暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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79.喉の先にあるもの

 一階エントランスは広い。

 奥行きや横幅だけでなく、高さもある。

 身長3メートルを超える渾沌(こんとん)を足下に見下ろす、床から10メートル以上上空に浮かぶ玉藻。

 彼は切り傷をつけられた右手をハンカチで拭いながら、恨めしそうに口を開く。

 

「……大陸に封印されし、伝説の悪神『四凶』……。流石に力を見誤っていたか。ほめてあげるよ、私に血を流させたこと」

 

「光栄ですねぇ〜〜」

 

「だから私も、君たちに敬意を払って──。少しやる気を出してやる」

 

 玉藻が手を広げれば、彼から妖力が溢れ出る。

 玉藻がこれまで見せていた妖力光線の色は紫電色だった。ならば、今その肉体から溢れる妖力の奔流(ほんりゅう)もまた同じ紫電色であるはず。

 四凶たちはそう考えていた。

 が、玉藻から(ほとばし)る妖力は違う色をしていた。

 黄金色。(みの)った稲よりも、雷よりも輝かしい金色の妖力が放出されていた。

 

「久々に見せるよ、この姿……!」

 

 玉藻の背後には黄金に輝く、巨大な(ふさ)が九つ現れる。

 饕餮(とうてつ)たちはそれを目にし、さらに闘志をみなぎらせた。

 

「ウフフフ、これが伝説の……」

 

「ようやく正体見せやがったな!」

 

「狐野郎の真の姿か……。これが、()()()()!」

 

 妲妃(だっき)玉藻御前(たまものまえ)政木(まさき)

 そして現代では、玉藻草司。

 これまで何度も何度も名前を変え、姿を変え、人の前に現れ、支配を試みてきた。

 九尾の狐、それこそが彼の正体である。

 

「"月読深(つくよみ)"」

 

「「!!」」

 

 玉藻は妖力を迸らせる。

 すると彼の全身が光り輝き、なんと玉藻と同じシルエットの妖力の人型が二体。玉藻から分離するかのように出現する。

 二体の妖力の塊──影武者は、そのまま檮杌(とうこつ)と渾沌に向かって突進していく。

 

「ハッ、しゃらくせぇ!」

 

「……」

 

 檮杌と渾沌は妖力の影武者に応戦する。

 拳を交える接近戦を繰り広げる四者。四凶の中でも単純な殴り合いにおいてツートップである彼らと、影武者たちは互角に戦えていた。

 これで檮杌と渾沌は押さえられた。

 玉藻は饕餮と窮奇(きゅうき)に目をやる。

 

「"石奈蛾(いわなが)"」

 

 手を広げる玉藻の背後に、無数の妖力の塊が生成されていく。

 紫電色のそれらは、一つ一つが豆電球ほどの大きさだった。

 しかし標的となった饕餮は、それらに違和感を覚える。

 小さな妖力弾はうごめいていた。まるで、サナギから羽化しようとしている羽虫のように。

 

「窮奇、ガードしなさい」

 

 饕餮がそう口にした瞬間、無数の妖力弾が羽化。

 蛾の形となったそれらが、雨のように二人に降りそそぐ。

 

「うおおおおっ!! クソッ!」

 

 妖力の塊である蛾の群れを、窮奇は風の刃で切り刻む。

 だが、そのように衝撃を与える防御では意味が無かった。

 蛾たちはその一匹一匹が小さな爆発を引き起こし、窮奇の近くで爆破した蛾は彼に血を流させる。

 これを受け、窮奇は巻き起こす風の壁の範囲を広げてガードし続ける。

 そんな彼に対して饕餮は。

 

「"深淵甕(シェンイェンウォン)"!」

 

 黒い粘液(スライム)そのものである、饕餮の胴体。

 そこに大きな口を出現させ、蛾たちを吸い込み始める。

 その勢いはまるで、饕餮の口に向かう突風。蛾たちは為すすべ無く吸い込まれていってしまう。

 が──

 

「うぐっ!?」

 

 饕餮の背中に激痛が走る。

 蛾の一匹が背後に回り、爆発したのである。

 そこで饕餮は気がつく。

 彼が"深淵甕"によって吸い込み始めた時点では、まだ蛾たちは床に向かって直線的に飛んできていた。

 しかしその数秒後、蛾たちは意識を持ち始めたかのようにバラバラに動き始めた。

 何十、何百の妖力の塊が、意思をもって彼らを襲いだしていたのだ。

 

「これはっ……なるほどですねぇ〜〜。そんな芸当もできるのですか、支配者サマは」

 

「ごわああっ!?」

 

「ッ……!」

 

 蛾たちは影武者と争う檮杌や渾沌をも襲う。

 後ろから小爆発が起こり、のけぞったところで影武者の拳を叩き込まれる。

 四凶は一気に劣勢となった。

 

「おいっ、どうすんだ饕餮! てめぇが! 俺たちが組めば狐野郎に勝てるとほざきやがるからッ、こうやって戦ってやってんだろうがッ! なんか策をよこしやがれ!」

 

 防戦一方となるも、まだ無傷の窮奇が吠える。

 

「……うるさいですねぇ〜〜〜〜。思ったより簡単に劣勢になりましたが、まだ勝機は全然失われていませんよ。我々も玉藻さんも、どちらも本気ではありませんからね……」

 

 饕餮の目つきが変わる。

 いつもの垂れた、ふざけたものではなくなり。鋭い眼光を放つようになる。

 目線の先は当然、玉藻だ。

 饕餮は両手を合わせ、妖力を解き放つ。

 

「私も、少々やる気を出しましょう。"貪食料亭(タンシィリャオティン)"」

 

 エントランスホール全体に広がった、饕餮の黒い粘液。それがいよいよ猛威を振るう。

 四凶たちだけを避けるように床全体に広がった粘液は、大きく波打つとその表面に無数の口を生成する。

 そして、魚が水面から飛び上がるように。粘液の触手が伸び上がり、その先に口が蛾たちを次々と捕食していく。

 大小さまざまな口たちは、檮杌と渾沌と戦っていた玉藻の影武者たちにも食らいつく。

 その脚に噛みつき、動きを止め、そこへさらに口の群れが襲いかかる。

 饕餮の領域に踏み入った者全てを食い尽くす。それが"貪食料亭"だった。

 

「さあ! 今がチャンスですよっ」

 

「わかってるぜッ」

 

「"鎌鼬(レンヨゥ)"」

 

 放った技たちはことごとく食われ、消された。

 玉藻は無防備となる。

 その隙を逃すことなく、窮奇は風の刃を放ち。

 檮杌と渾沌は拳をかかげて跳び上がり。

 黒いスライムたちも、口を開けて四方八方から襲いかかった。

 だが、無防備だったのは玉藻のミスではない。

 攻撃を誘ったわけでもない。 

 防御も罠も、必要なかったのだ。

 

「"此花磔矢(このはなさくや)"」

 

 玉藻がそう呟いた瞬間。

 四凶全員の喉元を、光の矢が刺し貫く。

 

「「「ッ…………!!?」」」

 

「まったく……(はなは)だしい(おご)(たかぶ)り。九尾を解放した私に、指一本でも触れられると思っていたのかな? そんなサービス精神は無いよ。鴉でもないからな、君たちは」

 

 紫電色の光の矢は、饕餮の放った口の群れ一つ一つにも突き刺さり、捕食を止めていた。

 窮奇が放った風の刃も、妖力の矢によって相殺され消されていた。

 動きを止められた四凶たちは、喉を潰されて声も出せない。

 玉藻は淡々と告げながら、おもむろに両手を重ね合わせ始める。

 

「でもまぁ、油断していたとはいえ、私に血を流させたことは見事だよ。何度も言うがね。だが、これで終わりだ。私に反旗を(ひるがえ)したその勇気をたたえて……盛大な花火で殺してやる」

 

 合わせられた両手の中に、光り輝く妖力が圧縮されていく。

 紫電色と黄金色の入り混じる光の玉。それは、これまで玉藻が放ってきたどの攻撃よりも、四凶たちに強い妖力の反応を感じさせる。

 

「原子に戻るがいい。"天魔照(あまてらす)"!」

 

 圧縮された妖力が解き放たれる。

 ドス黒い粘液に覆われたエントランスホールが、(まばゆ)い閃光に包まれ──そして、四凶たちの影も呑み込まれていった。

 窓ガラスすらも饕餮の粘液に覆われていた故に、その凄まじい光がビルの外部に漏れることはなかった。

 誰も気がつくことはなく、四凶は葬られたのだった。

 

「……。地下の『あすこここ』に影響が出ないよう、威力は抑えたが……。抑え過ぎたかな? 形は保ってるか」

 

 光が消え、エントランスが元の景色を取り戻す。

 饕餮の粘液は消えていないが、その中に、肉体が半壊した四凶たちが転がっていた。

 ピクリとも動かず、確かに絶命していた。

 否、まだ少しだけ霊力を感じさせる程度には生きている。放っておいても死を待つばかり、であるが。

 

「ま、いいか。『あすこここ』に使える素材が手に入ったし。いや、そこはいいとして、茨木童子たちに堂々と四凶を向かわせるって言ったのはなぁ〜〜、カッコつかんなぁ」

 

 玉藻は輝く九尾を収納する。

 黒い粘液はいまだに(うごめ)いており、まだ床に降り立つことはできない。

 そのため、宙に浮いたまま「どうしようかなーー」とうなっていた。

 

「ああーーッ、びっくりしたああああッ!」

 

「…………!?」

 

 完全に不意を突かれた玉藻は、あまりにも驚いてしまい肩をビクつかせる。

 なんと死んだと思われた檮杌が、何事もなかったように立ち上がったのだ。

 彼だけではない。頭を押さえながら、饕餮や渾沌、窮奇も起き上がる。

 完全なる、復活だった。

 

「……なぜ」

 

「ふぅーー、いやぁ、本当にビックリしましたよ。まだ目がチカチカしますしねぇ。()()()()()()()()()()、本当に終わりだったんですけど。運は我々に味方してくれたようですねぇ」

 

 饕餮はわざと強調してそう言い放つ。

 玉藻の理解が追いつかない。まるで檮杌の"能力"に、四凶の復活の秘密があるかのような饕餮の言い草であるが、それが何を意味しているのか。サッパリわからなかった。

 だが確かにこの現象は、檮杌の能力によるもの。他の誰でもない、檮杌固有の能力で彼らは復活できたのだ。

 

「ったく! お前らオレに感謝しろよ!」

 

「運が良かっただけだろうが……。能力の制御もまともにできねぇ、バカ頭がよ……」

 

 檮杌は自信満々に声を上げるが、窮奇が言うように運が良かっただけで、狙ってできた現象ではない。

 その言及が、余計に玉藻の混乱を誘う。

 

「まあまあ、何でもいいでしょう。とにかく、私の方も運が良かったですよ。あのすごいエネルギー、きちんと吸収できましたからねぇ!」

 

「なに──」

 

 玉藻が足下に目をやれば、なんと粘液の海の中に巨大な口が開いていた。

 彼に見つかると同時に、口はゆっくり閉じて跡形もなく消え去ってしまう。

 そして、饕餮の妖力が爆発的に増大し始めた。

 

「先程ぉ、玉藻さんが撃ってくれた妖力の光。全てではありませんが、あれを結構いただかせてもらいましてねぇ〜〜? 私の妖力に替えさせていただきましたよぉ」

 

「ハッハーーッ! やったれ饕餮ぅ!!」

 

「……」

 

「……外すなよ。これ以上は面倒だからな」

 

 饕餮から立ち昇る、ドス黒い妖力。

 それは見る者を吸い込んでしまいそうなほどの漆黒であり、饕餮の本質を表していた。

 そして、これから何が起こるのかも。

 玉藻も察する。

 

「さあ、必殺技のお返しです。私の(のど)を超え、虚無に還りなさいっ。"暗澹坩堝(アンタンガングォ)"!」

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