転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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筋肉ダルマ

 グレイに〈サッシャー家〉と縁ができていたのは、兵士にとって幸いだった。

 そうでなければグレイは『知るかそんなこと』と言って、クルムを連れて行くか、許可を取って来いと追い返していただろう。

 流石に知らぬ土地で守らなければならない対象と考えているクルムを一人にするつもりはない。

 昨日までの旅で〈サッシャー家〉の実力は知れているし、古い知り合いであるアンがいることもわかった。久しぶりの再会にしては信用しすぎな節もあるが、そんな理由で〈サッシャー家〉にクルムを預けての外出となっている。

 

 グレイは兵士に案内をされて、しばらく黙って歩いていたが、やがておもむろに尋ねる。

 

「これはロブスも認めての対応なんじゃな?」

「私は指示を受けただけですので詳細は分かりかねます。申し訳ございません」

「ふぅむ、ただの爺に随分と丁寧な対応じゃな」

「ロブス様の師とお聞きしております。当然のことかと」

 

 なにかを隠すような意図を感じるが、この兵士自体は本当に何かを知っている様子もない。だとすれば指示を出した上官というのが何かを隠しているのか。なんにせよ怪しさはあった。

 

「ロブスはどうした」

「任務に出ているそうです」

 

 返答は伝聞。

 やはりこの兵士から得られる情報は大してないようだ。

 真面目そうな男であるし、これ以上怖がらせても仕方がない。

 目的地に着けばことは判明するのだ。

 そう考えたグレイは口を閉ざして、案内に従うことにしたのである。

 

 さて、要塞軍の駐屯地へ到着すると、広い訓練場からは武器のぶつけ合う音や訓練の声が響いている。

 駐屯地と言っても街が形成されて久しいようで、きちんとした石造りの建物が立ち並んでおり、テントや簡易的な小屋の様な家は存在していなかった。

 その中でも特に立派な建物の一つ、をスルーして、小さな広場に着くと、そこには禿頭の大男が明後日の方向を向いて立ち尽くしていた。

 

「ここから先はお一人でお願いいたします」

「なぜじゃ」

「そのように申し付かっております。重要な話があるから、自分以外の者を立ち合わせるなと」

「仕方ないのう」

 

 大男の背中からは揺らめくような闘気が立ち込めている。

 腕を組んで背を向けているがその立ち姿に隙はなく、いつでも戦える準備がなされているようだった。

 グレイが歩み出すと、兵士は一礼して向きを変え、この小さな広場の入り口をふさいだ。

 

 肩の力を抜いたまま近づいていくと、先方から声がかかる。

 

「来たか」

「呼び出しておいて来たかとはなんじゃ」

「グレイだな」

「ロブスから話を聞いておるじゃろうが」

「グレイ=フォン=アルムガルドだな」

 

 グレイは黙り込んだ。

 相手は〈要塞軍〉のトップと言えど、貴族には違いない。

 当時から変わらぬ人物だとすれば、要塞軍が設立された時にはもう大人。

 グレイが王国で暴れて追放された時には、すでに物心ついていた人物であろう。

 

 グレイが警戒したところで、ジャリッと音がして振り返りの回転の勢いに合わせて拳が繰り出される。

 

 グレイよりも背が高く、グレイよりも筋肉量が多い男。

 もはや魔物と比べたほうが近いような存在の拳は、空気を唸らせながらグレイの顔に迫る。

 グレイはいつものように払って流すのではなく、その腕を殴りつけるようにして軌道を変えると、カウンターの一撃を放った。

 吸い込まれるようにして禿頭の男、いや、老人の頬に突き刺さった拳は、人を昏倒させるのに十分な威力を持っていたはずだ。

 しかし、その老人はかっと目を見開いてさらに拳を繰り出してきた。

 

 異様なタフネス。

 筋肉量。

 眉のない顔に特徴的なドングリのような眼に、グレイは見覚えがあった。

 

 繰り出される拳に合わせて、グレイも拳を繰り出す。

 その度グレイの拳から魔力が爆ぜても、身体強化を極めているのか、その男の拳からは出血がない。ただ、ダメージはあるし、勢いは殺し切れていないのか、じりじりと後退していく。

 優勢なのはグレイであった。

 であるというのに、嵐のように次々と繰り出される拳は止まらない。

 

 ここまで案内をしてきた兵士は、これが本当に人体から発生した音なのかすら疑わしい、肉と骨がぶつかる音と破裂音に、耳を塞ぎたくなりながらも、決して振り向かずに表情をひきつらせて前だけを見つめる。

 

 五分もそんな音が続いただろう。

 ついに広場の端に生えた木まで追い詰められた禿頭の男は、顔面に拳を食らう直前に大きな目を更に見開いてもう一度叫ぶ。

 

「グレイ=フォン=アルムガルドだな!?」

「見りゃあ分かるじゃろうが、筋肉馬鹿が!」

 

 鼻の頭に強力な一撃が爆ぜる。

 その一撃は禿頭の男が背中にしていた木まで抜けた。

 木がめきめきと音を立てて折れたところで、禿頭の男はようやくよろりと体を揺らし、息を大きく吸った。

 

 これまで一度も呼吸をせずに拳を繰り出し続けていたのだ。

 

「見てもわかるものか……、五十余年ぶりだぞ……」

「随分とまぁ、筋肉をでかくしたもんじゃな」

「グレイ=フォン=アルムガルド、貴様に言われたことは一度たりとも忘れたことはないぞ。『お前は負け犬以下だ、じゃあ一生いじめられてろ』と……」

「忘れたわい、そんなこと」

 

 覚えている。

 元から体格の恵まれた男だった。

 怒り奮起した男に筋トレと身体強化の仕方を教えてやったら、それから一年ほど学園に顔を出さず、流石にやりすぎたかなと思いはじめた頃に、とんでもない筋肉ダルマになって帰ってきたのだ。

 帰ってきたころにはすっかり顔つきも変わって、髪の毛は後退して眉はなくなっていた。

 次々といじめっ子をなぎ倒し、アンタッチャブルとされたグレイにすら真正面から殴りかかってきた男。

 学園でグレイと並んで触れてはならぬと言わしめられた男。

 

「久しぶりだな、グレイ=フォン=アルムガルド!」

「いちいちフルネームで呼ぶな!」

 

 鼻血をたらしながら叫んだ禿頭の男の顔面に、グレイはもう一度拳を叩きこんでやるのであった。

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