暁の黄泉鴉 作:マサイのゴリラ
巨大なモニターに雲や台風の進路予測を映し出され、大量のパソコンが並べられた広い空間。気象庁の
「な、何だこれは……!? どうして
「わかりません! コンピュータは発生まで何も……! 気象衛星や気象観測船も、熱帯低気圧の発生を観測していませんでした……」
現業室では、主任予報官の怒号が響く。
職員たちは常に異常を見逃すまいと、コンピュータと自身の目を使い注力して監視していた。
しかし、誰一人として
それが、予報官がここまで焦る理由。
「あり得ない……。気象学的に、こんなことあるはずがない! どういうことだ……一体何が…………日本に、何が起こっているんだ──」
「──台風と同じ大きさの、竜巻だと……!?」
大モニターに映っていたのは、黒潮に乗ってきたかのような軌道で北上してくる白い渦。
本来、これは台風を意味する映像である。
だがモニター内の隅にある、小さなウインドウによって映し出されていた光景が、映されている渦がただの台風ではないことを示していた。
海上にそびえる、高さ数十キロメートル規模の水上竜巻──触れるもの全てを斬り刻む、妖力が渦巻く超巨大竜巻であった。
日本上陸まで、残り十分。
───────────
「風が強くなってきたな……」
瑞子と睨み合う饕餮が呟く。
勢いが増す風により、彼の肩に生えた黒い山羊の毛皮が荒々しく
「……てめェのお仲間の力か? この妖力量……日本をぶっ潰すつもりか」
「さぁな! 俺の知ったこっちゃねぇよ。何が起こってんのかはよくわからないが、窮奇の力じゃ俺は殺せねぇ。こっちはこっちで続きやろうぜ」
ニヤリと笑い、瑞子を睨みつける饕餮。
ガタイが良くなった今の彼は、見た目の通り肉弾戦に特化している。
その自信を示すように、拳を掲げて見せ、開閉を繰り返した。
「食ってやるよぉ……瑞子ッ!」
コンクリートが陥没するほどのパワーで地面を蹴り、瑞子に迫る饕餮。
拳を振りかぶって突進する彼に対し、瑞子は両腕に抱える巨大水鉄砲の照準を、冷静に標的に合わせた。
拳より大きな銃口二つが、饕餮の頭部と胴体を狙う。
「死ぬのはてめェだ──」
爆発するかのように発射されたのは、水の砲弾。
直撃すれば戦車であろうと消し飛ばす威力の砲撃である。饕餮はこれを回避することなく、真正面からぶつかった。
大妖怪であれ、本来致命傷を避けられない攻撃。それを、頭から食らったのだ。
瑞子は水面に覆われた口元をほころばせる。
だが……
「甘えなぁッ!」
「ッ!?」
激流の砲弾をものともせず、饕餮は
掲げた拳も握られたまま。瑞子の顔面を捉えた。
「ッ──!」
瑞子の頭部を殴り抜け、饕餮はコンクリートを滑りながら方向転換。首が無くなった瑞子に向けて、今度は飛び蹴りを放つ。
「……マヌケ」
背後から蹴りを浴びせてくる饕餮の動きは、瑞子に完全に把握されていた。
蹴りが当たる瞬間、瑞子は液体化して爆発四散。無数の
「やっぱいいな──お前のその液体化!」
「
液体化した瑞子は、饕餮の頭上で再生する。
彼の手には水で生成した拳銃が。
威力が高いだけでは通用しないと踏んだ瑞子は、巨大水鉄砲をすでに手放し、次の攻撃手段に移ったのだった。
「いいのか? お前、負けるぜ」
「負けねェよ」
瑞子は饕餮の脳天に向けて高圧水流を発射する。
音速を超える一閃だったが、空中に舞ったのは饕餮の血ではなかった。
真っ黒い、液体だった。
液体化した、饕餮の一部である。
「ウハハッ──!」
頭部の半分を液体化させ、水流を回避した饕餮。彼はそのまま、瑞子を嘲笑いながらドス黒く液体化する。
姿が変わる前に使っていた"粘液"とは違う、サラサラと流れる汚水であり。無色な清流のものである瑞子とは、真逆の様相を
瑞子もまた、液体化する。
(チッ……パワーだけは無駄にありやがる……!)
空中を飛び回る二つの水流。
互いにぶつかり、相手を弾き合うも、瑞子の清流がやや押されていた。
両者は体の一部を水流から元に戻し、相手を殴りつける。饕餮に至ってはそれだけでなく、なんと捕食形態(=変身前の姿)の時のように、汚水から口を発生させて瑞子の水流を食いちぎる。
(クソっ、回復がッ──)
(間に合わないだろ!? 空気中の水分を吸い取ろうが、その分の体積も食い散らかしてやるよッ)
瑞子は絶えず空気から水を吸い上げ、自身の回復を図り、体積を元に戻そうとする。
しかしそれを上回るスピードで、饕餮の汚水が瑞子の水流を貪り尽くす。
徐々に、ゆっくりと、瑞子は消滅という"
(──得意分野で負かされるのは我慢ならねェことだが……仕方ねェ。プライドのために死んでちゃ、意味がねェ……。だが……)
瑞子は貪られながら思い出す。
玉藻の力に屈服し、プライドを踏みにじられながら生きた屈辱の日々を。
そして今、彼は饕餮に負けかけている。液体化という、瑞子の力を使った戦いにである。
いくら饕餮に貪食の能力
(……いや、やっぱ無しだ。這いつくばろうが、泥を舐めようが──どれだけの屈辱に苦しめられても、
──"神喰らい"よ……
瑞子の脳裏に蘇るら、およそ千年前の記憶。
妖怪に伝わり、恐れられる『
瑞子は"神喰らい"が、その名の通りに神を喰らう前に一度だけ
(元より饕餮なんぞ、俺の敵じゃねェんだ。存分に、全力で、叩き潰す)
瑞子は饕餮に喰われながら妖力を解放する。
周囲のビル群が地響きとともに震え、アスファルトやコンクリートにヒビが走っていく。
そしてその中から、大量の水柱が噴き出した。
「! 何だ!?」
異変を察知した饕餮は、顔だけを元に戻して周囲を見回す。
彼の目に入ったのは、地面やビルから噴き出す大量の水。そして、それらの水によって街中が侵されていく光景であった。
「いちいち驚きすぎなんだよ……」
「瑞子……!」
「俺の土俵に上がってきて得意げだったてめェによ、合わせて戦ってやってたが……。認めるぜ、
「なに……!?」
「余裕を持って勝つことが、俺のプライドを保つ方法の最たるモンだった。だがもう……くだらねェこだわりに縛られるようなことは、しねェ」
西神宿は数十秒で浸水した。そして、その水かさは50cmを超える。
浸水のスピードは速く、水道が機能しなくなった
そして、西神宿から外の浸水は一瞬で
「今度は本気だ。プライド抜きで、てめェを殺す」
高さ4メートルの津波が、コンクリートにぶつかり、道路にある車を押し流し、街路樹をへし折っていく。
大量の水が、二人が戦う『一目連龍水道』に押し寄せてきていた。
四方八方から迫る水の壁を目にして、饕餮は口角を上げる。そして、冷や汗を流していた。
「手段は選ばねぇ……ってか」
「食いたきゃ食えよ。てめェが満足するまでな。海がすっからかんになるか、地球から雲が消えるか……それとも、その胃袋が破裂するのが先か。見物だぜ」