暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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68.死踏

 

 ──小羊が第六の封印を解いた時、地震が起こり、

 

 ──太陽は毛織物のように黒くなり、

 ──月は全面が血のように染まり、

 

 ──天の星は、無花果(いちじく)のまだ青い実が大風により振り落されるように、地に落ちた。

 

 

 ヨハネの黙示録6章12-13節

 

 

───────────

 

 

「フンッ、はあぁッ!」

 

 鴉の刀、月兎(げっと)柳葉刀(りゅうようとう)がぶつかり合う。

 静かな殺意の込められた鴉の刀は重く、その突きは月兎の体を、直撃した彼の獲物越しであっても吹き飛ばしてしまうほど。

 しかし月兎も、その"能力"に()()()()()()()怠け者では決してない。鴉の攻撃を受けて宙に浮いてしまったものの、その器用な身のこなしによって自身にかかる衝撃を体外へ逃してしまう。

 

「危ないな……!」

 

 フワリ、と音もなく着地し鴉を睨みつける月兎。

 その着地の瞬間という隙を逃さず、鴉はさらに彼との距離を詰め追撃する。

 

「フッ──!」

 

「甘いっ」

 

 鴉の横薙(よこな)ぎの大振り。

 それを見切った月兎は避けようとはせず、再び柳葉刀の刃で攻撃を受け切る。

 体をあえて浮かせ、衝撃が体に負担を蓄積させないようにする。月兎の得意とすることは、この洗練された体重移動による防御術。

 彼が『四大財閥』のトップとして他三体の妖怪に並び立てるのは、『魂の強制徴収』だけによるわけではない。

 鴉に散々披露した転移能力と合わせ、防御、回避ともに隙は無い。近接戦闘における技術ならば、彼は多くの妖怪を凌駕(りょうが)していた。

 

「その左腕──もう一度落としてやろうッ」

 

「!」

 

 鴉の攻撃により彼の左手側へと飛び退いた月兎は、柳葉刀を(ひるがえ)し鈍く光らせる。

 黄金に輝く装飾のされたその武器は特殊な力は何一つ持たない。

 刃が湾曲しているという曲刀の性質を持つが故に、月兎の"攻め"に貢献する。

 月兎は柳葉刀をまるで体操選手がリボンを扱うかのように、あるいは(ムチ)を振るうかのように、腕をしならせて振り抜く。

 その攻撃を目視で確認する鴉は、当然左腕を引っ込めて回避しようとする。しかし完璧に避けることはできず、前腕の肉を数センチほど裂かれてしまう。

 

(これは……)

 

 後方へ飛び退く鴉。

 顔を上げて月兎の動きをよく見てみれば、彼がどのような戦闘スタイルをとっているか。それを理解することができた。

 

「……剣舞か」

 

 月兎はその脚、腕、全身の動きを止めない。

 つま先を軸に行われる、流れる雲のように常にしなやかに、緩急の入り乱れる動き。

 それは日本の伝統的な剣詩舞(けんしぶ)とは違う、中国の剣術に連なる美しき戦闘体系だった。

 

「フゥッ!」

 

「くっ!?」

(速いっ!? いや、()()()()()()……やつの足の動き、確かにこの目で見ていたがッ──)

 

「戦闘中に考え事か? 君が望んだ戦いだろう! 本気で殺しにくるがいい。僕は全力で君を殺すぞ」

 

 月兎は鴉に飛びかかり頭部からかち割ろうと柳葉刀を振り下ろす。

 反応の遅れた鴉だったが何とか刀を掲げることが間に合い、唐竹割(からたけわ)りを防ぐ。

 常に足を動かし続けているからか。月兎が飛びかかってくる際の予備動作、鴉はそれを察知することができなかった。

 彼の能力の一つである"転移"ではない。筋肉の力の移動、それは目で捉えられていた。太腿から足のつま先への力の移動を、だ。

 

「しィッ」

 

「うぐっ!?」

 

 武器と武器がぶつかり合い、拮抗(きっこう)状態が生まれる。

 しかし月兎は攻めの姿勢を崩さず、即座に鴉の脇腹へ蹴りを叩き込む。

 瞬発力に特化させた攻撃だったおかげで大きなダメージにはならなかったものの、鴉の体勢を崩すには十分の一撃だった。

 鴉の防御が瓦解(がかい)する。

 

「その首もらったッ──」

 

 月兎は自身の重心を後方に移し、膨れ上がるように曲がった刃で鴉の首を両断しようと右腕を再び振るった。

 

「くらえッ、月兎!!」

 

「……!?」

 

 その瞬間、月兎の背後から男の声が響く。

 不意を突かれた月兎は思わず振り返り、重心はさらに後方へ。背中から倒れるように体が落下を始め、刃は鴉から離れ攻撃を()()してしまう。

 声の主は長濱の部下の一人。スタジオセットの陰に隠れていた彼は、鴉の姿が見えないながらもサポートをしようと姿を現したのだ。

 拳銃を月兎に向けて構え、三発分発砲する。

 

「なっ、消え──」

 

 

 ドスゥゥッ──

 

 

「うあッ」

 

支配体系(ぼくたち)に逆らった罰だ……。死と、ついでに痛みをプレゼントしよう」

 

 月兎は弾丸を転移能力で回避。そしてすぐに警官の背後に回ると、獲物で背中から胸を刺し貫いてしまう。

 彼の苦しむ様を数秒眺め、刀身を引き抜くと同時に月兎は魂を徴収しトドメを刺すのだった。

 

「……斉藤……!」

 

 また別の死角に隠れていた長濱は、拳銃を握る手を震わせながら悔しさ混じりの声を小さく漏らす。

 その声が聞こえていたわけではなかったが、月兎はスタジオ中に響き渡る声量で言い放つ。

 

「ここにいる者には地獄に行くよりも凄惨な最期が待っている! ゆっくりと味わうがいい……魂を指で転がされる感触をッ!」

 

 月兎は殺した警官の首を掴み、鴉へと投げつける。

 彼が長濱たち警察官へ脅しをかけているその数秒の間に、鴉は床を蹴って高速で迫っていた。

 その対処としての行動だった。

 

「チッ!」

 

 鴉は既に刀を左手側へ構え、振り抜こうとしている最中。一秒もあれば警官の死体を真っ二つにしてしまう。

 しかしそれこそが月兎の狙ったタイミング。攻撃は最大の防御では決してなく、重大な隙に他ならない。

 一つ、月兎が見落としていたことといえば。

 それは鴉が、『鴉』たちの中で最高クラスの戦闘センスを持ち合わせていたということ。

 

「ぅう後ろだアァァッ!」

 

「!? なっ……うぐああッ!?」

 

 鴉は既に振り抜いていた刀を止めはしなかった。

 一瞬で持ち手を逆手にすることで、彼の後方へ向いているその(きっさき)をさらに後方へと突き出す。

 鴉は見抜いていた。月兎が行った行動とはつまり目潰し。自身の姿を消すことで鴉の行動と思考を一瞬でも止めること、または物理的に阻害することである。

 ならば月兎のその次の行動は、転移によって鴉の背後もしくは上方へと移動しガードを間に合わせずに一撃を浴びせること。

 背後へ回ってくるだろうという判断は勘任せだったが、鴉は実際に刀を月兎の左脇腹へ突き刺すことに成功した。

 鴉は読み勝ったのだ。

 

「なっ……くッ、クソっ……」

 

 月兎は再び(もや)を包まれ、転移しようとする。

 そんな彼に対して、鴉はなんと刀を手放した。

 同時に前傾姿勢となり、体を思いきり前方へと倒す。左足で床を蹴り、勢いは十分。ハンマーと化した右足で、消えかける月兎の顔面を全力で蹴り上げた。

 

「オラァッ!!」

 

「ぐバふッ!?」

(い、一瞬で、この判断を……!? 転移のタイミングに、なぜ気づける……!?)

 

 顎を砕かれるとともに大きくのけ反る月兎。

 歯の数本が折れ、舌も噛み、口から血が噴き出す。

 完全に気取られた"転移"の兆候。鴉の背後で全てが行われたというのに、彼は完璧に対応してきた。これは月兎にとって初めての経験だった。

 即死の能力も通用しない。転移も見切られる。鴉より先に体力を失ったために、剣技も万全なコンディションと同じパフォーマンスは期待できない。

 戦いは始まったばかりだというのに、月兎は早くも追い詰められかけていた。何より、精神的にである。

 

(一度逃げなくては……体勢を!)

 

 しかし蹴りの勢いによりのけ反った月兎は、図らずも鴉から距離を取れてしまった。

 今が好機とばかりに、再び靄を展開。一度スタジオ外のどこかへ離脱し、体勢を立て直そうと画策する。

 地面に落ちる自身の刀を拾うと同時に月兎へ斬り上げを放とうとするが、今度ばかりは間に合わず月兎の姿は消えてしまう。

 

 

「えっ」

 

 

 ドンっと音を立てて、スタジオの壁に背中から衝突する月兎。

 自身に何が起こったのか全く理解できておらず、目を見開いて間抜けな声を出してしまう。

 

「なにが……!?」

(お、おかしい……! 僕は確かに、一度七階の屋上庭園に行こうとした! なのに……)

 

「気づいてなかったのか」

 

「! か、鴉……何をした!?」

 

「俺はてっきり、気づいてるからずっと接近戦を仕掛けてくるものだと思ってたがな……」

 

 混乱する月兎に対し、鴉は上を指差す。

 鴉の人差し指の先には、空調管理のためのパイプが複雑に入り組んで天井を走っていた。焦点をそこに合わせていると、壁に取り付けられ大型の換気扇も月兎の目に入る。

 だが一番目を向けるべきポイントは別にあった。

 それは照明。

 

「……! 何だ……? 何かが、()()()……」

 

 一瞬(ほこり)かと見紛う粉末状の何か。

 それが空気中を大量に舞っているということに、白く強烈な照明に照らされている場所に目をやってようやく気づくことができた。

 微細な粒の数々は月兎にとって未知の存在である。何故なら彼は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「『黄泉』じゃ結構知れた物なんだがな。死んだことのないお前にはわからないか。これは魂灰(こんはい)。妖怪の魂を火葬することで生まれる灰だ」

 

「妖の魂の……灰、だと」

 

「この灰は妖力に対して影響を及ぼす。基本的には相殺するように働くが、強い力を持った妖怪の魂だとたまにそいつと同じ力を発揮したりすることもある……が、今は関係ないな。お前をここに呼び寄せた理由の一つとして、密閉空間じゃなきゃ駄目だった。あらかじめ魂灰を散布し、お前の転移を阻害するためにな」

 

「阻害……!? 僕の能力を看破したつもりで、こんな……!! たかが当てずっぽうで小癪(こしゃく)な真似を!!」

 

「当てずっぽう? 馬鹿言うなよ。妖怪が使う力は絶対に妖力が源泉だ。魂灰は、お前たち妖怪に対抗するためだけに使われる。お前たちを殺すために、()()()()()()()()を利用してるんだよ」

 

 魂灰は(もも)()から調達する。

 彼女がどのようにしてこれを調達しているかは不明だが、少なくとも生産方法からして黄泉に向かった妖怪が、黄泉にて二度目の死を迎え、この犠牲を有効活用されている。鴉はそう解釈していた。

 鴉は使命によって妖怪を殺し、黄泉へ送る。黄泉に送られた妖怪はその魂を燃やされ魂灰にされ、鴉の殺しに利用される。

 妖怪に尊厳など無い。魂灰とは、妖怪の恐怖を象徴する物品に他ならないのだ。

 

「ゲっ……ゲス共が……!」

 

 月兎が絞り出した言葉はそれだった。

 彼の他の妖怪に対する情は厚くないが、それでも自分と同じ存在への共感能力に乏しいわけではない。

 殺され、また殺され、同胞を狩ることに利用される。その末路を初めて知った恐怖が、彼の本音を引き出した。

 

「……よく言うぜ。だが、そう感じるのは正しい。()()()()()()。神の法によって肯定されている。だからそれに則って、俺も使ってる。それだけだからな」

 

「何がうさ晴らしだ! お前だって……お前らだってそうじゃないか! 妖怪の命を(もてあそ)ぶ分際で、仲間二人殺された程度で怒るなんて──」

 

「勘違いするな。さっきも言っただろ、俺はお前が気に食わないから殺すってな。そして調子に乗るな。妖怪風情が、()()()()()()守られるなんて思うなよ」

 

 鴉は刀を握り締め、壁にもたれる月兎へゆっくり迫る。

 月兎の目には、今の鴉はただの死神にしか映っていなかった。玉藻が玩具として見ていた、強敵を相手に翻弄される鴉ではなく。神の使命の超えた動機で動く、殺戮マシーン。そう形容するしかないほどの存在に、鴉は成った。

 鴉も月兎も魂灰の製造方法を知らない。魂灰は"火葬"により生み出される。つまり、葬儀という儀式の中で作られるということである。

 魂の主が何者であれ、火葬の場では恨みや憎しみを持ってはいけない。その魂が過ごしてきた生涯を想い、また安らぎと感謝を祈らなくてはならない。

 死とは厳然たるただの現象でなくてはならない。だからこそ、それに際した者のために祈る。黄泉の住人の死生観はこれが全てである。

 

「月兎、お前が何を思おうがもはやこれから起こることに変わりは無い。受け入れろ……。さもなくば、祈れ。せめて自分だけでも己を想うがいい」

 

「ッ…………!! 冗談じゃない……!!」

 

 ヴォルテージはまだ上がる。

 戦いは終局へと、その時を刻む。

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