暁の黄泉鴉 作:マサイのゴリラ
一階エントランスは広い。
奥行きや横幅だけでなく、高さもある。
身長3メートルを超える
彼は切り傷をつけられた右手をハンカチで拭いながら、恨めしそうに口を開く。
「……大陸に封印されし、伝説の悪神『四凶』……。流石に力を見誤っていたか。ほめてあげるよ、私に血を流させたこと」
「光栄ですねぇ〜〜」
「だから私も、君たちに敬意を払って──。少しやる気を出してやる」
玉藻が手を広げれば、彼から妖力が溢れ出る。
玉藻がこれまで見せていた妖力光線の色は紫電色だった。ならば、今その肉体から溢れる妖力の
四凶たちはそう考えていた。
が、玉藻から
黄金色。
「久々に見せるよ、この姿……!」
玉藻の背後には黄金に輝く、巨大な
「ウフフフ、これが伝説の……」
「ようやく正体見せやがったな!」
「狐野郎の真の姿か……。これが、
そして現代では、玉藻草司。
これまで何度も何度も名前を変え、姿を変え、人の前に現れ、支配を試みてきた。
九尾の狐、それこそが彼の正体である。
「"
「「!!」」
玉藻は妖力を迸らせる。
すると彼の全身が光り輝き、なんと玉藻と同じシルエットの妖力の人型が二体。玉藻から分離するかのように出現する。
二体の妖力の塊──影武者は、そのまま
「ハッ、しゃらくせぇ!」
「……」
檮杌と渾沌は妖力の影武者に応戦する。
拳を交える接近戦を繰り広げる四者。四凶の中でも単純な殴り合いにおいてツートップである彼らと、影武者たちは互角に戦えていた。
これで檮杌と渾沌は押さえられた。
玉藻は饕餮と
「"
手を広げる玉藻の背後に、無数の妖力の塊が生成されていく。
紫電色のそれらは、一つ一つが豆電球ほどの大きさだった。
しかし標的となった饕餮は、それらに違和感を覚える。
小さな妖力弾はうごめいていた。まるで、サナギから羽化しようとしている羽虫のように。
「窮奇、ガードしなさい」
饕餮がそう口にした瞬間、無数の妖力弾が羽化。
蛾の形となったそれらが、雨のように二人に降りそそぐ。
「うおおおおっ!! クソッ!」
妖力の塊である蛾の群れを、窮奇は風の刃で切り刻む。
だが、そのように衝撃を与える防御では意味が無かった。
蛾たちはその一匹一匹が小さな爆発を引き起こし、窮奇の近くで爆破した蛾は彼に血を流させる。
これを受け、窮奇は巻き起こす風の壁の範囲を広げてガードし続ける。
そんな彼に対して饕餮は。
「"
黒い
そこに大きな口を出現させ、蛾たちを吸い込み始める。
その勢いはまるで、饕餮の口に向かう突風。蛾たちは為すすべ無く吸い込まれていってしまう。
が──
「うぐっ!?」
饕餮の背中に激痛が走る。
蛾の一匹が背後に回り、爆発したのである。
そこで饕餮は気がつく。
彼が"深淵甕"によって吸い込み始めた時点では、まだ蛾たちは床に向かって直線的に飛んできていた。
しかしその数秒後、蛾たちは意識を持ち始めたかのようにバラバラに動き始めた。
何十、何百の妖力の塊が、意思をもって彼らを襲いだしていたのだ。
「これはっ……なるほどですねぇ〜〜。そんな芸当もできるのですか、支配者サマは」
「ごわああっ!?」
「ッ……!」
蛾たちは影武者と争う檮杌や渾沌をも襲う。
後ろから小爆発が起こり、のけぞったところで影武者の拳を叩き込まれる。
四凶は一気に劣勢となった。
「おいっ、どうすんだ饕餮! てめぇが! 俺たちが組めば狐野郎に勝てるとほざきやがるからッ、こうやって戦ってやってんだろうがッ! なんか策をよこしやがれ!」
防戦一方となるも、まだ無傷の窮奇が吠える。
「……うるさいですねぇ〜〜〜〜。思ったより簡単に劣勢になりましたが、まだ勝機は全然失われていませんよ。我々も玉藻さんも、どちらも本気ではありませんからね……」
饕餮の目つきが変わる。
いつもの垂れた、ふざけたものではなくなり。鋭い眼光を放つようになる。
目線の先は当然、玉藻だ。
饕餮は両手を合わせ、妖力を解き放つ。
「私も、少々やる気を出しましょう。"
エントランスホール全体に広がった、饕餮の黒い粘液。それがいよいよ猛威を振るう。
四凶たちだけを避けるように床全体に広がった粘液は、大きく波打つとその表面に無数の口を生成する。
そして、魚が水面から飛び上がるように。粘液の触手が伸び上がり、その先に口が蛾たちを次々と捕食していく。
大小さまざまな口たちは、檮杌と渾沌と戦っていた玉藻の影武者たちにも食らいつく。
その脚に噛みつき、動きを止め、そこへさらに口の群れが襲いかかる。
饕餮の領域に踏み入った者全てを食い尽くす。それが"貪食料亭"だった。
「さあ! 今がチャンスですよっ」
「わかってるぜッ」
「"
放った技たちはことごとく食われ、消された。
玉藻は無防備となる。
その隙を逃すことなく、窮奇は風の刃を放ち。
檮杌と渾沌は拳をかかげて跳び上がり。
黒いスライムたちも、口を開けて四方八方から襲いかかった。
だが、無防備だったのは玉藻のミスではない。
攻撃を誘ったわけでもない。
防御も罠も、必要なかったのだ。
「"
玉藻がそう呟いた瞬間。
四凶全員の喉元を、光の矢が刺し貫く。
「「「ッ…………!!?」」」
「まったく……
紫電色の光の矢は、饕餮の放った口の群れ一つ一つにも突き刺さり、捕食を止めていた。
窮奇が放った風の刃も、妖力の矢によって相殺され消されていた。
動きを止められた四凶たちは、喉を潰されて声も出せない。
玉藻は淡々と告げながら、おもむろに両手を重ね合わせ始める。
「でもまぁ、油断していたとはいえ、私に血を流させたことは見事だよ。何度も言うがね。だが、これで終わりだ。私に反旗を
合わせられた両手の中に、光り輝く妖力が圧縮されていく。
紫電色と黄金色の入り混じる光の玉。それは、これまで玉藻が放ってきたどの攻撃よりも、四凶たちに強い妖力の反応を感じさせる。
「原子に戻るがいい。"
圧縮された妖力が解き放たれる。
ドス黒い粘液に覆われたエントランスホールが、
窓ガラスすらも饕餮の粘液に覆われていた故に、その凄まじい光がビルの外部に漏れることはなかった。
誰も気がつくことはなく、四凶は葬られたのだった。
「……。地下の『あすこここ』に影響が出ないよう、威力は抑えたが……。抑え過ぎたかな? 形は保ってるか」
光が消え、エントランスが元の景色を取り戻す。
饕餮の粘液は消えていないが、その中に、肉体が半壊した四凶たちが転がっていた。
ピクリとも動かず、確かに絶命していた。
否、まだ少しだけ霊力を感じさせる程度には生きている。放っておいても死を待つばかり、であるが。
「ま、いいか。『あすこここ』に使える素材が手に入ったし。いや、そこはいいとして、茨木童子たちに堂々と四凶を向かわせるって言ったのはなぁ〜〜、カッコつかんなぁ」
玉藻は輝く九尾を収納する。
黒い粘液はいまだに
そのため、宙に浮いたまま「どうしようかなーー」とうなっていた。
「ああーーッ、びっくりしたああああッ!」
「…………!?」
完全に不意を突かれた玉藻は、あまりにも驚いてしまい肩をビクつかせる。
なんと死んだと思われた檮杌が、何事もなかったように立ち上がったのだ。
彼だけではない。頭を押さえながら、饕餮や渾沌、窮奇も起き上がる。
完全なる、復活だった。
「……なぜ」
「ふぅーー、いやぁ、本当にビックリしましたよ。まだ目がチカチカしますしねぇ。
饕餮はわざと強調してそう言い放つ。
玉藻の理解が追いつかない。まるで檮杌の"能力"に、四凶の復活の秘密があるかのような饕餮の言い草であるが、それが何を意味しているのか。サッパリわからなかった。
だが確かにこの現象は、檮杌の能力によるもの。他の誰でもない、檮杌固有の能力で彼らは復活できたのだ。
「ったく! お前らオレに感謝しろよ!」
「運が良かっただけだろうが……。能力の制御もまともにできねぇ、バカ頭がよ……」
檮杌は自信満々に声を上げるが、窮奇が言うように運が良かっただけで、狙ってできた現象ではない。
その言及が、余計に玉藻の混乱を誘う。
「まあまあ、何でもいいでしょう。とにかく、私の方も運が良かったですよ。あのすごいエネルギー、きちんと吸収できましたからねぇ!」
「なに──」
玉藻が足下に目をやれば、なんと粘液の海の中に巨大な口が開いていた。
彼に見つかると同時に、口はゆっくり閉じて跡形もなく消え去ってしまう。
そして、饕餮の妖力が爆発的に増大し始めた。
「先程ぉ、玉藻さんが撃ってくれた妖力の光。全てではありませんが、あれを結構いただかせてもらいましてねぇ〜〜? 私の妖力に替えさせていただきましたよぉ」
「ハッハーーッ! やったれ饕餮ぅ!!」
「……」
「……外すなよ。これ以上は面倒だからな」
饕餮から立ち昇る、ドス黒い妖力。
それは見る者を吸い込んでしまいそうなほどの漆黒であり、饕餮の本質を表していた。
そして、これから何が起こるのかも。
玉藻も察する。
「さあ、必殺技のお返しです。私の