暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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88.後炎

「ハッハァァーーッ!」

 

「ッ……!」

 

 胎東(たいとう)区、飢野(うえの)公園にて。

 並木道のどまんなかで、檮杌(とうこつ)鬼童丸(きどうまる)が拳だけの戦闘を繰り広げていた。

 戦いに水を差されないよう、その周囲十メートル以上離れた位置に円形舞台となるように。その二人を、『赫津鬼会(あかつきかい)』の構成員たちが囲んでいた。

 凄まじい鈍い音の連続により、騒音が響き渡る。

 鬼童丸の拳が檮杌に。檮杌の拳が鬼童丸に。

 幾度となく打ち込まれ、音は構成員たちの肌に、もはや衝撃となって達する。

 

「ウソだろ……カシラと互角に殴り合ってやがる」

 

「これが『四凶』の力だってのか。大妖怪クラスとは聞いてたが……!」

 

 鬼童丸のアッパーを顎に受け、檮杌の体が持ち上がる。しかし、ダメージは無いらしい。

 ニヤリと口角を上げた檮杌は、鬼童丸の(えり)を掴み、のけ反った体勢を利用して頭突きを彼の顔面にお返しする。

 鬼のナンバーツーとして力を振るってきた鬼童丸。彼の力と強さは、部下たちに刻みつけられていた。

 だからこそ、彼らの戦いを見守る黒服たちは、檮杌の膂力(りょりょく)と無尽蔵の体力に驚きを隠せなかった。

 

「なかなかやるじゃねぇか!? ここまで粘れた奴ぁ、初めてだぜッ」

 

「……!」

 

 檮杌は吠えながら、回転を加えた拳──コークスクリューブローを鬼童丸に打ち込む。

 しかし、鬼童丸はまともに喰らわない。

 

「うがァァッ!?」

 

 檮杌の腕を掴み、一秒もないその間に逆回転を加えた。

 一本の腕に、二方向の凄まじい圧力がかかる。それは『四凶』の強靭な体で耐えられるものではなく、皮膚、筋肉が捩じ切れる。

 ボンッと音を立てながら破裂するように血を噴き上げ、檮杌の攻撃は躊躇(ちゅうちょ)される。

 

「ぶがあああッ」

 

 その隙を逃さず、逆に鬼童丸の回転がかかった拳が檮杌の顔面に叩き込まれ、彼の体を吹っ飛ばしてしまう。

 

「はぁ〜〜──いいパンチだったぜぇ、鬼童丸ゥ……! 一回だけよぉ、ちょっと殴り合った時あったよなぁ。あの時はちょっと、てめぇのこと見くびってたがよ、訂正するぜ!」

 

「……!」

 

「鴉の()()にしちゃ上出来だ!」

 

 檮杌はすぐに起き上がり、アスファルトを蹴って鬼童丸へと再び飛びかかる。

 檮杌のズタズタになったはずの左腕は、すでに血の痕もなく。怪我の一つも残らず、消えていた。

 鬼童丸はその瞬間的な再生を目に入れつつも、迎撃に集中する。

 

「おい……あの檮杌ってやつ、なんか変じゃねぇか。カシラも再生能力を持ってるが、それとはどこか……なんか違うぞ……!?」

 

「ああ。お前もそう思うか」

 

 黒服たちは檮杌に異変を感じ始めていた。

 上司と瞋恚(しんに)の化身の殴り合いを見守りながら、彼らは口々に違和感を共有する。

 

「カシラの再生は霊力を使ってるって話だ。だから、俺たちも再生してるタイミングを()()()()()()()()()()。だが、檮杌は──」

 

「そんな様子もない、だろ? 気づいたら怪我が治ってんだ。なんか、カラクリがあるのか……」

 

「霊力を使って再生してねぇってんなら、妖力。つまり、あいつの妖怪としての能力で負傷を治してんじゃねぇか!?」

 

 人間の構成員たちが檮杌の秘密に夢中になっていると、彼らの背後から近づく者が。

 

「人間のお前たちにもわかるよう、俺が解説をしてやろう」

 

「「あ、嵐のアニキ!」」

 

 声をかけたのは、『赫津鬼会』若頭補佐、嵐童子(あらしどうじ)

 かつて東饗タワーが、窮奇(きゅうき)の手によって倒壊した時。窮奇と真っ先に対峙して戦闘を行なったのが彼である。今では、その時の負傷もすっかり癒えていた。

 黒々とした髭をたくわえた彼は、それを撫でながら言葉を続けた。

 

「能力を使って再生をしているという話だが、俺の目からしてもそう考えられる部分がある。檮杌(やつ)は常に、不自然なほど妖力を垂れ流しているのだ」

 

「じゃあ、あの再生はやっぱり」

 

「だが、少しおかしな点もあるのだ。俺は今、常に垂れ流していると言ったな」

 

「え、ええ」

 

「やつの再生のタイミングに、妖力量の増減は見られない。ということは、負傷を治癒するその都度に能力を使っているわけではない」

 

「ええと、じゃあ、どういうことなんスか」

 

「再生のために霊力は使用していない。妖力を常に発している。回復のタイミングに妖力を使っているわけではない……。やつの不自然な再生は、()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ」

 

「「……?」」

 

 嵐童子の推測に、二人は首をかしげる。

 だが、嵐童子は何かを掴んでいる。そのように受け取った二人は、それ以上言及することはなく(できず)、口を閉じて再三鬼童丸の戦いに集中した。

 

「フン!」

 

「ッ!」

 

「どぉりやあッ!」

 

「ッ……」

 

 膝蹴り、鉄槌、前蹴り、引っ掻き、ストレート……

 法も技も無い、ひたすらの暴力。

 これを鬼童丸の顔面に、腹に、胸に、腕に、脚に、容赦無く幾度となく打ち込んでいく。

 鬼童丸も当然応戦し、檮杌の腕を振り払い、体勢を崩したところで鳩尾(みぞおち)に鉄拳を叩き込む。

 

「ゲボぉおあアアッ」

 

 胃袋を直接、数トン以上のパワーで打ち鳴らされたことで急激な吐き気が檮杌を襲う。

 彼が舌を飛び出させ、唾をぶち撒ける中、鬼童丸は姿勢を落とす。一瞬で、這いつくばっているかのような姿勢になって──

 

 

 ドゴオオォッ──!!

 

 

「ッ〜〜〜〜!!?」

 

 下から勢いよく、跳び上がるようにして。全力の拳を檮杌の顎に当て、その体を打ち上げる。

 飛び出した舌を思いきり噛み切り、歯まで何本も折れて空中を舞った。

 檮杌は悲鳴すらも上げられず、三メートル以上地上から浮き上がる。それは大きな隙だった。

 鬼童丸は逃さない。

 

「フッ──!」

 

 

 ──"鬼火(おにび)燈明(とうみょう)"

 

 

 鬼童丸は両手を合わせ、その掌を浮き上がった檮杌に向ける。

 渦巻く妖力は炎として顕現し、檮杌の体へと炸裂。勢いよく、爆炎が並木道の上空へと噴き上がった。

 

「ガッ……ァ…………」

 

 爆炎に巻き込まれ、さらに上空へと打ち上げられた檮杌は丸焦げに。喉までしっかり焼かれており、かすれた声を微かに漏らしている。

 そのまま地面に墜落し、力無く大の字になるのだった。

 

「……」

 

「カシラ! やりましたか!?」

 

「!」

 

 ピクリとも動かない檮杌。

 それを見た部下たちが数人、鬼童丸の方へと駆け寄ってくる。

 だが鬼童丸は、彼らを手で制止しようとした。わかっていたからである。

 檮杌はまだ死んでいない。

 

「ガァアアアァァアッ!」

 

「うわあああっ!?」

「ひぃいいッ!」

 

 檮杌はなんと大の字に寝た状態から、予備動作無く跳び上がった。

 鬼童丸すら止められないスピードのまま、部下の一人の上に馬乗りになると、その顔面に喰らいつく。

 

「ぎゃあ、あぁああっ……あがッ」

 

「グッチャ、グッチャ……バキバキ……ウハッ、ハハハハハァァ……!!」

 

「……」

 

 噛みついた顔面を、頭蓋骨ごと噛み砕いて引きちぎる。バキバキと音をわざとらしく立てながら、咀嚼する。

 中身の脳みそ、血管を食い破り、頭部を脊椎(せきつい)ごと引っこ抜いて口の中に収めていった。

 そのおぞましい捕食の光景を見た部下たちは、悲鳴を上げながら後ずさっていく。

 ただ一人、鬼童丸だけが、静かにその様子を見ていた。

 

「ハハっ、カカカカカッ! ああ〜〜、やっぱ人間てのはうめぇモンだな! なんだかんだ復活してから二人しか食ってねぇからよぉ。クセだらけで良い味だ」

 

「ば、化け物……!」

 

「あぁん!? おいおい、鬼は違うってのか! お前らの親玉や、鬼童丸(そいつ)だって人喰いだろ! 先にビビる相手がちげぇだろ」

 

 黒服の一人の言葉に反応した檮杌は、そのようにして反論する。

 全身が焼け焦げていたはずの彼だったが、部下の一人に飛びかかった際にはすでにその負傷すらも治癒しきっていた。

 鬼童丸は檮杌に冷めた目を向けている。

 

「なんだぁ? なんか文句ありそうだな」

 

「……」

 

「いい加減何か喋れよ」

 

 鬼童丸がそうした視線を向けている理由は、檮杌にも部下たちにもわからなかった。

 ただ一つ、彼はあることを観察していた。それは檮杌の再生に関するヒントになり得ることである。

 檮杌は傷だけを治してはいない。彼が腰に巻いている、虎柄の腰巻き。これも鬼童丸の技を受けた際に黒く焦げていたはずだが、今や何事も無かったように元の状態に戻っていた。

 

 

「警察だ! お前たち、何をしてる!」

 

「付近の住人から通報があったぞ! おら、ヤクザども! やめろやめろ!」

 

 

「……けーさつぅ?」

 

「……」

 

 二人の戦いを見守っていた部下たち。彼らが取り囲むことによって構成されていた円形舞台の外から、男たちの怒号が飛び出してきた。

 警察が、彼らの戦いに関する通報を受けてやって来たらしい。

 パトカーの音も、鬼童丸たちは戦いに夢中で気がついていなかったのだ。

 部下たちは鬼童丸の命令なしに、警察たちに向かっていく。ここで戦いを邪魔されれば──否、決して人間の警察では邪魔できはしないが、檮杌のエネルギー補給のために食われてしまえば(たま)ったものではない。

 そう判断して。

 

「カシラ、サツ共だ! 俺たちが食い止めます!」

 

「構わず檮杌を!」

 

 警察はすでに並木道を取り囲んでいた。

 迫るマル暴たちに、『赫津鬼会』構成員たちも応戦していく。怒声が飛び交い、警棒や拳、長ドスで相手を牽制しあう。

 そんな様子を円の内側から見ていた檮杌は笑っていた。その目はただ、楽しんでいるというものではなく。大量に運ばれてきた、ご馳走を目にして喜ぶ子どものようだった。

 

「なぁ、鬼童丸。こいつら全員、食っていいか?」

 

「……」

 

 血まみれの口を歪ませ、愉悦の声色で尋ねる檮杌。

 それに対し鬼童丸は──

 

「おい、見ろ!」

 

「カシラも、本気でやるつもりか」

 

 今まで袖を巻いていただけだったシャツを、素手で引きちぎりながら脱ぎ去る。

 上裸姿になった鬼童丸は、炎の如き妖力を(たかぶ)らせた。

 

「──ッ!」

 

 

 ──"鬼火・火焔光背(かえんこうはい)"

 

 

「へぇ! ここに来てパワーアップか!? 魅せてくれるじゃねーか鬼童丸!」

 

 鬼童丸の背に、荒ぶる炎が立ち昇る。

 仏像の背後に燃ゆる、"後光(ごこう)"の一種である火焔光背。それは煩悩を焼き尽くす、智慧の火である。

 悪を退散させる、その力の象徴。

 

「結構派手な見た目になったが、さぁてどんな力を見せてくれるのか──」

 

 そう言いかけた時、鬼童丸の姿が檮杌の視界から消える。炎すらも、跡形もなく。

 

「──えっ」

 

「ッ!!」

 

 鬼童丸は檮杌の足元に滑り込んでいた。

 190cmを超えるその巨体が、ほぼ同身長の檮杌の視界に入らないほど。それほど姿勢を低くして、拳を握っていた。

 そして、檮杌の胸が砕け散る。

 

「ごばあァあアあアアアアアアッ!!?」

 

 檮杌の体は凄まじいスピードで吹き飛ばされ、並木道からも排除されてしまう。

 上空に再度打ち上げられた彼だったが、今回はそれだけでは終わらない。

 なんと鬼童丸が追いついてきたのだ。殴り飛ばした相手に、自身もまた地面を蹴飛ばして。

 

「ンがああッ!!」

 

 鬼童丸は飛び蹴りを檮杌の腹にお見舞いし、彼をさらに吹き飛ばす。

 飛距離が伸びる檮杌の体。そして今の鬼童丸の足は、地面に着いてはいない。今度は追いつけない──ということはない。

 火焔光背を燃え盛らせ、炎を纏ったまま飛んでいく檮杌に突進。彼をホールドし、そのまま()()()()へと──

 

「ガハアアアッ、カハッ、ァァッ……!」

 

「……」

 

 二人が墜落したのは、『飢野動物園(うえのどうぶつえん)』。

 その中で、売店と総合案内のある比較的スペースの取れた広場に到着した。

 地面にめり込んだ檮杌は、苦しそうに咳き込む。心窩部に拳を叩き込まれ、胸骨ごと心臓と肺の一部を潰されている。

 蹴りが突き刺さった腹部では、あらゆる臓器が原型を失い、攪拌(かくはん)されていた。

 鬼童丸は倒れている檮杌から離れ、仕切り直そうとする。

 周囲では、空から降って来た燃える男と負傷した男に戸惑う、来園者たちが集まっていた。

 

「……カカッ、はぁ〜〜、うるさい場所で戦うのは好きじゃねぇか? 俺は好きだけどな!」

 

 数秒おくと、檮杌は笑いながら跳ね起きる。

 負傷は、綺麗さっぱり消えていた。

 

「それともアレか? 仲間を巻き込むのは嫌ってか」

 

「……」

 

「てめぇの仲間はいねぇが、ここにゃもっと()()いるのは……大丈夫か?」

 

 檮杌は周囲を見回して言う。

 子連れの親たちも大勢いる、動物園という場所を選んだのは鬼童丸である。

 先程までいた並木道は、何も無く戦いやすい場所ではあった。殴り合いに限っていえば。

 鬼童丸は鬼である。人間の味方ではない。

 戦う場所は関係ない。ましてや動物園は、遮蔽物、囮、全てが揃っている。

 有利な戦法をとるのに苦労はしない。

 だがそれは、檮杌もまた同じだった。

 

「ハハっ、まっ、てめぇがいいなら俺もいいんだぜ。俺も存分に、"能力"を使わしてもらうかな!」

 

 

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