「事情は分かった。じゃが儂からも聞きたいことがあるのだがよいか?」
わかっただけで了承するとは言ってないけれど。
そんなことよりもグレイは、先ほどあのハップスとかいう王子と話していた時のクルムの態度が気になっていた。
これまでグレイが観察してきた限り、クルムの演技力は非常に高い。
それをなんとなく理解しているからこそ、昨晩の情熱的な語りを聞いてもピクリとも心が全く動かされなかった。細かい事情は分からないけれど、少なくとも昨日クルムがみせた感情は、自分を味方につけるために作り出された何かであった。
目的で王を目指すとか気に食わないことを言われたうえ、本音の部分では語り合えていないのだから、気持ちなど乗るはずもなかった。
とはいえ、演技はうまい。
「なんでしょうか」
「お主、何かあの王子に思うところがあるじゃろう?」
そのはずであるのに、今回のハップスに対する言動は、グレイから見ても感情を抑えきれていないようであった。
「ありません」
クルムの言葉は簡潔であり、また、感情に蓋をしたように冷たいものであった。
その急激な変化が、なおのことグレイに違和感を覚えさせる。
「とにかく、ご理解いただけたようで何よりです。先生は私と共にきて頭を下げてくれさえすれば構いません。できるだけ御不快な思いをさせることのないように……」
「ご理解いただけておらんぞ」
グレイは顎を上げてクルムを見下ろす。
ぴしゃりと言ってのければ引っ込む爺と思われては心外だ。
「そうして心を隠して接するようならば、謝罪はせん」
クルムの表情がひきつる。
昨晩から心を乱され続けた上に、あまりに思うように動かすことができないグレイに、ストレスが重なり続けているのだろう。
「……私の頼みは先生だけです。事情は先ほどご説明した通り。今は、ハップスお兄様と戦うわけにはまいりません。どうかご理解を」
それでもこの頑固爺を何とか理解させようと、クルムは感情を制御しなおして丁寧に説明を繰り返す。
「嫌じゃ」
グレイは当然のようにそれを受け入れない。
小賢しいなとすら思っていた。
「伏してお願いいたします」
ついには椅子に座ったままとはいえ、王女に深く頭を下げさせたグレイである。
ここへ来てグレイは、この王女が本気で何か目指す物があるのだという気持ちは、一応受け取った。
そしてグレイの力を本当に必要としているらしいことも。
こんな失礼な年寄りは怒鳴り散らして追い出してしまえばいいのだ。
この年で、何をそこまで強固に願うことがあるのかと、グレイも少し感心しつつ、クルムの頭のてっぺんに向けて言った。
「その軽い頭に、どれだけの価値があるというんじゃ」
本当に糞爺である。
人との関係はすでになく、何かあっても失うものは自分の命だけ。
そのうえ腕に自信があるものだから、四方八方怖いものなしだ。
クルムはきっと、グレイという男を教育係に招いたことをひどく後悔していることだろう。
あるいは心の中は怒りで煮えたぎっているのかもしれない。
だがそれもまた、グレイの意志とは無関係なものであった。
「……どうすれば、聞いていただけるのでしょうか」
クルムは頭をあげないまま、震えた言葉を発する。
顔をあげないのはきっと表情を取り繕えないからだろうと察しながら、いじわるな爺は同じことを聞く。
「はて、どうじゃろうな。しかし少なくとも、偽りの言葉を並べる者の願いは聞きたくないのう」
クルムは頭を下げたまま、テーブルに乗せた手のひらをぎりりと握りこぶしを作る。
グレイはそれを見ながら『おお、怒っとる怒っとる』と笑った。
「本音を話せば、言うことを聞いていただけると?」
ついにクルムが怒りを隠さなくなった。
吐き捨てるような言葉。
僅かに上げられた
それはグレイがこれまで見てきたどんな若者よりも飢えており、とても子供がしていいような目つきではなかった。
「それは聞いてから考えるつもりじゃ」
「…………他言すれば必ずあなたも巻き込んで死にます。絶対に逃がしません」
「ふむ、熱烈な告白じゃな」
それこそ小娘の脅しなどどこ吹く風だ。
とはいえ、グレイは昨日の演説を聞いた時よりはずっとクルムに興味を持ち始めていた。
「ハップスは、私のお兄様の仇です。私の上の兄は、ハップス他数名の王子と狩りに出かけ、帰らぬ人となりました。ともに狩りへ出かけたものの中で、今生き残っているのはハップスのみ。私が力を手に入れたあかつきには必ず殺します」
「ほう、それで?」
「どうやらあなたは王族がお嫌いなようですね。弱きを助け強きをくじく聖人だと聞いておりましたので、あなたに好かれようと私は努力したつもりでしたが……。実際に王宮では限りなく弱い立場ですから、てっきりお味方いただけるとばかり思っていましたが。しかしあなたは噂で聞くような人物ではなかったようです。失態です」
「ならばどうする」
「あなたを頼らず、目的を達します。足だけは引っ張らないでください」
ずばずばと真実を見抜いた言葉を吐いたうえ、足を引っ張るなとまで言い切ってみせた。
戦力が必要だからこそグレイを連れてきたはずなのに、それが駄目になってもこのクルムという王女は、まったくもって諦めるつもりがないようである。
少しずつ持ち上がってきた顏は、いつのまにやらグレイをまっすぐに堂々と睨みつけていた。
グレイは、すっかり楽しくなってきていた。
そうか、なるほど。
この王女もまた、大事なものを王族に奪われた者か、と。
「再度問おう。お主の目的とはなんじゃ」
「私の家族を陥れたものを全員殺します。その過程で王となることがあれば、くだらない王位継承権争いを廃止して、欲にまみれた貴族共も粛正します」
「ほっほう……」
「そのためにも明日の謝罪は必須。わかったら二度と私の邪魔をしないでください。何もしなくて結構ですから」
天邪鬼な爺に対して、クルムは『お前の力など頼らない』とはっきり言い放ったのであった。