暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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98.交換の神事

 

 歌や踊り。歌舞とは、いつの時代、土地でも往々にして何者かへ贈るものである。

 特に、祭事としての歌舞は神への捧げものとなる。

 神へ舞踊を捧げることで、対価として人々は平穏や恵みを得るのだ。

 帝江(ディージアン)はその神である。

 彼そのものが捧げものを司り、そして対象者に何かを与える。

 

「『山海経(せんがいきょう)』に、そんな姿の人外が記されていた気がする。確か名前は、"帝江(ディージアン)"だったかな」

 

「……」

 

『……』

 

「フン! 二人そろって唖者(あしゃ)とはな。どうやっても死なないし……そんな渾沌(こんとん)から生まれたんだから、どうせそれは帝江も同じなんだろう?」

 

 変身前の渾沌のように三メートルを超える超肥満体の巨漢、帝江。

 渾沌と違うのは、真っ白な六枚の翼や断面だけの首に四本足という、より異形となっている点だった。

 

「人間から産まれる(あやかし)というのは存在するし、珍しくもない……が、『四凶』は中でも特別だ。バックに()()()()()ということは想像がついていたよ」

 

「……」

 

「あまりに強く、人間の信仰すらも取り込んでいた側面がある。ならば、君たちに力を与えているのは神か、それに連なる者だとね」

 

 玉藻は、黙ったまま立っている二人の前に歩み寄っていく。

 

「もしかして調子に乗ってるんじゃないだろうな」

 

「……」

 

『……』

 

「私が幾度となく技を使い、しかし君を殺せない。確かに、今のところ完全に殺しきる手段は思いついていないよ。ただね……」

 

 玉藻は自身の息が触れるほどの距離にまで渾沌に近づき、立ち止まる。

 ほぼ同じ身長。同じ目線。

 意思の感じられない、飛び出た眼球を睨みつけ、言葉を続けた。

 

「神を味方につけただけで、お前たちが勝てるほど私は甘くはないんだよ」

 

「…………」

 

饕餮(とうてつ)から聞いているだろう? 私は、かつて神を殺した『大妖魔』。そんな簡単に神を頼って、後悔しないのか──」

 

 

「神が私に殺されても」

 

 

「ッ……!」

 

 次の瞬間、玉藻から膨大な妖力が溢れ出る。

 金色の波動となり、周囲の小石や砂を巻き上げ、渾沌も思わず腕を上げて体をガードしようとした。

 帝江(ディージアン)はその後ろで直立不動。意思や感情を玉藻に感じさせない点は渾沌と似ているが、より非生物であるという感覚を彼に与えていた。

 

「殺しきる方法が無いだけで、()()方法はいくらでもあるのさ」

 

「……!」

 

 渾沌は玉藻の不意をつくように、顔面を打ち抜こうと瞬間的に拳を放つ。

 しかし拳は玉藻に当たることなく空を切る。

 彼は"転移"によって約50メートル後方に離れ、そして両手を重ね合わせその間に妖力を充填(チャージ)させていた。

 

「原子に戻れ……"天魔照(あまてらす)"!」

 

 金色の妖力と紫電色の妖力。

 それら二つが混ざり合い、爆発的な破壊エネルギーを生み──光線となって放たれる。

 玉藻は人間の科学の学習に貪欲であり、この技もその過程で編み出した。

 人類が見出した、偉大な産物の一つ"放射線"。それを(なら)ったこの技に、故に玉藻は太陽の光の神の名前を与えたのだ。

 

「ッ──!」

 

 並の人間の眼球なら、簡単に焼き切るほどの閃光。

 それを浴び、渾沌と帝江の影が消える。

 しかし──

 

「……!」

 

「……"転移"か。私を真似たな」

 

 渾沌が構えを取ったままの玉藻の頭上に出現し、殴りかかろうと迫る。

 もはや酸素と気圧を保つだけが役割となった結界は、易々と渾沌の侵入を許し。

 玉藻は身を(ひるがえ)して回避した。

 

「いや、厳密には世界そのものに自分を溶け込ませ……好きなところに移動できる、みたいな感じか? まあ予想できた使い方だがな」

 

『ッ!!』

 

「おっと!」

 

 玉藻の背後に巨影が現れる。

 渾沌と同じように、突如姿を現したのは帝江だった。

 渾沌のような再生能力があるのか、肉体を同じとしている故に能力が同じで、玉藻が解釈したように"天魔照"を回避してきたのか。

 玉藻はすぐには答えを出せなかったが、帝江が繰り出してきた巨拳を、その場から()び退いて避けた。

 

「"武甕雷(たけみかづち)"、"建御奈堅(たけみなかた)"」

 

 玉藻は右手に金色の妖力を纏い、刃状に練り上げる。

 さらに全身に妖力を流し、めぐらせ、身体能力と硬度を飛躍的に向上させる。

 

「ッ……!」

 

『…………!』

 

 渾沌と帝江は、言葉も交わさずに前衛と後衛に分かれる。

 渾沌は玉藻へと飛びかかり、帝江はその後ろへ下がり──

 

「はあぁぁっ!」

 

「…………!」

 

 玉藻と渾沌の近接戦闘が繰り広げられる。

 これまで妖力を光弾や光線として放ち、(かたく)なに接近戦をしようとしなかった玉藻だったが。

 "建御奈堅(たけみなかた)"によって身体能力を大幅に向上させたことにより、渾沌と互角以上に格闘で渡り合う。

 渾沌の拳や蹴りを、腕や膝で跳ね除け、受け流し。玉藻も蹴りや、妖力の刃で攻撃する。

 

『…………!』

 

 二人がぶつかり合う中、離れた地点では帝江(ディージアン)が太い腕を交差させ、腰を落として"構え"をとる。

 そして、砂埃を巻き上げながら、その場で舞いを始めた。

 

 

 ──シャンッ、シャンッ!

 

 

「!」

(鈴の音? 帝江(やつ)の仕業か?)

 

 渾沌と殴り合いながら、横目で帝江を捉える玉藻。

 月面という小重力空間でありながら、地球で活動しているかのような、確かな重力の存在を見る者に感じさせる重厚な舞い。

 そして、帝江が月を踏み締めるごとに鈴の音が鳴り響いていた。

 

(真空の空間で音が鳴るはずもない……。この鈴は、私の魂が聞いている音! 帝江が、何かする気だな)

 

 玉藻はそう考え、渾沌の腹を蹴飛ばして距離をとる。

 そして金色の妖力の刃を伸ばして、遠距離から渾沌を真っ二つに斬り裂いた。

 

「"石奈蛾(いわなが)"」

 

 玉藻の背後に、無数の小さな妖力弾が生成される。

 次の瞬間、それらは一斉に羽化して紫電色の蛾となり、踊る帝江へと飛び立っていった。

 

『ッ……!』

 

 

 ──シャンッ!!

 

 

「っ!? なに……!?」

("石奈蛾(いわなが)"を……打ち消した……!?)

 

 帝江(ディージアン)は舞いの締めに、大地を四本の足で打ちつけた。

 玉藻の耳に一際大きな鈴の音が鳴り響くと、帝江に向かう妖力の蛾の群れが弾けるように消失。

 加えて、帝江からうっすらと光るドーム状の波動が放たれており、これに当たった渾沌の霊力が飛躍的に向上する。

 

「チッ……なるほど。器用なことだ……」

(支援に長けた分身……といったところか。神に捧げるための歌と踊り、それそのものの神。ならば、自身の踊りと引き換えに望む効果を得られると……)

 

 玉藻は舌打ちをしながら、帝江についてそう結論づけた。

 

「うざったいマッチポンプだな!」

 

「……!」

 

 霊力が増し、腕力やスピードが上がった渾沌。

 認識阻害の能力を使い、玉藻の死角に出現。そして蹴りを、彼の頭蓋めがけて放つ。

 玉藻は"転移"ですぐさま渾沌の背後に周り、指先からの妖力光線で彼を貫き、撃ち落とした。

 

「なんとなくわかってきたよ。もしかして、渾沌の不死性もそういうことか?」

 

「…………」

 

『…………』

 

 何かと引き換えに、何かを得る。

 帝江の力の本質がこのことを指すならば、尋常ならざる渾沌の不死性も、"交換"の力によって得たもの。

 玉藻の推測はこうだった。

 

「何かを失って、何かを得た。帝江は踊りを使って、自らへの献上と加護の関係を成り立たせている。これがマッチポンプ。なら渾沌は、どうやって()()神の恩恵を受けるのか?」

 

 倒れ伏している状態から立ち上がる渾沌を見下ろしながら、玉藻は言い放った。

 

「差し出したんだ。人間として……生物として必要な、顔を」

 

『…………』

 

「当たりか? 一瞬揺らいだな。そういうことだろう? 生きるために必要な、五感の多くを占める顔部。渾沌の場合、目も、鼻も、耳も、口も無い。生存には栄養がいるが、それを摂取することもできなければ、危険を察知するためのセンサーも無い」

 

『……』

 

「だから、一向に死ねない肉体を手に入れた。解剖してみないとわからないが、脳みそも結構悲惨なことになってるんじゃないか? でもなければ、愚痴の獣だなんて言われないだろ」

 

 鬼の首を獲ったかのように、声色を弾ませて解説する玉藻。先程までの緊張感と苛立ちは、完全に消え去っていた。

 だが、玉藻の中で渾沌と帝江の解釈はできつつあったが、一つだけ引っかかる点が。

 

(……待てよ、だとしても……。生きるための力をほとんど失っていながら、渾沌は生そのものを差し出したわけじゃない。帝江(ディージアン)の歌舞を考えれば、必ずしも"交換"は等価で行われないというのはわかるが……)

 

 顔の穴と五感、食事。これらを放棄することで、魂すらも蘇らせるほどの不死性を得られるのか。

 玉藻は疑問に思ったのだ。

 渾沌と帝江は、目の前の男が真実に辿り着きなけないことを察知している。

 より、妖力を高め。不死の秘密を暴かれないうちに、決着をつけようと身構えた。

 

「あと少しだな……。あと少しで、こいつらのカラクリを解ける……」

 

 対する玉藻も、二人から距離をとって地面に降り立つ。

 そして、金色の九尾を揺らしながら妖力を高めた。

 紫電色の人型が、影のように玉藻の背後に出現する。

 

「ラストスパートだ。" 月夜深(つくよみ)"」

 

 玉藻も妖力によって分身を生み出し、戦いは二対二の激突に発展する。

 

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