暁の黄泉鴉 作:マサイのゴリラ
南から吹きつける、窮奇の風。
それを相殺し、押し返すかのような妖力の
『四大財閥』
「『四大財閥』の中で、玉藻さんを抜けば単体の戦闘能力の高さは貴方が一番でしょう。だからこそ、私は貴方を"餌"に選んだのですよっ」
「俺の妖力を食いにってか? ハッ、そういうのは俺に勝ってから宣言するもんだぜ。これで負けりゃ、てめェは何より無様なもんだ」
「ウフフフフ……」
饕餮は不敵に笑う。
すると彼の妖力はドンッと勢いよく増大する。
『一目連龍』の本社ビル内に、彼のドス黒い気配が充満していくのを瑞子は感じ取った。
「何をするつもりだ……」
瑞子は地上から見上げながら呟く。
「ウフッ、私の能力は以前お伝えしたように……どんな物でも食べられるというものです! 私はこの
「本体だと?」
「私はどんなものでも食べられます! そしてどれだけでも食べられるのです! そうやって食べた物の分だけ、己の体積だって増やせるのですよぉぉおおおお」
「!」
周囲に地響きが轟く。
震動の中心にあるのは、本社ビルである。
ガラス張りになっている外壁が、墨汁に塗りつぶされていくように黒く染まっていく。
中で饕餮の黒い粘液の濁流が荒れ狂っている。その証左。
そして、彼により引き起こされるのは
「な、んだと……ッ!?」
「ウハハハハハハッ! どうですぅ? こんなに大きくなれましたぁ!!」
饕餮が立つフロア中にヒビが走り、轟音と共に、本社ビルが縦に真っ二つになっていく。
ドス黒い饕餮の、大量の粘液がビルの上半分を持ち上げていたのだ。
そして彼本人も、その大質量の粘液に巻き込まれるようにして上へ上へと昇っていった。
「私はこの黒い部分に、いくらでも"口"を生み出すことができるんですよぉ! 貴方がどんな攻撃をしてこようが、全て呑み込んでさしあげましょう!」
「そうかよ……。だったら──」
ビルを持ち上げる巨大なスライム。その真ん中に、家屋を丸ごと咀嚼できそうなほどの大きさの口が開く。
瑞子を挑発する饕餮は、自分の能力に絶対の自信があった。
そして瑞子は、そんな彼のプライドをへし折るため、同じように地響きが轟くほどの妖力を放つ。
「存分に飲んでもらおうじゃねェか」
マンホールから噴き出す水はさらにその勢いを増し、周囲のビルからも窓を突き破って水流が外へと集まっていく。
『一目連龍』の周囲一帯が湖と化し、瑞子の膝下まで浸水するほどの
そして、彼の背後で水上竜巻のように水が
「"
形成されたのはビル一棟分ほどの大きさの、巨大な水の槍だった。
先端は激しく渦巻きながら尖っており、誰もが激流の具現と見紛うほど。
「ほぉ〜〜! いいですねぇ! まさかぁ、水で質量攻撃を仕掛けてくるとは思ってませんでしたぁ!」
「嘘こけ」
「はぁい! あまりにも愚かな選択ですので!」
饕餮は変わらず挑発を続ける。
瑞子は彼の言葉をあしらいながら、"
水という液体であるため、どれだけ巨大な攻撃であろうと周囲の建物には「濡らす」以外の影響は与えない。
水であっても集まれば重いが、重力を無視して持ち上げることなど瑞子にとっては造作もなかった。
「食らえ」
激流の
津波のような勢いで突き刺さる戟だが、その勢いはすぐに失われる。
饕餮の巨大な"口"の中に、吸い込まれるようにして入っていたのだ。
口はもごもごと動き、激流そのものを咀嚼する。
「無駄ですよぉ! こぉんなただの水なんて、私からすれば
「おらァ!!」
「ぼがぁ!?」
激流を呑み込む自身の口を見上げていた饕餮だが、彼の言葉は遮られてしまう。
瑞子は"天目一箇戟"を放つと共に、自身も水流に溶け込んで彼の懐に潜り込んでいたのである。
得意げに声を上げる饕餮の隙をつき、彼はその顔面を殴り飛ばした。
「うあッ、ひっ、
喋っている最中に殴られ、舌を噛み潰した饕餮。上手く喋ることができないまま、首を瑞子に鷲掴みにされてしまう。
「もうどうでもいいとはいえ、このビルは一応俺のモンだ。土足で上がって、汚してんじゃねェ!!」
「ぬあああっ!?」
瑞子はドス黒い粘液から饕餮を引っ張り出し、ビルの外へと投げ飛ばす。
粘液は饕餮から離れても問題なく動き、本体が空中に放り出される中、戟を呑み込みきった。
粘液から離されてしまった饕餮は、元のサイズの粘液を纏ったまま地面へと落下する。
「うはっ!」
饕餮はべちゃッと、粘度のある音を立てて地面にぶつかった。
そんな彼のすぐ横に、瑞子も着地する。
「おおっ……!?」
顔を上げる饕餮の額に、銃口が突きつけられる。
もっとも、本物の銃ではなく瑞子が扱う拳銃型の
「終わりだな。てめェの話によれば、"口"を出せるのは粘液の部分だけなんだろ? 素肌の部分は無防備ってことだよな」
「ええ〜〜、そうですよ……」
「悪ィが無駄話は嫌いなんだ。とっとと死ね」
瑞子は引き金を引きかける。
「甘いですねぇ。そんなことだから、部下をたくさん失うのではぁ〜〜?」
「あ?」
饕餮の言葉に指の動きが止まる。
そして次の瞬間、二人を巨大な影が覆う。
「なっ!?」
「人の話をちゃんと聞くのは良いことですが、手まで止めるのは悪癖ですねぇ」
本社ビルから飛び出した、大量の粘液の津波。
それが上空から迫ってきていたのだ。
「チッ……!」
「間に合わない」と素早く判断した瑞子。
彼は水鉄砲の銃口を遠くへ向け、水流を連射する。
高速で撃ち出される水は、饕餮の粘液が地面に落下した際に呑まれる地点よりも遠い場所に
そして、大質量の粘液がコンクリートに衝突する。
「んん〜〜〜〜……はぁぁぁぁ。いやぁ、危なかったですねぇ。かなりのイージーミスでした。油断は良くないですね」
あまりにも多い粘液は、『一目連龍』の敷地を占めるコンクリートに深いヒビを入れる。
粘液を自分に落下させた饕餮は自滅しているようなことはなく、再び一体化して顔を出す。そして、周りを見まわした。
「さぁてと。残念なことに、瑞子さんには避けられてしまいましたが……。おっ」
視界の端で、水がボコボコと膨れ上がっていく様を捉える。
瑞子である。
彼は水鉄砲で自身を構成する水を撃ち出し、粘液に呑まれないように脱出を図っていた。
「いやぁ、便利ですよねぇ! 貴方のその能力!」
「お前にはねェだろ、羨ましがってもやらねェぜ」
饕餮は20メートルほど離れた位置にいる瑞子に、声を張ってそう投げかけた。
返ってきた瑞子の返答に、彼はニタリと口角を上げる。
「ウフフフ……いやぁ、そうでもないですよ。
「……なに?」
「そうですねぇ、まぁ、見せてあげてもいいでしょう。私の、もう一つの姿!」
「!?」
もう一つの姿がある。そう口にした饕餮は、周囲に広がった粘液を勢いよく自身に引き寄せる。
水面に生まれた渦のように、粘液の池は回転しながら饕餮に吸い上げられていく。
やがて彼の姿がまるごと粘液に覆われると、その表面は硬化し、人型へと変形し始めた。
「……フゥーー。この姿は結構、
「なっ……てめっ、饕餮か!?」
吸い上げられた粘液と饕餮が合体した。瑞子の目からはそう見えていた。
今、彼の前に立っているのは、先程までの饕餮とは一線を画す存在。
山羊角を生やした、浅黒い肌の美男。身長は瑞子よりも高くなり、鬼童丸のように筋骨隆々の体格に変化していた。
下半身には毛皮で作られた
「ああ、そうだぜ。饕餮さ。普段の姿が"食べる"用だとすれば、この姿は──"狩り"用だ」
「……!」
姿が変わった饕餮は、おもむろに腕を上げて見せる。
すると、彼の前腕はボコボコと沸き上がるように変形を始める。
「! その力……!」
「ああ、
饕餮の前腕は黒い汚水ともいえる液体となり、空中をふわふわと漂う。
本人によれば、これは瑞子の妖力を食らったことによるものだと言う。
つまり、饕餮の能力である『貪食』には、食らったものの性質を
「これで、フェアだな! 正直ズリーぜ、液体化って。体の大部分を食ってやっても、水滴一つから復活できるとかよ」
「……クソが」
「ハハハ! まあ安心しな。この姿だと、陰陽がひっくり返んだよ。陰圧ってわかるだろ? 水道屋ならよ。普段の"食べる"用が陰なら、今のこの姿は陽の性質を持つ。捕食は
液体化した腕を元に戻し、饕餮は腰を落として構えをとる。
「さっ、
「めんどくせェ野郎だ……! とっとと首を真っ二つにして、ぶっ殺してやる」
瑞子は足元に薄く広がる水から、巨大な水鉄砲を二丁、生成する。
かつて地下で鴉と交戦した際に使っていたものである。
超高圧水流だけでなく、水の砲弾までも撃ち出せる代物。瑞子がその手で扱う、水の火器の中では一番強いものである。
瑞子もその二丁を構え、饕餮との激突に備えた。
『暴風特別警報が発令されました。繰り返します。暴風特別警報が発令されました』
「「!!」」
突如、けたたましい警報音とともにアナウンスが響き渡る。
街中に設置されたスピーカーから流されているものだが、あまりにも突然だったために、瑞子と饕餮の緊張はリセットされてしまった。
「いきなりなんだ……?」
「……窮奇か。あいつしか、あり得ねぇな」
警報音は絶えず鳴り続け、アナウンスも続く。
『カテゴリー