暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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4.『日照り神』

 救急車が到着した病院は『東饗政樹病院(とうきょうせいきびょういん)』。

 私立の大病院であり、四大財閥である『NTC』社長が同時にその理事長を務めている。

 一日の外来患者数は1500人にのぼり、病床数は413、診療科も39科、医師数も200人を超える大規模な病院である。

 中でも脳外科の治療実績は国内トップであり、手術治療が難しい脳深部の腫瘍、脳動脈瘤、難治性てんかんといった難治療症例に対してガンマナイフや神経内視鏡等、最新の手術機器を駆使して治療にあたっている。

 

 

 頭部挫傷と意識障害から目を覚まさない女性は緊急入院となった。処置を終え、彼女は広く機器の並んだ部屋にて寝かされることになるが、鴉はずっとそれについて回り、姑獲鳥の襲撃に備えていた。

 

(……なるほどな。妊婦だったのか)

 

 腹部に付けられた、鳥の足の形をした血の印。それは姑獲鳥がターゲットに決めた者に刻まれる。

 救急車の外からは服の上から付けられているように見えたが、どうやら染み込んで腹の皮膚まで濡らしたようだ。あの血は中々落ちない。

 運ばれた彼女の腹は膨らんでいた。脂肪ではなく、張りのある膨張であったことから鴉は女性が妊婦であるとわかったのだ。

 

(姑獲鳥が……腹の中の子どもまで狙うなんて話は聞いたことがないが……。中にいるのは二人目か?)

 

 鴉は訝しむ。

 それに姑獲鳥がマーキングするのは基本人間ではなく、外に干してある衣服や布団である。

 街中で歩いているのを見かけて女性本人にマーキングしてしまったのか。

 真相が何であれ、姑獲鳥が彼女を狙ってやって来るのは確実である。

 彼女の側で待ち続ければ、獲物は自分からやって来る。

 

 一つ問題があるとすれば、戦いの舞台だろうか。

 この場所に姑獲鳥が訪れ、交戦すれば、命の危機に瀕した女性含め周りで寝ている患者たちも巻き添えになる。

 

「はぁ。さっき()()()に会ったせいで、余計なことを考えちまうな……」

 

 妖怪が視えるという女の警官。正確に言えば、妖怪というよりは妖力や霊体を目にすることができるということになるが。

 姑獲鳥のように、黄泉から復活し実体を得て生きている妖怪は誰にでも視える。しかし鴉のような実体なき霊体や、一部の特殊な妖怪、妖怪の操る『妖術』は霊力の高い人間にしか目にすることはできない。

 

 彼女はそんな自分の力を人々のために役立てたいと言っていた。だから鴉である自分と協力しよう、と。

 鴉の役目は妖怪を殺すこと。人助けではない。

 だが彼女の言葉が妙に引っかかって、病床に伏している患者が目に入る度に彼女の顔を思い出す。必死で、あと少しで泣きそうだった顔を。

 

「人助けは、神の命には無かった。俺には関係ない」

 

 鴉は自分に言い聞かせるようにして呟くのだった。

 

 

 

 

『玉藻様……。鴉が到着しました。いかがしましょう』

 

『タイミングは任せる。楽しませてくれよ、(ばつ)。心配はしなくていい……。メディアは金を握らせればいくらでも()()()。姑獲鳥と一緒に暴れろ』

 

『は……』

 

 

 

 

「…………!」

 

 姑獲鳥を待ち侘びていた鴉は顔を上げる。

 彼の鼻を、嗅ぎ覚えのある匂いが撫でたからだ。

 そう……

 

「来たな」

 

 黄泉の香りがICUを満たす。

 患者たちには嗅げもせず、身体に何の影響も与えないが、鴉の鼻は敏感に反応した。

 離れた位置にいる看護師たちも一切気がついていない。

 

 匂いはどんどん強くなる。

 間違いなく、黄泉から復活した妖怪がこの空間に近づいてきている。そしてそれが姑獲鳥なのはほぼ確定だ。

 入り口は三つ。病床からして左右に一つずつと、真正面にある小さめのドア。看護師が主に出入りする箇所である。

 

(……あそこから来るか)

 

 向かって右方向にある両開きの扉。そこから漂ってくる匂いが特に強い。

 二人分の足音が近づいてくる。人に化けて女性に近づくつもりかと鴉は予想。

 腰に差した刀に手を掛け、いつでも抜刀できる準備をした。

 

 扉が開き、入って来たのは白衣を着た男性医師と看護師の女の二人組だった。

 

「先程、ご家族の方と連絡がつきました。山崎静香さん、28歳。現在妊娠32週で、初妊婦です。旦那さんがもうじき到着すると……」

「夜更けに妊婦が一人で出歩くなんて、私には信じられんよ。何をしてたんだろうな。身内も連れずに」

「それは……わかりませんが……」

「……夫に内緒で秘密の遊び、か。その結果、建物からの落下物で運悪く頭部外傷……」

「先生、止してください。定かではないんですから」

「はは、そうだな。まぁ……今のところ経過に問題はない。脳圧が、少し高いぐらいだが」

「注意しておきます」

「それと……」

 

 

 

「鴉が紛れていたら始末するように──」

 

 

 

 スパァァァァンッ!!

 

 

 

「!!? キャァァァァァーーーーッ!!」

 

 二人は会話しながら並ぶ患者たちの前を歩いていく。

 そして鴉と女性の前を通り過ぎようとしたその瞬間、医師の右腕が背中側へ大きく湾曲する。人間ではあり得ない挙動で、しかもその右手には鋭い爪が伸び、鴉の顔面へと襲いかかった。

 

「男の方だったか。だが……」

 

 しかしその凶爪が彼の顔を引き裂くことはなく、逆に医師の右腕が血を撒き散らしながら宙を飛んだ。

 抜刀した鴉が、腕を斬り飛ばしたのだ。

 真横で医師の腕が飛び、その鮮血を浴びる看護師は当然悲鳴を上げる。それに気がついた他の看護師も異常に気づき、どよめきが起こる。

 

「うぎっ……ぎっ……。ぎィガァァァッ!」

 

「ヒッ……あぐっ」

 

 右腕を失った医師は体をふらつかせながら、横にいた看護師の顔を左手の爪で切り裂く。

 倒れ伏す看護師。周りの看護師は悲鳴を上げてICUを飛び出すか、壁に取り付けられた電話機でどこかへ連絡を始める。

 

「何者だ。姑獲鳥ではないな。獣人のような姿をしているが?」

 

 医師の左腕。その袖からは茶色い獣のような体毛がはみ出ていた。

 そして鋭い爪に、背中を丸めた猫背。そして、虚な表情で鴉を見つめている。

 正体は掴みきれないが、姑獲鳥ではないことは確かだ。

 

「ぎィ〜〜〜〜……。反応が、良い。お前、他の鴉、より、強いな」

 

「…………」

 

「何か、喋ってみろ」

 

「命令する前に俺の質問に答えろ。何者だ、お前は」

 

「ぐっ、ふっふっふっふ。言わなくとも、そのうちわかる。感じるか? 俺が、放っている妖力が、満ちていく。この部屋に。病院全体に」

 

 鴉には確かに感じ取れている。

 むず痒い、微風のようなものが自分の脇を吹き通っていく。

 何とも感じの悪い、気持ちの悪い悪風だ。

 

 妖力にはそれを発する主である妖怪の特色が現れる。相手が何の妖怪かわからずとも、その妖力の性質に触れることで、鴉たちは相手の戦い方や弱点を推察することができる。

 目の前の獣人のような妖怪の妖力は、(ぬる)く乾燥した風のようだった。

 

「何をするつもりだ」

 

「お前を、殺す。喜ぶお方が、いらっしゃる」

 

「喜ぶお方? それも聞かせてもらうが、俺は今からお前がしようとしていることを──」

 

 鴉は口を紡ぐ。目の前の妖怪の妖力に触れている感覚は今もあるが、別の違和感が生じてきたのだ。

 ふと気がつくと肌が乾燥していた。唇にヒビが入り、声を発し唇が動くごとに針で突いたような痛みが走る。

 先程までそんなことはなかったというのに。

 

「ぐっふふふ、やっと、気がついたか」

 

「…………乾燥の力……」

(まさかこいつ……『(ひでりがみ)』か?)

 

 魃。読み方は「ばつ」、あるいは「ひでりがみ」。

 中国から渡ってきた、旱魃を引き起こす獣人型の妖怪である。

 大旱魃を起こし、その土地を雨の降らない地に変える獣。人々の生活圏に存在していれば、甚大な被害を引き起こす。

 

 それが病院という、よりによって弱った人々の集まる建物の中にいるのだ。しかも、ICUに。

 周囲の空気は乾燥し始めている。そして、気温もどんどん上がりつつある。

 鴉も汗をかく。温い汗が頰を伝い、清潔を保つべき床に垂れた。

 

「ぐふっ、ひっひっひっひ……! さあ、始めようか。お前の血と、首を、あのお方に捧げよう」

 

「……さっきから言う「あのお方」というのは、お前の主人か?」

 

「ああ……。そう、だな。言うなれば、俺たち(あやかし)の王たるお方……。彼こそ、全ての支配者に相応しい。だから、俺はあのお方に全てを捧げる……」

 

 湿度計が10パーセントを下回ろうとしている。

 温度計は35度の目盛りを超えた。

 ようやく看護師の通報が伝わったのか、それとも魃が引き起こす異常の現象のためか、室内にブザーが鳴り響く。

 それは開戦の合図となった。

 

 

 

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