〈リガルド〉の街の大通りは、一本まっすぐに街を通り抜けるようにできているのだが、それ以外の道は入り組んで迷路のようになっている。背の低い建物も多く、これは万が一魔物が紛れ込んできたときに、動きを制限するように計算して作られている。
街の住人にしてみれば慣れた道だが、よそ者からしたら大通り以外は歩きにくい。
そんなわけで、グレイたちは宿に伝言を残して野営の準備だけ整えると、大通りをまっすぐに進み、魔物たちの住みかとされる北西方向へと向かう。
街を出る前に一度呼び止められたが、〈サッシャー家〉の家長が対応をすると、気を付けるようにだけ声をかけられて送り出された。冒険者の出入りは比較的自由そうだが、力のない者は一応止めることになっているのかもしれない。
流石に街からすぐの主要な道近辺では滅多に魔物が出ないようで、それから一日を過ぎても戦闘が発生することはなかった。
クルムは〈サッシャー家〉の面々と雑談をしながら進んでいき、丸一日経った頃にはすっかり仲良くなっていた。どうやらファンファと話をしているうちに、上手いことその技術の一部を模倣することに成功したようだ。
相手の気持ちを理解して都合の良いことだけを言うだけではなく、少し抜けているような部分を演出することもできるようになったらしい。
グレイが苦手な分野なので、ある意味ファンファとの交流も無駄ではなかったのかもしれない。
さて、二日目ともなると、グレイは〈サッシャー家〉の面々が、迷いなくある場所へ向かっていることに気が付いた。分岐の道があっても、地図にチラリと目を落とした後、相談をすることなく一つの道を選択する。
〈サッシャー家〉の家長は、『魔物の住み家を見に行く』と曖昧な表現をしていたが、実際は何か目指す場所があるらしい。
さて、最近はあまり整備されていないらしい古い道を選択した〈サッシャー家〉は、それでも迷いなく森に飲み込まれかけた道を進んでいく。もちろん、地図を時折眺めながらだ。
そうして時折魔物が姿を現すようになった。
もちろん鎧袖一触で、瞬く間に処理をしながら進んでいくのだが、グレイは後方からじっと自分を観察する老婆の視線が気になっていた。
〈サッシャー家〉はそもそも、王都を中心に魔物退治の活動をしている冒険者である。この辺りの地図を持っていることに違和感がある。道が使われていないということは、〈要塞軍〉がこの辺りの開拓を何らかの理由で進めていないということなのだ。
つまりこの地図は〈要塞軍〉が書き上げた物ではない。
二日目の夜。
グレイは懐かしい景色を眺めながら野営をすることになった。
この辺りには旧アルムガルド領の街がある。
いや、街というには少々規模が小さいのだが、それでもアルムガルド家の屋敷があり、アルムガルド領の領民が暮らしていた地があるのだ。
クルムが寝息を立て始めたところで、グレイは夜の見張りをしながら同じく見張り番に立っている家長に向かって言葉を投げかけた。
「この行程、目的地があるな?」
「いや、ちょっと魔物を見に行くだけだ。どうしてそう思う?」
「なぜ隠すんじゃ。あまり怪しい動きをするようならば儂にも考えがあるが」
グレイはいつでも動けるように体中に力を巡らせて、言葉に力を込める。
普通に戦えば負けない相手だが、何せ相手は人数が多い。
クルムを守るとなると、先手を取って人数を減らした方が楽になる。
グレイは何かが怪しいということは察していたが、それが自分たちに害を及ぼすものかどうかまでははっきり分かっていなかった。
そういう時は先に仕掛けてしまうに限る。
グレイは本来言葉よりも拳で語るタイプの老人である。
だからこそ余計なトラブルも多いのだけれど。
「いやいや、待ってくれ。そもそも俺たちはあんたらと一緒に行動するつもりなんてなかったんだぜ? 勝手についてきて怪しいも何もないだろう!」
家長はトロルとの戦いの支援魔法の話も聞いているし、相手が小型とはいえ、武器も使わず魔物を屠っていくグレイの戦いぶりを見ている。
一家の安全を考えればこんなところでは絶対に敵対したくなかった。
負ければそのまま葬られ、何もなかったことにされてしまう。
少なくとも家長は、僅かなヒントから、グレイの実力の一端を理解できる程度には強い冒険者であった。
家長の慌てた弁明に、グレイはしばし考える。
緊張の時間に、家長はごくりと唾を飲みこんだ。
「……確かにそうじゃな」
喧嘩を売った割にあっさりと納得したグレイに、家長はほっと胸を撫でおろす。
老人の癖に大した証拠もなく喧嘩っ早すぎるのだ。
家長は内心勘弁してくれと思いながら、額を押さえて息を吐いた。
「しかし何か隠していることがあるじゃろう。クルムに言えぬことならば胸にとどめておいてやるから、キリキリと全部吐かんかい」
「いや、あー……」
「……あたしが話すよ」
それまで目を閉じて眠っていたかにも思われた老婆が、薄く片目を開けてグレイをじっと見つめる。
「婆ちゃん、起きてたのか」
「あんな殺気飛ばされて寝ていられるかい。今日の戦いで、拳を爆発させて戦ってたろ。あれを見て確信したよ。あんた、グレイ坊ちゃまだろう?」
「……誰じゃお主」
グレイを坊ちゃまと呼ぶ人間は、旧アルムガルド領の人間だけである。
皺皺の老婆の顔をじっと見つめながら、グレイは顎に手をやりながら首をひねるのであった。