暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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71.追憶

 平安時代中期。西暦にして9世紀末。

 この世に、()()()鬼が生まれ落ちた。

 『恐都(きょうと)』に生まれたかの鬼は、他の鬼たちよりも一回り以上小さく、また非力であった。

 名を、茨木童子という。

 

『父様、母様。なぜ、私は他の(もの)より小さいのですか。なぜ、他の(もの)より弱いのですか』

 

 幼い頃の茨木童子は両親にそう尋ねた。

 これに対する二人の返答はまだ子どもだった彼にはあまりに残酷で、また鬼の価値観を魂にまで刻みつけた。

 

『……お前が弱く産まれたのは、それは天の決めたことだ。親である我々の知るところではない。納得できぬと思うが、これが"命"というものだ』

 

『強く産めなかった私を恨むのは結構です。しかし、それよりも、貴方は()()()()()()()ことについて悩むことになるでしょう。鬼の世界は、力と強さだけが全てなのですから』

 

 鬼の世界にも身分がある。

 昔から鬼の集団を率いる者、あるいはその集団を統括するのに寄与している者は、それだけで強者として認められていることになる。

 茨木童子はそうした鬼の貴族の子息として産まれた。強者として認められる鬼から、最弱の鬼が産まれたのだ。

 この事実は、彼の両親やその家系にある年長者たちが失脚する未来を確実にした。

 

 茨木童子が産まれ成長するにつれ、彼の父親に従っていた他の鬼たちは次第に言うことを聞かなくなっていく。

 二十年も経たぬ間に、茨木童子のいた鬼の群れは他の群れに吸収されることになる。

 大江山の、酒呑童子一派に。

 

 

───────────

 

 

 鬼という妖怪。

 人間の間に伝承されるように、本来は赤や青といった色の岩のような肌をした十三尺(およそ4メートル)の巨人という姿をしている。

 それだけでなく針金ような体毛、牛に似た角、虎より鋭い牙までもっている。

 茨木童子も、身長以外はこうした特徴を持っていた。

 肝心の身長は七尺ほど。筋肉の凹凸は確かにあるが、それでも他の鬼に比べればはるかに細身だった。

 

『おいっ、イバラぁ! 酒が尽きたぞッ。新しいの持ってこい!』

 

『……はい』

 

 彼の母が教えたように、鬼は「力と強さが全て」を謳う。

 酒呑童子率いる大江山の鬼たちはあまりに強く、茨木童子の父が率いていた群れはあっという間に制圧されてしまった。

 それから彼らは皆、弱者の烙印(らくいん)を押されて召使いのように使われることに。

 特に一番力の弱い茨木童子は同胞とも思われず、またかつて同じ群れにいた鬼からも憂さ晴らしのために陰で痛めつけられていた。

 

 殴られた(あざ)が消えず、顎で使われる屈辱が拭えぬ中、茨木童子はただ一人あることに打ち込んでいた。

 鬼は毎日毎夜に宴会騒ぎ。朝になる頃には騒ぎ疲れ、ほとんどの鬼がいびきをかいて寝てしまう。

 それをいいことに、茨木童子はひたすら修行を積んでいた。

 

『まだだ……! もっと、もっと火力を上げねば使えない……!!』

 

 鬼たちの妖力の性質は、往々にして燃え盛る炎のように熱い。

 2040年、鬼童丸と相対した鴉もそう評している。

 平安の世、鬼は鬼火を扱えたがそれは宴会芸以上の使い(みち)は見出されてはいなかった。

 何故なら鬼たちはその持ち前の腕力で敵をねじ伏せており、わざわざ集中して火を扱ってまで武器にしようと考える者はいなかったのだ。

 茨木童子は誰も見向きしていない鬼火に目をつけ、これを自身の最大の武器として練り上げようとしていた。

 

(腕力も当然必要だ……。だが、俺のこの体躯ではどれだけ肉体そのものを鍛えようと限界がくる。鬼火を、極めねば……)

 

 提灯(ちょうちん)のような明かりとしてしか使われなかった鬼火は、茨木童子によって大木に穴を穿(うが)つ火球へと進化を遂げる。

 ここまでで十年弱。周りの鬼たちは茨木童子の体格が少し良くなっていることに気づいてはいたが、その実力は未だ低く評価していた。そもそも彼の本当の実力を見ようともしていなかった。

 ある鬼を除いて。

 

『なあ、おい』

 

『いかがしましたか、頭領(カシラ)

 

『名前を忘れた。何だったか……そう、茨木童子ってやつ、いるよな。あれを呼んでこい。俺の前にな』

 

 一派が領域とする大江山、その最奥。

 そこに鎮座するのは、他の鬼よりも更に巨大な体躯をした赤肌の存在。右手に人間が数人乗れるほどの盃を持ち、中に注がれた酒を煽る。

 燃えるような瞳を目の前の部下に向ける彼こそが、一派の長、酒呑童子である。

 

 酒呑童子直々の命を受けた鬼は、宴会を開く鬼たちに給仕をしている茨木童子を呼びつける。

 頭領が自身を呼んでいる。茨木童子はその事実により、言いようのない緊張に襲われる。

 だが命に背けば、そちらの方が恐ろしい結末になる。茨木童子は呼びに来た鬼に連れられ、山の最奥へと向かった。

 

『──お前が、茨木童子か』

 

 胡座(あぐら)をかいて座る酒呑童子。地響きのように低い声で、目の前の小さな鬼に問う。

 初対面である上、座ったままでも自身より大きい彼に、茨木童子は畏怖の念を抱かずにはいられず。また相手が絶対的な頭領であるだけに、跪いて返事をする。

 

『はい、私、茨木童子にいかなる御用向きにてございましょうか』

 

 やや震えた声を絞り出す。

 酒呑童子はそんな彼の様子を察してか、周りの鬼たちにこう言った。

 

『おい、席を外せ。俺がよいと言うまで、俺たちの会話を聞くことは許さん』

 

『『『はっ──』』』

 

 鬼たちはただそう応え、その場を後にする。

 木々のはるか向こう側から宴会の騒音がうっすらと聞こえてくるほどに静かな空間となり、茨木童子は酒呑童子と二人きりの現状に更に緊張してしまう。

 体の強張(こわば)りは、酒呑童子から見ても明らかだった。

 

『おい、崩せ』

 

『えっ……?』

 

『崩せと言ってるのだ。()むのにそんな体勢でい続けるつもりか?』

 

 酒呑童子は自身の横に置いてあった瓢箪(ひょうたん)──しかも三尺ほどのサイズの──を盃を持たない左手で掴むと、茨木童子に放り投げる。

 体の半分を占める大きなの瓢箪を投げられた茨木童子は思わず面食らったが、何とか中に入っている酒を(こぼ)さずに抱き止めた。

 

『お前を呼んだのは、お前と呑むためだ。まあ、よくわからんだろう。まずは呑め』

 

『はあ……』

 

 酒呑童子はそう促すと、自身もなみなみと酒が注がれた盃を口につける。

 しかし茨木童子は、瓢箪を抱いたまま何もせず、全く動かなかった。

 彼のその様子に気がついた酒呑童子は、怪訝(けげん)そうに言う。

 

『おい、何してる。俺が呑めと言ったのだ、早く呑め。それとも酒は嫌いか』

 

『いえ……しかし……』

 

『なんだ、ハッキリ言え』

 

『……これは、どうやって……。ここの穴に、口をつけてもよいのでしょうか。ここから? 注ぎ口ですから、あまり口はつけない方がよろしいのかと……』

 

『…………』

 

 これまで他の鬼に酒を注ぐことしかしてこなかった茨木童子は、自分という下っ端の者が瓢箪に直接口をつけることに理解を示さないでいた。

 逆に酒呑童子は注ぐ側になったことはなく、呑む側にしか立ったことがない。茨木童子の悩み事を全く理解することができなかった。

 だが、「構わん」と少し呆れた様子で酒呑童子は改めて許しを出す。

 茨木童子は瓢箪の口を浮かせ、口の中に注ぐように酒を呑んだ。

 

『……美味しゅうございます』

 

『真面目な奴だな、お前は。早朝から皆が寝てるところ、隠れて鬼火を放っていたりな』

 

『……! 気づいていらしたのですか』

 

『ああまで燃える臭いを出してれば気がつくだろう。俺は目が良いのでな、薄目で見ておったわ。不思議で、面白い奴だと思ったからこうして呼びつけたのだ』

 

 そう言って酒呑童子は酒を煽る。

 

『……力と強さが全て、か……。窮屈よなぁ。弱いだけで、他より下になるんだ』

 

『……。貴方様は肯定されていないので?』

 

『いいや。(あいつ)らは勝手に俺について来た。確かに俺はあいつらより強いがな、別に何も言っていない。打ち負かしてもな。他の鬼の群れを襲い、下人(げにん)のように従える。俺も言ってはいるんだぞ、やめておけと』

 

 茨木童子は、長らく鬼の価値観とはこの絶対的なものと思っていた。それはどの鬼の群れでも同じであり、恐都(きょうと)で最も強大な勢力である酒呑童子一派もこれを重視していると。

 だが、酒呑童子はそれを否定した。

 力と強さだけが全てでは窮屈だと、そう言った。

 

『自分より弱い者には大きく、強い者にはへりくだる。側から見れば、これ以上に情けない姿など無い。俺はな、鬼のこの価値観というのは、まさしく"誇り"を指したものと考える』

 

『誇り、ですか』

 

『弱い者が強い者の下につき、その主従の立ち位置に甘んじる。俺たちは獣か何かか? 猿の群れと同じだ。茨木童子よ、鬼たちもそう見えるだろう。弱い鬼が強い鬼の酒を注いでばかりで、屈辱を感じているのかいないのか。どちらであれ、()()()()()。──』

 

 

『お前を除いてだ』

 

 

『……何を、(おっしゃ)りたいのか』

 

 酒呑童子は盃を地面に置き、丸太のように太い腕と巨大な手を茨木童子に差し出す。

 

『茨木童子よ、今よりお前を俺の右腕とする』

 

『は……?』

 

『誇りを失わず、知れず腕と力を磨こうとするその志だ。他の鬼たちよりも、俺はお前を気に入った。弱さなど、関係ない』

 

 茨木童子が酒呑童子の右腕と呼ばれるに至る経緯。

 この夜こそが、全ての始まりだった。

 ただ弱く産まれたばかりに卑下されて生きてきた彼が、初めて肯定された瞬間。そして、鬼の世を目指すようになる切掛(きっかけ)である。

 

 




キャラクター紹介:
(さとり)
種族:覚 年齢:261歳
身長・体重:168cm・66kg
心を読める妖怪、覚。一度も死んだことのなかった妖怪であり、現在の『四大財閥』が本格的に発足した頃(2010年代中頃)、『赫津鬼会(あかつきかい)』に捕らえられ奴隷のように働かされていた。外見はやややつれた壮年(三十代ほどに見える)の男。ブラウンのボロボロのロングコートをよく着ている。
茨木童子の作戦によって鴉を引き寄せる餌として使われ、これに乗じ、加山に救出してもらうことで鬼たちの手から解放された。以後は鴉たちに協力するようになる。
人の心を読んでからかうことを好む。好きな食べ物は肉類全般であるが、馴染みの無い洋食には食欲が出ない。
『一目連龍水道』襲撃後、鴉と共に加山の家に住むようになるが流石に寝室には入れてもらえず鴉と共にリビングの床で寝ていた。
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