暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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86.渾じり沌がる者

「……さっきの震動、何かと思ったら窮奇(きゅうき)がやったんだな。元気いっぱいじゃないか」

 

 『NTC』本社ビル、地下六階。

 かつて、『あすこここ』が造られていたこの場所は、見るも無惨に破壊し尽くされていた。

 機器や瓦礫(がれき)の残骸の海で、玉藻は自分のスマホに目を落としている。

 彼が眺めているのはSNSプラットフォーム『ベックス』。リアルタイムの情報が流れてくるホーム画面を指でスライドさせながら、つい数分前の地震の反応について探っていた。

 

 

 ──なに今の地震!!? 地震速報も無いけど何だったの!?

 

 ──斗島区からキノコ雲上がってるんだが……? 爆発事故か!? 誰か情報求む。

 

 ──斗島の知り合いと全然連絡つかない。何が起きてんだ。

 

 ──は? これなに。街消えてんの……?

 

 ──なになになになになに!!? 何が起こってんの!? 斗島区消えてんの!?

 

 

 写真付きの投稿も散見される。

 土埃が立つ中、そこにあったはずの都市が完全に消滅して荒野となっている。

 人々は、鴉による『四大財閥』の正体の暴露はほとんど信じなかった。しかし今回、実際に街が消し飛ばされた震動や光景は都民に衝撃を与え、その多くが恐怖を抱くことになる。

 そして、信じる者も出始めた。

 この東饗(とうきょう)に、妖怪がいることを。

 

「ふふ……。窮奇は、十中八九鴉と戦ってるんだろうな。胎東(たいとう)区でも妖力がぶつかっている。神宿でも……」

 

 玉藻はスマホの電源ボタンを押し、画面を暗転させる。

 そしてパンツのサイドポケットにしまった。

 

「どうしようかなあ。時間もいいからこのままお茶しに行ってもいいし、他のところへ乱入するのもアリだ……。()()()()()()()()

 

 チラリと、玉藻は振り向いて視線を後方へ送った。

 そこには、無数の光の槍に体中に貫かれた渾沌(こんとん)の姿が。

 胴体に一際大きな槍が突き刺さり、それによって体を浮かされて固定されている。腕や脚、首元に刺さった槍は渾沌から動きを奪っていた。

 渾沌はピクリとも動かず、文字通り(はりつけ)にされていた。

 

「…………!」

 

「確かに、君の"認識阻害"の能力は厄介だよ。もっとも、見えなくなって妖力も感じ取れなくなるだけ。言ってしまえば、それだけだ」

 

 玉藻が指を鳴らすと、周囲に細かく網目状に張り巡らされた妖力の糸が姿を現す。

 フロア全体に張られたこのワイヤートラップが、玉藻が渾沌を捉え続けられた理由だった。

 視界から姿を消し、妖力の痕跡も残さず移動する。さらに、巨体に似合わない高速移動と怪力によって敵を追い詰める。

 並の相手なら一方的に(ほふ)ることができる能力である。だが、今回の相手は玉藻草司。世界の支配者に最も近い者に、そんな小手先の力は通じなかった。

 

「別に自分の存在そのものを消せるわけじゃない。それさえわかってれば、何も恐ろしくない。なあ、渾沌」

 

「……!」

 

「おっ」

 

 挑発された渾沌は自分を貫く槍をものともせず、無理やり体を動かし始めた。

 メリメリ、ブチブチと音を立てながら肉がちぎれ、傷が広がる。

 自傷も厭わず、握りしめた拳を振りかぶって、玉藻を殴り潰そうとする。

 だが玉藻は余裕ぶって後ろへ下がり、剛拳を易々と回避してしまった。

 

「ざぁんねん。もう君に勝ち目はないよ。私の"此花磔矢(このはなさくや)"は、パワーだけじゃ決して折れない。いくら君の治癒力がすさまじいとしても、私が際限なく君にこの槍を打ち込める」

 

 渾沌は諦めたのか、動きを止める。

 

「とはいえ、どんな傷でさえ一瞬で治る君の再生力……。これが一番厄介。殺しきるのは少し難しそうだな──」

 

 

「──私でもなければね」

 

 

 玉藻は渾沌の顔の前に、フィンガースナップをならんとしている形の手を差し出して見せる。

 

「肉体の再生が速いというのは、つまり魂が生み出す霊力が多いということ。そして、生み出した霊力の使用効率も高いことも示す。君は十分、選ばれし存在というわけだ」

 

「……」

 

「そんな上質の魂が失われるのは惜しいことだが、私に反逆した罰は必要だ。恨んでくれるなよ」

 

 彼が使おうとしているのは"昏御津羽(くらみつは)"。

 対象の魂に、玉藻自身の膨大な霊力を流し込んで膨張させ、肉体ごと爆殺するという技である。

 いくら肉体の再生力が優れていても、魂に再生、回復という概念は無い。

 魂を消されてしまえば、全ての生命はそこで終わりなのだ。

 四凶であろうと、大妖魔であろうと。

 

「さようなら、渾沌。お仲間はあとで送ってやるよ。"昏御津羽(くらみつは)"──」

 

「ッ…………!!」

 

 指が鳴らされる瞬間、渾沌は全身に力を込めてズタズタになりながら無数の槍から脱出する。

 "此花磔矢"を破壊することは叶わなかったが、再生力に物を言わせて体中を引きちぎりながら、逃避することには成功した。

 渾沌は腕を広げてそのまま玉藻に覆い被さるように、体当たりしかける。

 

「うぐっ……!?」

 

 渾沌の丸太のような腕を背中に回され、そのまま鯖折りどころかペシャンコに潰されそうになる玉藻。

 つい手の形も解いてしまい、魂の爆殺は妨げられてしまった。

 

(下手に逃げなかったのは褒めてあげよう渾沌……! 確かに、こうやって密着されたまま"此花磔矢"を使えば私も危険に晒される……。だが、このまま私を殺せると思っているなら、それは──)

 

 玉藻は自分を中心に妖力を爆発的に解放する。

 次の瞬間、渾沌の両腕が肩から引きちぎられ、彼の巨体が前方へと吹っ飛んだ。

 渾沌の返り血は玉藻に付くことはなく、彼を中心にドーム状に展開された透明な結界に遮られることに。空中に痕をつけ、床へと垂れる。

 

「思い上がりだな! "猿咫飛子(さるたひこ)"!」

 

 両腕を失い吹き飛ばされた渾沌に、玉藻は手をかざす。

 掌から紫電色の妖力の塊が飛び出して、渾沌へと向かった。小爆発を起こしながら三つに分裂すると、()()の付いた(やじり)のある矢となって渾沌の腹、両太腿を貫く。

 せっかく"此花磔矢"から抜け出し、その傷も修復しかけていたというのに。再び、妖力の矢で貫かれてしまった。

 

「ッ…………!」

 

「なんだ、キレてるのか。好き勝手遊ばれるように攻撃されて、自尊心に傷がついたかな? 仕方ないことだと思って諦めたまえよ。私より、弱いのが悪いんだ」

 

 札で隠された顔を上げ、玉藻を睨みつけているかのように振る舞う渾沌。

 しかし彼の思いは玉藻にすら理解されることはなかった。

 そして──

 

「"昏御津羽(くらみつは)"」

 

 玉藻の指が鳴らされる。

 それと同時に、3メートルを超える巨漢の胴体が一瞬で膨張し、爆裂した。

 

「……肉風船が本当に風船になっちゃったね」

 

 あちこちに飛び散った肉片と血痕。

 残されたのは、渾沌の強靭な下半身だけだった。

 玉藻は渾沌の残骸に背を向けると、そのままエレベーターへと歩いていく。

 渾沌をいたぶっているその間に、これからどうするか、その答えは出していたのだ。

 

社長室(へや)でゆっくり待ってるか。やはり私は、RPGのラスボスが相応しいかもね。敵を倒すよりも、最後の最後、一番強くなった勇者と戦うのが似合ってる」

 

 伸びをしながら、そう呟く。

 せっかく苦労して解放した、中国の悪神『四凶』。

 古代に猛威を振るった彼らでさえ、少しやる気を出した玉藻には手も足も出ない。それがわかった。

 元より自分の方が強いとは思っていたが、個々の力比べになればその力量差は圧倒的であり。

 汗をかく運動にもならなかった。

 

「…………」

 

 玉藻はエレベーターのボタンに手を伸ばしかけ、動きを止める。

 

「……?」

 

 ゆっくり振り返ると、渾沌の下半身はまだ()()()()()

 

(まだ、力がこもってる……?)

 

 妖力の反応もない。

 だが、何かおかしい。

 魂を爆殺したはずだったが、何か。

 言いようもない違和感が、玉藻を襲っていた。

 

「──まさか」

 

 玉藻がそう口走った瞬間だった。

 壁や床にぶちまけられた血や肉片が、ウゾウゾと(うごめ)き──いまだ倒れない下半身の方へと集まりだした。

 一人でに、空中に浮かび上がって下半身の断面へと収束し、肉体を修復していく。

 

「…………」

 

 その様子を、玉藻はただ黙って見ているばかり。

 魂を消したのだから、死んでいなければおかしい。

 動けるはずがない。修復できるわけがない。

 そんな常識を捨てようとしても、玉藻のこれまでの経験と知識が再び拾い上げようとしていた。

 

「ウゥウゥゥゥ〜〜…………!!」

 

 渾沌の肉体はついに胴体、腕、頭と修復を終えていく。

 しかし、再構築されたその姿は、先程までの長身の肥満体とは全く別のものになっていた。

 身長は玉藻と同じぐらいになり、いつの間にか残された下半身も()()()()、細身でありながら筋肉の凹凸がハッキリしているアスリート体型に。

 極めつけには、その顔である。眼球が飛び出しているかのような、昇天の合わない目つき。獅子を思わせるような髪の毛や、鼻、口元。しかしそれらは空洞ではなく、よく見ればただの窪み。

 目玉も、体皮がそれっぽく浮き上がって模様により擬態しているだけ。髪の毛すらも、毛髪ではなく形が同じなだけの変形した皮だった。

 

「……まさかそれが、本当の姿ってわけかい?」

 

 玉藻がそう口にした瞬間、渾沌と思しき者の姿が消える。

 

「なるほど、能力は健ざ──」

 

 言い終わらぬうちに、玉藻の体がエレベーターのドアに体がめり込んだ。

 否、めり込んだのは彼が体の周囲に張っていた結界である。半球状に、鉄の板がひしゃげていた。

 渾沌が姿を消すと同時に反射的に展開していたのだ。

 

「っ…………!? こ、これは……!?」

 

「バウゥゥ……!!」

 

 玉藻は驚きの声を上げる。

 結界を張っていたというのに、どうして彼の位置がその場から動くのか。そもそもそれがあり得ない話である。

 が、それ以上に理解しがたい光景が、彼の目の前に広がっていた。

 渾沌の手が、玉藻の首を掴んでいたのだ。

 

「結界の……内側に……!?」

 

 

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