リゾルデは王女がそんなことを言っていいのかと喉元まで出かけて、最初に子供の戯言として聞けと言われていたことを思い出す。子供の戯言にしては現実に十分通用する考え過ぎた。
得意げな様子もなく、今もリゾルデの返事をじっと待っているクルムを見てリゾルデは惜しいと思う。
聞けばクルムは十三になったばかり。
なんとなく手に入れている情報から考えれば、王女であったとしても、きちんとした指導者をつけて学んできたことはないはずだ。それがこれだけのことをさらりと言ってのけるのだから、その才覚は疑いようがなかった。
そんな才覚は〈要塞軍〉にこそ欲しかった。
どうやら〈要塞軍〉の価値もわかっているようであるし、多少雑な扱いをされても気にも留めない度量の広さと、ほんのりと香る泥臭さ。
末席の王女にしておくにはもったいない。
リゾルデは自分やラウンドが老人となった今、支柱が二つ欠けた状態の〈要塞軍〉をどう維持していくべきか真面目に考えていた。
維持することと兵士を殺されないようにすることに必死で、後進の教育が今一つ捗っていないのだ。
例えば大隊長のロブスは、十分にラウンドの遺志を継ぐだけの力を持っているように思える。我の強さもお墨付きだ。
扱いに面倒な部分があるのは確かだが、あれで頭は悪くない。
身内でも扱うのが面倒なのだから、王侯貴族などが下手につつけば、ぶちぎれて喧嘩になるか、関わるのをやめるかの二択になるだろう。
それ自体は別に構わない。
ただ、あまり過剰になって〈要塞軍〉を解体しよう、となっても困るので、リゾルデは自分の後継者となる、ロブスをコントロールできる存在を探しているところであった。
候補は数人いるのだが、どうしたって〈要塞軍〉に集まるのは荒くれ者で、自分より強いものを前にしたときに従ってしまう、獣の習性のようなものが染みついていることが多い。
いっそ王位を継ぐことを諦めて、王位継承争いの勝利者に従って、〈要塞軍〉に来てくれればいいのだ。なんなら〈要塞軍〉のトップにクルムを据えて、ロブスを自由に暴れさせると言う手もある。
もちろん、クルムが新しい王にそこまでの権限を与えられるのならだが。
しかしまともに考えればやはり難しいだろう。
王になるものというのは、数十人からいる王位継承者を押しのけたものだ。
頭は回るし、周りはがちがちに他の権力者たちに固められていることも多い。
わざわざ優秀な王女に、反乱を起こせと言わんばかりの軍隊を与えたりしないだろう。
だからこそ惜しい。
現実的に考えてクルムは王になれない。
王位継承争いの中で命を落とすか、政略結婚の道具として扱われるのが精々だ。
そこまで考えてから、続けてリゾルデはクルムが途中で命を落とした場合の未来を想像する。
リゾルデは別にグレイのことをひどく嫌っているわけではないが、その時ついでに命を落としてくれていれば、王国はこれまでと変わらずに運営されていくのだろうと思う。
ただ、もしグレイのあずかり知らぬところで命を落としたらと考えると恐ろしい。
グレイ=フォン=アルムガルドは、友人である一人の王子が殺されたことに怒り、実父と兄、そして王子を一人殺し、その過程でついでに各陣営の腕利きを退け、騎士団を半壊させた男だ。
今のグレイが昔と比べてどうなのかわからないが、未だに怒れば王宮にいる人間の首を片っ端から引っこ抜いて回るくらいはしそうな凄味がある。
当時のグレイは当代最強と言われた実父に加えて、血のつながった実兄を手に掛けた直後で、怪我もしていた上、多少の迷いもあったように見えた。それに加えて友人の説得もあったからこそ、あの怪物は素直に国から立ち去ったのだ。
あの時あの瞬間ばかりは、誰一人として手負いの獣を殺そうという発想にいたらなかった。ほんの僅かでもそんな欲を出せば、次の瞬間に自分が死んでいるかもしれないと誰もが思ったのだ。
しかし、今回も王国がそんな悪運に守られるとはとても思えない。
王宮がめちゃくちゃになった後に待っているのは、貴族の独立と、周辺に勃発する戦乱。内戦で国力が弱まったところに、外の国からの侵攻。
きっと王国はガタガタになって解体されていくことだろう。
〈要塞軍〉もただで済むとは思えないし、リゾルデだって、もはや革命とすら呼べぬ混沌を招きたいわけではない。
そう考えると、クルムが黙って殺されるのを見ているのも良くない。
今やるべきことはやはり、すぐに王位継承争いから離脱させて、丁重に〈要塞軍〉に匿うことなのではないかとリゾルデは思う。
それが一番、誰も損をしない、実にハッピーな選択な気がした。
「……あなたは、王になりたいのですよね」
「はい」
「なぜでしょう?」
「やりたいことがあるからです」
「それは王にならなければできないことですか? もしそうでないならば、別の場所で別のやり方で目指すことだってできます。例えば……」
『グレイ様と一緒に〈要塞軍〉で』、と言おうとした瞬間だった。
「できません」
今まで穏やかに話をしていたというのに、突然食い気味に返事を返したクルム。
リゾルデは目の前で兵士が投げ飛ばされて宙を舞っているのにもかかわらず、思わず振り返ってクルムの顔を見た。
クルムは先ほどと変わらぬ穏やかで嫋やかな表情を作ったままだったが、妙な迫力のようなものがある。
「できないのです。高く評価してくださっているようで嬉しいですが……きっと先生だって、そんな私には手を貸してくれませんよ。先生が一緒にいない私にはそれほど価値がないとよく理解しているつもりです。私なんて先生がいなければ権力者の誰にも振り向いてもらえない、いつでもどこでも簡単に殺せるだけの子供でしかありません」
リゾルデがこれから話そうとしていることを全て見抜いたような、先回りをした言葉だ。
クルムの言葉は現実に即していたが、しかしそれでも酷く謙遜したものであった。
その才覚と、おそらく積み上げた努力はそんなに軽いものではないはずだとリゾルデは思う。
ただそんな低い自己評価とは裏腹に、絶対にひかないという強い意志のようなものがクルムの瞳から見え隠れしている。体と命を張って戦う〈要塞軍〉の兵士ですら、こんな目になる者はまれだ。
王女にこんな目をさせるとはいったいどんな教育をしたのかと、リゾルデは横目で人を手荷物のように放り投げているグレイをちらりと見る。
所詮子供。
所詮末席の王女。
リゾルデはそんな考えを捨てて、本格的にクルムに向き合うことを決めたのであった。