暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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91.『饕餮』

 4000年前の古代中国。

 かの地を支配していた八人の皇帝、『三皇五帝(さんこうごてい)』の末裔として産まれた『四凶』たちは、その特異な姿と力によって疎まれ、捨てられた。

 乳飲み子であったにも関わらず、(ごみ)のように放り出された。

 

『この、化け物がぁ!』

 

『なんで王族たちはあいつらを殺さなかったんだ!? こんなことになるぐらいなら、赤子だろうが……!』

 

『人間からあんなのが産まれるわけねぇだろ! 怪物めッ』

 

 窮奇(きゅうき)渾沌(こんとん)檮杌(とうこつ)饕餮(とうてつ)。全員が同じように赤子のまま捨てられ、そして人々から恐れられた。

 彼らの周りには破壊が付きまとい、災いが振りまかれ、あらゆる悪事が渦巻くことになる。

 物心がつくまで()()()()生き残った四名は、誰かに人道を説かれることなく育ち──故に、容赦なく力を振るえたのだ。

 

『全てを喰らい、呑む……貪欲の化身。かの山羊角の怪物を、"饕餮"と呼ぶ』

 

『何者よりも道理に疎く、荒野を駆け回る猛虎(もうこ)。あの瞋恚(しんに)の権化を、"檮杌"と名付ける』

 

『人の知と理の及ばぬ、奇怪な生命。蒙昧(もうまい)、そして愚痴(ぐち)の具現に、"渾沌"の名を与える』

 

 

『傲慢なる、荒れ狂う暴風。空を駆り、人への憎みを際限なく募らせる不羈(ふき)現身(うつしみ)。あの獣を、"窮奇"と呼称する』

 

 古の民たちは、『四凶』を迫害した。

 力無き人間は、彼らに蹂躙されるだけ。だというのに、四匹の災いに対する態度も考えも、決して変わることはなかった。

 それは暴力に訴える、悪鬼羅刹への反抗。人間の気高い精神によるものだった。

 少なくとも、人間の生み出した神話の中では。

 

 

 ──たまたま力を持って産まれただけ。たまたま、人の姿をせずに産まれただけ。俺たちを産んだのは、人間(てめぇら)じゃねぇか……

 

 

 性悪説というものがある。

 人間の本性は利己的で、欲望に満ち。争いや混乱を引き寄せ続ける。だからこそ、礼儀や人道を説き続けることで、善なる存在へと至らなくてはならない、という。

 『四凶』は確かに人間から産まれた。

 だが、彼らに道を説く者、善たるを教える者はおらず。人々は、自分たちの安息のために彼らを迫害し続けたという、まさしく人間の"本性"だけを見せていた。

 

 『四凶』とは、人間を映した鏡。

 『四凶』とは、人間そのものである。

 

 

 ──ただ()()()()()()()()()()()()()()()だけで、どうして俺はこんな目に遭わなくちゃいけねぇんだ……!? お前らは助け合って生きている。俺は、そんな風には生きられなかった。

 

 

 決して癒されない傷というものがある。

 それは往々にして、心に刻まれたものだ。

 

 

 ──一番古い記憶をさかのぼっても、俺はずっと孤独だった。人間共に追われ、殺されかけ、そして"殺し"を学んだ。俺を恨む奴は多かったが……お前らに何かしたか? 俺は、お前らに、殺されかけたんだぞ。

 

 

 そして窮奇は、鴉に殺された。

 

 

 ──まだだ。まだ、死ねない。俺が王になるまデは……。コんな糞みてぇナ世界、こノ手でメちゃくチャに斬り刻ムまでは……! オレの敵、全てヲ、殺しキルまでハ……!!

 

 

 風はまだ止まない。

 

 

 ──こんナ世界、ブっ壊してヤる。

 

 

───────────

 

 

 

「ヴゥゥアアァアァアアアァアアアアアッ!!!」

 

 

「!?」

 

 北に向けて歩き出していた鴉の背中に、凄まじい絶叫がぶつけられる。

 その音圧は鴉の体を震わせ、叫び声と共に突風が吹き荒れた。

 

「なんだ……!?」

 

 鴉が振り返れば、頭部の右半分を失った窮奇が、天を仰いで咆哮(ほうこう)を轟かせていた。

 消え去ったと思われた彼の妖力は再び湧き上がり、先程までの戦闘で鴉が感じていた妖力量を瞬時に上回る。

 まるで噴火。殺したと思っていた窮奇の復活は、鴉の目にそう映っていた。

 

「! 空が……」

 

 暗い太陽に染められていた空が、急速に暗雲に包まれていく。

 吹き荒れる風により、東饗……否、関東地方中から雲がかき集められているのである。

 鴉に力を与え続けていたあの暗い太陽ですらも、暗雲に覆い隠されつつあった。

 そして窮奇自身にも変化が。

 

「ガッ、アアッ、ヴルルルアアァッ」

 

「……窮奇」

(……()()()()()()()()。力が増幅し続けている。荒れる風が、羽衣のように……)

 

 窮奇の背中に白い翼が生えたかと思えば、それは竜巻に呑まれるかのようにしてバラバラに消え去ってしまう。

 代わりに、灰色の小さな竜巻が翼のようにして彼の両肩甲骨の辺りから発生し、天女の羽衣のように、しかし暴力的に揺らめいていた。

 

「ヴガアアアアアッ!!」

 

「……!」

 

 背中の竜巻が一瞬収縮したかと思えば、爆発的に巨大化。竜巻のとてつもないパワーでジェット推進を実現し、鴉に高速で突進する。

 

(速い!)

「だが、まだ見えるぜ」

 

 鴉の炎も消えていない。

 火球と化した頭部は変わらず燃え続けており、再度引き抜いた刀に赤黒い炎が走る。

 突っ込んでくる窮奇にタイミングを合わせて、鴉は刀を横薙ぎに振るった。

 

「なっ、消え──」

 

 刀は窮奇を捉えなかった。

 炎さえも、彼にかすりはせず。

 暴風の獣は一瞬のうちに加速し、鴉の背後に回っていた。

 

「ガアアアァッ!!」

 

 鴉の姿が縦に八つ裂きにされる。

 窮奇がその手にまとう風刃は、威力だけでなくスピード、それに伴い手数も増していたのだ。

 腕を一振りするだけで、対象はバラバラになる。そう、大地ごと。

 

「ッ……!?」

(見えなかった……! それにこの威力! 前までのこいつなら、数瞬の"溜め"があった。特に、無数の刃を飛ばす技は! クソっ、完全に暴走してやがるっ!)

 

 鴉の体はすぐに再生する。

 炎に包まれ、次の瞬間には元通りだ。

 だが、黒い炎は窮奇には届かず、スピードでも負けている現状。命を落とさない──負けない──にせよ、鴉が窮奇を押さえ込んで勝利することは困難である。

 鴉は頭を巡らせるが、その結論は揺るがなかった。

 

「ハアァァァァ……!」

 

「今度は、何を…………!?」

 

 窮奇から飛び退き、距離を取る鴉。

 すると窮奇は腰を落とし、半分だけの口をパカッと開いて妖力を集中させた。

 

「バゥアアアッ──!!」

 

「なっ」

 

 鴉の記憶は、この瞬間だけ抜け落ちた。

 気がつけば炎が増し、再生していた彼は、すぐに何が起こったのかを理解しようと周囲を見渡す。

 窮奇の攻撃の痕跡を目にした鴉は、戦慄した。自身の背後、はるか後方に、見覚えのあるキノコ雲が昇っていたから。

 時間をかけ、渾身の一撃として窮奇が放った"風伯(フォンボー)飛廉(フェイリェン)"。斗島区(としまく)を消し飛ばしたこの技は、彼にとっても本来負担のあるものだった。

 しかし今の彼は、いとも容易(たやす)くこれを放つ。

 キノコ雲の下、至端区(いたばしく)があった場所からは全ての影が消え去り──またも、街の一つが消滅していた。

 

「窮奇…………!!」

 

「ハアァァ〜〜……!!」

 

 

───────────

 

 

「おおんやぁ?」

 

 場面は西神宿、『一目連龍(はじめれんりゅう)水道』本社。

 ビルの壁がワンフロア分剥がれ、そこから外を見下ろしていた饕餮は南から吹く風を全身で浴びていた。

 

「……これは、窮奇の……。風前の灯火のような命を、ここまで燃やしているのですねぇ」

 

 饕餮は察知していた。

 窮奇の暴走は、本来迎える死を無理やり跳ね除けて手にしたもの。風に混ざる妖力の残滓(ざんし)が、饕餮にそう教えていたのだ。

 彼は窮奇の最期を予感しながら、全く悲しくなさそうに、それでいて優しい口ぶりで独り呟く。

 

「良かったですね。貴方の怒りと力は、今この時をもって報われるのでしょう。せめて、殺したい者を殺したいだけ殺せるといいですねぇ」

 

「おい! なに独りでブツブツ言ってやがるッ!」

 

「おや」

 

 地上八階にいる饕餮の耳に飛び込んでくる、若い男の怒鳴り声。

 約30メートル離れた場所にまで声を轟かせていたのは、『一目連龍』の社長、瑞子(みずこ)である。

 社長である瑞子が外。そしてビル内にいる饕餮という、まるで追い出されたかのような立ち位置だが、それは間違いではない。

 饕餮の急襲を受けた瑞子は、なんとか彼の攻撃をかいくぐって屋外へと逃れてきたのだから。

 そしてこの事実は、瑞子の高いプライドに傷をつけるのに十分だった。

 

「やってくれたな、饕餮……。俺の体も、ガマのやつも食っちまいやがって。玉藻は絶対に殺すとして、まずはてめェの落とし前をつけさせなきゃあ気が済まねェ!」

 

「ウフフフフっ。威勢が良いのは結構ですが、貴方で私に勝てるのですかぁ〜〜? いくらオーストラリアを沈めた大妖怪と言えど、私の胃袋は大陸より広いですよぉ? 貴方の水など、全て飲んでしまいましょう!」

 

「望むところだ──!」

 

 饕餮の挑発を受け、瑞子は妖力を(たかぶ)らせる。

 彼の体はブクブクと沸騰するように膨らみ、そしてパァンと大きな音を立てて弾ける。

 中から現れたのは、瑞子の戦闘形態ともいうべき姿。水のベールとフードを被り、素顔が水面(みなも)によって隠された、激流の忍び装束だった。

 

「おお、カッコよくなりましたねぇ」

 

「ぶっ殺してやるぜ饕餮。どっちか選べ! 高圧水流での銃殺か、陸上での溺死か!」

 

「選ぶなら、満腹死がいいですね」

 

 ビルの中に、饕餮のドロドロとした黒い粘液が(にじ)み出していく。

 瑞子の周りでは、彼の妖力に呼応して排水溝やマンホールから水が逆流。地表に溢れ出していく。

 粘液と激流、底なしの胃袋と暴れる水虎。

 月面へと移動した玉藻たちを除き、今ここに最大の戦いが幕を開ける。

 

 

 

 四凶"(むさぼ)る口の貪欲者"

 饕餮

 

 

 

 

 

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