転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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グレイという危険人物

 リゾルデはともかくとして、残りの二人は年寄りとは思えぬ量の昼食を平らげた。

 こんな魔物が跋扈する土地にいるので、リゾルデだってそれなりに体を鍛えてきたが、ラウンドとグレイに関してはそれなりでは語れぬ鍛え方をしている。

 早々に自分の分の食事を終えたリゾルデは、ラウンドが通常よそ者に語ってはいけないようなことも、楽しそうにべらべらと語るのを、注意もせずに黙って聞いていた。

 長年の経験から、これを止めれば本当に拳が飛んできかねないことを理解している。

 

 もともとラウンドは口が堅いわけではないが、人にものを語るタイプでもない。

 それだけグレイとの再会が嬉しかったのだと考えれば、そこに水を差すのも野暮だという思いもあった。

 

 また、グレイの方から語られる言葉も、めちゃくちゃであった。

 国を出て冒険者をはじめた頃は、何と国外追放してきた王国からこっそり国へ戻らないかと勧誘も来ていたらしい。王侯貴族嫌いが極まっていた当時のグレイは、それをにべもなく断り、使者として遣わされた武人を返り討ち。報復やその他もろもろの理由で暗殺者を送られては返り討ち。

 ラウンドは大口を開けて笑っていたが、当時の王宮関係者からすればたまったものではないだろう。

 王宮での暴れっぷりが目に焼き付いていたリゾルデとしては、馬鹿なことをしたものだという意見しかない。加えて、時折他勢力の有力な武人が忽然と姿を消した理由が、この年齢になって判明して驚きも多少はあった。

 

 グレイがその頃に返り討ちにした武人は、どうやら一人二人ではない。

 もしその武人たちが無事であれば、〈要塞軍〉の募集に手を上げていた者もいたはずだろう。そうなれば今の〈リガルド〉はなかったかもしれないと思えば、ある意味微妙な恩人でもある。

 

 ハルシ王国の国力は、ここ数十年で明らかに低下している。

 その裏側をたどっていくと、どこかでグレイにたどり着くというのだからとんでもない男であった。

 そんなとんでもない男が、聞けば王都の隅っこで子供たちにものを教えて数十年暮らしてきたというのだから驚きだ。

 

 おそらくすべてが返り討ちにあったせいで、王国はグレイが隣国で冒険者をしていることしか把握していなかったのだろう。触らぬ神に祟りなしというやつで、おそらくろくに調べもしなかった。

 まさか本当に三十年国外追放されていたような人物が、律義に期間が明けてから戻ってくるとも思っていなかったのだろう。

 それは王都の者たちだけでなく、リゾルデも同様である。

 というか、帰ってくれば当然騒ぎが起こるものと思っていたのに、二十余年も静かに教育者をしていたことが予想外なのだ。

 

 リゾルデには目の前にいる老人が、暴力の化身であると同時に、深謀遠慮を巡らす策略家にも見えてきた。

 

 実はあの大暴れで王侯貴族への復讐は終わっていなかった。

 様々な人材を育成し王都中にばらまき、未熟な王女をたぶらかして国ごと滅ぼそうとしている、と言われたって、今ならば納得してしまいそうだ。

 

 リゾルデもまた、ハルシ王国が嫌いなので〈リガルド〉さえ維持されるというのならば、別にそれで構わないのだけれど。

 

 グレイは夕食までしっかりと喋り倒して、明日から訓練の様子を見に来ると言って帰っていった。

 しっかりと姿が見えなくなるまで待って、リゾルデはラウンドに話しかける。

 

「旧友であり恩人なのはわかります。ただ、あなたが〈要塞軍〉の大将であることだけは……」

「うるさいぞ」

 

 ラウンドは面倒くさそうに片手を振ってリゾルデの言葉を遮る。

 これは駄目かと内心でため息を吐いたところでラウンドは続けた。

 

「俺はグレイの友人だが、王女というのはよく知らん。判断はお前に任せる。俺たちはいつもそうしてきただろうが」

「分かっているのでしたら結構です」

「そもそもあいつだって、判断はそっちでしろって言ってただろうが。まったく、いつも口うるさい……」

 

 ラウンドは面倒くさそうな顏をしてぶつぶつと呟きつつ、髪の生えていない自分の頭をぺちぺちと叩きながら建物の中へ戻っていく。

 死を待つばかりのリゾルデたちを、無茶苦茶を言ってここまで連れだしてきたのはラウンドだ。

 

 これまで多くの仲間を戦いで失くしてきたが、ラウンドはいつだって前を向いて一番危険な場所に身を置いてきた。

 その男が任せると言っているのだからそうなのだ。

 

 さてあの超危険人物が見出したクルムという王女が、いったいどれほどのものか。

 少しばかり明日が来るのが楽しみになってきたリゾルデは、想像を膨らましながら宿舎へと戻っていくのであった。

 

 

 さて、旅を終えた冒険者というのはのんびりと過ごすものだ。

 〈サッシャー家〉も他の冒険者と同じようであるらしく、その日は一日宿に引きこもって、体を休めたり装備の手入れをしたりしていた。

 何も起こらない平和な日。

 昨日までの旅のお陰で、〈サッシャー家〉の面々、特にグレイと縁の深いアンは、クルムのことを随分と気にかけてくれており、せびればこの辺りの昔のことや、グレイの当時の様子も教えてくれた。

 午前中いっぱいアンに様々な話を聞いて過ごし、昼食を食べ終えた頃、パクスが一度帰ってきた。

 パクスはグレイがいないことを確認すると、まるで興味なさげに慌ただしく外へ出かけていったが、クルムが一人留守番していることに気がついたのか、息子に声をかけて話し相手としておいていってくれた。

 

 パクスの息子は聡明で、すでに毎日の仕事を手伝っているほどだ。

 互いに話せないことは山ほどあるが、逆にそれを避けても喋るネタは山ほどある。

 

 〈サッシャー家〉とパクスの息子のお陰で、クルムは留守番でありながらも、それなりに充実した楽しい一日を送ることができた。

 

 そんなクルムに、夜も遅くなって帰ってきたグレイが一言。

 

「明日訓練の様子を見に行くことになった。クルムも一緒に来るんじゃ。ただし、歓待はされん、わかるな?」

 

 明らかに説明不足である。

 今日はいつもとは違い山ほど喋ったので、グレイも少しばかり話疲れていたのだ。

 面倒になってそれっぽいことを言って、分かっていなければ聞いてくるじゃろ、くらいに思っている。

 

「……わかりました。他にどなたが同席されるんですか?」

 

 しかし聡明なクルムはそれだけで何となく事情を察した。

 〈要塞軍〉にも、おそらく監視がついているのだろうと。

 そして、自分が試されているのだろう、と。

 

「大将と参謀。しっかりやるんじゃぞ」

 

 最上層部だ。

 丸一日の外出に疲れた様子のグレイ。

 これはよっぽど気合いを入れて交渉して来てくれたに違いないと、クルムは考えた。あの面倒くさがりで、何でも暴力で解決しようとするグレイが、である。

 

「先生……」

「なんじゃ」

 

 さっさと寝ようと思っているグレイが面倒くさそうに返事をすると、そこには何やら感激した様子のクルムが立っていた。

 

「本当に……、ありがとうございます」

「……うむ、気にするでない」

 

 旧友と殴り合って、いいもの食って楽しくおしゃべりしてきただけだが、貰える感謝はとりあえず貰っておこうと、グレイは鷹揚に頷いてそれっぽい表情を作って見せるのだった。

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