺そうと繰り出す。

 鴉は相変わらず動きを見せず、寸前までただ絡新婦を観察しているだけ。

 なぜなら、彼の攻撃はもう済んでいたから。

 

 

 キ────ン!

 

 

「ッ……!!? う、あああっ!?」

 

「うぐっ……!」

 

 突如として廊下に耐えがたい高周波音が響き渡る。

 絡新婦は明らかに怯んで動きを止め、鴉も顔を(しか)める。

 これもまた鴉の持っていた武器の一つである。桃の婆から新たに購入していた音響弾。

 これもまた黄泉(よみ)の産物であるため、妖怪や鴉などしか知覚できない。

 桃の婆によれば妖怪の魂を火葬すると出る"魂灰(こんはい)"の中でも、妖力が保たれている大きな破片を使用している。つまりこの高周波音とは、黄泉で火葬された妖怪の力の一端なのだ。

 

「なっ……なん、だ……これはッ……」

 

「……! ハァァァッ!」

 

「うあああッ!?」

 

 音に耐えかね、思わず両耳に手をやる絡新婦。

 その隙を鴉は見逃さない。

 糸によって体を固定されていながらも、無理やり腕を振るって絡新婦の胸から肩にかけて斬撃を浴びせた。

 

「はぁっ、はぁっ……クソっ、よくもォ!」

 

「俺も耳がイカれそうだったぜ……。だがま、おしゃべりに時間かけ過ぎた自分を恨むんだな。早いところ俺の首をその脚で貫いておけば、今頃俺は死んでいた」

 

「くっ……うっ……!」

 

 鴉は耳をほじりながら絡新婦に言い放つ。

 油断は彼女の癖だということを、少し話しただけで彼は見抜けていた。

 

 糸による拘束を解かれ、再び睨み合いが始まる。

 しかし一度使用した手は二度目以降の効果は見込めない。絡新婦も、今のやりとりで目の前の鴉が只者ではないことを察していた。

 

「さあ、どうする? 素直に月兎のことを喋るか?」

 

「だっ、誰がっ……!」

 

「! 待て!」

 

 形勢不利と判断した絡新婦は、鴉に背を向けてなんと逃走。

 背中の脚を再収納し、白い肌を背中に空いた服の穴から覗かせながら全力で走り出す。

 当然、鴉も彼女を追って駆け出す。

 せっかく見つけた月兎の部下を見逃すわけにはいかなかった。

 

 

───────────

 

 

 一方の加山。

 彼女は四階に到着し、番組に出演予定の芸人やタレントの楽屋が並ぶ廊下を歩いていた。

 楽屋の扉には、彼女もよく知る有名人たちの名前が。

 しかし彼らは昼のバラエティに出ているため、部屋は(から)だった。

 

「あ、凄い……『ハンバーガーマン』の楽屋だ……」

 

 加山も好きな漫才コンビ、ハンバーガーマン。

 彼女は漫才よりもコントの方が好きだが、彼らが出る番組はよく観ていた。

 

 そんな風にして、潜入捜査を忘れかけてしまうほど有名人たちの楽屋を見て回っていた。

 鴉が戦い、覚が出番を待ちながら付近のビルに潜伏している中、彼女はついつい楽しんでしまう。

 ふとそんな自分に気がつき、頭を振って本来の目的に戻ろうとする。

 

(時間的に番組の中盤ぐらいだけど、他のスタッフたちはこの時間でも忙しそうね)

 

 すれ違うスタッフたちを見ながら、加山はそんなことを思っていた。

 皆慌ただしく走り回っており、何人廊下ですれ違ったか加山ですらわからないほどである。

 しかし、彼女の中で少し引っかかる部分もあった。

 スタッフたちの顔を見ると、慌て過ぎているように感じていたのだ。

 

「くそっ、青山さんどこに行ったんだ!? 頼んだものはいつ持ってくるんだ……!」

「トイレも居ないらしい。こんな時にどこへ……!」

 

「…………」

(人がみつからないのかしら?)

 

 彼らはスタッフ仲間を探していた。

 何か物販を用意するよう頼んでいたようだが、肝心の青山というスタッフはそれを遂行する前に姿を消してしまったらしい。

 青山という人物を探して、五人ほどのスタッフが廊下を慌ただしく行ったり来たりしていた。

 

(少しだけなら手伝ってあげてもいいけど……)

 

「ああ〜〜〜〜、美味がったぁ──」

 

「あっ──!」

 

 すれ違ったスタッフを目で追っていた加山。

 すると楽屋の扉を開けて目の前に出てきた男に気づかず、そのままぶっかってしまった。

 

「す、すみませんっ」

 

「おおーー、大丈夫大丈夫ぅ。んん? アンタ見ねえ顔だなぁ。新入りの人かぁ?」

 

「え、ええ……。最近入社した……河山(かわやま)といいます。ええと、田枯(たがらし)さんですか」

 

「おぉう、俺は()()()()。よろしくなぁ」

 

 加山のぶつかった男、田枯は(なま)った口調で話し彼女に手を出す。

 握手に応じる加山は、そのゴツゴツした見た目とは裏腹に海綿のように柔らかい彼の手の感触に一瞬驚いてしまう。

 背が高く、三十代後半から四十代ほどの顔をしているがやけにシミが多く清潔感もあまり無い。そんな田枯に若干嫌悪感を抱きつつも、悪い人物ではないとは感じた加山は彼に質問する。

 

「皆さん、青山さんという方を探しているようですよ。田枯さんはご存知ではありませんか?」

 

「ん? あ、ああ〜〜……ちょっとわがんねかな……。俺、ちょっと見てねえ」

 

「……?」

 

 若干の歯切れの悪さを見せる田枯。

 焦点の合っていない目つきで、天井を仰いで加山と目線が合わないようにしている。

 警察官である加山はそんな彼の様子を見て怪しさを感じるが……

 

「ああっ、河山さん。新入りなら俺がこの辺案内しでやる。ついて来い」

 

「え、あっ、ちょっと!」

 

 田枯は加山の手を引き、その場を離れていった。

 まるで何を、加山やスタッフから隠したいかのように。

 そして加山は気づいていなかったが、この男田枯は妖力を隠すことなく発していた。

 

 

 

 

 

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