転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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精鋭と適応力

 訓練の様子を眺めながら、途中で食事や水分をとらなくていいのか心配をしていたクルムだが、時折そろりと抜け出して端の方へ消えていく兵士の姿が見える。少し移動して覗き込んでみると、そこではきちんと水分が補給できるように準備をされているようだった。

 飲みに行こうとして捕まっている人とかもいたので、行くタイミングも重要なのかもしれないが、ある意味実戦的ともいえる。

 魔物は人の事情など考慮してくれないのだから、まぁ、優しい方か。

 

 訓練の時間が経つにつれて、少しずつ兵士たちが連携をし始めて、互いの動きを補うようになっていく。準備期間があれば最初からそれくらいできたのだろうが、何せ急なスタートだった。

 話し合う時間もなかったはずなのに、段々と魔物じみた老人二人の攻撃に対処し始めているのも流石だ。

 よくよく見てみれば、グレイもラウンドも、攻撃の手段を絞っており、特殊な技能を使っているようには見えない。

 急に街に現れた魔物に対する訓練、と思えばよくできているような気がする。

 

 しかし言葉にせずに行動だけで示すあたり、なんとも脳みそ筋肉なやり様であった。

 

 兵士たちの中には夕暮れ時には戦えなくなっている者もいたが、彼らはそれを責めたりせず、倒れている者を守るように陣形を組んで戦う。

 動き自体はヘロヘロではあるが、連携は夕暮れ時が一番仕上がっていたのは訓練の成果と言えるだろう。

 これを見て兵士たちを情けないというのは酷だ。

 実戦さながらの訓練を六時間近く続けて、なおも元気な老人たちが異常なだけで、兵士たちは精鋭という言葉にたがわぬ頑張りを見せた。

 

「こんなところじゃろうな」

 

 半数以上の兵士がへばり、残りも立っているのがやっとで、もはや能動的な行動ができなくなったところでグレイが構えをといて腰に手を当てた。

 

「隙あり!」

「ないわ、そんなもの!!」

 

 横から飛んできた拳をグレイが手の甲で払う。

 小さな爆発音とともに逸れた拳がグレイの顔の横を通り過ぎたところで、グレイの方から頭突きが飛び、ゴチンと大きな音が鳴る。

 

「ぬぅ、避けられたか」

「こんの、石頭が……」

 

 十分に威力を込めた一撃は、互いの額を僅かに割って流血させるにとどまった。

 互いににらみ合ったところでラウンドが突然哄笑する。

 

「相変わらず強いな! 体力も衰えていないようだ!」

「馬鹿いえ。全盛期よりは随分と体力も落ちたわ」

「その全盛期も見てみたかったがな」

「技の冴えは今が全盛期じゃ」

 

 一瞬緊張が走った訓練場であったが、数度の言葉の応酬でじゃれ合っているだけだとわかり、兵士たちはへなりとその場に座り込む。

 

「今日の訓練は終わり! グレイの強さは分かっただろう。明日以降お前らの指導に加わってもらう。遠慮せずに技術を盗め、いいな!」

 

 ラウンドが締めの言葉を言えば、気を失っていない兵士たちからは気合いの入った返事が戻ってくる。

 

「どうだ、こいつら根性あるだろ」

 

 自慢気にラウンドが言えばグレイも笑う。

 

「まぁ、そうじゃな。お主の無茶によう応えているわ」

「そうだろう! 自慢の部下たちだ!」

「暑苦しいのう」

 

 ラウンドはグレイの方に腕を回したが、グレイは文句を言うだけでそれを振り払いはしなかった。

 

「どうだ、話はついたか?」

 

 そのまま近寄ってきたラウンドはリゾルデに向かって問いかける。

 

「ええ、あらかた。続きはラウンド様も交えて」

「お、そうか。なぁグレイよ、お前、この王女様は嫌いじゃないのか?」

 

 急な問いかけにグレイは沈黙する。

 ラウンドは昔からグレイが王侯貴族が嫌いであることを知っているのだ。

 そりゃあ気になるのだろうが、連れて歩いていることで分かりそうなものだ。

 

「あいつと性格が似てたりするのか?」

「……いや、どちらかというと反対じゃな」

「ほう、ではなぜ気に掛けた」

「偶然じゃ」

 

 クルムはすました顔をして聞いているが、内心では興味津々だ。

 グレイが自分のことをどう考えているかなんて、自分から聞ける機会はなかなかない。クルムが聞けないことは、他の誰も大抵聞けないことだ。

 こんな遠慮なくずけずけと話すのは、旧い友人だからこそだろう。

 しかし偶然と言われると少しばかりもの悲しい。

 声をかけたのはクルムからであるし、それを了承してもらえたのも、たまたまグレイの手が空いていたからだ。

 

 とはいえそれなりの関係を築いてきたつもりであるのに、偶然の一言はクルムだって傷つく。 

 

「そうか、偶然か」

「そうじゃな。見てみれば思ったより面白かったから世話をしておる。王族にしておくには少々惜しいが、王になりたいというのだから仕方あるまい」

 

 不遜な言葉だった。

 しかし、最高の誉め言葉でもあった。

 

 クルムが満足げに目を細めると、グレイはさらに続ける。

 

「王の才があるかは知らんが、少なくともあいつよりは向いている性格をしておるしのう。……あいつの不幸なところは、才は溢れていても、性格が優しすぎたところじゃ。その点クルムはそれなりに性格が悪くしぶとそうじゃ。王の資質なんて案外そんなところにあるんじゃろうと儂は思っておる」

 

 途中からは半笑いでクルムも王族もあざけったような言い方であった。

 明らかにからかわれているのが分かったクルムは、僅かに上がっていた口角を反対にしてむすっとした顔で抗議する。

 

「……先生、流石に失礼すぎませんか」

「褒めておるんじゃが?」

「褒めている人はそんなにやついた顔をしません」

「弟子のことを語るとつい嬉しくてな」

「いいえ、それはどう好意的に見ても意地悪をして楽しんでいる時の顔です。私の目は節穴ではありません」

 

 ラウンドは声を抑えて笑い、変な顔をしているリゾルデの背中をポンと叩き歩き出す。

 

「さ、飯に行くぞ」

 

 ラウンドは、グレイが小さな友人とじゃれ合っているのが面白く、そしてなんだか少し嬉しかった。

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