暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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80.『渾沌』

 饕餮(とうてつ)から溢れるドス黒い妖力。

 それは空気に溶け込むようにして薄くなっていく。

 しかし玉藻の目には、饕餮の背後から、巨大で(ゆが)んだ饕餮の像が出現する様子が映る。

 大口を開けたその像は、玉藻を呑み込むようにして迫り──

 

「やったかァ!?」

 

 檮杌(とうこつ)が叫ぶ。

 玉藻の姿は一瞬にして消失しており、これは饕餮の放った"暗澹坩堝(アンタンガングォ)"の効果にも通ずる。

 当の饕餮はというと、モニュモニュと咀嚼(そしゃく)するように口を動かしていた。

 首をかしげながら、口の中の何かを確認しているかのようだったが。

 

「……いやぁ、これは……逃げられましたねぇ」

 

「な、なんだと!?」

 

「あァーーーーッ!? てめぇ饕餮! やってくれたなぁ!!」

 

 窮奇(きゅうき)と檮杌は声を上げ、饕餮に詰め寄る。

 

「直撃の瞬間に、おそらく"転移"で回避、逃亡したのでしょう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

「おい、どうすんだ……さっきの技、てめぇの妖力を全部使うんだろ!? 奴が戻ってきてから、どうやって戦うつもりだ!?」

 

「このまま戦えば、間違いなく負けますねぇ。残念ですが、玉藻さんは野放しにしたまま我々は解散です」

 

 饕餮はエントランス中に広げた粘液を回収し始める。

 ズルズルと音を立て、黒いスライムは饕餮の胴体に吸い込まれていく。

 「我々は解散」。つまり、『四凶』たちが手を組むのはここまでということである。

 

「玉藻さんが戻ってくるまでに、早くここを離れましょう。次に我々が会う時は、王座を真に奪い合う時です」

 

 全ての粘液を回収し終えた饕餮は、三人の方へ振り返りニタリと口角をつり上げた。

 

「……饕餮、玉藻は俺たち全員が手を組まねぇと勝てねぇっつったのはお前だろ。バラけて奴に勝機があるのか? 結局?」

 

「んだぁ、窮奇! てめぇビビってんのか!?」

 

「そうじゃねぇ! 檮杌てめぇは黙ってろ!」

 

 頭の弱い檮杌が会話に挟まれば、話は(こじ)れるばかりである。

 窮奇も直情的であるが、少なくとも檮杌よりも冷静で頭は回った。

 彼は饕餮を(いぶか)しんでいた。

 

「饕餮、てめぇ俺たちに何を隠してる」

 

 饕餮を睨みつけ、窮奇はドスの効いた声で迫る。

 これに対する貪欲の化身。真顔になって首をかしげた。

 

「特に何も隠してはいませんけどもぉ〜〜? 手を組まねば勝てない、確かにそう言いました。それは事実です。そしてこれからバラけた後、我々単騎で玉藻さんに勝機があるか否か。これは……貴方(あなた)たち次第ですよ」

 

 饕餮は毅然(きぜん)として言い放つ。

 顔だけでなく、体の向きまで三人に向けて言葉を続けた。

 

「以前、玉藻さんは私に教えてくださいました……。彼は、神殺しを成した『大妖魔(だいようま)』です」

 

「神殺し……!?」

 

「神を殺したってのか!?」

 

「存在が知れている大妖魔は三体いるそうで。玉藻さんを除けば、あとは"天下無双の鬼"、酒呑童子。そして最も冒涜(ぼうとく)的な罪を犯したとされる、"神喰らい"と呼ばれる何者か……。彼らはいずれも、神に対するための特別な権能を持っているようです」

 

 饕餮は淡々と話す。

 神を殺したという経歴は、中国で悪神として恐れられてきた窮奇や檮杌にとっても常軌を逸したものであり。

 悪神と呼ばれはしても、本当の神を殺したことも相対したこともない彼らは、饕餮の言葉によりようやく自分たちが相手した者の強大さを思い知った。

 

「もしそれを使われたなら……つまり、玉藻さんが最初から全力で我々を潰そうとしてきたなら、こうして四人で手を組んだとしても勝ち目はゼロでした」

 

「……だが、それを使ってこない自信が今回はあったってことか?」

 

「彼は()()()()()です。檮杌を最初に突っ込ませ、玉藻さんに秘密にしていた能力の応用による復活を見せたのは、彼の興味を引いて観察させることが目的でした」

 

 玉藻に申告していた檮杌の能力に、一切の嘘は無かった。

 つまり彼が驚いていた復活の様子は、その能力の応用。玉藻ですら気がつかなかった、拡張された用途である。

 饕餮曰く、知りたがり。

 茨木童子曰く、世界一の慢心。

 饕餮は、それを利用することができた。『四凶』は玉藻の、大妖魔としての権能を使わせずに大技で(おびや)かすことにまで成功したのである。

 

「もう一度言いますが、彼がここに戻ってくるまでに、早く解散しましょう。今度こそ、消されますから……。渾沌(こんとん)、あとは頼みますよ。()()()()()()()()()()()()()

 

 饕餮がポンと、渾沌の腕を叩く。

 少年の胴体ほどの太さの腕を叩かれた渾沌は、コクンと頷く。相変わらず、一切喋ることもなく。

 

「へっ、もし渾沌がしくじったら、オレが玉藻をぶっ殺してやるよ! 楽しみだぜぇ、狐の肉は何だかんだ食ったことねぇからな!」

 

「……チッ。仕方ねぇが……譲ってやるよ」

 

「ウフフフ……一対一(サシ)で玉藻さんと戦うとなれば、一番勝機があるのは渾沌ですからねぇ〜〜。邪魔者を消して……四人で楽しく、奪い合いましょう。世界の支配者の、本当の玉座を……」

 

 『四凶』は決して、仲間という間柄ではない。

 ただ同じ境遇、ただ同じく忌み嫌われた者同士。その共通点しか持たない。

 だからこそ、彼らは自らを除いた三人以外に欲さないのだ。

 玉座に相応しい王者を。

 

 

───────────

 

 

 同時刻。中国のとある街にて。

 約三十年前に滅ぼされ、廃墟と化した街には人間の影は全くない。

 ビルや車道、街灯も。その全てが朽ち果て、緑に覆われかけていた。

 建物の陰では、シカの親子など自然の中で生きる者たちが、かつての人間の舞台を闊歩(かっぽ)する。

 ビルの屋上に腰掛ける玉藻は、その光景を静かに見ていた。

 

「世代交代、か。かつて大地を支配した恐竜も、彼らに代わる新たな野生も。知恵と開発によって自然を淘汰(とうた)した人間も……。等しく、一つの世代に過ぎなかった」

 

 じっと座っている玉藻の肩に、小鳥がとまる。

 『四凶』との戦いで解放した九尾は、すでに再収納されており。故に、周囲に放つ威圧感は影も形も無くなっていた。

 

「盛者必衰とはよく言ったものだ。あまりにも短く、しかし何者よりも栄華を誇った人間も、時が過ぎれば、ああして出番の終わった者たちに我が物顔で歩き回られる」

 

 玉藻は右腕をゆっくり上げる。

 人差し指の先に妖力が収束していき、紫電色の光を放つ。

 街を歩くシカの一頭に狙いを定め、玉藻はその妖力を解放。

 光線が400メートル離れた獲物の頭部を貫き、地面をも穿(うが)った。

 

「──私には、縁の無い話だがね」

 

 玉藻の姿がフッと消える。

 肩にとまっていた鳥は、忽然(こつぜん)と足場が消えた現象に驚き体勢を崩してしまう。

 しかしすぐに羽ばたき、空へ飛び去った。

 地に落ちは、しなかった。

 

 

 

 『NTC』本社ビル、一階。エントランスホール。

 数分前まで『四凶』と交戦していた場所だが、玉藻が戻った頃には彼らは姿を消していた。

 殺した記者たちの死体も片付けられており、血の(あと)まで消えていたことから玉藻は饕餮が食ってしまったのだと察する。

 

「はじめから殺すつもりでいけば、こんなことにはならなかったんだけどなぁ。だが、茨木童子たちになぁ……格好がつかないしなぁ」

 

 茨木童子たちに堂々と「四凶が相手をする」と(うそぶ)いてしまった手前、自分で彼らを消してしまっては笑いものになる。

 そう考えてもしまっていた。

 とはいえ、これは玉藻が自分自身に吐いた言い訳でしかない。

 事実、彼は()()()()()()()()()のだから。

 

「……ん?」

 

 玉藻は自分の足下に妖力を感知する。

 妖力の反応の距離からして、妖怪がいるのは床一枚を挟んだ地点ではない。

 もっと下、さらに地下。そこに、彼が察知した妖怪がいる。

 玉藻はある予感に襲われる。

 

「地下六階……まさか、『あすこここ』を──!?」

 

 本社ビルの地下六階には、玉藻の個人的な研究施設がある。

 そこでは鴉に敗れた、部下の妖怪たちの死骸を使ったあらゆる研究が行われていた。

 その中には、彼が完成させようとしていた理論上の最強妖怪『あすこここ』の水槽がある。

 玉藻はすぐに転移を発動し、地下六階へ向かった。

 到着した彼の目に飛び込んできたのは、破壊し尽くされた設備や機器の残骸の海。そしてその真ん中に立つ、渾沌の姿だった。

 

「渾沌…………!」

 

 妖怪たちの死骸が無造作に打ち捨てられ。

 機器もひしゃげて散乱しており。

 そして、玉藻の声に反応してゆっくり振り向く渾沌。彼の足元に、やけに濡れた妖怪の一部が転がっていた。

 玉藻には心当たりがある。

 あすこここは水槽に入られていた。黒雲(くろくも)という妖怪をベースにしており、煙の体を逃さないようにするための処置として液体の中に沈めていたのだ。

 

「……まさか、『あすこここ』を破壊されるとはね……。わざわざ……いや、私が自分に匹敵する存在を造ろうとしていたのだから、これぐらいやるのは当然か? 私の味方が増えても困るよな」

 

「……」

 

 玉藻が投げかけても渾沌は応えない。

 

「薄々勘づいてはいたよ……。『あすこここ』は、いつ、どこにでもいるという特徴を持っていた。そしてそれを名前にした。つまり完成していれば、とっくに私の前に姿を見せていたはずだ。過去に(さかのぼ)ってね」

 

「……」

 

「私のいる時間軸……あすこここが完成したその時から見て、過去。そこに姿を現していない時点で、あすこここの性質に矛盾が発生する。つまり、絶対完成しないというのは決まりきっていたことだ」

 

 いつ、どこにでもいる。

 ならば、未来にも現在にも、過去にだって存在する。

 しかし玉藻に姿を一度も見せていない時点で、あすこここはどこにも存在しない。つまり完成する未来は無かった。

 玉藻はそれを察していたが、まさか渾沌によって破壊されたことによって『あすこここ』が未完に終わるとは。そこまでは見通すことができなかった。

 

「……あすこここは、もう造れない。ならば、君が私を楽しませてくれるのかな……渾沌」

 

 玉藻は全身から妖力を(ほとばし)らせる。

 紫電色の妖力から始まり、徐々に黄金色が混ざる光へ変わっていく。

 腰からは、巨大な九房の尾が伸びる。

 

「三皇五帝、だったか。君は死んだら黄泉に行くから、先祖には会えないが……ぬるい土の味は教えてやれる。渾沌、蒙昧(もうまい)に、暗澹(あんたん)を知るがいい!」

 

「……!」

 

 玉藻は再び九尾を解放する。

 渾沌も、妖力を迸らせて拳を握り、ファイティングポーズをとった。

 床に転がる、あすこここの眼球を踏み潰して。3メートルの巨躯が、王を僭称(せんしょう)する妖狐に対する。

 九尾の狐、愚痴の獣。

 紫電色の光と、巨拳がぶつかった──

 

 

 

 四凶"真痴瘋癲(しんちふうてん)"

 渾沌

 

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