術式『大嘘憑き』 作:匿名希望
別の執筆から逃げています。
第弍箱『退屈しのぎの相手には』
恋をするのも愛を語るのも大いに結構。
でも恋愛って、結局は生理的欲求だから。
某所、某日。
球磨川はとある
なじみは教卓に座りながら、行儀良く席に着いている球磨川のことを、随分と楽しそうに呼んだ。
「おお、球磨川くんよ。死んでしまうとは何事だ──っつーわけで死んだついでに呪術廻戦の世界に行ってみるというのはどうだろう」
『ごめん、どういうわけか全く分からないんだけど?』
「おお、球磨川くんよ。死んでしまうとは何事だ──っつーわけで死んだついでに呪術廻戦の世界に行ってみるというのはどうだろう」
『一言一句同じ説明を二回されたところで、大抵の人はその言葉の意味を理解できないと思うんだけどなあ』
分からなかったとしても問題ないさ。長ったらしい理由の説明なんざ誰も読みたくねーだろうぜ。なじみは楽しそうにわはははと笑いながら、そんな身もふたもないことを口走った。
「御託は結構、二の次三の次だ。四の五の言わずにさっさと行くぜ、球磨川くん。一か八か、ぶっつけ本番で転移してみようじゃないか。ほらほら、ハリーアップ球磨川くん。呪いの蔓延る世界で愉快に面白おかしくもがくきみの姿を僕に見せておくれ」
『ちょちょちょちょっ!? ちょっと待っておくれよ
「着の身着のまま行くに決まっているだろう、球磨川くん。つーかそもそも、準備の時間なんかきみが貰えるわけねーだろ、きみごときが」
『いやっ、ちょっと……!!』
その顔に汗を浮かべながら、じたばたと抵抗する球磨川。しかし基本的に貧弱なかの
「まあまあ、血液のシミでも数えてる間に終わるから大人しくしておきたまえよ」
『そんな物騒なことを聞いて大人しくなる奴は多分いな──』
「はいはい、じゃあさっさと行こうぜ」
『ちょっとマジで、一旦僕の話を──……』
『……それで? きみが僕を無理矢理連れてきたここは、一体全体西暦何年のどこなわけ?』
球磨川が辺りを見渡すと、その視界には沢山の人々が写った。どうやら都市のど真ん中に拉致されたらしい。
球磨川は不機嫌な表情を隠すこともなく、なじみに対してぶっきらぼうに問いを投げかける。彼の経験上、人外たる
「西暦は2017年。場所は……まあ東京都のとある街さ。いやしかし、そうだな。女性と付き合った経験なんて一切微塵もこれっぽっちもまったくもってあるはずもない球磨川くんは、やはり僕みたいな美少女と二人っきりで街を歩き回ってると、色々と
『あー、うん、そうだねしちゃうしちゃう。いやー嬉しいなあ! まさか
小馬鹿にされたことに腹を立てたのか、球磨川はほんの少しだけ、ささやかな仕返し、というか嫌がらせを仕掛けたのだが……その嫌がらせの言葉を吐き切る前に、なじみに踵落としを喰らって、顔面から地面に激突し、ド派手に出血する羽目になった。
「おや、どうしたんだい球磨川くん。こんなところでいきなり倒れるだなんて、まさかきみ、睡眠を疎かにしていないだろうね? 夜更かしは肌の天敵だぜ」
『……そう、だね。ところで
「わははは、僕がそんな凡ミスをかますような美少女に見えるかよ。当然ではあるが、既に僕の持つ
こちらでは
「さて、この僕に拉致されてしまった哀れな球磨川くん。きみをわざわざこんな世界に連れてきたのには理由があってね」
そう言うやいなや、なじみは球磨川の手を取り強制的に立ち上がらせる。その細身のどこにそんな力が隠されているのかは分からない……が、どうせ
「まあ立ち話もなんだ。とりあえずきみをとある場所へと連れていくから、僕の後ろでも隣でも、お好きな位置どりで付いて来ておくれ」
ここでもやはり、有無を言わせぬ勢いで物事を押し進める
どうやら最初に無理矢理拉致された時点で、抵抗の意思を表明するのはやめにしたらしかった。
『……どうせ嫌だって言っても無理矢理連れていくんだろう? 全くもう、しょうがない女の子だよ本当に。きみのわがままに付き合えるのは、全国探し回っても僕くらいのものだろうさ』
「おや、急に随分と物分かりが良くなったじゃないか。やはりポンコツは力任せにぶっ叩いて直すに限るな──」
上機嫌に笑いながらその美少女面に似合わぬ物騒な言葉を吐くなじみに若干辟易としながらも、しかし球磨川は、ひとまず彼女に追従することにしたらしかった。
学ランに付いてしまった砂埃をぱっぱと払いながら、一歩ずつなじみの後ろに付いて回る球磨川。
先ほどまで大怪我をしていた球磨川の傷は、
まるで。
なじみに連れられ、時にはぐれそうになり、最終的に手を引かれてたどり着いたのは、都会の喧騒とは程遠い、朽ち果てた廃ビルだった。
「さて、到着だ。当然ながら、意味もなくこんなボロボロの廃墟ビルに連れて来たわけじゃねーぜ」
『へえ、これまた随分と薄気味の悪い場所を見つけたもんだね。まさか一本裏路地を挟んだだけで、こんなにも閑散とした場所にたどり着くだなんて』
球磨川は目の前にそびえ立つ、五階建ての廃ビルをじろじろと無遠慮に見る。玄関の向こう側は、昼だというのに薄闇が広がっていて、その内部を窺うことは難しそうだった。
いやしかし、それにしても。かの
『……
「
『……えっ、マジで?』
ぎょっとしてなじみの方を振り返る球磨川。そこにはとても楽しそうに微笑みながらダブルピースを構える美少女がいるだけだった。
再びビルの方を見る。なんだかさっきよりも玄関の闇が深く、濃くなっているように感じられた。
……いや、感じられる、というか。
『絶対に何か出てきてるよね、あれ』
「おや、鈍感オブザイヤー三年連続大賞受賞の球磨川くんにも、流石にあれは分かるんだね。正直見えるかどうかは運だったが、やはり君はこういう運だけは強いらしい」
鈍感オブザイヤー三年連続大賞受賞って、それじゃあ僕は殿堂入りしちゃって参加資格を失っているじゃないか。そんなツッコミさえ、今の球磨川の口からは出て来なかった。
そうしている間にも、廃墟の纏う空気感はドス黒く、澱んだものに変化していく──といったところで、球磨川はようやく、目の前に広がる暗闇の正体に勘付いたらしかった。
『……
「何かな、球磨川くん?」
『僕はきみに拉致されてこの世界──呪術廻戦の世界に転移した、という認識で相違ないよね?』
「そうだね。きみは僕の暇つぶしに巻き込まれ、この世界に転移した。一昔前に流行った転移ものという奴だね」
『適当なジャンル付けは置いておくとして、だ。
球磨川はそこで言葉を区切り、ごくりと生唾を飲み込んだ。なんでそんなことをしたかって、そんなことは火を見るよりも、闇を見るよりも明らかだった。
『──呪霊ってことか』
球磨川の視界に、
虫の羽音のような、ぶぉぉ、ぶぉぉといった不快感を煽るうめき声を発して、地面を這いずり、大口を開けながら、球磨川に向かって徐々に迫っている。
『いや、気持ち悪っ……』
「流石に同意せざるを得ないね、これは。まあ呪霊というのは
こうして呑気に話している球磨川となじみだが、しかし悠長に構えている場合ではない。目の前から迫り来る呪霊は恐らく四級──甘く見積もって三級──だろうが、しかし、
現に今も球磨川、なじみ両名は、その肌に刺すぴりっとした殺気のようなものを、鋭敏に感じ取っていた。
このまま何の対処も取らなければ、恐らくは、球磨川も
そうなるのが、二人の脳裏には容易に浮かんだ。
「……ふむ、しかし呪霊を直に見るのはこの僕も初めてなわけだが、球磨川くん。きみはこの呪霊を見て、一体どんなことを感じたかな?」
『どんなことって……恐ろしくてたまらないよ! こんなものが世界に存在していただなんて驚きを隠しきれないし、今すぐにでも逃げ出したいし……』
「ふむ、それから、他には?」
『えっ? それから、他には、他には──あっ、そうだ!!』
球磨川はなじみの質問を受け、しばらく考え込んだ後、手をポンと叩いてから、先ほどまでの言葉とは反対に、呪霊へと接近し、そして。
呪霊に、手を触れ。
球磨川の目の前で、羽虫のように呻いていた呪霊は、その存在ごと
『……さて、
挑発的な球磨川の問いかけに対して、当の
「──ああ、そうだな、及第点ってとこだ」
これ以上ないほどの、笑みを浮かべていた。
その口の端を、三日月のように吊り上げて。