暁の黄泉鴉 作:マサイのゴリラ
「俺も"能力"を存分に使わせてもらうかな」
「……」
ムクリと起き上がった檮杌は、妖力を昂らせる。
未だ彼がどのような能力を持っているのか、それを理解できていない鬼童丸は最大限の警戒をしていた。
怪我を衣服まで元通りにする謎の力。それを攻撃に転用してくるというのなら、何が起こるというのか。
「ハぁハハハハ……!」
「…………」
「マ、ママぁ……」
「ほら、行くよっ」
広場の真ん中で睨み合う二人に、周囲の来園客たちは言いようのない恐怖に駆られていた。
あの二人の近くにいたらマズいと、そそくさと静かに立ち去っていく。
「ハァアアッ!」
「ッ!」
地面のタイルを踏み抜いて、鬼童丸と檮杌は互いに相手へ飛びかかる。
握りしめた拳を掲げ、思いきり相手へ──
打ちつける。
「うぐああッ!?」
(こいつっ、頭突きで拳をッ……!)
鬼童丸は打ち込まれる檮杌の拳に合わせ、自身の額を力強くぶつける。
その衝撃により、檮杌の拳はひしゃげ、親指以外の四指があらぬ方へと折れ曲がっていた。
悶える彼の隙を突き、鬼童丸はその下顎に攻撃。ガクンッと、檮杌の顎が外れて力無くぶら下がる。
「ああっ!?」
「フッ──!」
「ごはあああッ」
隙ができた檮杌の腹部に、鬼童丸が鋭い前蹴りをお見舞いする。
蹴りの勢いにより、檮杌の体はレンガタイルの地面を足で削りながら吹っ飛んだ。
「……へっ、効かねぇよ!」
体が止まると、檮杌は再び飛びかかる。
今度は近くにあったゴミ箱を鷲掴みにし、それを振りかぶって。
「オラァッ!」
「!」
ステンレス製の円筒型ゴミ箱は、一メートルほどの大きさだった。
檮杌にとっては手頃な武器。彼はゴミ箱を鈍器のように使い、鬼童丸の頭めがけて振り下ろす。
しかし単調な攻撃は彼には通じず、鬼童丸は拳でゴミ箱を打ち払ってしまった。
「あめぇなァ!」
「ッ……!」
ゴミ箱が円筒の形を失うほどのパワーで殴られ、空中にあった檮杌の体もその勢いでバランスを崩す。
だがその状況すらも檮杌は利用し、鬼童丸の側頭部を崩した体勢のまま蹴り飛ばした。
着地した檮杌はスクラップと化したゴミ箱を放り捨て。鬼童丸は、切れた口内粘膜から垂れる血を拭いながら立ち上がる。
「…………」
鬼童丸は
檮杌が宣言した、能力の使用。異常な再生、修復力はすでに観察しており、能力がずっと使われていたことは察している。
しかし、その概要について全く想像もつかない。
下手に手を出せず、カウンターを狙うしかないのである。
「なんだぁ……ちょっと大人しくなったなぁ? つかれてきたか?」
「…………」
「目の色は変わってねぇな。まだまだこれからだぜ、お楽しみはっ」
「こらぁ! お前たち何やってる!」
「「!」」
睨み合う鬼童丸と檮杌に、声を張り上げる男たちが。
鬼童丸が目をやると、彼らの方に向かってきたのは動物園の警備員たちであった。
三人の警備員と、その後ろに飼育員などのスタッフがさらに数人。来園客の通報を受けてこの場所にやって来たのだ。
「警察を呼んだからな、殴り合いはやめろ!」
「こんなところで喧嘩なんて!」
警備員たちは二人の間に割って入ってくる。
「……」
「あーー?」
「とにかく、こっちに来い。警察が来るまで話を聞く。ほら、こっちだ」
「さ、佐伯さん……こいつら、デカいですね」
「ああ……。しかも、燃えてるぞ」
身長190cmを超える大男二人を誘導しようとするベテラン警備員。その後ろで、比較的若い男と壮年の警備員が鬼童丸と檮杌の異常さに気がつく。
それに対してベテラン警備員は見慣れているのか、それともベテランとしてのプライドからか、落ち着いて職務にあたっている。
だが、人間の言うことを素直に聞く二人ではない。特に、檮杌は。
「うるせーんだ、よッ!」
「おあッ──」
「「うわあああああああッ!?」」
檮杌は大きく腕を振るい、ベテラン警備員の腹部の三分の二以上を抉り取ってしまった。
腹筋と背骨を失い、倒れる男。その頭を、檮杌は容赦無く踏み潰す。
ジワァ……と、赤黒い血溜まりが広がった。
「……ヘヘェェ」
「ヒィッ」
「に、逃げろ──」
檮杌は顔を上げて残る警備員二人と、その後方にいるスタッフたちに不気味に笑ってみせる。
逃亡しようと振り返りかけた警備員たちだったが、檮杌は逃しはしなかった。
「オラあああッ!」
「うわあああああああ────」
逃げ出す警備員二人に飛びかかり、頭を掴んで上から押し潰すようにレンガタイルに叩きつける。
当然二人は即死。今度はスタッフたちを狙いだした檮杌は、タイルが割れるほどの脚力で走り、動揺するスタッフたちを血祭りに上げた。
一撃でほとんどのスタッフを葬り去っていき、残る獲物は一人だけに。
「ヘヘ、もうお前だけだなぁ。人間は
「ひ、はひ……!」
「おいおい、喋れねぇほどビビるこたぁねぇだろ! ああーー、そうだな。あれだ! じせいのく? ってやつを読ませる暇ぐらいはやるよ、ほれ」
「はぁっ、はぁっ…………! お、おか、お母さん……先立つ、不幸をぉ……」
檮杌は尻餅をついて怯えきった女性スタッフを見下ろし、無理やり辞世の句を口にさせる。
脅迫により読ませる辞世の句など前代未聞だと、その様子を黙って鬼童丸も眺めていた。
檮杌は人を食うことに、今は固執していないと判断したからである。
かといって、人間を助けるようなこともしない。鬼童丸は元々、人間のことを好いていないのだから。
父親を殺されているのだから、当然である。
「よぉーーし、言い終わったかぁ?」
「はぁっ、はぁっ! と、都会になんて出てくるんじゃなかった……!」
「んん? 田舎にいたかってか? なんでだ?」
女性の言葉をそのまま受け取り、檮杌は首をかしげる。
こんな酷い目に遭うなら、東饗になんて来るのではなかったという意味合いだが、檮杌は「都会よりも田舎の方が良い」という解釈をしたのだ。
「あんまオススメしねぇぞぉ? 田舎は。要はよぉ、発展してないってことは色んなものが無いってことだぜ。時代に遅れた連中、
「な、何の話……!?」
「人間の社会ってのは、意外と"自然"から
「…………!」
鬼童丸は気づく。
檮杌はただ話しているだけではなかった。
彼の体から、妖力が増幅して立ち昇り始めている。
「おう、鬼童丸ぅ! おめぇもそう思うよなぁ!」
「……」
「時代についていけねぇ奴らは、言うまでもなく敗者だ。だがもし、時代の流れを操れるやつがいたら? もし玉藻みてぇに、時代の先に立ち全てを支配するやつがいたら!?」
檮杌は声を荒げ、女性の頭を鷲掴みにした。
「きゃあああああああッ!! 離してっ、離してぇえええええ!!」
「時代の流れを操れるやつ、時代の頂点に立てるやつ! それが支配者に相応しい!」
女性は泣いて懇願するが、檮杌は彼女の声を一切聞き入れない。一度地面に押さえつけ、脚を掴み直す。
「
「……」
「だからこそ、誰もが王座を欲するんだ」
檮杌は地面が陥没するほどのパワーで後ろ跳びし、掴んだ女を振りかぶって鬼童丸に殴りかかった。
まるで人間のヌンチャクか、棍棒。女性を武器として、鬼童丸の頭を粉砕しようと彼女の身体を振り下ろした。
「ッ!」
「んギャッ──」
鬼童丸は振り下ろされる女性を右拳で迎撃。粉砕されたのは女性となった。
裏拳を胴体にめり込ませ、女性の体は太ももから上が破裂するように消し飛んでしまう。
さらに鬼童丸は右腕を振り払うと同時に踏み込み、檮杌の胴体に
「がああっハアアアッ!?」
「フッ!」
間髪入れず、鬼童丸は檮杌の顔面に掌底を叩き込む。
バキッ、ボキッと
檮杌の体は勢いよく吹き飛び、小さな売店を突き破って猿の檻に衝突。フェンスを大きく歪ませ、ようやく止まった。
突如フェンスにぶつかってきた大男に、中のサルたちは大混乱。暴れ回り、鳴き声を上げ続けていた。
「……」
鬼童丸は檮杌を追い、猿の檻へと歩んでいく。
「……カカッ、ハハハハハハ……! 不意打ちでも反応してくるかよ、鬼童丸!」
「……」
檮杌は相変わらず無傷。
めり込んでいたフェンスから抜け出すと、鬼童丸の前に降り立つ。
「お前にだったら、多少なり、本気出してもいいと思ったぜ」
「……」
「おっと、身構えるなよ。もう遅い。もう、とっくに
「……!」
檮杌が鬼童丸を制止すると、騒いでいたサルたちが、更に騒がしく暴れ出す。
しかもただ混乱しているだけではなかった。明らかに正気を失っており、フェンスをこじ開けようと
猿だけではない。近くにあるバイソンのエリアでも、バイソンが木でできた柵に突進しており。やや離れた場所にあるゾウのエリアからは、ゾウたちの甲高い
「ハハハハッ、そうだ、これが俺の"能力"さ! 俺だけじゃなく、周囲にも作用する!」
「…………」
「まだ理解できてねぇか? まあ、わかりやすいように言うとだな、ァ……!」
檮杌の言葉が途切れ始める。
と思えば、彼の筋肉がボコッ、ボコッと隆起、膨張していく。引き締められた筋肉が無理やり詰め込まれたような細身であった彼の体は、筋骨隆々という、鬼童丸すらも超えるガタイの大男になる。
極め付けには、檮杌の目の色も赤く染まり、下顎の犬歯も巨大化して
野蛮という言葉そのものを表したような存在へと、変貌した。
「ハハ、ハァ〜〜〜〜ッ!! どうだァ、これが……俺の真の姿だぜェェ……!!」
「……」
「俺の、能力はァ! "記憶と本能の解放"だァッ! 獣たちは先祖の野生に支配され、俺もまたっ、暴れ回ってた荒野の戦場に呑まれるんだッ」
記憶と本能の解放。
社会に紛れるため、体を細く封印していた檮杌。これを能力により解放し、真の力を発揮する。
だが能力そのものは、鬼童丸と戦い始めた時点ですでに発動していた。
嵐童子が首をかしげていた異常な再生力も、この能力によるものであった。
檮杌も言うように、この解放の能力は彼だけでなく彼の周囲にもはたらく。
そう、無傷の檮杌の記憶が、常に解放され続けていたのである。
「さあ、始まるぜェェッ!! 荒野を懸けた、戦祭りだアアァァァァッ!!」
大気を揺るがす咆哮が放たれる。
それと同時に、動物園という環境そのものを覆い尽くすように地面から茶色の巨大な存在が姿を現す。
それは朽ち果てた、木造の長屋であった。
江戸時代の遺物、それが掘り起こされていく。
戦場は再び変わり、戦いは仕切り直される。