暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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76.秘密

 玉藻草司により、『四大財閥』の支配は終わりを告げる。

 それは社会の恩恵を受ける人々に伝えられることなく、静かに、殺戮(さつりく)という形で日の下に(にじ)み始めていた。

 『一目連龍(はじめれんりゅう)』では、大蝦蟇(おおがま)の手で社員たちが。

 『赫津鬼会(あかつきかい)』では、東饗(とうきょう)都中に散らばった構成員たちの()()により、死傷者がうなぎのぼりに増加していた。

 

「戻ったか、(からす)

 

 茨木童子が玉藻たちとの通話を終えて一時間ほど。

 会長室で待機していた彼と鬼童丸の元に、『フシテレビ』での激闘を終えた鴉が帰還した。

 軍帽を被り、真っ黒いコートを着た軍人のような装いはほとんど崩れておらず。そんな鴉の姿を見た茨木童子は、「やはり苦戦しなかったろ」と冗談を飛ばす。

 

「……ああ。月兎(げっと)は、死んだ。消滅するところまで見届けた。俺の復讐は、これで終わりだ」

 

「良かったな。こっちも進展があった。全てを話そう。掛けろ」

 

 ドアの前に突っ立っていた鴉に、茨木童子は自身のデスクの前のソファに座るよう促す。

 ソファには鴉だけが座り、鬼童丸は茨木童子の背後に静かにたたずむ。

 

「一時間前に、玉藻と瑞子と話してな。『四大財閥』の均衡はついに崩れた。日本人が享受(きょうじゅ)していたこの好景気も、いよいよ弾けて終わる」

 

(にら)み合いは終わったってことか……。いや、元々玉藻の独裁状態のようなものだと(さとり)も言ってたが」

 

 『一目連龍』襲撃作戦後、負傷から目覚めた鴉は覚から茨木童子の語った財閥の対立構図について聞いていた。

 『四大財閥』は玉藻から始まった。力で奪い合うことを退屈だと感じた彼が、茨木童子や瑞子をそれぞれの財閥のトップに据えて遊ぶRPGのようなものだったのだ。

 

「……これから始まるのは戦争だ。玉藻はまず、この東饗に『四凶』を解き放つつもりのようだ。まずは奴らに俺たちを相手させる、ということらしい」

 

「ということは、一昨日お前が言ってたように三対四の構図になるということだな」

 

 鴉は腕を組んで背もたれに体を預ける。

 

「玉藻は瑞子も標的にしている。希望的観測ではあるが、おそらく三対三になるだろう。誰が俺たちに()てられるかまではわからないが、いずれにせよ『四凶』の戦力の分散はマストだと考えている」

 

「それは当然だ……。窮奇(きゅうき)と戦ったことがある俺から言わせれば、あんなのを四体か三体一気に相手するのは、こっち側が同じかそれ以上の数人で戦うにせよ厳しい」

 

 鴉は窮奇との戦いを追想する。

 あの時は確かに、窮奇にほぼ勝利したといえるところまで追い詰められた。

 しかし当時は覚の狙撃というサポートがあり、また窮奇が()()()()()()に慣れていなかったという好条件下での勝利であった。

 窮奇に「戦い慣れていない」と鴉が口にした際、彼は激昂して妖力を暴走させかけていた。

 あのまま続いていれば、勝敗が覆った可能性もある。

 今回は、その戦いの後。窮奇も考えて、何かしら手を打ってくることも考えられた。

 

「鴉、嵐童子(あらしどうじ)を覚えているか?」

 

「嵐童子……? いや、初めて聞く名前だが」

 

「窮奇とお前の戦いが始まる前、窮奇に負けて死にかけていたやつだ。うちの若頭補佐なんだが」

 

「……そんなのもいたような気がするな」

 

 うっすら思い出せてきた鴉だが、嵐童子の顔までは頭の中に出てこない。

 血まみれで、地面に倒れて今にも窮奇に殺されそうになっているところへ鴉が駆けつけた。

 そういったシチュエーションだったことはかろうじて覚えていた。

 

嵐童子(あいつ)から聞いた限りでは、窮奇は風と見えない斬撃を操る(あやかし)というところまではわかった。それに間違いはないか?」

 

「ああ。しかも、ビルや鉄塔を細切れにできるほどの威力がある」

 

「現状、判明している『四凶』の力はそれだけだ。その他、檮杌(とうこつ)饕餮(とうてつ)渾沌(こんとん)の能力は一切不明だ」

 

 茨木童子は玉藻により『四凶』と顔合わせした時、彼ら四名の紹介を受けてはいた。

 しかしその中に能力の話はなく、一度派手に暴れた窮奇以外はその戦闘能力が不明瞭であり、対策も難しい状況だった。

 

「……渾沌ってやつなら、俺は窮奇との戦いで会ってる」

 

「なに? そうだったのか。何か見たか?」

 

「そうだな……。やつは、いつの間にか消えたり現れたりする。月兎の転移能力のようなものかと思ったが、それにしては妖力も感知できなくなっていた。ハッキリ異常だ」

 

「その場に残存する妖力も無い、と」

 

 月兎の転移能力は、確かに点から点へと瞬間的に移動するものである。

 しかしその場に月兎がいたということを表す、妖力の残滓(ざんし)はあった。

 渾沌の場合はそれすらなく、妖力ごと渾沌という存在が消えたり現れたりしているかのような。鴉はそんな感覚を覚えていた。

 

「それと、一昨日檮杌にも会ってる。月兎のところに行く道中にな。だが、特殊な能力は見ていない。……それどころじゃなかったしな」

 

「なるほどな……。だが、渾沌の話はかなり重要なヒントのはずだ。これだけわかっているだけでも違うだろう」

 

 茨木童子はそう言うと、デスクチェアに沈めていた腰を上げる。

 

「鴉、『四凶』との衝突は早くとも今日中に起こる。補充をしておけ。(せがれ)殿」

 

 促された鬼童丸は、デスクの足元に置いていた大きなビニール袋を持ち上げる。そしてそれを鴉へと差し出した。

 袋の中には、所狭しと詰め込まれた大量の桃が。

 それを目にした鴉は思わず驚く。

 

「……なんで知ってる。わざわざ桃を用意してきたってことは……まさか、桃の()を知ってるのか」

 

「俺たちが何も知らずに(おまえ)を引き入れたと思ってたのか? 結構前の話だが、俺たちは他の鴉を捕まえて色々吐かせてるのさ」

 

 茨木童子は壁に備えられたスイッチに手を伸ばす。

 天井の明かりを操作するスイッチではない。押されたことで、なんと壁際の大きな本棚がゆっくりと、重厚な音を立てながら横へスライドしていく。

 本棚が元あった場所には、人一人がギリギリ通れそうなほどの通路の入り口が存在していた。

 

「黄泉の……香り……!?」

 

 通路の入り口から漂ってきた匂いに、鴉は覚えがある。

 黄泉の香り、すなわち(あし)の匂いである。

 枯れた草のようなその匂いを嗅いだ彼は、その通路の先に何があるのかを察する。

 だが鴉が口にする前に、茨木童子が言及した。

 

「この先には俺たち『赫津鬼会(あかつきかい)』が黄泉からあらゆる物資を運び込むための通路、倉庫がある。霊体であるこの拠点の資材も、前にお前に渡したスマホの素材も、全て黄泉から調達した。そしてこれを知る者は、他の『四大財閥』にはいない」

 

「玉藻すらも、知らないのか」

 

「ああ。だが、黄泉に行くために鬼が入っていくのはリスキーだった。一度死んだやつが黄泉に足を踏み入れれば、そのまま取り込まれかねんからな。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「!!」

 

 鴉はあることを思い出す。

 それは覚の過去である。

 彼は『赫津鬼会』に捕らわれており、彼と同様に死んだことない妖怪は奴隷のように働かされていた。

 そして強大なトップではなく、組織として他の財閥に対抗している『赫津鬼会』には、何かしらの秘密がある。

 覚は同胞の仇討ちと、その秘密を暴きたがっていた。

 そしてそれらの繋がりが、今判明した。

 

「……覚は、黄泉からこの世界に物資を運んでいたのか……」

 

「ああ、そういえばあいつも死んだことない妖だったな。そういうのは、基本黄泉行きの仕事を振っていた」

 

 茨木童子は淡々と話す。

 

「皮肉なものだな。自分が散々利用されていたことに、仲間の鴉が頼らざるを得ないんだ。だが、戦うしかない。それが鴉という存在だろう?」

 

「…………ああ」

 

 『四凶』もまた、一度も死んだことのない妖怪である。

 つまり鴉の本来の標的ではない。

 それでも彼らに立ち向かおうとするのは、玉藻や瑞子を討つための道中。それだけというわけではなかった。

 鴉は茨木童子に感謝していた。

 月兎への復讐を認めてくれたことを。

 ただそれに対する、借りを返すためだった。

 

 

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