転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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クルムの作戦

「……リゾルデ様は、ラウンド様と知り合って長いのですか?」

「そうですね、〈要塞軍〉ができてからずっとですから」

「私はこの旅で、生まれて初めて王都を出ました」

「王族はそうなのでしょう。王都にはすべてが集まります」

 

 王都にはすべてが集まるが、その代わり王都にいては見えないものもある。

 各領地における不平不満は文字でだけ。

 賊の出現頻度は数字でだけ。

 魔物の恐ろしさは伝聞だけ。

 

 各領地をしっかりと運営している貴族はともかく、王都にとどまり政治を執り行っている貴族には見えないものがこの世には山ほどある。

 そして王都に憧れている貴族は、王都から離れた過酷な土地を野蛮な土地とみなし、価値を低く見積もる。思えば当時リゾルデの父が支持していた王子も、比較的王都から離れた土地の出身である父のことを小ばかにしている節があった。

 豊かな土地で、王国の食卓を支える大侯爵であった父のことをだ。

 本人は上手く隠しているつもりのようであったが、リゾルデの父も、リゾルデも、そのことには気づいていた。気づいていながら支えたのだ。

 今思えば王になるような器ではなかったのだろうが、リゾルデの父は豊かな領地を健全に運営していることと、他の貴族たちに持ち上げられたことで目が曇っていたのだろうとリゾルデは思う。

 王都貴族たちによる、じわじわと蝕むような毒は、田舎者にはよく効いた。

 

 そんな毒の蔓延する王宮で育ったクルムが、いったい何を言ってくるのか。

 王都の自慢か、きれいごとか。

 リゾルデは期待をせずに耳を傾ける。

 

「……そうですね、王都には物が集まります」

 

 リゾルデの言葉は、王都を称賛しているようにとることもできるが、クルムはその裏に込められた『この世間知らずめ』というメッセージを正確に受け取っていた。

 

「しかし、王都から出たことで知ったこともあります。……魔物とは恐ろしいですね」

「旅の途中で遭遇しましたか?」

「いえ、五日ほどかけて、北西にある森へ旅をしてきました。もちろん、先生や護衛してくれた冒険者の方々がいてくれたらこそできたことです」

「……あなたが直接ですか?」

 

 信じられない言葉だった。

 いくら力のない王族と言えども、本人がこんなところまで足を運んでいる時点で異常事態ではあるのだが、まさか冒険者とグレイ一人を連れて魔物の巣窟に乗り込むなど常軌を逸している。

 それほどグレイへの信頼が厚いのか、あるいはとんだいかれなのか。

 リゾルデは横目で探るようにクルムを見る。

 年若く、線の細い美少女。

 その立ち姿はとてもそんな無茶をするような性格には見えない。

 どちらかと言えば思慮深そうなタイプだ。

 

「はい。守られていたとはいえ、魔物の恐ろしさを思い知った気がします。森の中に古い街を見つけましたが、そこはすっかり魔物によって占領されていました。〈要塞軍〉がいなければ、きっと魔物は少しずつ生息域を広げていくのでしょうね」

 

 理解のある言葉。

 取り込もうとしているのだから当然ではあるが、十三の少女から出て来るにしては出来過ぎている。

 グレイの入れ知恵かと疑いながらリゾルデは問答を続ける。

 

「そうでしょうね。この五十年で、〈要塞軍〉は魔物と戦い、たくさんの仲間を失ってきました。……しかし悲しいかな、王都では〈要塞軍〉は金食い虫と有名なようです。補強が難しいとなると、今の状態のまま維持していくことも難しい。それについてあなたはどう考えますか?」

 

 質問に対してクルムは少し悩む素振りをしてから、昨日一日暇にあかせて考えていたことの一つを披露することにする。

 

「難しい話です……。もしも……。……これから話すことは、子供の戯言だと思って聞き流していただきたいのですがよろしいですか?」

 

 くだらない妄想の延長であり、王女という立場で話すことではない。

 ただ、今はグレイに連れてこられたよくわからない少女という立場だ。

 名乗ってしまってはいるが、そんな立場でなければ、そもそも軍の参謀であるリゾルデが立ち話をすることが許される身分ではない。

 

「元よりそのつもりでお話させていただいています」

「王都から十分な支援が得られぬようであれば、独立するという手もあります。戦力は十分。資源は魔物の素材が山ほど。おそらく今は魔物から王都を守ることと、王都に魔物の資源を譲るという名目で支援を得ているのでしょう。その供給がまるっきり絶たれれば、王都には必要な分の魔物素材も入らなくなります。戦う必要はありません。王都が音を上げるまで〈リガルド〉を維持し、必要な条件を引き出します。もちろん積極的に攻め込む必要などはありません。背中には魔物も控えていますが、逆に考えれば呪い谷と竜食山が背中を守ってくれています」

「……馬鹿げた話です」

「はい、馬鹿げた話です。戯言ですから」

 

 リゾルデが即座にクルムの考えを一蹴できなかったのは、クルムの語った言葉が、自分の頭の片隅にもある作戦の一つであったからだ。

 王都から初めて出た、凡百の箱入り娘から出てくる発想ではない。

 

「一応聞いておきますが、腹に据えかねて攻め込まれたらどうします?」

「〈要塞軍〉は〈リガルド〉以外にも前線基地のようなものをいくつもお持ちなのではないかと推測しています。王国にとって〈リガルド〉を占領することは、そのまま王国の別戦力を裂いて、〈リガルド〉を守らなければならないことを意味します。もし王国がそこまで〈要塞軍〉の存在を甘く見ているのであれば……、残念ですが一度くらいは攻めてくることがあるでしょう。しかし、〈リガルド〉を数年維持できるとは思えません。私は〈要塞軍〉の役割をそこまで甘く見ていません。一時的に前線基地に避難し、時折街の要所に穴の一つや二つ開けておけば、あっという間に魔物に追い払われるのではないでしょうか? なにせ〈リガルド〉は〈要塞軍〉が作り上げた街なのですから」

 

 もし自分が要塞軍を率いて戦うことができるのならば。

 これはクルムのそんな妄想から生まれた一つの戯言的発想でしかなかったが、どうやらリゾルデを混乱させる役にくらいは立ちそうであった。

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