暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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82.暴風の戎狄(じゅうてき)

「死ねェっ、鴉ゥ!」

 

「くっ! ふんッ!」

 

 瓦葺(かわらぶ)きの屋根の上にて。

 鋼の如き風の刃を螺旋状(らせんじょう)に渦巻かせ、全身にまとう窮奇。彼と鴉の一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 理論も型もない喧嘩殺法の格闘を行う窮奇は、勢いに任せて鴉に拳や蹴りを放つ。

 鴉も刀を用いて攻撃を弾き、あるいは回避し、隙をついて刃を振るう。

 

「……!」

(前回とはまるで動きが違う……! 確かに経験を積んできたな……!)

 

 東饗タワー跡地での戦闘時では、窮奇の体術は素人同然のものだった。

 しかし今回は違う。

 窮奇の目線は鴉の一挙手一投足全てを捉えており、明らかに鴉の次の行動を潰すように拳を放っていたのだ。

 腕や脚の周りに風刃をまとい攻守の隙を無くしていることは以前と変わりないが、ただまとうだけではなくなり。風の流れを体の動きに合わせて操り、絶妙なタイミングで加速を(ほどこ)していた。

 

 窮奇は数日間、東饗を離れて東北にいた。

 山奥に陣取り、領地を奪われたと考え立ち向かってくる妖怪たちを皆殺しにし、戦闘の経験を積んできたのである。

 全ては、鴉に勝つために。

 

「オラァッ!」

 

 窮奇の連撃とそれに伴う暴風が、瓦を(えぐ)り吹き飛ばす。

 高速で放たれる数発のジャブと、その次に刈り取るように払われる蹴り。

 鴉はその直撃はなんとか避けるが、立ち位置は徐々に屋根の端の方へ追いやられていった。

 

「落ちろォ!」

 

「ぐっ……!」

 

 ドリルのように渦巻く風をまとった拳が、鴉へとまっすぐ打たれる。

 柄を握り締め、(みね)に手を当て、鴉は刀でなんとかガードした。

 屋根の端に追い詰められ、すでに彼の(かかと)は空中にはみ出ている。

 巻き起こる風の勢いにより、ジリジリと後退りを強いられる鴉。刀はガリガリと、風の刃で削られて火花を散らしていた。

 

「チッ……!」

 

「落ちるのは……お前だぜ」

 

「ああっ!?」

 

 鴉はその場で勢いよく右足を振り上げる。

 その場でバク宙をするように、頭を後方、さらに下へ──それと同時に、振り上げた足の先端が窮奇の顎を捉えた。

 

「うがッ──」

 

 つま先を顎に引っかけられ、窮奇はそのまま体を持ち上げられる。

 回転する鴉の体の上を通り越すように、窮奇は屋根から放り出されてしまう。

 

「フッ──!」

 

 体勢は上下逆さま、位置関係も前後逆になる二人。

 体を脚一本で持ち上げられたことに驚く窮奇よりも早く、鴉が動く。

 峰を掴んでいた左手を離し、逆さまになった状態で刀を振り抜いた。

 

 

 ザシュッ──

 

 

「うぐっ!?」

 

「浅いか!」

 

 振り抜かれた刃の先端が窮奇のベストを裂き、胸の薄皮を切り飛ばす。

 窮奇はとっさに翼を広げており、一度の羽ばたきが間に合ったことで鴉から距離を取れていたのだ。

 

「やってくれたなッ……! "大風(ダーフォン)"!」

 

「くっ…‥強風!?」

(斬撃が無い。動きを止めるためのものか!?)

 

 窮奇は突風を放ち、鴉を吹っ飛ばす。

 その風には刃は含まれておらず、屋根の真ん中の方へ彼を転がす程度に留まった。

 上体を起こした鴉の目に入ったのは、いつの間にか50mほど遠ざかっていた窮奇の姿。

 

「なにを……する──」

 

 鴉がそう言いかけた瞬間、窮奇は暴風と共に鴉に突進を仕掛ける。

 

「ブッ飛べェッ!!」

 

 窮奇は飛び蹴りの姿勢のまま突っ込んでいく。

 反射的に刀を構えようとした鴉だったが、急接近してくる窮奇に反応しきれず、ガードが間に合わない。

 蹴りが鴉の胸に突き刺さり、そのままジェット機の如く吹き飛んでいった。

 

「ッッ…………!!?」

 

 鴉は声にならない、乾いたうめき声を上げる。

 『赫津鬼会(あかつきかい)』の本部はすぐに遠ざかり、二人は神宿(しんじゅく)からも離脱。斗島(としま)区へと突っ込んだ。

 背の低いマンションをいくつもぶち抜きながら、彼らはピンク色に染められた、女児用の部屋にてようやく止まる。

 

「ガハッ…………あッ……」

 

「……フゥーー……」

 

 クローゼットのドアや服がクッションとなり、鴉はなんとか致命傷を免れる。しかし、体にかかった負荷は限界を超えており、すでに虫の息に。

 クローゼット内に背中からめり込むように倒れていた。

 窮奇は髪をかきあげながら息を整える。

 

「やっぱこんなもんか……。てめぇ一人だけじゃあな。遠くからサポートするやつがいなけりゃ、俺とお前の力の差はデカすぎんだ」

 

「ぐッ……うっ……」

 

「このまま"鎌鼬(レンヨゥ)"をぶっ放しゃ、てめぇは一瞬で細切れだ。つまり死ぬ。殺すことは造作もねぇ」

 

 肩で息をしながらも、立ち上がれない鴉。

 そんな彼の目の前で、窮奇は(てのひら)の上でわざとらしく風を巻き起こしてみせる。

 

「……だがな、そーゆーのは違う。違うんだよなぁ。()()()()()()。勝ったとは言えねぇんだ」

 

「……何言って、やがる……」

 

「ここまででわかったのは、やっぱ俺の方がお前より上ってことだ。だが、勝つっていうのはな。自分(てめぇ)が相手より上だってことを示す以上に重要な儀式」

 

「…………?」

 

「全力で戦うてめぇを、もうこれ以上どうしようもねぇってほどに叩きのめす! それにこそ意味があんだ。さあ、立てよ。まだ回復の時間が欲しいってんなら、まだまだ待ってやる」

 

 "王"とは何か。

 ある者は、力の証であるという。

 ある者は、貪るだけの馳走という。

 またある者は、(ひら)かれた運命の果てという。

 窮奇は、全てを統べる玉座の主。"王"をそう定義する。

 

「舐め、るな……! 戦いに中断は無い……!」

 

「そんな体たらくで吠えたところでなぁ」

 

 窮奇はベッドの上に置かれたウサギのぬいぐるみを掴みあげると、両足、両腕、そして首と、風の刃で切り落として見せた。

 

「……そこまで言うなら、良いだろう。戦闘続行だッ!」

 

「ッ……!?」

 

 窮奇は再び妖力を(たかぶ)らせる。

 彼も正々堂々を好みながらも、敵を殺したい本能と欲求には強く突き動かされてしまう。

 『四凶』としての圧倒的悪の本性。それが牙を剥くのは一瞬だった。

 窮奇はクローゼットの中に倒れ込んでいる鴉に手を向ける。

 

「"鎌鼬(レンヨゥ)"!」

 

「……!」

 

 無数に放たれる透明の刃。

 それが鴉を切り刻むまで、二秒もあれば足りる。

 しかし鴉は、ただの人間ではない。

 

「──よしッ、回復したッ」

 

 鴉は窮奇の足元に滑り込むように回避する。

 避けられた風刃の群れはクローゼットを切り刻み、アパートの一室から廊下までに風穴を空ける。

 

「なっ、避けッ──」

 

「オォラアアッ!!」

 

「ごアアァッ!?」

 

 鴉は刀で、下から窮奇の胴体を斬り上げる。

 右脇腹から左肩へのぼる斜め一文字を刻みつけられた窮奇は、思わず声を上げた。

 鴉はすぐさま立ち上がり、第二撃目を浴びせようとする。

 しかし──

 

「ッ……! "広莫風(クァンモウフォン)"!!」

 

「なにっ!?」

 

 窮奇は全身から暴風の小爆発を解き放つ。

 狭い子供部屋では、鴉が無数の刃を避けることは不可能だった。

 しかしとっさに放った技であるために、威力も弱く。斬撃は鴉を細切れにするには至らず、せいぜい服を破き、浅い切り傷をつける程度に留まる。

 それでも風圧だけは強く、部屋を崩壊させ、鴉をマンションから吹き飛ばした。

 

「うあああッ……!!」

 

 通りを挟んだ、向こう側のビル。

 地上四階のオフィスの窓を突き破り、鴉の体が床に転がる。

 会社の事務室であったそこでは、突如として窓ガラスが破砕したことでスタッフたちが驚きの声を上げていた。

 

「きゃあああッ!」

 

「な、何だあっ!?」

 

 しかし、間髪入れずに別の窓が割れる。

 鴉の次は、窮奇が飛び込んできた。

 霊体である鴉は、普通の人間にその姿を捉えることはできない。だが窮奇は実体を持つ。

 地上四階という場所に、上裸に黒いベストを羽織った青年が突っ込んでくれば、誰だって驚き恐怖する。

 

「だああッ!」

 

「くッ、窮奇……!」

 

 人間たちに目もくれず、窮奇は立ち上がりかけている鴉に殴りかかった。

 当然その拳には風をまとっており、壁に貼り付けられている張り紙や、デスクの小物を吹き飛ばす。

 鴉も刀を握り直し、窮奇の猛攻を()()()

 窮奇の風と鴉の刀が、オフィスのあらゆる物を破壊しながらぶつかり合う。

 居合わせた人間たちは何が起こっているのかを理解することもできず、立ちすくんでいるか、悲鳴を上げるかしかできなかった。

 

「邪魔だァァッ」

 

「ひっ──」

 

 暴れ回る窮奇の目の前に人間が現れれば、彼は風刃で真っ二つにして殺してしまう。

 鴉が戦場を移そうと、壁をすり抜けて廊下へ出ようとすれば。

 窮奇は"鎌鼬"で壁を破壊して彼を追う。

 しかもその手には、事務室で居合わせた女性スタッフの顔を掴んでおり。彼女を引きずりながら鴉を追っていた。

 

「いやああああっ、助けてぇえええええッ」

 

 こめかみを万力の力で掴まれたまま引きずられる女性は、叫ぶことしかできない。

 鴉も彼女の存在に気づくが、どうしようもできない。

 助けようとすれば、自分がやられる。

 継戦を選べば、女性は確実に死ぬ。

 そうこう迷っていれば、窮奇の手のうちに。

 

「あアアアあああ──ンバッ」

 

 女性を掴んでいる手とは逆──左手だけで鴉と攻防を繰り広げる窮奇。

 すると次の瞬間、鴉の目の前に女性を突き出す。

 彼女を盾に、自分の攻撃を止めようとしたのか。鴉がそう考えた瞬間、女性の体が破裂するように消し飛んだ。

 輪切りではなく、みじん切り。肉の一片も残さないほど細かく刻まれたことで、女性は水風船ならぬ血風船として使われたのだ。

 鴉に、大量の血液がかかる。

 

「うぐっ!?」

(血の、目潰しだと!?)

 

「よそ見してんじゃねぇ!!」

 

「ぐはァ!?」

 

 女性の血で真っ赤に染められた鴉は、思わず視界を塞がれる。

 その隙を逃さず、窮奇は即座に彼の背後に回って蹴りを浴びせる。

 暴風によって加速した蹴りにより、鴉は再び壁を破壊して屋外へと放り出されてしまう。

 そして空中なら、"翼なき鴉"は無防備だ。

 

「"大馬風(ダーマーフォン)"!!」

 

 人間一人大の穴を空けられた壁に向けて、窮奇は脚を大きく振り抜く。

 暴風は刃となり、全てを切り裂く一つの大きな斬撃として、蹴りと同時に放たれた。

 鴉は斬撃に飲み込まれ、いくつもの建物が上下に真っ二つになっていく。

 三十棟を超えるビルやマンションが、窮奇の技により分かたれた。

 窮奇が突っ込んだオフィスで働く人間たちも、何が何だかわからないままに、二つになって死んでいった。

 だが、それでも暴風の化身の進撃は止まらない。

 

「俺が求めるのは、完全なる決着! まだ生きてんだろ、鴉……全力で殺しに来い。そのお前を殺して、俺は王座を手に入れるッ!」

 

 

 




キャラクター紹介:
月兎(げっと)
種族:桂男 年齢:2000歳以上
身長・体重:179cm・66kg
四大財閥・幻明芸能事務所(げんめいげいのうじむしょ)の社長。桂男という、月に向けられた人間のあらゆる感情や、それに伴う霊力の影響を受けて生まれた妖怪である。
人間社会ではエンターテイメント業界を牛耳る若社長であり、絶世の美男子。ただしメディアには一切顔を出しておらず、これは彼の能力の影響を人間に及ぼさないため。アイドルグループの育成に力を入れており、代表的なグループは『朧GENEI』や『LUNAP』などがある。楽曲提供もしており、提供先は自分のアイドルたち。
『四大財閥』の中では特に目的はなく、玉藻に見初められたことで支配者となった。玉藻に似て享楽的であるが、彼よりもずっと幼稚。
周囲の生命から魂を奪い去る能力をもつ。主な発動条件は「自身(月兎)の顔を見ること」であり、これ以外の方法でも強制徴収できる。強力な能力であるが、純粋な戦闘力は四大財閥で最下位。
好きなものは穀物類や餅。顔を人間に見せはしないが、美容にも気を遣っている。
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