「それで、どうすることにしたんだ?」
席に着いたラウンドが、リゾルデに率直に尋ねた。
ここに連れてくることにした時点で、リゾルデの心が動いているのは間違いない。
「それを決めるためにここに来たんです。ラウンド様も何か話したいことがあればお先にどうぞ」
リゾルデとしてはあまりクルムを持ち上げ過ぎたくない。
クルムの印象を、まだ決定づけたくないのだ。
ラウンドはリゾルデの決定に従うと言ったが、あくまで〈要塞軍〉の大将はラウンドだ。どんなにリゾルデが乗り気になっていても、話したうえでラウンドが気に食わなければこの話はなしになる。
ラウンドは指先で何度かテーブルを叩きながら思案してから口を開く。
「まどろっこしい奴だなぁ……。クルム王女殿下だったか。王になりたいのか?」
「はい」
クルムは、ラウンドは迂遠な物言いを好まなそうだと見抜いて、端的に、出来るだけ素早く返事をする。余計な言葉も付け足さなかった。
「なぜだ?」
「今の王位継承の仕組みが気にくわないからです」
「王になってそれを変えるのか」
「はい」
ラウンドはまたもしばし思案する。
難しい顔をして天井を睨みつけてから、再びクルムに尋ねる。
「それだけか?」
「……主には」
「今の仕組みの何が気に入らない」
「王の子供同士で殺し合わなければならないところが。その争いの最中、私の家族は皆命を……。いえ、殺されました」
ラウンドはばちんと大きな音を立てて額を叩く。
突然の奇行にクルムは思わず背筋をピンと伸ばして固まった。
何か気にくわないことでも言っただろうかとドキドキしていると、ラウンドは続けてその手をぎゅっと握ってテーブルに落とす。
どんっ、と音がして丈夫そうなテーブルが揺れた。
「悪いことを聞いた、すまなかった」
頭が下げられてつるつるの頭頂部を見せられたクルムは、数秒黙ってから、「い、いえ……」と流石に動揺して少しどもりながら答える。
「グレイ、お前がこの王女に協力する理由はこれか」
グレイは鬚をなでながら、目を閉じて小さくこくりと頷く。
本当は褒められて、必要とされて、じゃあちょっと協力してやろうかなと軽い気持ちで手を貸すことにしたのだが、かっこ悪いのでもちろん正直には言わない。
「こんな子供が覚悟を持って助力を願いに来たのだ。むげにはできまい」
「そうか……、よし分かった」
クルムはだんだん心配になってきた。
何一つ嘘は言っていないし、そこまで演技をしたわけでもないのに、こんなにあっさり了承される意味が分からない。
よくぞ今まで他の候補者に篭絡されなかったものだと思うし、今後もそうならないかが心配だった。
「ご心配なさらず。こういう方なので、私が先に話を聞いているんです」
「そんな、心配だなんて……」
「そうだ、心配するな。俺が手を貸してやろう」
そんなクルムの気持ちを察して、リゾルデから的確なフォローが入る。
クルムが首を振って否定しようとしたところで、ラウンドがさらに言葉を付け足す。
「こういう方なんです」
「……はい、ありがとうございます」
別に態度を改める必要はないという言外のメッセージにクルムが礼を言う。
ラウンドは強いが、交渉事には頼りにならなさそうだとクルムは頭の中にしっかりとインプットした。
要するに意地悪ではないグレイみたいなものである。
意地が悪いぶん、グレイの方が交渉事は多分得意だ。一長一短である。
「ラウンド様が同意されたところで話を前に進めましょう。具体的にクルム様が直近で〈要塞軍〉に求めることはあるのですか?」
「他の勢力からの協力を今まで通り拒否していただければと。それから〈リガルド〉をいざという時のための避難所にさせていただきたいです」
「そんなことで良いのか? クルム王女を応援してると大っぴらに言って回るとか、むかつく奴の頭を握りつぶすとか、何かあれば遠慮なく言っていいんだぞ」
そんなことと言うが、味方になる時点でリスクは十分にあるのだ。
もしクルムが上手くいかなかった場合、〈要塞軍〉の立場が悪くなるのは明白である。
それはそうと、ラウンドの提案はめちゃくちゃだった。
どうやら本格的に政治的な駆け引きができない人のようだ。
「あ、ひとまずそれはお気持ちだけ……」
今すぐ支援していると表明されると、一気に今力を持っている勢力に目をつけられて、それこそ本当に、常に〈リガルド〉にいなければいけなくなる。〈要塞軍〉がいくら大きいとはいえ、王都からずっと離れたまま王位継承争いに勝利することは困難だ。
経済規模で言えばまだまだ圧倒的に王都の方が大きい。
それにそんなことをされては、王都を拠点にしているパクスだって困ってしまう。
本当に〈リガルド〉を拠点に王国に反旗を翻すならばともかく、現時点ではあまりに無謀な提案だった。
あと、むかつく奴の頭を端から握りつぶしていると、王宮の廊下が死体だらけになってしまうのでそれも却下だ。
王宮でのクルムの立場は酷く弱く、すれ違った官吏に陰口をたたかれるなど日常茶飯事なのだから。
「ラウンド様、ちょっとしばらく静かにしていてください。どうしても気になることがあったら挙手を」
「なぜだ」
「話は私の仕事です。邪魔しないでください」
「良かれと思って言っているんだぞ」
「じゃあお聞きしますけど、ラウンド様、今の陛下のお名前とかご存じですか?」
「知らん」
「そういう人はあまり話の役に立たないので、静かにしていてください。その拳が必要になった時はこちらからお願いしますので」
「そうか?」
ラウンドは不満そうだが渋々納得した。
こんな説明で納得してくれる伯爵は、おそらく他にはいないだろう。
どうやらラウンドはいい相棒を見つけたようだと、グレイは小さく笑って目を細めるのだった。
ちなみにグレイも今の王様の名前思い出せてない。