術式『大嘘憑き』 作:匿名希望
評価ありがとうございます。
やっぱ呪術廻戦って難しい。
世界を転移し、その直後にすぐさま呪霊と接敵した球磨川は、慣れた様子で廃ビルの中に侵入し、そこに巣食っていた雑魚呪霊を殲滅してから、その場を後にして近くの喫茶店に入店した。
先ほどの戦闘(とも呼べない規模だったが)でやや疲れてしまったので、いっそ休憩してやろうという魂胆のようである。
大通りに近付いてきたからか、人々の活気も戻ってきている。そんな中で球磨川となじみ両名の姿は、喫茶店にしては珍しい
『……
「ん? ああ、別にいいとも。まあ無理矢理こちらへ連れてきたことに対しての責任感は持ち合わせているからね、一つと言わず三兆個くらい質問してくれてもいいんだぜ」
『それならお言葉に甘えて質問をさせてもらうんだけど……この個室、絶対に
「うん。つーか普通に考えて、こんな有名チェーンの喫茶店に個室なんてものがあるかよ。球磨川くんが何も考えずに名前だけ知ってる程度の喫茶店に入っていきやがるから、僕がこうしてフォローしてやってるんだ」
ひとまずなじみはそう言って話を締め括ったが、それにしたって含みのある言葉だった。
『まあいいさ、僕としては大助かりだしね──それで、
「最近流行りの指示待ち人間という奴かな。ああやだやだ──というのは冗談にしてもだ、球磨川くん。僕はきみがきみらしくやりたいことをやっているところが見られれば、それだけで十分暇潰しになるんだがね」
なかなかの無茶振りであるが、しかし今更この程度で狼狽える球磨川ではない。
というかこのくらいの無茶振りに耐えられないようでは、なじみと関わり合いになるなど到底不可能である。
『……そうだね、それじゃあひとまずは、この世界に慣れていくことから始めようかな。さっきの呪霊を
「へえ? 思っていたより殊勝だね。まあ精々頑張りなさい、球磨川くん。この世界に転移してきた時点で、僕がきみの身体を
『ああ、そういえばさっきも、普通に呪霊が見えてたね。あんまりにも自然だったから忘れていたけれど、呪霊って一般人には見えないんだっけ?』
球磨川は呪術廻戦の漫画をまともに読んだことがない。それ故に彼は、具体的な世界観設定とか重要なイベントとか、そういうのは一切把握していなかった。
というか、仮に覚えていたとしても、球磨川のことだから刹那で忘れてしまっていたであろうことは疑いようもなかった。
「正しくは
こんな風にね。なじみが突如としてそんなことを言った直後、彼女は球磨川に向かって手のひらを見せた。一見すると、何らおかしいところはないように思えるが。
「よーく目を凝らしてみなさい──目を凝らして見なさい、球磨川くん。僕が直々に調整してやったんだ、
他でもない
すると球磨川の視界に、なじみの手のひらの周囲で静かにゆらめく、
『……へえ。なるほど、そういう感じなんだ。それが
「そうだとも。呪力というのは
なじみが得意げに呪力を扱うことの難しさの解説を、身振り手振りを交えながら行おうとした、まさにその瞬間。
目の前にいる球磨川の両掌から、ゾンッ、と。不気味な焔が立ち上った。
『……
「──……まあ、うん。できるっつーんならこちらの手間も省けて助かるぜ……ってことで、別に構わないよね、球磨川くん?」
その言葉を聞いた球磨川の自慢げな笑みはといえば、なじみにささやかな苛立ちを与えるには十分すぎる威力があった。
それはもう、心底腹立たしい笑顔だった。
なじみが入店と同時に注文していたパンケーキと、コーヒーとミルクの比率がちょうど1:1になる素晴らしき飲料──つまりはカフェオレ──が個室席に届けられてから、しばらくして。
なじみはパンケーキを一度頬張り、カフェオレの風味を賞味してから、再びこの世界の
「さて、ぶっちゃけちまうと呪力ってのは、それ単体だとあんまり役に立たないんだよ。いやまあ、立つっちゃあ立つんだが……『HUNTER×HUNTER』のオーラ──念ってあるだろう。あれをイメージしてくれたまえ」
『……
「大雑把にはそんな感じだね。呪力も同じようなことが出来る、と捉えてもらって構わない。呪力を身体の一部分に集中させて強度を上げる、とかね。ただし感覚強化とか、そういう類のことは基本出来ない」
『ということは、
「へえ、球磨川くんにしては上出来だ、球磨川くんにしては。その通り、呪力を流して特殊能力──生得術式を発動することが出来るのさ。通称は術式。手軽に例えるのならば、呪力は
なじみはどこからともなく取り出したスケッチブックに、これまたどこからともなく取り出したペンでイラストを描き始めた。
デフォルメされた球磨川が螺子を持って立っているイラストの周囲に、電気の回路図のようなものが描かれている。
「イメージとしてはこんな感じ。回路図を描いたのは呪力を
『まあ何となくね。しかし呪力が電気と似た働きをするのならば、これは常に一定の方向へと流れ続けるってことでいいのかな。ほら、右ねじの法則、みたいな』
「きみが言いたいのは『フレミングの左手の法則』だろ──呪力の流れは方向だが、これが一定というわけでもない。電流の話は一旦置いておくとして……呪力の流れだが、これの向きを反転させることによって反転術式というものを使うことも出来る」
ま、これはおいおい説明してやるよ。
なじみはそう言って、再びカフェオレを口に含み、飲み込んだ。
「さて。この呪力という奴だが、こいつも例に漏れず無限というわけではない。『HUNTER×HUNTER』のオーラや『NARUTO』のチャクラ、 『BLEACH』の霊力や『トリコ』の食運がそうであったように、必ず限界が存在するんだよ」
『そうやって名だたる名作漫画達の能力と比べてみると、僕達の持つスキル──
「…………ま、そうだね。その辺り、案外僕らは恵まれているのかもしれねーな──」
どこか含みを持たせながら、そんなことを口にするなじみをよそに、球磨川はテーブルに備え付けられているガムシロップを一つ取り、そして直接飲んだ。
「あのさあ、金くらい出してやるからそういうせせこましいことはしないでくれねーかな? 僕の品性まで疑われちまうんだよ」
『別にいいじゃん、どうせ個室なんだし──いやあ、それにしても、
球磨川の言うことを信用するのであれば、どうやらガムシロップを飲んだのは糖分補給ということらしい。
どこぞの天才外科医みたいな糖分補給に打って出た球磨川だったが、しかし劇的な改善など望むべくもなかった。
「……ところで、球磨川くん。頭が回らないということだったけれど、それ以外にも
『いいや、今のところは脳の疲労だけだけど……何か気になることでもあるのかい、
「いいや、気になることは特にない。ただ、そうだな。呪力に関連して話しておかなければならないことを、たった今一つ思い出したよ」
なじみはテーブルに両手で頬杖をつき、小首を傾げ、右手の人差し指だけを立てながらそんなことを言った。
「呪力は電気に似ている、と言ったね。さて、ここで球磨川くんに問題を出させてもらおう。電力は使いすぎるとかなりの負荷がかかるものだが──果たして
『…………ああ、そういう感じなんだ』
心底面白そうに笑うなじみを見て、球磨川は長年の経験も踏まえた上で、
『
「このご時世によくもまあそんな過激なことをいけしゃあしゃあと宣ったもんだね。まあ多少の理解を示してやらないこともないが──それで? きみは一体何が言いたいのかな。きみの言い分をそのまま受け取るのであれば、思考回路は人体における電気回路だと言っているようにしか聞こえないが」
『ほんの少しの違いもなく、僕は
「へえ、まあまあいいんじゃねーの。僕に言わせればまだ粗が目立つ粗雑な考察もいいところだが、しかし球磨川くんの発言ともなれば話は別だ。きみが的外れじゃないことを言うだなんて、千年に一回あるかないかの大偉業だし」
暴言を吐かれ慣れてるとはいえ、これで傷付くときは結構傷付いたりするんだぜ。なじみの発言に対して、球磨川はそう返答しようとしたものの、それはそれで無駄話が長引くだけな気がしたので、大人しく押し黙ることにしたらしかった。
それを──長話を避けようとした球磨川の内心を見逃さなかったなじみは、露骨につまらなそうな表情を浮かべてから、残っていたパンケーキを一気に食べ切り、とっておいたカフェオレを一瞬で飲み干した。
「……はあ。まったく、きみは本当に乙女心というものを理解していないね球磨川くん。
『……僕との長話にパンケーキ五枚分の期待を寄せてくれていたという事実だけは喜んで受け取っておくけどさ、一つ忘れてないかい? 僕ときみは今のところ拉致する側・される側なんだけど』
既になじみはやや不機嫌だったというのに、火に油を注ぐような、それでいて冷水をぶっかけるような言葉を吐く球磨川。
なじみはしばらく沈黙したのちに、呼び鈴を鳴らして店員を呼ぶ。彼女は呼び出した勢いそのままにパンケーキを追加で五枚注文した。
『ええ?
「……本当はパンケーキを食ってる間に、僕が勝手に一京分の一スキルを使ってきみの『
『ええっ!?』
「スキルが使い放題ってのは
『…………はあ、そう……』
その言葉を最後に、二人の間から会話は消滅した。
気まずい空気感が個室に広がる中、することもない球磨川は、ひとまず二つ目のガムシロップに手を伸ばした。