転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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ぼちぼちやっていきます。
よろしくお願いします。


1話 不運な人生

 白いひげを蓄えた顔には、深い皺が目立っていた。

 腰を曲げて木製のテーブルを持ち上げる姿はパワフルであるが、人が見れば無理をするのはやめなさいと注意されるであろう老爺である。年のころは六十を優に超え、七十から八十くらいだろうか。

 部屋はがらんとしており、あまりにも生活感がない。

 備え付けの棚はあるようだが、中身はすっからかんだ。

 いったいどんな生活をしているのかと心配になるが、なんのことはない。この男、ただいま絶賛引っ越しの最中なのである。テーブルを家から外へ運び出そうとして玄関に引っ掛けた老爺は、何とか乱暴に通り抜けようとしたが、数度挑戦してため息とともに諦めた。

 

「ああ、まったく、腰が痛いったらないわ」

 

 テーブルを一度おいて腰を伸ばして片手でたたく。

 とんとんと叩きながら振り返った老爺は、ものがなくなった部屋を見回してまたため息をついた。

 

「しかし何とまぁ……。(つい)ぞ何一つうまくいかなかったのう……」

 

 結婚歴無し。当然子もなし。地位も特になく、街で細々と学を説いて暮らし、老後の資金をためるのに精いっぱいの人生であった。一時は冒険者として名をはせようと努力したこともあったのだが、所属したパーティの仲間たちに騙されて財産を奪われてからは、たった一人で冒険者を続けてきた。

 完全に人間不信状態でもう絶対に騙されないぞと誓い、顔すら隠し、サポートに徹して生きた数十年。当然組んでくれるものは稀で、実入りだって殆んどなかった。

 そうしてコツコツと貯めた金は、ある日やむに已まれぬ事情があって、その多くをまた失ってしまった。

 

 その時グレイ=アルムガルドは気づいたのである。

 なんか俺の人生って一生こんな感じなんだろうな、と。

 この名の真ん中にはかつてフォンという貴族の証が入っていた。

 政権交代のごたごたで家ごと潰されて三十年間王都を追放されていたので、今はただのグレイ=アルムガルドであるけれど。

 学院でぶいぶいいわせてた頃は良かったな、とグレイは若かりし日に思いをはせる。

 

 金を失った頃五十も半ばに差し掛かっていたグレイは、さすらいの生活にも嫌気がさして、ふらりと王都へ帰ってきたのである。

 追放期間はとっくに過ぎていた。

 王都の風景は様変わりしていたが、時折懐かしく思うような場所もあり、それでいてやはりよく栄えていた。

 

 グレイは王都の端に小さな家を買った。

 金はあまりないが、田舎に引っ込んでしまっては仕事もない。

 幸いなことに、グレイは若かりし頃名のしれた優等生であった。

 昔取った杵柄ということで、金はないけれど学を修めたいという子供や若者を集めて学を説くことにしたのだ。貴族なんかは個人でそれぞれの分野のエキスパートから学ぶものだが、王都の学園に入る程度であれば、グレイ一人で十分である。

 

 そんなこんなで二十年ほど。

 ようやく百まで生きたとしても、細々とやっていける程度の資金はたまった。

 あとは田舎に引っ込んで、時折お得意の魔法を披露して大先生みたいな顔をしてちやほやされながら生きていくだけである。きっとそのためには長く伸ばしたこの長いひげが役立つことだろう。

 

 グレイは玄関に引っ掛かっているテーブル越しに、馬につなげる荷台を見つめる。

 このテーブルはいつか昔の友人が訪ねてくることもあるのではないかと、奮発して購入した高級なものだ。結局誰も訪ねてくることはなかったが、教え子たちに学びを説くためには広い机は役立ってくれた。

 いたずら者が刃物で傷をつけた時は額に青筋が立つほど腹が立ったものだが、学び舎の先生が短気だと触れ回られても困るので、それっぽい注意だけしてすませてやったこともあった。

 今思えばそれなりに充実した日々であったような気もする。

 グレイはふと、このテーブルを見ると、その度王都での暮らしを思い出して未練になってしまいそうだと思う。多分グレイは本当のところ、王都で暮らしていればいつかは昔の友人が顔を出して、自分を引き上げてくれるかもしれないと思っていたのだ。

 そんなことはなかった。

 人生というのはそんなに甘いものではない。

 他の誰よりも苦い人生を歩んできたグレイは、そのことをよく知っていた。

 田舎へ引っ込むならば荷は軽い方がいい。

 

「よいしょっ、と」

 

 グレイは掛け声とともにテーブルを持ち上げると、元の場所へ設置して玄関へと歩く。そうしてもう一度部屋を見回してみると、やはりあのテーブルはここにあるのがふさわしいような気がした。

 

 片づけは終わった。

 あと三十分もすれば御者が馬を連れてやってくるはずだ。

 そうすれば夕暮れ時には王都ともおさらばだ。

 

 グレイは最近ではすっかり治安の悪くなってきた街の景色を眺める。

 荷台の横を通った時にわざわざ痰を吐いて行こうとしたものを、杖を振り上げて威嚇した。

 

「まったく、黄昏させてもくれんのか」

 

 この辺りは、いつの間にやらすっかり寂しくなってしまった。

 グレイが学びを説いた若者たちは、一人、また一人と中心街へと羽ばたいていった。そうして生活が安定すると、家族を招いて街の中心街へと越していくのである。

 時折挨拶に来るものもいたが、誰も彼も、こんな街の端に来るような身分のものではない。時には世話をしたいと言ってくれるものもいたが、流石に教え子に世話になることは矜持が許さず、丁重に断りを入れていた。

 

 既に償った後ではあるとはいえ、グレイは貴族の身分を奪われ、王都を追放されていたこともある元罪人である。中心地で順調にやっている教え子たちの足かせになんてなりたくなかった。

 

 最後の教え子を送り出したのはもう一年も前。

 だんだんと悪漢のたまり場のようになってきてしまった地域。

 グレイはそんな諸々の事情から潮時と判断したのである。

 

 杖を振り上げること四度。

 喧嘩を売られて追い返すこと三度。

 外がすっかり暗くなった頃、グレイは「どうなっとるんじゃ……」と怒りと呆れが混じった声を上げた。すっぽかされたのか、はたまた事故に遭ったのか。もしかしたら前払い金を持ち逃げされた可能性もあった。

 

 仕方なく家の中に引っ込むかと思えば、ぽつりと雨粒が落ちてくる。

 荷台の上には引っ越しの荷物。

 今更中へ運び込んでも到底間に合わないだろう。

 

 グレイは慌てて高い紙の本数冊だけを家の中へ運びこむと、たたんであった幌を広げ、荷台にかぶせて家の中へ引っ込む。

 

「本当に、終ぞうまくいかんもんじゃ」

 

 ため息をついて、冒険者時代に使っていたマントにくるまってグレイは家の中で横たわる。

 

「老体には響くのう……」

 

 哀れな老人の独り言だけが、がらんとした家の中に響いた。

 

 

 翌日、家から出たグレイは、幌と荷台に積んでいた荷物のいくつかが盗まれていることに気づき、階段で地団太を踏んだ。七十代半ばの老爺の地団駄である。かわいくないけど、怒りは伝わってくるし、哀れみはある。

 一瞬この一帯全てを魔法で焼き払ってやろうかと思ったが、ぎりぎりのところで思いとどまり、今度は馬車を手配した商会に文句を言いに行ってあんぐりと口を開けた。

 店が完全に閉まっているのだ。

 閉まっているというのは、営業していないという意味ではない。

 中が空っぽになって、まるで商会自体が初めからなかったかのようである。

 

 ないものに文句は言えない。

 グレイは怒りに足踏み鳴らしながらと家へと帰る。

 心はすっかりやさぐれていた。

 

 やっていられない。もう身一つで田舎に引っ込んでやろう。

 思い出? 知ったことか、王都なんかくそくらえ。二度と戻ってくるものか。

 くたばれ商人! くたばれ悪漢ども!

 

 年齢の割に感情豊かでエネルギッシュな老爺である。

 そんなグレイが家につくと、その周りを嗅ぎまわる怪しい影が一つ。

 また性懲りもなく泥棒に来た奴かとグレイは大きく息を吸い込んだ。

 

「こぉら! 何を嗅ぎまわっておるか!!」

 

 勘違いしないでいただきたいのは、グレイが普段からこれ程短気なわけではないということである。昔を思い出してセンチメンタルな気持ちになっていたところで、不運に不運が重なった上、もうこの街なんか知らないもんねという気分になった結果の噴火である。

 

「へ、あ、な、なんですか!?」

 

 あまりの大声に驚いたその影は、びくりと体を跳ねさせて高い声をあげながら振り返った。背は低く、髪は後ろでまとめられているが、どうやら本当は相当長く、染められているように見える。

 整った顔立ちに、新品の服。

 はっきり言って似合っていなかった。

 どこかで見覚えのあるような顔だなというのが第一印象。

 ついでに家の影に隠れていた何某も逃げていった気配があったが、どうせ昨日に引き続き荷台にめぼしいものがないか漁りに来た悪漢に違いないので、そんなものはどうでもいい。

 

 そんなことよりもグレイが抱いていたのは、子供を驚かせてしまったという罪悪感である。長年学び舎をやっていたせいか、子供の前では立派であるべきだという意識が根付いている。

 

 グレイはほんの僅かに悩んでから、大きく咳ばらいをしてとりあえず仕切り直すことにした。

 

「これ、この辺りは悪さをするものも多いのじゃ。あまりウロチョロしても良いことはないぞ」

「あ、ありがとうございます……!」

 

 少女は目を輝かせてグレイに礼を言う。

 なんだかよくわからないけどうまくいったようだ。

 内心ほっとしながら、グレイは少女がこの場から立ち去るのを待つのであった。

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