申し訳ございません……予めご了承ください。
それではどうぞ!
それは、すべての始まりだった。
21世紀初頭――太平洋中央海嶺にて、突如観測された超大規模な熱源異常。それは、数十年にわたり沈黙していた地殻活動域が突如として激しく脈動し始めたことを意味していた。最初に異常に気づいたのは、日本の海洋研究船「みらい」であった。調査用無人探査機が捉えた映像には、海底を這う巨大な影と、光を吸い込むように漂う黒い靄が映っていた。
当初は未知の海洋生物の存在が疑われた。それが、後に人類の存亡を左右する“深海棲艦”との初めての接触であったとは知らぬままに……。
三日後、北太平洋を航行中のアメリカ船籍の貨物船が消息を絶った。最後に傍受された通信には、耳障りな金属音と共に、「あれは……海賊か? いや、違う、何だあれは!」という絶叫が残されていた。発見された残骸は、まるで内側から爆砕されたかのような異様な損壊を示しており、既存の兵器による破壊とは到底説明がつかなかった。国家運輸安全委員会は当初、これを自爆テロと結論づけ、事態は一時的に沈静化した。
だが、それは異変の幕開けに過ぎなかった。
以降、同様の事件が南シナ海、インド洋、地中海で連鎖的に発生。被害艦船は通信が途絶えた直後に沈没し、生還者は一人もいなかった。だが、わずかに回収されたブラックボックスには、人類に絶望をもたらす映像が残されていた。
そこに映っていたのは、艦船とも人間ともつかぬ異形の存在だった。無数の赤い光を放ち、艦鐘のような不気味な異音を響かせながら、彼らは貨物船はおろか、軍艦までも容易く沈めていった。砲弾もミサイルもことごとく躱し、魚雷も無効化し、沈黙の中で破壊を繰り返すその姿は、“戦闘”ではなく“処刑”だった。
やがて人類は、海底深くより現れたそれらの存在を「深海棲艦」と名づけた。その特徴も目的も定かではなかったが、明確なのはただひとつ。
人類に対して、徹底した敵意を抱いていること。
国連安保理は事態を「人類史上最大の挑戦」と位置づけ、緊急会合を開催。その結果、全会一致で『国連軍の編成』を決議。西側・東側、そして第三世界の垣根を越えて、各国の精鋭部隊が集結した。
すでに深海棲艦は世界中の海上交通路に出現し、パナマ運河・スエズ運河・キール運河にまで進出していた。もはや人類の生命線であるシーレーンは全滅の危機に瀕しており、一刻の猶予も残されていなかった。
国連軍は、太平洋・大西洋・インド洋、そして三大運河の同時奪還作戦を決行。全世界から陸海空軍の精鋭420万人が動員され、史上最大規模の作戦が開始された。誰もが勝利を信じて疑わなかった――そのときまでは。
しかし、作戦開始からわずか72時間以内に、前線部隊の9割が消息不明あるいは壊滅した。
太平洋戦線では、日本・アメリカ・中国・韓国・オーストラリア、そして北朝鮮の連合空軍と艦隊がハワイ、ウェーク、マリアナ諸島に展開。しかし、作戦開始直後から敵艦載機による高高度奇襲と電磁妨害を受け、各部隊は分断された。姫級・鬼級といった強大な敵艦の砲撃により、空母《福建》や《ロナルド・レーガン》を含む主力空母群が為す術なく次々に轟沈。戦艦《レ級》率いる駆逐《イ級》の群れが分断された艦隊を各個撃破し、戦場にはただ黒煙と無数の残骸が漂うばかりだった。
大西洋では、NATO艦隊とロシア艦隊がアイスランド周辺で深海棲艦主力部隊に迎撃され、航空優勢と指揮系統を失って潰走。スカパ・フローやフランス・スペイン西岸への退避も空襲により阻まれ、補給線が断たれた。
インド洋では、インド海軍と欧州艦隊がアンダマン諸島に集結。しかし初日の艦載機と水中攻撃により三分の二が喪失。増援も届かず、海域は速やかに敵の手に落ちた。
三大運河では、開戦前から敵が前線基地を築いており、海空両面からの総攻撃で陸海兵部隊は着上陸直後に殲滅。衛星通信による断片的な映像のみが、その凄惨な最期を伝えた。
深海棲艦の艦載機は高度1万メートル以上に常時展開し、全地球規模の空中哨戒を維持していた。小型ドローン並のサイズながら、戦闘機を凌駕する性能を誇るそれらの存在により、もはや人類は制空権を得ることすらできなかった。輸送機は展開不能となり、通信妨害によって艦隊間連携も不可能に。分断された国連軍は各個に撃破されていった。
一週間後、海底ケーブルはほぼ全て切断。衛星通信だけが唯一の通信手段となり、帯域制限により一般民間通信は凍結。スマートフォン、テレビ、インターネットなどの情報インフラはローカルネットワークに縮退され、世界は孤立化した。
国連軍総司令部は、ついに最後の手段──核攻撃を決断した。全世界からの非難が巻き起こることは承知の上だった。だが、それでもなお、より多くの人類を生き残らせるための英断と信じたのだ。
……もっとも、それは勝利すればの話だった。
限られた通信状況の中で、全核保有国から戦略核が発射され、深海棲艦の全拠点を標的に放たれた。
「これで戦争は終わる」──誰もがそう願い、そう信じていた。
しかし……
閃光が世界を覆い、業火が海を焼き、幾本もの巨大なキノコ雲が立ち上ったその先で──敵は、まったくの無傷だった。
この瞬間、全地球に絶望が押し寄せた。
人類史上、最強の兵器と呼ばれる核。一つの都市を一瞬で灰にする戦略核兵器ですら、深海棲艦にかすり傷ひとつ与えられなかった。
この時、世界は悟った。
人類は、本当の意味で──無力なのだと。「勝てるわけがない」と。
国家の崩壊はそこから始まった。
中国では食料輸入の途絶と経済崩壊が飢餓と暴動を誘発。共産党政府は崩壊し、沿岸と内陸で武力衝突が拡大、人口は10億超から4億へ激減。今や世界二位の地位は見る影もなく、強い指導者を求めて争いを続けていたのだ。
インドでは鉄道麻痺、物価高騰、水不足が暴動を引き起こし、内戦にまで発展。政府は統治不能となり、人口は13億から5億以下へと縮小。
ロシアは中央政権が瓦解し、各地で武装勢力が独立を宣言。旧ロシア連邦構成国の離反も重なり、経済崩壊と人口激減を招いた。各軍閥が血みどろの戦争を続け、天然資源も宝の持ち腐れとなってしまった。
中東では自由な海が消え去ると同時にエネルギー経済が崩壊。原油施設の維持すら困難になり、泣く泣く放棄せざるを得なくなった。
アフリカでは支援物資の枯渇により飢餓と疫病が蔓延。難民は億単位に達し、国家は次々に機能を停止。
東南アジアでは島嶼封鎖と飢饉により都市が壊滅。政府は国外へ脱出した。しかし、深海棲艦が行く手を阻んだことで、脱出した政府要人は、ことごとく海の底深くへ誘われた。
南米もまた、支援を失い治安が崩壊。密輸組織が支配する戦国状態へと移行した。
世界規模の同時多発的な暴動、内戦、戦争、飢餓、疫病――人類は頂点の座から転げ落ち、わずか7年で50億人以上が命を落とした。そして30億人の人類が生き残るのみとなった。
それでも、すべてが崩壊したわけではなかった。
アメリカ、欧州諸国、そして日本などの先進国は、激震の中でも政府と軍の指導下で一定の秩序を維持していた。
アメリカや欧州のみならず、日本においても未だ奪還されていない地域も多く、今なお沖縄や硫黄島などの島嶼部が占拠されている。深海棲艦関連による犠牲者は既に4000万人を超えていたが、それでも首の皮一枚で存続していた。
非常事態体制のもと、戒厳令が敷かれ、国民は限られた資源の中で生活を続けている。通信網やインフラは損傷を受けながらも最低限の維持が行われており、治安はかろうじて保たれていた。
それは「文明の火」が完全に消えていない証でもあった。
しかしその炎は、いつ風に吹き消されるかわからない、か細いものだった。
絶望のさなか、突如として“彼女たち”は誕生した。戦艦、空母、巡洋艦、駆逐艦──それぞれの能力と名を受け継ぎ、深海棲艦に立ち向かう艤装を身に纏う、うら若き乙女たち。いつしか人類は彼女らをこう呼んだ。
――艦娘(かんむす)と。
人類は、彼女たちにすべてを託した。わずかな希望と、海を取り戻す戦いが始まった。
そして──時は流れ、場所は北海道・室蘭。一人の青年が、運命の扉を開こうとしていた。
吹雪の早朝、白い粉雪を巻き上げながら快速列車が到着した。重たい灰色の霧に包まれた駅に降り立ったのは、若き提督。
目に宿るのは、希望。
「提督が着任しました。これより艦隊の指揮に入ります。」
総兵力420万を投入して99%以上が壊滅した絶望の戦争――その中で、わずかに残された反撃の芽。
人類の再起をかけ、艦娘たちと共に戦火の海へと挑む。
希望は、まだ失われていない。今、反攻の烽火が上がる。
この寒く閉ざされた北の大地から、寒暁の勝利を信じて。