暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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93.清冽と汚水の激流

 

 東饗(とうきょう)皆途(みなと)区、牛ノ門。

 巨大なモニターに雲や台風の進路予測を映し出され、大量のパソコンが並べられた広い空間。気象庁の現業室(オペレーションルーム)にて、数十人の職員がモニターを観て目を見開いていた。

 

「な、何だこれは……!? どうして()()()()()()()()()()()!?」

 

「わかりません! コンピュータは発生まで何も……! 気象衛星や気象観測船も、熱帯低気圧の発生を観測していませんでした……」

 

 現業室では、主任予報官の怒号が響く。

 職員たちは常に異常を見逃すまいと、コンピュータと自身の目を使い注力して監視していた。

 しかし、誰一人として()()の発生を予期することができなかったのである。

 それが、予報官がここまで焦る理由。

 

「あり得ない……。気象学的に、こんなことあるはずがない! どういうことだ……一体何が…………日本に、何が起こっているんだ──」

 

 

「──台風と同じ大きさの、竜巻だと……!?」

 

 

 大モニターに映っていたのは、黒潮に乗ってきたかのような軌道で北上してくる白い渦。

 本来、これは台風を意味する映像である。

 だがモニター内の隅にある、小さなウインドウによって映し出されていた光景が、映されている渦がただの台風ではないことを示していた。

 海上にそびえる、高さ数十キロメートル規模の水上竜巻──触れるもの全てを斬り刻む、妖力が渦巻く超巨大竜巻であった。

 

 

 日本上陸まで、残り十分。

 

 

───────────

 

 

「風が強くなってきたな……」

 

 瑞子と睨み合う饕餮が呟く。

 勢いが増す風により、彼の肩に生えた黒い山羊の毛皮が荒々しく(なび)いていた。

 

「……てめェのお仲間の力か? この妖力量……日本をぶっ潰すつもりか」

 

「さぁな! 俺の知ったこっちゃねぇよ。何が起こってんのかはよくわからないが、窮奇の力じゃ俺は殺せねぇ。こっちはこっちで続きやろうぜ」

 

 ニヤリと笑い、瑞子を睨みつける饕餮。

 ガタイが良くなった今の彼は、見た目の通り肉弾戦に特化している。

 その自信を示すように、拳を掲げて見せ、開閉を繰り返した。

 

「食ってやるよぉ……瑞子ッ!」

 

 コンクリートが陥没するほどのパワーで地面を蹴り、瑞子に迫る饕餮。

 拳を振りかぶって突進する彼に対し、瑞子は両腕に抱える巨大水鉄砲の照準を、冷静に標的に合わせた。

 拳より大きな銃口二つが、饕餮の頭部と胴体を狙う。

 

「死ぬのはてめェだ──」

 

 爆発するかのように発射されたのは、水の砲弾。

 直撃すれば戦車であろうと消し飛ばす威力の砲撃である。饕餮はこれを回避することなく、真正面からぶつかった。

 大妖怪であれ、本来致命傷を避けられない攻撃。それを、頭から食らったのだ。

 瑞子は水面に覆われた口元をほころばせる。

 だが……

 

「甘えなぁッ!」

 

「ッ!?」

 

 激流の砲弾をものともせず、饕餮は水飛沫(みずしぶき)の中を突っ切っていく。

 掲げた拳も握られたまま。瑞子の顔面を捉えた。

 

「ッ──!」

 

 瑞子の頭部を殴り抜け、饕餮はコンクリートを滑りながら方向転換。首が無くなった瑞子に向けて、今度は飛び蹴りを放つ。

 

「……マヌケ」

 

 背後から蹴りを浴びせてくる饕餮の動きは、瑞子に完全に把握されていた。

 蹴りが当たる瞬間、瑞子は液体化して爆発四散。無数の(しずく)と霧となり、饕餮を回避する。

 

「やっぱいいな──お前のその液体化!」

 

模倣(コピー)したとか言ってたじゃねェか。お前もやってみろよ」

 

 液体化した瑞子は、饕餮の頭上で再生する。

 彼の手には水で生成した拳銃が。

 威力が高いだけでは通用しないと踏んだ瑞子は、巨大水鉄砲をすでに手放し、次の攻撃手段に移ったのだった。

 

「いいのか? お前、負けるぜ」

 

「負けねェよ」

 

 瑞子は饕餮の脳天に向けて高圧水流を発射する。

 音速を超える一閃だったが、空中に舞ったのは饕餮の血ではなかった。

 真っ黒い、液体だった。

 液体化した、饕餮の一部である。

 

「ウハハッ──!」

 

 頭部の半分を液体化させ、水流を回避した饕餮。彼はそのまま、瑞子を嘲笑いながらドス黒く液体化する。

 姿が変わる前に使っていた"粘液"とは違う、サラサラと流れる汚水であり。無色な清流のものである瑞子とは、真逆の様相を(てい)していた。

 瑞子もまた、液体化する。

 清冽(せいれつ)と汚水。二つの水流が混ざり合い、ぶつかり合いを始める。

 

(チッ……パワーだけは無駄にありやがる……!)

 

 空中を飛び回る二つの水流。

 互いにぶつかり、相手を弾き合うも、瑞子の清流がやや押されていた。

 両者は体の一部を水流から元に戻し、相手を殴りつける。饕餮に至ってはそれだけでなく、なんと捕食形態(=変身前の姿)の時のように、汚水から口を発生させて瑞子の水流を食いちぎる。

 

(クソっ、回復がッ──)

 

(間に合わないだろ!? 空気中の水分を吸い取ろうが、その分の体積も食い散らかしてやるよッ)

 

 瑞子は絶えず空気から水を吸い上げ、自身の回復を図り、体積を元に戻そうとする。

 しかしそれを上回るスピードで、饕餮の汚水が瑞子の水流を貪り尽くす。

 徐々に、ゆっくりと、瑞子は消滅という"(おわり)"へと向かわされていた。

 

(──得意分野で負かされるのは我慢ならねェことだが……仕方ねェ。プライドのために死んでちゃ、意味がねェ……。だが……)

 

 瑞子は貪られながら思い出す。

 玉藻の力に屈服し、プライドを踏みにじられながら生きた屈辱の日々を。

 そして今、彼は饕餮に負けかけている。液体化という、瑞子の力を使った戦いにである。

 いくら饕餮に貪食の能力()あるとはいえ、液体化は瑞子が数百年以上練り上げてきた、専売特許。それを使われ、負けるということは、その数百年という時間の否定に他ならない。

 

(……いや、やっぱ無しだ。這いつくばろうが、泥を舐めようが──どれだけの屈辱に苦しめられても、自分(てめェ)だけは見失っちゃいけねぇ……! そうだろ──)

 

 

 ──"神喰らい"よ……

 

 

 瑞子の脳裏に蘇るら、およそ千年前の記憶。

 妖怪に伝わり、恐れられる『大妖魔(だいようま)』の一体。"神喰らい"は、その所業から、神々の天敵とも呼ばれた。

 瑞子は"神喰らい"が、その名の通りに神を喰らう前に一度だけ(まみ)え、戦い──勝っていた。

 

(元より饕餮なんぞ、俺の敵じゃねェんだ。存分に、全力で、叩き潰す)

 

 瑞子は饕餮に喰われながら妖力を解放する。 

 周囲のビル群が地響きとともに震え、アスファルトやコンクリートにヒビが走っていく。

 そしてその中から、大量の水柱が噴き出した。

 

「! 何だ!?」

 

 異変を察知した饕餮は、顔だけを元に戻して周囲を見回す。

 彼の目に入ったのは、地面やビルから噴き出す大量の水。そして、それらの水によって街中が侵されていく光景であった。

 

「いちいち驚きすぎなんだよ……」

 

「瑞子……!」

 

「俺の土俵に上がってきて得意げだったてめェによ、合わせて戦ってやってたが……。認めるぜ、()()()()()()()()てめェの方が俺より強い」

 

「なに……!?」

 

「余裕を持って勝つことが、俺のプライドを保つ方法の最たるモンだった。だがもう……くだらねェこだわりに縛られるようなことは、しねェ」

 

 西神宿は数十秒で浸水した。そして、その水かさは50cmを超える。

 浸水のスピードは速く、水道が機能しなくなった斗島(としま)区の一部まで瑞子の妖力が及んでいた。

 そして、西神宿から外の浸水は一瞬で()()()()

 

「今度は本気だ。プライド抜きで、てめェを殺す」

 

 高さ4メートルの津波が、コンクリートにぶつかり、道路にある車を押し流し、街路樹をへし折っていく。

 大量の水が、二人が戦う『一目連龍水道』に押し寄せてきていた。

 四方八方から迫る水の壁を目にして、饕餮は口角を上げる。そして、冷や汗を流していた。

 

「手段は選ばねぇ……ってか」

 

「食いたきゃ食えよ。てめェが満足するまでな。海がすっからかんになるか、地球から雲が消えるか……それとも、その胃袋が破裂するのが先か。見物だぜ」

 

 

 

 

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