暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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58.暴走車

「退屈だったらスマホぐらい触っててもいいんだよ?」

 

 ()()()()()()()()()()()()にて、芸能事務所社長としての仕事を行う月兎。

 彼が話しかけた相手である加山は相変わらずソファに座っているばかり。

 月兎は仮面を付けたままでいるため、加山も目を開いて黙って座っていた。

 

「……ああ、スマホは家に置いて来たのか。じゃあ仕方ないね……」

 

 そう言いかけたところで、月兎はあることに気がつく。

 

(……自分で言うのも何だが、彼女は拐われた身だ。スマホを持っていないのは特別おかしなことじゃない。だが、スマホがあればマップを開いてここまで来ることもできる。そこまで頭で考えて家に置いてきたとすれば……)

 

 月兎の襲撃は短時間の出来事であった。

 ものの数秒で覚と鴉に重傷を与えて無力化したため、加山にも何かができる時間も無かったはずだと月兎は考えていた。

 だが、加山はこれまで何度も鴉と妖怪の戦いを経験してきた。月兎が推測するような対応を実はしていた、ということも十分に考えられた。

 

「もしかして、家にスマホを置いてきたのはわざとだったりするかい?」

 

「……そんな選択できるほどの余裕なんて無かったわ」

 

「どうかなぁ。僕が鴉と喋っていたあの時、実は君のことは結構頭に無かったんだ。だから君が、僕の視界の外で何かをしていても気づけなかった。それに勘づいた君はスマホを敢えて部屋に置いてきて、鴉たちがここまで来れるようマップを準備していたっていうの、ありそうなんだよねぇ」

 

「…………」

 

 月兎が見透かしたように饒舌(じょうぜつ)になる中、加山は突き放すように冷たいリアクションをする。

 月兎の予想を聞いた彼女は、図星なのかそうでないのかわからなくなるよう返答をしない。

 (もっと)も、月兎からすればそれはどうでもいいことであり、加山が黙ろうが彼の口が塞がることはなかった。

 

「はは、黙っちゃって可愛いんだから。もし鴉のためにスマホを置いてきたっていうなら、一応無駄だっていうことは言っておくよ」

 

「どういう意味よ」

 

「実はこの件、玉藻もちょっとだけ絡んでいてね。玉藻本人と、『四凶』のある男も動いてる。彼はかねてから鴉と戦いたがっていてね」

 

「えっ……!? まさか、また窮奇(きゅうき)が……!?」

 

「いや、窮奇じゃない。彼よりももう少し……おつむが残念なやつさ」

 

 

───────────

 

 

「ハァっ……ハァっ……ハァっ……!」

 

 斗島(としま)区から皆途区にかけての一直線。加山宅で脚の負傷を癒やしきった鴉の疾走だと20分もあれば踏破できる距離である。今回は覚はおらず、夜も更けてきたために移動ルートを考える必要もなかった。

 加山が残していったスマホのマップを頼りに、鴉は『幻明芸能事務所』を目指す。

 建物の屋根を飛び越え、道路を走り、車の屋根を蹴飛ばし跳躍しながら、月兎に誘拐された加山を追う。

 

「皆途区に入った……! 後は海の近くまで、すぐに着く……!」

 

 高層ビルの立ち並ぶザ・都会。

 二本三本どころでない車線に区切られた広い車道のど真ん中を走る鴉は、行き交う車の群れをものともせず回避していく。

 月兎の根城まであと数分。

 はやる気持ちが鴉の足をさらに加速させる。

 しかし、そんな彼を阻む者が当然の如く現れるのだった。

 

「キャアアアアアアアアアアッ!!」

 

「っ……!? 何だ!?」

 

 鴉の視界の先、あるガラス張りのビルの一階から甲高い破裂音を轟かせて何かが飛び出してきた。

 それは車輪の付いた何か。ギュギュギュッと凄まじい音を響かせながらドリフトするそれは、牛車のようなシルエットをしていた。

 ビルを突き破り、歩行者のいる歩道を堂々と横切ったそれは鴉に向かってまっすぐ突っ込んでくる。そしてその屋根の上には人影が。

 

「よおっ、鴉ぅ! 会いたかったぜぇ!? 窮奇と派手に遊んでたじゃねぇか。今度は俺と遊べよぉ!!」

 

「誰だッ!?」

 

 人影を乗せた牛車は、鴉に向かって爆走。

 鴉が突進攻撃を横っ飛びで間一髪で回避すると、牛車は順走行する他の自動車と容赦なく正面衝突していく。一般的な自動車も、光沢を放つ高級車も関係なく巻き込んでいった。

 自動車が破砕される中、牛車は何故か無事であり、車をクッションにして動きを止めていた。そして再び、通り過ぎた鴉の方へ車体の正面を向ける。

 

「……! 朧車(おぼろぐるま)か」

 

 牛車の正体。それは妖怪、朧車。

 本来なら暖簾(のれん)が掛かっている車体の前面に、恨みに満ちたおぞましい人間の顔面が貼り付いている。鴉はその特徴から正体を割り出したのだった。

 だが依然として謎なのは、朧車の上にいる謎の男。

 長身でシルエットは細いものの、筋肉による凹凸はハッキリしている細マッチョ体型。蛮族と呼ぶに相応しい、腰に虎柄の腰巻きをした半裸姿の彼は確かに窮奇と口にしていた。そのことから、鴉は彼が『四凶』の一員であると推察する。

 

「女を取り返しに行くんだろ? まあ安心しろよ! 月兎はどうやら女を殺すつもりは無いみたいだぜ。なら、余裕があるだろ!? 俺と遊べよな!」

 

「そんな余裕は無い!」

 

「いいや、あるねっ! 行けぇっ、朧車ぁ!!」

 

 男は朧車の上からそう叫ぶ。

 その朧車は地響きのような唸り声を上げ、再び車輪を高速回転。鴉に突進する予備動作を見せる。

 

「俺は檮杌(とうこつ)!! 覚えとけッ!」

 

 檮杌が名乗りを上げると同時に、朧車がフルスロットルで鴉へ突っ込んでいく。

 時速は走り出しと共に50kmを超え、容赦なく標的を轢殺しようと迫る。

 

「フッ──」

 

 そんな中で鴉の取った行動は回避──否、それだけではない。

 朧車が車輪を空転させた時、彼は手にしていた加山のスマホを服の中にしまっていた。そしてそれと同時に、ある物を取り出していた。

 彼の回転式拳銃(リボルバー)

 

「ハァッ!」

 

「なにっ!?」

 

 鴉は朧車の突進を再び転がりながら避けると共に、車輪へ向けて数回発砲。車体の下にある、両サイドの車輪を繋ぐ軸と車輪の繋ぎ目を射撃によって破壊してしまう。

 檮杌はすぐにそれに気がつくが、その時には時すでに遅し。

 

「なああッ!? お、おいっ立て直せぇ!!」

 

 朧車の左側の車輪が外れかけ、突進のための高速回転によってさらに自壊が進行。

 バランスが崩れた朧車は、左側の車輪がブレーキをかけてしまい進路を大きく左折してしまう。そしてそのまま、車道を乗り越えて──

 

「ぶ、ぶつかっ──おあーーっ!?」

 

 鴉の前に登場した時と同じように、今度は別のビルに突っ込んでいった朧車と檮杌。

 間抜けな叫び声を上げてガラス張りを突き破っていった姿を一瞥(いちべつ)した鴉は、本当に彼らに構うことなく、黙って元々の進路を進み直すのだった。

 

「い、今のヤバくなぁい? どする? ケーサツ呼ぶ?」

 

「えぇ〜〜……アタシ事情聴取とかイヤなんだけどぉ……」

 

「それなァ〜〜。でもウケるし、『リンスタ』にあげちゃお」

 

 鴉の姿は誰にも見えてはいない。しかし、朧車と檮杌は確かに実体を持っており、夜道を往く人々の目にその暴走がしっかりと焼きついていた。

 この若い女二人組は朧車たちがビルに突っ込んでいった現場に一番近い位置におり、興味本位でビルに空いた穴に近づきスマホで写真を撮っていた。

 彼女らは警察を呼ぶのは後で面倒くさそうだと口にしており、他者に無関心であることを隠さない。むしろ、主張していた。

 

「があああっ!! 邪魔だっ、クソっ!」

 

「うわっ、生きてる!?」

 

「うっわーー、タフ〜〜……」

 

 土埃の立ち昇る瓦礫の中、檮杌は(わずら)わしさに対する怒りを露わにしながら朧車をバラバラに破壊。その一部であった木片を素手で握り潰しながら、女たちの前までのしのしと歩いて出てくる。

 

「えっ、ヤバ。めっちゃ変なカッコだし」

 

「ヤバいよヤバいよ、スマホしまいなって……」

 

 檮杌の服装は現代人からすれば珍妙そのもの。

 女のうち一方は、そんな彼に対して構わずスマホを向ける。

 もう一方は檮杌の雰囲気が異常であると察知し、スマホを持ったままもう一人を説得していた。

 

「……うるせーな……」

 

 

 バコオォッ──!

 

 

「んぎゃっ」

 

「きゃあああああああッ!?」

 

 二人組に目をやった檮杌は、気だるげに手にしていた木片をスマホを向ける女に投げつける。

 腕の動きは軽い下投げだったというのに、木片はプロ野球選手の全力投球と同じスピードに達し、女の顔面をスマホごと粉砕した。

 

「ッッ……!! クッソ〜〜〜〜っ、逃げられちまったじゃねぇか! 鴉ぅ、どこだァァァァッ!!?」

 

 皆途区中に響き渡るような声で叫ぶ檮杌。

 その声は確かに鴉の背中に届いていたが、彼が反応を返すことはなかった。

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