術式『大嘘憑き』 作:匿名希望
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なじみが追加で注文した五枚のパンケーキを食べ終わり、二人は喫茶店を退店した。世にも珍しい個室ありのチェーン喫茶店が誕生してしまったが、球磨川・なじみ両名はそれを気にも留めなかった。
既に気まずい雰囲気は霧散している。いつまでも過去のことを引きずる連中ではなかった。
『いやしかし、異世界転移、攻撃力増加、呪力の精密操作、増築に加えて他人の肉体改造まで出来るとは、きみは本当に何でもできるんだね』
「何でもは出来ないさ、出来ることだけ──つってもまあ、それなりに全知全能ではあるがよ。僕の持つ約一京のスキルだって、念のため
こともなげにそう言うなじみ。
パンケーキの七枚目を食べていた時に彼女が語っていたことを信じるのであれば、基本的に
これまでに最低でも四つないしは五つの術式を行使しているはずだというのに、なじみは冷や汗の一つすらかいてはいなかった。
「ところで球磨川くん。きみが目標としていた呪力操作について──呪力操作と術式についての簡単なレクチャーは済んだわけなんだが、きみはこれからどうしたい?」
『うーん、それなんだけどね。正直やりたいこととかほとんどないんだよねえ。大昔に僕がやってた、全国の学校……この場合は全国の呪術高専を潰して回るってのをやってみてもいいんだけど……東京と京都にある二つしかないんでしょう?』
球磨川は指先に青白い呪力を流し、それを「4」の形に変化させながらなじみの方を振り返った。
本来そういう使い方をするものではないのだが、球磨川はその辺り、妙に器用な男だった。
「
『まあ、改心する前の僕は平然とそういうことを言っていたさ。今でも全然言えるけどね……それがどうかしたのかい?』
「いやね、これは僕が独自で仕入れた情報なんだが、東京の呪術高専には最強と称される特級術師がいるらしいんだよ」
『特級……ってことは、
「ま、国家転覆くらいなら精一杯頑張れば誰にだって出来る。当然、きみのような奴でもね。しかし……さっき僕が話した『最強』であれば、
いわゆる
なじみのその言葉は、いやに耳触りが良かった。
『……なるほどねえ。つまり
「平たく言えば、そういうことになるね。ほら、きみは結構好きだろ? そういう物騒な勝負事がさ」
なじみの言う通り、球磨川はあれで意外と勝負事が好きな男である。当然、そのことごとくで黒星続きではあるのだけど。
しかしそれでも、週刊少年ジャンプを愛読している球磨川は、突如として手に入れた
……よくよく考えてみれば、元々持っていたスキルを術式という形に変えられて、事実上の使用制限を設けられただけだというのに。
そういうところが、球磨川を球磨川たらしめている要因であった。
『確かに、その最強とやらと戦ってみるのも
「ん? ああ、なんだ、そんなことを心配していたのかい、きみは。全く杞憂という奴だね──
『へえ、そうなんだ。それならよかった……ん?』
ちょっと待て、なじみは今、明らかにおかしなことを口にしなかったか?
一言一句全ての発言を暗記しているわけではないのだけれど、しかし、彼女は確かに廃ビルでその問題は解決していると言っていた。
呪霊を
「言い忘れていたんだがね、呪力というのは使うと
『……それさ、何でもっと早くに言ってくれないわけ?』
「言ったらきみはその残滓自体を
球磨川は瞬時に呪力で遊ぶのをやめた。
……が、一足遅かったようだ。
なぜなら、その時。
球磨川は背後から感じる僅かな呪力に気が付いたから。
『……
「何かな、球磨川くん」
『僕の背後にさ、誰かいると思うんだけど』
「うん、いるとも。つーか、色々と悪さをして無理やり僕が呼んだ。未登録の呪詛師が大暴れしてるっつってね」
『……ちなみに、誰がいるのかな?』
振り返ってみれば分かるんじゃねーの。なじみはまるで、本当にそう言っているかのように感じさせるジェスチャーを繰り出した。
こちらも球磨川に負けず劣らず──球磨川より劣っている存在など存在しないのだが──無駄に器用だったようだ。
そうしてまごついている間に、背後に感じる呪力は少しずつ存在感を強めている。恐らくは、こちらに向かって近付いて来ているのだろう。
しばらく沈黙を保ち、なじみのことをうんざりした目付きで見ていた球磨川だったが、その表情に楽しそうな笑みが浮かんでいるのを見て、どうやら埒が開かなそうだと察したらしい。
球磨川は、覚悟を決めて振り返った。
そこには圧倒的存在を放つ、細身で白髪、それでいて背が高く、目元に包帯のようなものを巻いている男がいた。
一目見ただけでは、肩の力を抜いてゆったりとそこに佇んでいるように見える──が、しかし。
見るものが見れば分かる。男には
と、球磨川は突如として現れた男をそう分析していたのだが。当の男はなじみの方を見た後、めんどくさそうにため息を吐いた。
「はぁ……それで? 昼寝中だった僕の脳に直接声を送って来たのは、そっちのキミってことで合ってる? 久しぶりの休み時間だったのにさ、勘弁してよ本当に。一応特級なんだけどな、僕」
「そういうことになる。休憩中に連絡を寄越したことについては申し訳なかったね、
「虚偽の通報して無理矢理僕のことを呼び出しておいて、よく言うよ本当に……それで? そっちの学ランの子。キミは僕に名乗ったりしておかなくていいの?」
男の視線が球磨川を捉える。目元が包帯らしきもので覆われているにも関わらず、はっきりと
『……やあ。僕の名前は球磨川禊だよ』
「へえ、声まで憂太にそっくりだ──まあいいや。僕の名前は
自信ありげに自己紹介を行う白髪の男──五条。
球磨川もその名前くらいは知っているものの、しかし名前を知っているだけで、一体どのような人物であるのかまでは知らなかったらしい。
『……まあ、ね。流石に有名だからさ、ミーハーの僕でも知っているとも』
「そう! そりゃあ良かった、嬉しいよ──ところであっちの廃ビルで術式を使ったの、キミだよね」
『──何のこと? 僕は別に』
「あー、いやいや、別にすっとぼけなくてもいいよ。それについては別に怒ってるわけじゃない。見れば分かる、キミ、呪力操作が得意でしょ? それに、術式の扱いにも慣れてる」
五条と名乗った特級術師らしき男は、一目見ただけでほとんど球磨川の呪力について理解しているようだった。
もっとも、その詳細まではまだ把握していないようだが、この調子で分析され続ければ、いずれは術式の種が明かされてしまうだろう。
そうなってしまえば。せっかくのこの瞬間が、面白くないものになってしまう。
……それに、何だか。
五条に
もう、とっくのとうに間に合わないのだけれど。
「……ぶっちゃけちゃうとさ、呪術師って万年人手不足で大変なんだよね。さっき言ったから何となく分かってるかもしれないけど、休み時間とかも全然ないんだよ。だから
『へえ、そうなんだ。僕の将来の夢は不労所得を得て一生働かずに生きていくことだから、呪術師だけにはならないようにしておこうかな。アドバイスありがとう、悟ちゃん』
「ちなみにさ、禊。呪術って無許可で勝手に使っちゃうとさ、色々とまずいんだよね〜。下手すると呪詛師認定を喰らって、呪術師に追っかけ回される日々が始まっちゃうんだよ!」
ちなみに呪術師ってのは僕のことね。
五条はにやにやと笑いながら、明るく──いけしゃあしゃあとそう言ってのけた。
つまるところが。五条悟、白昼堂々の脅迫である。
「僕って結構発言力あるからさ、キミ達二人を呪術師にしちゃうことも、まあ可能なんだよ。ちなみに僕は呪術高専の先生もやらせてもらってる。というわけで、どう? 二人とも、呪術高専に来ない?」
『どう? と言われてもねえ……一応聞いておきたいんだけどさ、ここで断ったりしたら、僕達二人は一体どうなるわけ?』
「断る? いやいや、断らせないよ。ただ、そうだな……禊がどうしても嫌だって言うんなら──うん、力ずくかな!」
『…………あ、そう』
「うん、そういうこと。それで? まずは禊に聞かせてもらうけど、きみはどうする?」
『どうする、って聞いてはいるけどさ。この状況で僕が返せる答えって、一つしかなくない?』
にこにこと笑いながら右手を差し出す五条を前にした球磨川は、心底面倒くさそうに溜息を吐いた。五条が最強であるということはさしもの球磨川でも理解しているし、まさか争うつもりになどなるはずもない。
球磨川は観念して、五条と同じように右手を差し出しながら近付いていき、そしてその手が触れ合いそうになったところで──
……球磨川の手は、ビタッと。
『ふーん、なるほど、これが
「無駄だよ、禊。僕の無下限呪術──名前くらいは聞いたことあるでしょ? これがある限り、キミは僕の身体に触れることすら」
『
ひた、と。
球磨川の手掌が、五条の胴体に触れた。
ゾンッとした不気味な呪力が、球磨川の右手に
先ほどまで圧倒的に有利な立ち位置だった五条は、この一瞬で、実質形勢を逆転されたと言っても過言ではない。
「……へえ、面白いね」
『──さて、これが僕の答えなわけだけどさ。悟ちゃん、この場合は、一体どうなるのかな?』
「どうなるって、言われてもなあ──」
どうやら驚愕しているらしい五条に向けて、球磨川はそんなことを言ってのける。その表情にはやはり、嘲笑っているかのような薄っぺらい笑みが浮かんでいた。
……恐らくは、それが
五条悟は、その口の端を吊り上げて、歯を見せつけるようにしながら、楽しそうに笑って。
それから、目を覆う包帯を思い切り取り去った。