暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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70."加山優香"

「"重貌多魂葬(ちょうぼうたこんそう)"!」

 

 月兎の震える右手に数百の魂が収束する。

 淡く黄色や白色に輝き(またた)く魂たちは、彼の掌でぶつかり合い結合し、満月色の妖力そのものへと姿を変えていく。

 凄まじい妖力の奔流に鴉や月兎の髪も(なび)くが、その様子を陰から見ていた長濱や貴島たちの目には何も映ってはいなかった。

 何が起こっているかは全く不明だった。

 

「ちょうぼう……? 何言ってやがるんだ、月兎のやつは……!?」

 

 人一人が何とか入れそうなボックスの裏から月兎の後ろ姿を見ていた長濱は呟く。

 月兎が何をしているのか、何が起こっているのかなど全く察することができない彼だが、()()()()()()()()()ということは月兎の言葉からも理解していた。

 普通の人間である自分の理解が及ばないことが起きている。それは言いようのない恐怖として、長濱を(さいな)み始める。

 

「!? 貴島!」

 

 視界の外でドサっと何かが倒れる音が聞こえた。

 長濱がそちらへ目をやると、なんと部下である貴島が床に顔面から倒れ伏していた。

 

「うッ──!」

(な、何だ……意識が──)

 

 そして間髪入れず、今度は長濱がその場に倒れてしまう。

 強烈な眠気に襲われたように、頭の中から温かい泥が湧いて出てくるかのような感覚を覚えた彼はそのまま(まぶた)を閉じていってしまう。

 

(こ、こんな、ところで…………! 加山…………かた、き……を……)

 

 長濱の意識は失われる。

 残された、もう一人の警官も離れた位置で長濱たちと同じように倒れていた。

 三人の背から弱々しく輝く光の玉が浮かび上がる。月兎の手に集まる、彼が徴収した魂たちと全く同じ見た目の人魂である。

 重貌多魂葬(ちょうぼうたこんそう)は月兎が集めた魂を収束し、純粋な妖力に変えるだけの技ではない。範囲こそ狭いが、周囲の人間の魂を何の条件も無しに強制徴収することもできる。

 

「……長濱」

 

 月兎の元へ集まる三つの魂。

 それを目にした鴉は思わず呟く。

 

「……悪い…………」

 

「ハッ、何が悪いだっ! 厚顔無恥(こうがんむち)にも僕に反逆したのは彼らの意思でもあるんだろう。君の姿が見えるほどの霊力も持たない木端(こっぱ)が、出しゃばるからこういうことになるんだ!」

 

 力もない、弱いやつが戦場に出てきたのが悪い。月兎はそう主張する。

 "力が全て"の社会を築き上げた『四大財閥』に相応しい、実力主義の思考である。

 しかし月兎の今の状況を踏まえれば、これは詭弁(きべん)に過ぎないということは自明。

 鴉と警官たちの作戦に追い詰められ、挙句、鴉に社会の基盤である財閥に刃向かうのか。本気で倒すのかと(わめ)き散らかす。

 鴉の挑戦を呑んだ時点で、月兎は"力"以外では何も示せなくなっていた。何故ならその論理をつくり上げたのは他でもない、四大財閥(自分)なのだから。

 

「重貌多魂葬はその魂の持つ霊力を限界まで引き出した上で、僕の妖力そのものに変える技だ! 七百を超える魂がここにはあるっ。このテレビ局を全壊させるほどの威力は出るぞッ」

 

「……」

 

「鴉ぅ、お前だって直撃すれば影も形も残らないぞ! 玉藻であっても致命傷は免れないだろう! それほどの威りょ──」

 

「わかったもういい」

 

 月兎の言葉が遮られると同時に、鴉の姿がフッと彼の視界から消える。

 重貌多魂葬による妖力の輝きも相まって、月兎は鴉を見失ってしまった。

 が、次の瞬間。

 

「うああああああああああッ!!?」

 

 月兎の右腕は、縦に真っ二つに裂かれていた。

 莫大な妖力の塊も同じように真っ二つになっており、どんどん開いていく腕と妖力弾の隙間からは刀を振り下ろした鴉の姿が。

 

「なッ、ああッ……があアアアア!!」

 

 痛みに悶える月兎。

 もはや集中は途切れ、せっかく集約させた魂と妖力も霧散してしまう。

 絶叫しながら膝から崩れる月兎だが、鴉は容赦なく追撃する。

 日本刀と柳葉刀。二本の獲物から瞬間的に繰り出される連撃により、既に月兎は左右に裂かれている右腕から斬り刻まれていく。

 かつて加山の部屋で鴉が食らったように、胸に斜め一文字の大きな裂傷までも意趣返しで刻んでいく。

 

「うううはあぁッ……!!」

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 右腕から胴体全域に至るまでを文字通り血に染め上げられた月兎は、背中から床に倒れる。

 一気にガスの抜けたような息を吐き、喘鳴(ぜんめい)を繰り返す月兎は誰が見ても虫の息という段階まで追い詰められた。

 鴉も感情に任せた高速連撃により息が上がっているが、敵ではなくなった月兎相手には無傷なだけで十分──のはずだった。

 

「からすぅううううう!!」

 

「!」

 

 倒れた月兎は唾と血の混ざる声で叫ぶ。

 あとはトドメだけと思っていた鴉はその行動に驚きの表情を見せた。

 月兎は倒れたまま、残された左腕を掲げる。その手の中には、鴉が()()()()霊力を放つものが。

 

「……加山……!?」

 

「そうさぁ!! よく見ておけ……!!」

 

 月兎の手にあったのは、なんと加山の魂だった。

 鴉は月兎が何をする気なのかは理解できていなかった。だがとにかく、彼に()()をさせてはならないと本能が自分自身に訴えかけ、アクションを起こす。

 だが鴉の刃が月兎の腕を斬り飛ばすよりも早く、彼の手の中にある加山の魂は輝きを放ち──

 

「うッ!?」

 

 そのあまりの眩しさに鴉は思わず動きを止める。刀を握ったままの拳で目元を遮ったため、視界を完全に潰されることはなかったが。

 しばらくして目を開けると、倒れていたはずの月兎は何事も無かったかのように立ち上がっていた。

 否、それは月兎ではなかった。

 

「フーーッ……久しぶりね、鴉」

 

「……加山」

 

 鴉の目の前に立っていたのは、死んだはずの加山だった。

 魂は月兎に奪われ、肉体は地上二十メートル以上の高さから地面に激突し生者には決してなれないはずだったというのに。

 

「加山、お前──」

 

 「どうして蘇ったんだ」。

 その質問が投げかけられることはなかった。

 鴉は気がついたのだ。確かに目の前にいるのは加山である。姿も、放つ霊力も、声も、全て本物。だが一つだけ、違った。

 服装だ。月兎が着ていた紺色のスーツに、彼女は身を包んでいた。

 

「どうしたのよ? たしかに私は一度死んだけど、(あなた)からすれば別に珍しいことでもないんじゃない?」

 

「…………」

 

「ねぇ、鴉。何とか言ってよ。二日ぶりぐらいだけど、また会えて私は嬉しいのよ」

 

「……やめろ、月兎」

 

「…………あはっ」

 

 絶えず語りかけてくる加山に対し、鴉は震える声を絞り出して拒絶する。

 その言葉を受けた加山は、口角を吊り上げた不気味な笑顔で笑った。彼女らしくない表情を鴉にこれ見よがしに向けるのだった。

 彼女、いや彼は本当の加山ではない。

 服装と鴉の言葉の通り、月兎である。

 

「流石に(こた)えたかなぁ〜〜? キツいかい? 鴉。大切な仲間の顔、声、霊力。それが敵にそのまますり替わって話しかけてくるんだ……そりゃあ悲しいよねぇ!」

 

 加山の声のまま、月兎はひどく上機嫌に語る。

 原型すら留めていなかったはずの右腕も、ズタズタにされた胴体も傷はすっかり消えており。綺麗な、加山の体になっていた。

 斬り裂かれた服の間からは加山の胸が覗きかけている。口調もおどけた子どものような、月兎のものになっている。霊体である鴉相手であっても、決して()()()姿を見せようとしなかった加山本人とは正反対だった。

 鴉は月兎を視界に入れようとはせず、目を伏せて床に顔を向けるばかり。

 

「フフフフ……」

(よかったよ……ここまで加山優香の魂をとっておいてさ。鴉は絶対に動揺すると思った。()()()()使い方は当初想定していたように彼女の霊力を最大限に利用することは叶わないが、今はとにかく鴉を殺すことが重要だ)

 

 月兎は加山の魂を自身に直接取り込んだ。

 『桂男(かつらおとこ)』とは月に向けられた人間のあらゆる感情とそれに付随する霊力が練り固まった存在である。つまり大勢の人間の"性質"の集合体。

 そんな自分に一際霊力の強い加山を取り込んだことで、自分という存在を加山一色に染め上げたのだ。

 月兎という存在そのものが加山に近づいた。テセウスの船、スワンプマンのような、成り替わりが行われたのである。

 

「鴉……顔を上げてくれよ。ここまでやってくれてさぁ……今さら棄権するのかい? サレンダー?」

 

「……」

 

「フフ、僕の中で加山優香も喜んでるよ。鴉〜〜、会えて嬉しい〜〜、なぁんてね。早く助けてぇ〜〜、ここから出してぇ〜〜だってぇ〜〜っ」

 

 (うつむ)く鴉の顔を覗き込むように、月兎は加山の姿で前屈みになってみせる。

 鴉が加山に手を出せないことを良いことに、とにかく挑発を続ける。

 

「君がさっき重貌多魂葬をぶった斬ってくれたせいでさぁ、あの警官たちの魂、消滅しちゃったよ。僕の妖力になっていくところで君が邪魔したからねぇ。これ以上の無駄死にってある?」

 

「……」

 

「まださぁ、妖力にされて発射されてた方が良かったよねぇ。君を仕留めるほどのエネルギーにされてたら、少なくとも"意義"はあったよ。死ぬことにね。君というか、『鴉』ってのはやっぱりそうなんだよ。疫病神みたいな、周りに不幸を撒き散らす……それこそカラスらしい、不吉の象徴みたいなものだ」

 

 ヒートアップする月兎。

 背筋を伸ばして、腕を広げる。

 

「君たちの戦いにはやっぱり意味なんて無いんだ! 加山優香が僕から逃げるために死んだのは、その証拠じゃないのか!? 君たちの戦いは誰も幸せにはしない。それは間違いじゃない。むしろ、不幸にするんだ」

 

「……せ……ま……──」

 

「なにボソボソ言ってるんだい。もうアレかい? 口だけでしか反抗できないモードかな? ハッ、所詮は黄泉の神の作った木偶(でく)の坊だな。半端に自我や人間性を残したから、そうやって刃を鈍らすことに──」

 

 

 バキュゥゥゥゥン!

 

 

「……え?」

 

 スタジオ内に突如響いた銃声。

 言葉を遮られた月兎は間抜けな声を漏らす。

 それは銃声に驚いたからではない。

 

「ガボォッ…………!!?」

 

 喉の奥からせり上がってくる不快感の塊。熱さと鉄の味が口腔いっぱいに広がれば、唇を押し退けて外へと溢れ出る。

 月兎は喀血(かっけつ)した。加山の胸の中心には数mmの穴が空けられ、気道に出血を引き起こしたのだ。

 思考がまとまらない月兎だったが、彼の目の前には確かな()()があった。

 鴉は柳葉刀を手放した左手に回転式拳銃(リボルバー)を握り、その銃口を月兎に向けていた。

 

「なっ……なん…………」

 

 胸を押さえてフラつく月兎。

 だが間髪入れずに、鴉は月兎へさらに弾丸を叩き込んでいく。

 弾倉に残された五発をすぐに撃ち尽くせば、高速の手技で再装填し再び六発を撃ち尽くす。

 撃たれる衝撃でヨタヨタと後退していく月兎だが、鴉はそれに合わせてゆっくり歩を進めて一定の距離を保ち続けた。

 十数発の弾丸を受け続ける月兎は声を上げる暇すら与えられない。怒りも憎しみも絶望すらも超えた、鴉のひたすらにドス黒い感情により、月兎は文字通りの蜂の巣へ変えられる。

 

「ッ…………!」

 

 17発の弾丸を受けた月兎は、再び背中から床に墜落。

 胴体だけでなく顔面にも数発弾丸を受け、目はあらぬ方を向き、口も開いたまま閉じなくなり。美人であった加山の姿も、もはや見る影もなくなってしまった。

 大の字で仰向けになる月兎に(またが)るように立つ鴉。スタジオの照明が逆光となり、月兎からは影で彼の顔が見えなくなっていた。

 

(どうして、撃てたんだ……。今の僕は、加山優香の姿……鴉の、大切な存在じゃ……なかったのか…………? 傷つく姿すらも、普通は……)

 

 体は動かせない。激痛すらも感じず、朦朧(もうろう)とする意識の中で月兎はひたすら疑問を繰り返していた。

 人間でも、鴉でもない彼に答えなど出せるはずもないというのに。

 

(…………そうか、そういうことか。玉藻……君の言ってたことが、今……気をつけろ……鴉は、いや、こいつは──)

 

 逆光で生まれる影の中、月兎の眼前に刀の(きっさき)が迫っていた。鴉によるトドメである。

 今際の際、月兎は以前に玉藻からされた()()を思い出す。それは、鴉が祢々(ねね)と戦った時に玉藻が感じたという強大な妖力のこと。

 この時、月兎も感じていた。

 喉を突き刺す鴉の冷たい刃の感覚と、天井から照りつける全身を焼くような熱い"妖力"を。

 

「…………」

 

 鴉は静かに見下ろしていた。

 喉を貫き殺した月兎が、加山の姿から変わることなく霧散するように消滅していく様を。

 冷たく、悲しみに満ちていた目つきはすぐに切り替わる。復讐は終わった。

 刀を(さや)に収め、スタジオを後にしようとする。

 壁をすり抜ける直前に立ち止まり、虚空に小さく、弔いの言葉を告げるのだった。

 

 

 

 誰も気づいてはいない。

 玉藻すらも、今回は。

 『フシテレビ』のすぐ上空。テレビ局を覗き込むように、暗い太陽が浮かんでいた。

 

 

 




キャラクター紹介

加山優香
種族:人間 年齢:27歳
身長・体重:169cm・53kg
神宿警察署の刑事課に所属している。生まれながらに強い霊力を有しており、幽霊や鴉などの霊体、妖怪の扱う力そのものを視認することができた。幼い頃に出会ったある鴉から、その力の使い道を説かれたことで人々を妖怪から守ろうという夢を抱くことになる。
真面目で正義感の強い性格をしていながら、存在を信じられていない妖怪を心の底から信じているために周囲からは変人扱いされていた。しかし精神自体が強靭というわけではなく、裏では心が折れかけていたり、信条を打ち砕かれると激しく動揺してしまう。
好きなものは炭酸飲料。また、誰かが困っている状況やその人が無視されている様子を見ているだけに留まるのを嫌う。銃の腕前は上質。
容姿も良く、モテはする。しかし変人扱いされる性格や本人がそもそも恋愛に興味を持てない性質だったため、恋人とは長続きしなかった。
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