「私に協力してくださる方に、旧アルムガルド領の狩人の家の方がいらっしゃいます。〈リガルド〉の名を聞いて、アルムガルドの名を二つに割るとはけしからん、と怒る程度にはアルムガルド家に思い入れがあるようでした。名づけにそのような意図はなかったようですが」
「そのように解釈されてしまうとは。……公に説明するわけにもいかないですからね。難しいところです」
「でも、必要ならば今日聞いたことはお伝えしておきます」
「必要ならば、ですか」
それは自分に手を貸すのならばと言い換えることのできる言葉だった。
まだまだ旧アルムガルド領に住んでいた狩人たちの力を借りられるかどうかは曖昧であるが、もしそれが本当ならば、〈要塞軍〉の仕事は随分と楽になる。なにせ数百年積み上げたこの近辺の魔物に対する知識が丸々手に入るのだ。
これはもたもたして、当時の狩人たちが亡くなってしまっては二度と手に入らないものである。
おそらくグレイもまたこの知識を持ち合わせているはずなのだが、クルムの教育係をしている以上、クルムが不利になるようなことは教えてくれないだろうとリゾルデは判断する。
実際は聞けばある程度覚えている範囲で話してくれるだろうが、そんなことはリゾルデは知らない。
こうなってくるといよいよ真面目にクルムという人物の目的を知る必要が出てくる。
リゾルデはついに核心に近い部分をクルムに問うてみることにした。
「……あなたは、なぜ王になりたいのです」
「そうですね……。……リゾルデ様は、王位継承争いについて何か思うことはありますか?」
「……強き王を決めるための制度と」
王位継承争いが起こるたび、力を持つのは王とその後援の貴族に集中する。
だが、次の王位継承争いで、力を持っていた後援の貴族が、再び教育係として成功することはほとんどなかった。
野心を抱えて牙を研いできた貴族と、驕って慢心した貴族。
軍配が上がるのは大抵前者だ。
権力には誘惑も多いのだろう。
途中で酷い失策をして家ごと取り潰しになることだってある。
もしかすると、権力を持ち過ぎた教育係を嫌い、王が罠にはめた可能性だってあるのだけれど。
しかし野心を持った貴族は、自分はそうはならないと教育係に立候補し、対立候補と争い消えていく。
次代の王が決まる頃には、そういった意味で安定して政策を進められる土壌ができているのだ。
「そうですか。私はくだらない慣習だと思っています。血のつながった家族で殺し合うことが正しいと思っているのであれば、きっとそれは人でなしですね。それを利用して成り上がろうとする貴族もです」
「……王位継承争いに立ち上がったあなたがそれを言いますか」
「はい。ですから私もとっくに人でなしです。だから私は王になって、皆を人に戻そうかと」
大義名分というやつだ。
恨み怒り憎しみ、そんなものを抱えて動いているけれど、それだけで人を寄せ付けることは難しい。強い怒りの意思に触れて笑って協力するのなんて、グレイのような一部の変人奇人だけだ。
それを受け入れさせるにはもう少しリゾルデの心に入り込む必要があった。
まだここではない。楽になってはいけない。
間違えてしまえば積み上げてきたものすべてが無駄になる。
クルムはぐっとこらえて、息を止めるような気持ちでさらに深く潜り込む。
「多くの貴族を敵に回しますよ」
「そうかもしれませんね。しかし最初から味方ではありません。それに……、今の王国は弱っています。先王様の代で教育係を輩出した侯爵家は、新たに公爵家と名を変え、当代の後継者争いでも後見となりましたね。そして今の王位継承争いでも、第一子であるナクスお兄様へ教育係を派遣し、後見となっています」
王都を離れて長いリゾルデは、情報を仕入れることに余念がなかったが、こうして改めて王女の口から内情を聞くと、王宮があまり健全でない状態であることはすぐにわかる。
辺境には然程関係ないことと、あまり深く考えたことはなかった。
自らが王位継承争いに敗れた結果、そこから目を逸らそうとしていた部分もある。
「さて、陛下は才覚によって王位継承争いに勝利した強き王でしょうか? 〈要塞軍〉に十分な支援ができない王国は、強き王国でしょうか? 今もなお家族で殺し合う私たち王族は、傍から見て滑稽ではありませんか?」
ハルシ王国の王女が、当代の王、すなわち父の非難をした。
絶対に王女たるものが外で語るべきではない言葉の数々に、リゾルデは圧倒される。そして、クルムがそれだけの覚悟と熱量をもってこの場にいることを嫌でも実感させられる。
「ラウンド伯爵閣下が、先ほど語られた多くの貴族にあたらないと信じてやってきた私は、愚かでしょうか?」
言葉とまっすぐな子供の目が、リゾルデの心に突き刺さる。
決してそんなことはない。
ラウンドはそんな人物ではないという誇りを刺激される。
「……何をあなたがそうさせるのですか」
「王族としての責務」
言われてみれば確かにそうなのだろう。
しかしどこかがっかりしたような気分になったリゾルデに対して、クルムは目を伏せて、自嘲したような笑みを浮かべて見せた。
「と、言えれば立派だったのでしょうけれど……。……リゾルデ様はご存じでしょうけれど、私には母と兄が二人いました。王位継承争いは、私から家族全員を奪いました。私のような小娘が人でなしになる理由が、他に必要でしょうか?」
クルムの家族には、当代の王は含まれていないようだ。
リゾルデは十分に王位継承争いの過酷さを知っているつもりであったが、それがまた、ぐっと胸を打つ。
きらびやかな王宮で頼るものが誰もいなかった王女が、こうして遥々辺境の地までやってきた。それも、適当に、ではなく、相手が〈要塞軍〉のラウンドであるからこその捨て身の旅だ。
リゾルデはもう、クルムをその辺の娘として立ち話をすることができなくなってしまった。少なくともラウンドはこの話を聞いて、無視できるような男ではない。そうであってはならない。
「……クルム王女殿下。続きは訓練が終わってから部屋で話しましょう。それまで腰をかけて〈要塞軍〉の精鋭による訓練をゆるりとご観覧ください」
「……ありがとうございます」
ほぼ二人だけの世界となっていた会話から抜け出して、改めて訓練場に目をやるクルムとリゾルデ。
「ぎゃあああ、死ぬ! 死ぬ!」
「死なん、逃げるな! ふんっ」
「どさくさに紛れて儂に攻撃してくるな! どりゃ!」
兵士たちが阿鼻叫喚に陥る中、なぜかラウンドとグレイまで時折拳を交わしている。それはもうめちゃくちゃで、とても訓練と呼んでよいのかわからぬ状況になっていた。
「……普段はもっときちんとしております」
「……先生が混じると仕方がないことかと」
「ご理解いただき誠にありがたく……」
「いえ……、こちらこそ申し訳ありません」
〈要塞軍〉の兵士は間違いなく精鋭なのだ。
ただその中に化け物が二人紛れ込むと、こうなってしまうのも仕方のないことであった。