術式『大嘘憑き』 作:匿名希望
匿名投稿というものに興味があったので息抜きに書いてみます。
第壱箱『僕は悪くない』
無意味に呪って無関係に祓って無価値に死ぬ。
人生とか、だいたいそんなもんだよ。
俺のせいで大勢が死んだ。
威厳も、尊厳も、そこにはなかった。
俺のせいで、みんな意味もないのに殺されて、関係もないのに巻き込まれて、価値なんかないみたいに呆気なく刻まれた。
全てを覚えている。この身体が忘れさせてくれない。忘れるわけにはいかない。覚えていなければならない。
罪から目を背けることなんて、できるはずがない。
全部、俺のせいだ。
俺が弱いから、俺の中にいる
それほどまでに、弱いから。
「……
今もこうして、取りこぼす。
「後は頼みます」
ナナミン──
そんなナナミンの上半身が、たった今。
俺の目の前で弾け飛んだ。
ナナミンの死体の周りには、
「……はい、おしまい。それで? 任された側のオマエは、一体どういう気持ちでそこに突っ立ってるわけ?」
ナナミンが死んだ。無関係の人達が殺された。
俺の目の前で皮肉たっぷりに笑っている呪霊、
以前から分かっていたつもりだった。だけどこいつには、尊厳を守るとか、他人を尊重するとか、そんな精神が一切ないのだと、ことここに至ってようやく再認識させられた。
「……オマエは」
もう散々だ、もう沢山だ。
我慢の限界だったし、堪忍袋ははち切れていた。
もうこれ以上、こんな景色を見たくはなかった。
目の前で人が死ぬだなんて、考えたくもなかった。
だから、俺は。
自分勝手に死ぬ前に。
オマエを、自分勝手にブッ殺してやる。
「オマエはっ、なんなんだ!! 真人!!」
「デケェ声出さなくても聞こえてるよ!!
怒りに身を任せて、衝動に身を委ねて、俺は駆け出す。真人を目掛けて、一直線に。その肉体と魂に、修復不可能な傷を与えてやるために。
ドス黒い怨嗟に流されるがままに、俺と真人の距離が詰まる。その時、真人がその手に
上等だ、無関係の人達を巻き込んだオマエに、生まれてきたことを後悔させてやる──
『こんな所で会うなんて』
『今日の僕は随分ツイてるらしい。』
突如として
だって俺は……俺達は、その声の主を嫌というほど知っているんだから。
嫌というほど思い知らされているんだから。
自称
術式、『
術式の効果。
「げっ、球磨川……何でここにいんだよオマエ!?
『おいおい真人ちゃん、これまた随分と酷い言い方じゃないか。その口振りだと、まるで僕に会いたくなかったみたいに聞こえちまうぜ?』
「だーかーらぁ! そう言ってるってのが分かんねぇかなあ!? オマエと会いたい奴とかこの世に一人も存在しねえよ!!」
里桜高校で初めて相対した時から、今の今までそいつの姿が、声が、息遣いが、立ち居振る舞いが、一挙手一投足が、俺の脳裏にこびりついたまま離れてくれることはなかった。
視界に入れたくないほどの、目を背けたくなってしまうほどの──負。
『……ところで、きみはどうしてそんな風に放心して突っ立っているのかな、虎杖ちゃん。もしかして何か辛いことでもあったのかな? それだったら、この僕に話して楽になってみるというのはどうだろうね?』
「ッ……オマエっ、オマエは、呪霊じゃなくて人間なんだろ!?
『これを見ておいて、って……僕は一体どれを見ればいいのかな。あっちの死体かな、それともこっちの死体かな? それとも──ここに倒れ伏してる七海ちゃんの死体だったりして。』
「〰〰ッ!!」
恐らくは、こいつもナナミンが死んだ所を目撃していたのだろう。そしてきっと、分かっているんだ。俺が真人に飛びかかった理由の方も。
分かっている上で、それでもこいつは、
他人を傷つけることに、一切の躊躇がない。こいつはきっと、そういう奴なんだ。
と、俺がそう考えていた最中。
目の前の学ランを纏った不吉な男──球磨川は、にこにこと薄っぺらい笑みをその顔に貼り付けたまま、俺と真人を交互に見た。
『……まあ、僕も人の子さ。流石にここまで血まみれ肉まみれの空間に、思うところがないわけでもない。真人ちゃんの趣味は悪いと言わざるを得ないね、同情するよ、虎杖ちゃん』
「! ああ、なるほど……そういうことね? 趣味悪っ……」
「……? 何だオマエ、急にそんな、まともなことを──」
見ているだけで不安を覚えるほどに不吉な球磨川は、突如としてやれやれと呆れたようなジェスチャーを取りながら、そんなまともなことを宣った。
これが他の奴の台詞であれば、俺も安心してその言葉に同意できた。だけど俺は、目の前の男が放ったその言葉から、言いようもない不吉さを感じていた。
俺はどこかで、
確かそう、この感覚は、
『まったくもう、一ヶ月ぶりの感動の再会だっていうのにさ、こうも血
──そうだ、この感覚。
『歩くたびに靴の裏からべちゃべちゃと変な音が鳴って、気持ち悪いったらありゃしない』
「……おい、オマエ、まさかっ──!!」
『うん、虎杖ちゃんも別れは済ませただろうし──』
あの時も、こいつは──いい感じのことを言ってから、全てを台無しにしやがったんだ。
球磨川がそう言った瞬間。
俺達の視界から、
綺麗さっぱり、なかったことになった。
……ナナミンの遺体も。
「ははっ、相変わらずえげつね〜……」
「っ、なっ……ナナミン、は……?」
『ナナミン? 誰それ、
いけしゃあしゃあとそんなことを口にする、
俺はもう、こいつらのことが、まったく分からなかった。分かりたくもなかったし、分かられたくもなかった。
だからもう、一言で言ってしまえば。
俺はもうこいつらと関わり合いになりたくなかった。
「なんで、オマエ、何で……ナナミンを──」
『え? もしかして虎杖ちゃんったら、七海ちゃんの死体だけは持ち帰りたかった感じ? なーんだ、それならそうと言ってくれれば良かったのに!』
「……は?」
『そういう大切なことはもっと早くに言っておいてもらわないと、さしもの僕でも対応できないって。まあ
「ッ……オマエ、もう黙ってろよ……!!」
同じ言語を使って会話をしているはずなのに、会話をしているという手応えを得ることは出来なかった。
これならまだ、真人と話していた方がマシだ。目の前の男と話していると……
だけど、今ここで放り出す訳にはいかない。
俺は、俺の責任を果たさなければいけない。
「……一つだけ聞かせろ、球磨川。オマエはあんなことをして──色んな人の尊厳を弄んで、ほんの少しでもいいから罪悪感とかを覚えたりはしないのか?」
『え? いや、全然。ほら、僕ってば世界中の誰よりも不幸なわけじゃん。だから僕は、誰に何をしても許されるべきだと思うんだよね──とでも言っておけば、心優しい虎杖ちゃんは心置きなく僕のことを殴れるのかな?』
ここまで来ても、その表情からへらへらとした薄ら笑いが消えることはない。球磨川はどこまでも不誠実で、不真面目で、不完全だった。
「……ああ、これで心置きなくオマエを殴れる。球磨川、オマエは悪い奴なんだって、はっきり教えてやるよ」
『僕が悪い奴? いやいやいやいや、冗談キツいぜ虎杖ちゃん。それこそ悪い奴って言うんだったら、きみの隣にいる真人ちゃんとかの方がよっぽど悪い奴だろう?』
「えっ、俺ぇっ!? うげぇ……それ、オマエにだけは言われたくないんだけど!」
『それもまた、心外なんだけどなあ。はあ、僕は至って真面目にやりたいことをやって生きてるだけだっつーのに、どいつもこいつも僕を世界で一番の悪者にしたがるから困っちゃうよね。ま、だからこその
ふと、球磨川の手元を見る。すると驚くことに、球磨川はいつの間にか取り出した呪具……
それを見た俺と真人は、ほとんど同時に戦闘態勢に入った──ところで。
球磨川は戦闘の構えなんてものは微塵も取らずに、あくまでも
『そういえば、虎杖ちゃん。さっききみは僕に向かって「悪い奴だって教えてやる」と言ったけれど──
「……あ゙?」
「うっわ、またコイツキレてるよ。虎杖、オマエって本当に一々鬱陶しいよな」
『真人ちゃん、あまり挑発するもんじゃないぜ──だけど、そうだな。
「オマエ、何言ってるか分かってんのか!? 人が、人をっ!! オマエが
『そうだね、確かに僕が
「それだけ!? オマエっ、この後に及んで──」
『彼らを殺したのは真人ちゃんであって僕ではない。僕はあくまで、そこら辺に転がってたものが歩くのに邪魔だったから
笑顔のまま、そんなことを宣う。
伽藍堂みたいな、薄ら笑いのまま。
『きっときみはこう思っているんだろう。「でもコイツが死体を
「……だってさ、虎杖。アイツの言い分的には故意じゃないらしいけど、ぷふっ……どうすんの、オマエ?」
「ッ……球磨川、オマエ、ずっと何言ってんのか、何が言いてえのか分かんねえよ……!!」
『別に、何も。僕はきみに何かを言いたいわけじゃない。ただ、言い訳をさせて欲しいというだけなんだよ。僕がここに来た時には、この通路は酷い有様だっただろう? だから僕は、あくまで
『僕は悪くない。』
『だって、僕は悪くないんだから。』
球磨川は、そう言って笑った。
口の端を三日月のように吊り上げて。
呪いよりも、よっぽど不気味に、嗤った。