転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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訳知り顔の参謀

「……グレイ=フォン=アルムガルド殿ですか」

「今はただのグレイじゃ」

「……そうですね、そうなのでしょう。私はリゾルデ、ただのリゾルデです」

 

 グレイはリゾルデという名に聞き覚えがあったが、遠い過去の記憶すぎてすぐには引っ張り出せそうにない。

 世界にたった一人しかいないほど珍しい名前ではないから、そのリゾルデと別人である可能性はある。ただ、わざわざ『ただのリゾルデ』という以上、この老人もグレイと同じように、何か別の顔を持っていたのだろう。

 背筋はピンと伸びており、銀色の髪もふさふさであるが、年かさはグレイたちとさして変わらない。

 

「それで、グレイ様がこんな辺境の……、いえ、グレイ様に対して失礼な物言いでしたね。……今更になって、この旧アルムガルド領に何のためにきたのですか?」

 

 やや棘のある言い方。

 リゾルデは何かしらグレイに隔意があるようだ。

 

「まるでもっと早く来てほしかったような言い草じゃな」

「ええ、立ち上げから間もない時期に来てくだされば大いに助かったなと。その武勇は当時から轟いていましたから」

「王国を追放されておった」

「形式的なものでしょう。その証拠に誰もあなたを殺せなかった」

「お主、何を知っておる」

 

 二人が鋭い視線をぶつけ合ったところで、特注の大きなイスにどっかりと腰かけたラウンドがうんざりしたように両手で肘置きを叩いた。

 

「リーゾールーデー、昔話なんかしてどうなる。お前の話はいちいちまどろっこしいんだ。グレイは短気だぞ。いつ手が出るかわからないのだから、さっさと話をすすめろ」

「そこまで分別を無くしとらんわ」

「本当か? さっきのカウンターの速さは尋常じゃなかったぞ」

「お主が先に殴って来たからじゃろうが」

 

 ラウンドが間に入ったことで一気に空気が弛緩する。

 

「……まぁ、座って下さい」

 

 ラウンドがデスクの奥にある大椅子に座り、リゾルデとグレイはテーブルを挟んで向き合うようにソファに腰掛ける。

 

「……話を進めるも何も、私は何も聞いていません。この方があなたのかつての友人であるグレイ様であることしか。何を話せというのですか」

「いや、なんかグレイがロブスに喧嘩で勝って、うちの倉庫からいくつか魔物素材を持って行ったらしい。その代わりにうちの若者たちに訓練つけてくれるらしいぞ」

「は? いや、それはありがたいですが、本当ですか? 殺さないでできるんですか?」

「お主、儂のことなんだと思っておるの? マジで何を知ってる?」

「いえ……、失礼しました。そういうことなら是非お願いしたいですが……」

「あとなんか、王女連れてきてる」

「は!?」

 

 リゾルデはぐりんと首をひねってラウンドを睨みつける。

 ラウンドに振り回されているリゾルデの反応が面白くて、グレイがぷっと噴き出すと、リゾルデはまたぐりっと首を回してグレイを睨みつける。

 それから眉間に刻まれた皺を揉んでほぐしながら深いため息を吐いた。

 

「あなたが……、王女を連れてきたんですか?」

「そうじゃ」

「なぜ」

「今は頼まれてクルムの教育係をしておる」

「ちょっと待ってください……」

 

 リゾルデは前のめりになると、苦悩の表情で再び眉間の当たりを抑えた。

 十数秒はそうしてから、立ち直ったリゾルデは、目の端をひきつらせながら尋ねる。

 

「クルム王女というと……、かなり若い方の王女でしたね。兄が二人いて、どちらも亡くなっているはずです。なぜ今更表舞台に。大人しく暮らしていた方が幾分かましでしょうに」

「くわしいのう」

「この人が興味を持たないのだから、私くらい知っておかねばならないでしょう」

 

 この人、と目線で示された当の本人は、イスに寄りかかって腕を組んでいる。

 真面目に聞いているような顔をしているけれど、もちろんこんなこまごまとした話には興味がない。

 

「そもそも、あなたは王族も貴族も嫌いでしょうに」

「そうじゃな」

「……もしや、クルム王女はナックス王子の血縁者ですか?」

「知らん」

 

 突然出てきた旧友の名前に、グレイはぶすっとした表情をして一言で切り捨てる。

 

「ナックス王子っていうと、あのナックスか。あいつは王子なのにいい奴だったなぁ」

 

 急に知っている名前が出てきたからか、ラウンドが懐かしそうに独りごちる。

 グレイの機嫌が急下降していくのを目の当たりにしながらも、リゾルデは怯んだりしなかった。

 

「背景は、まぁ、今のところいいでしょう。それで、グレイ様は〈要塞軍〉にクルム王女の後ろ盾をしてほしいと?」

「儂は連れてきただけじゃ」

「……なるほど。では会いません」

「なぜじゃ?」

「まず、勝てる見込みが薄い。そしてそもそも王位継承争いに関わりたくないからです。クルム王女が勝ったところで我々に何の得がありますか。王が変わったところで我々に何の影響がありますか?」

 

 リゾルデの言葉は自信に満ち溢れていた。

 そして、なにやら王や国に対する怒りのようなものも内包しているようでもあった。

 

「じゃからそんなもんは、クルムと話してから判断すればいいじゃろうが」

「〈要塞軍〉は、これまであらゆる王位継承者からの会談の申し出を断ってきているんです。クルム王女と会談の場を設ければそれだけで特別扱いをしたと知れ渡ります」

「こんなど田舎で誰がそんなことを知るんだか」

「ラウンド様は黙っててください。色々紛れ込んでるんですよ、間諜とかが」

 

 ラウンドは不満そうに椅子をぎしぎしと揺らしながら反論する。

 

「黙れってお前なぁ……。……グレイ、そのクルムってのは何歳なんだ」

「ついこの間十三になった」

「子供じゃないか。意地悪しないで会ってやれよ」

「意地悪とかじゃないんです」

 

 へそを曲げたラウンドからのクルムへの援護射撃に、リゾルデは三度眉間をもんだ。

 どうしたって受け入れそうにない頑固そうな部下の様子を見て、しばらく考えていたラウンドは、手のひらをパンと叩いた。

 

「わかったグレイ。今度訓練の時その、なんだ、一緒に連れてきた女の子連れてこい。宿で留守番じゃ暇してるだろ」

「ラウンド様!」

「うるっさいな、子供一人くらい見学させてやってもいいだろうが。子供だ子供。ただの女の子の扱いしかせん。俺たちは王女なんて知らん。それならどうだ」

「そんなことで間諜が誤魔化されるわけないでしょうが……!」

「リーゾールーデー」

 

 ラウンドがたしなめるように、また威圧するように名前を呼んでから続ける。

 

「十三の子供が、長旅をしてこんな危ない土地まで来たんだ。よほどの馬鹿か、覚悟があるものだろうよ。そんな子供を門前払いじゃあんまりかわいそうだろうが。身分の上じゃあっちが上だ。でもな、今力があるのは俺たちなんだろう?」

「……それでも」

「権力をかさに着て弱い者いじめしてちゃあ、俺たちが大嫌いな王侯貴族とやってることが変わらんぞ」

「………………私は、常に〈要塞軍〉を第一に考えています」

 

 リゾルデはぎゅっと口を結んで、しばし黙り込んだ後、絞り出すような声で言った。

 

「それでどうする」

「〈要塞軍〉には補強が必要です。【青天の隠者】は、魔物討伐の専門家として、後進の育成者として有名です。その協力が得られるならば、連れ合いの子供一人くらい、敷地に入り込むことは許容しましょう……」

「何言ってんだお前? いい加減にしないとまじでぶん殴るぞ」

 

 グレイの別名を知らぬラウンドは、眉をひそめ、こぶしを握って立ち上がるのであった。

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