暁の黄泉鴉 作:マサイのゴリラ
歌や踊り。歌舞とは、いつの時代、土地でも往々にして何者かへ贈るものである。
特に、祭事としての歌舞は神への捧げものとなる。
神へ舞踊を捧げることで、対価として人々は平穏や恵みを得るのだ。
彼そのものが捧げものを司り、そして対象者に何かを与える。
「『
「……」
『……』
「フン! 二人そろって
変身前の渾沌のように三メートルを超える超肥満体の巨漢、帝江。
渾沌と違うのは、真っ白な六枚の翼や断面だけの首に四本足という、より異形となっている点だった。
「人間から産まれる
「……」
「あまりに強く、人間の信仰すらも取り込んでいた側面がある。ならば、君たちに力を与えているのは神か、それに連なる者だとね」
玉藻は、黙ったまま立っている二人の前に歩み寄っていく。
「もしかして調子に乗ってるんじゃないだろうな」
「……」
『……』
「私が幾度となく技を使い、しかし君を殺せない。確かに、今のところ完全に殺しきる手段は思いついていないよ。ただね……」
玉藻は自身の息が触れるほどの距離にまで渾沌に近づき、立ち止まる。
ほぼ同じ身長。同じ目線。
意思の感じられない、飛び出た眼球を睨みつけ、言葉を続けた。
「神を味方につけただけで、お前たちが勝てるほど私は甘くはないんだよ」
「…………」
「
「神が私に殺されても」
「ッ……!」
次の瞬間、玉藻から膨大な妖力が溢れ出る。
金色の波動となり、周囲の小石や砂を巻き上げ、渾沌も思わず腕を上げて体をガードしようとした。
「殺しきる方法が無いだけで、
「……!」
渾沌は玉藻の不意をつくように、顔面を打ち抜こうと瞬間的に拳を放つ。
しかし拳は玉藻に当たることなく空を切る。
彼は"転移"によって約50メートル後方に離れ、そして両手を重ね合わせその間に妖力を
「原子に戻れ……"
金色の妖力と紫電色の妖力。
それら二つが混ざり合い、爆発的な破壊エネルギーを生み──光線となって放たれる。
玉藻は人間の科学の学習に貪欲であり、この技もその過程で編み出した。
人類が見出した、偉大な産物の一つ"放射線"。それを
「ッ──!」
並の人間の眼球なら、簡単に焼き切るほどの閃光。
それを浴び、渾沌と帝江の影が消える。
しかし──
「……!」
「……"転移"か。私を真似たな」
渾沌が構えを取ったままの玉藻の頭上に出現し、殴りかかろうと迫る。
もはや酸素と気圧を保つだけが役割となった結界は、易々と渾沌の侵入を許し。
玉藻は身を
「いや、厳密には世界そのものに自分を溶け込ませ……好きなところに移動できる、みたいな感じか? まあ予想できた使い方だがな」
『ッ!!』
「おっと!」
玉藻の背後に巨影が現れる。
渾沌と同じように、突如姿を現したのは帝江だった。
渾沌のような再生能力があるのか、肉体を同じとしている故に能力が同じで、玉藻が解釈したように"天魔照"を回避してきたのか。
玉藻はすぐには答えを出せなかったが、帝江が繰り出してきた巨拳を、その場から
「"
玉藻は右手に金色の妖力を纏い、刃状に練り上げる。
さらに全身に妖力を流し、めぐらせ、身体能力と硬度を飛躍的に向上させる。
「ッ……!」
『…………!』
渾沌と帝江は、言葉も交わさずに前衛と後衛に分かれる。
渾沌は玉藻へと飛びかかり、帝江はその後ろへ下がり──
「はあぁぁっ!」
「…………!」
玉藻と渾沌の近接戦闘が繰り広げられる。
これまで妖力を光弾や光線として放ち、
"
渾沌の拳や蹴りを、腕や膝で跳ね除け、受け流し。玉藻も蹴りや、妖力の刃で攻撃する。
『…………!』
二人がぶつかり合う中、離れた地点では
そして、砂埃を巻き上げながら、その場で舞いを始めた。
──シャンッ、シャンッ!
「!」
(鈴の音?
渾沌と殴り合いながら、横目で帝江を捉える玉藻。
月面という小重力空間でありながら、地球で活動しているかのような、確かな重力の存在を見る者に感じさせる重厚な舞い。
そして、帝江が月を踏み締めるごとに鈴の音が鳴り響いていた。
(真空の空間で音が鳴るはずもない……。この鈴は、私の魂が聞いている音! 帝江が、何かする気だな)
玉藻はそう考え、渾沌の腹を蹴飛ばして距離をとる。
そして金色の妖力の刃を伸ばして、遠距離から渾沌を真っ二つに斬り裂いた。
「"
玉藻の背後に、無数の小さな妖力弾が生成される。
次の瞬間、それらは一斉に羽化して紫電色の蛾となり、踊る帝江へと飛び立っていった。
『ッ……!』
──シャンッ!!
「っ!? なに……!?」
("
玉藻の耳に一際大きな鈴の音が鳴り響くと、帝江に向かう妖力の蛾の群れが弾けるように消失。
加えて、帝江からうっすらと光るドーム状の波動が放たれており、これに当たった渾沌の霊力が飛躍的に向上する。
「チッ……なるほど。器用なことだ……」
(支援に長けた分身……といったところか。神に捧げるための歌と踊り、それそのものの神。ならば、自身の踊りと引き換えに望む効果を得られると……)
玉藻は舌打ちをしながら、帝江についてそう結論づけた。
「うざったいマッチポンプだな!」
「……!」
霊力が増し、腕力やスピードが上がった渾沌。
認識阻害の能力を使い、玉藻の死角に出現。そして蹴りを、彼の頭蓋めがけて放つ。
玉藻は"転移"ですぐさま渾沌の背後に周り、指先からの妖力光線で彼を貫き、撃ち落とした。
「なんとなくわかってきたよ。もしかして、渾沌の不死性もそういうことか?」
「…………」
『…………』
何かと引き換えに、何かを得る。
帝江の力の本質がこのことを指すならば、尋常ならざる渾沌の不死性も、"交換"の力によって得たもの。
玉藻の推測はこうだった。
「何かを失って、何かを得た。帝江は踊りを使って、自らへの献上と加護の関係を成り立たせている。これがマッチポンプ。なら渾沌は、どうやって
倒れ伏している状態から立ち上がる渾沌を見下ろしながら、玉藻は言い放った。
「差し出したんだ。人間として……生物として必要な、顔を」
『…………』
「当たりか? 一瞬揺らいだな。そういうことだろう? 生きるために必要な、五感の多くを占める顔部。渾沌の場合、目も、鼻も、耳も、口も無い。生存には栄養がいるが、それを摂取することもできなければ、危険を察知するためのセンサーも無い」
『……』
「だから、一向に死ねない肉体を手に入れた。解剖してみないとわからないが、脳みそも結構悲惨なことになってるんじゃないか? でもなければ、愚痴の獣だなんて言われないだろ」
鬼の首を獲ったかのように、声色を弾ませて解説する玉藻。先程までの緊張感と苛立ちは、完全に消え去っていた。
だが、玉藻の中で渾沌と帝江の解釈はできつつあったが、一つだけ引っかかる点が。
(……待てよ、だとしても……。生きるための力をほとんど失っていながら、渾沌は生そのものを差し出したわけじゃない。
顔の穴と五感、食事。これらを放棄することで、魂すらも蘇らせるほどの不死性を得られるのか。
玉藻は疑問に思ったのだ。
渾沌と帝江は、目の前の男が真実に辿り着きなけないことを察知している。
より、妖力を高め。不死の秘密を暴かれないうちに、決着をつけようと身構えた。
「あと少しだな……。あと少しで、こいつらのカラクリを解ける……」
対する玉藻も、二人から距離をとって地面に降り立つ。
そして、金色の九尾を揺らしながら妖力を高めた。
紫電色の人型が、影のように玉藻の背後に出現する。
「ラストスパートだ。"
玉藻も妖力によって分身を生み出し、戦いは二対二の激突に発展する。