暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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94.颶風の破壊神

 至端(いたばし)区が消滅し、かつてその街並みがあった場所には巨大なキノコ雲が立ち昇っている。

 荒野と化した斗島(としま)区からその様子を目にした鴉は、思わず固唾を飲んだ。

 

「……こいつ、ここまで力を増して……!?」

 

「ハァアアァァア……!!」

 

 頭部の右半分を斬り落とされたにも関わらず、窮奇(きゅうき)は行動不能になるどころか、さらに妖力とスピード、技の火力を増していた。

 荒野に吹く風は、とどまることを知らずに強まっていく。

 己の魂を燃やし尽くす、窮奇を支えるように。

 

(それに()()()()……。窮奇の妖力が混ざっているだけじゃない。この風、嵐の前のような……)

 

 鴉は自身に吹きつける風の違和感を察する。

 燃え盛る炎そのものと化した頭部では感じられないが、刀を握る手は素肌を露出している。手の甲で感じる風は冷たく、湿っていた。

 雲を垂れてくる風の気配だと、鴉は感じ取っていた。

 まさかそれが、台風と同じ大きさの竜巻の接近を告げる知らせだとは思いもせず。

 

「ヴアァァアアァアアアッ!!」

 

「くっ!」

 

 窮奇は拳を掲げて鴉に迫る。

 前腕に空間が歪んで見えるほどの暴風を(まと)い、目の前の敵をみじん切りにせんと殴りかかった。

 

「アアアアアアアアッ!!」

 

 

 ──"風伯(フォンボー)封姨(フォンイー)"

 

 

「ッ──!?」

 

 瞬時にどんな傷も完治するほどの再生力があれど、体を損壊させられれば窮奇を止めることはできない。

 鴉はすぐに反撃に転じるため、迫る拳と渦巻く風刃から跳び退く。

 しかし窮奇の纏う暴風の渦は爆発的に巨大化し、ビルを横に倒したかのような、横向きの巨大な竜巻へ変化。

 地面をえぐりながら、数キロ先の喜多(きた)区にまで螺旋(らせん)の斬撃が及ぶ。

 

「──クソっ、めちゃくちゃだ……なっ!」

 

「ガアァァッ」

 

 "風伯・封姨"に巻き込まれた鴉。

 しかし炎を纏い、体を修復しながら暴風と刃の渦から抜け出すと、窮奇の首元に刀を振り下ろす。

 しかし──

 

 

 ガギギギィィッ──!

 

 

「チッ!」

 

 窮奇の全身を覆うように、風刃が回転していた。

 高速で回る回転鋸(かいてんのこ)のような風は、鴉の振るった刃を受け止め、火花を散らす。

 そして刃を弾き、鴉も体勢を崩してしまう。

 

「ヴルルルルァアアアッ!」

 

 左拳を握り、再び斬撃と化した竜巻を放とうとする窮奇。狙いは、鴉の胴体だった。

 

「させるか!」

 

 鴉も刀の柄から左手を離し、掌に赤黒い炎を収束させる。

 理屈では操り方をまだ理解できていない。

 しかし、感覚だけでなら、鴉の闘志に呼応するかのように炎は彼の力となる。

 暗い太陽の如き火球を生成し、窮奇の攻撃が放たれるよりも速く、それを投げつける。

 

「ギガッ、ガアァァァッ」

 

 火球は窮奇に直撃した。

 赤黒い炎がすぐに彼を覆い隠し、火だるまにしてしまう。

 

「……駄目だ。まだ風が止まない……」

 

 鴉は呟く。

 暴走する前の窮奇にこの炎を使った際には、()()()()()()()、そして窮奇にも大きなダメージを与えることができた。

 一方で今、鴉の目の前では。窮奇の周囲に吹き荒れる風刃の勢いが強まったために、炎が本体に届かず遮られていた。

 それだけではない。

 鴉にも一つ、変化が起きていた。

 

「炎が……弱まってる」

 

 赤黒い火球そのものとなっていた彼の頭部だが、その火力が弱まってきていたのだ。

 炎が揺らめくたび、中から鴉の素顔の一部が露わになる。

 鴉は自身に発現した炎の力が、力を失ってきていると確信していた。

 

「この炎が消えるよりも先に、窮奇を仕留めねぇと……! これを失ったらまずい……」

(俺の体をバラバラにすることは、今の窮奇にとっては簡単なことだ。炎の力が無くなれば、あいつを倒せなくなるどころか今度こそ俺も死ぬ……!)

 

 力を使い過ぎたからか。それとも風によって引き寄せられた雲に、暗い太陽ごと空を覆われてしまったからか。

 炎の弱まりの原因が何なのか、鴉には想像もつかない。

 ただ事実として、燃え盛る炎の勢いは減退している。時間制限があることを鴉は意識せざるを得なかった。

 

「ハァアアアァァ……!」

 

「っ……。結局、窮奇自体に炎は届かなかったか」

 

 風によって炎をかき消し、獣のように腰を落とした窮奇が姿を現す。

 赤黒い炎は今度は窮奇に届かず、彼の負っていた火傷は元の状態から増えていなかった。

 

「グウッ!」

 

「……ここからは手加減も油断もなしだ」

 

 全身に纏う風刃の勢いを高め、再び鴉へと突進する。

 これに対し鴉。刀を両手で握ると、左足を後方へ伸ばし大股を開く。そうして窮奇よりも低く腰を落とした体勢で、向かってくる颶風(ぐふう)の破壊神を迎え討つ。

 

「ハァァっ!」

 

「グッ……!?」

 

 鴉は突っ込んでくる窮奇の体の下へ、刀を滑り込ませる。

 そして(みね)を渦巻く風刃に当てると、刀を持ち上げるように腕を引く。

 高速で前へ突き進む窮奇の体は、その小さな力で簡単に持ち上がっていく。それとは対照的に、鴉の体は窮奇の下へ潜り込むように、その姿勢がさらに低くなっていき。

 窮奇は鴉の上を飛び越していった。

 

「フッ──!」

 

 それは刹那の出来事だった。

 しかし暗い太陽の力により、腕力や修復力だけで動体視力も向上していた鴉にとって、まだ十分反応できる次元である。

 彼はすぐさま振り返り、姿勢を落とした状態から予備動作無しで地面を蹴り、窮奇の背後へ飛びかかった。

 

(狙うは()()()()のみ!)

 

 背後に飛びかかった鴉は、空中で刀を逆手に持ち替えた。

 彼の狙いは、斬り落とした窮奇の頭部の右半分──剥き出しになった断面である。

 つまり、頭蓋の内側にある脳だ。

 

 魂が肉体のどこに宿るのか。

 それは頭蓋の内側にあると、玉藻は結論づけている。

 実際、多くの生物はその場所に魂があった。

 

「ガアアアァァァッ!!」

 

 窮奇は背中から迫る鴉を撃ち落とそうと、全身から全方位へ風刃を解き放つ。

 至近距離で放たれた無数の刃が、鴉のコートを斬り刻み、シャツを超えて素肌に赤い線を刻んでいく。

 切り傷からは炎ではなく、深紅の血が噴き出した。

 

「ぐあっ……あああああああっ!!」

 

 再生が始まらない。鋭く、熱い痛みが襲ってくる。

 それでも鴉は止まらない。

 荒野の土に血飛沫を上げても、その瞳だけは確かに、窮奇の剥き出しの弱点を捉えていた。

 刃を振り上げ、脳みそごと頭部を──今度は上下に分断しようと斬り込んだ。

 

「はあああああっ!」

 

「グルルルルッ……!」

 

 窮奇に理性は残されていない。

 それでも風刃は、鴉の狙いを妨げようとその威力を上げ、窮奇の頭部の周囲で高速回転する。

 バチバチと火花を上げながらぶつかる刀と風刃。力が拮抗する中、鴉はあることに気がつく。

 窮奇の体は、空中で止まっていた。

 まるでその場に、釘を打たれて固定されているかのように。

 

 

 ──"広莫風(クァンモウフォン)"

 

 

「ぐあああッ……!?」

 

 窮奇は背中越しに暴風と風刃を放つ。

 直撃する鴉の全身に無数の切り傷が刻まれ、風の威力でも吹き飛ばされてしまう。

 だが今度は鴉の体を赤黒い炎が包み込み、負傷が再生を始める。

 

「くっ……うぅ……」

(……明らかに再生が遅れてる……。やはり、もう限界が近いか……!)

 

「ハァアァァ〜〜……!」

 

「クソっ……!」

 

 吹き飛ばされた鴉はすぐに上体を起こす。

 窮奇は1メートルほど宙に浮いたまま、ゆっくりと鴉の方へ振り返る。

 

「……」

(何か、違和感がある……。窮奇は暴走してるわけだが、どうにも……()()()()()()()()()()()()()()())

 

「ヴルルルル……。ァアアア〜〜……!」

 

 鴉の目には、今の窮奇はまるで糸によって操られている人形のように見えていた。

 獣のように動き回るが、猫背のまま項垂(うなだ)れ、吊り下げられているように浮遊している現在の姿。これが鴉に違和感を覚えさせていた。

 誰かに操られているというのか。

 一瞬そう考える彼だったが、他に感じ取れる妖力は周囲には無く。

 一帯は窮奇によってばら撒かれた妖力の気配しか無かった。

 

「グッ、ゥゥウウウゥ〜〜〜〜ッ……!!」

 

「!」

 

 突如、窮奇が低く唸りだす。

 そして周囲に、(たかぶ)った彼の妖力が満ちていく。

 

「ゥアアアアアアアアアアァァッ!!」

 

 窮奇は天に向けて咆哮する。

 すると、彼の背中に渦巻いていた、翼代わりの二つ小さな竜巻。それが混ざり合い、巨大化し、形を変えていった。

 本来色があるはずのない、風。それは周囲の塵を取り込み、空間を歪ませるほどの圧力を孕むことで、鴉の視覚に(あらわ)れる。

 

「っ……!? 何だ、これは!?」

 

「ハァ〜〜……ッ! ハァ〜〜ッ……!!」

 

 窮奇は地面に降り立ち、四つ這いになる。掌、足でしっかりと地面を捕まえ、その場から動くことがないように。

 彼の背後に()()したのは、風が細く柱のように天に伸び、両脇から翼か、細長い腕、指のような触手を生やした異形。

 それの上部には、輝く妖力の塊があり。まるで目のように機能し、窮奇の前に立つ鴉を見下ろしていた。

 

 

 それの名は、"禺強(ユーチアン)"。

 

 

 超巨大竜巻、日本上陸まで六分。

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