転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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クルムの進む先

 クルムとリゾルデは、バクバク飯を食っている老人たちをしり目に、基本的な方針について話し合う。

 クルムは今後の王都で、〈要塞軍〉の力を借りることはなく交渉を続ける。

 ただし、味方には情報共有をし、〈要塞軍〉がいることで味方にできそうな勢力があるのならば、その時は開示する。

 そういった交渉の中で他勢力にも情報が漏れてしまうような事があれば、その時初めて〈要塞軍〉は堂々とクルムを後援していることを公言する、といった具合だ。

 

 リスクを下げて、必要なところで必要な駒を使うのは戦略として当たり前のことである。話が大まかにまとまったところで、話は旧アルムガルド領の狩人たちのものに移る。

 

 ここまではクルムが得る恩恵の話であったが、ここからは〈要塞軍〉が得る恩恵の話だ。仮にクルムが王座に就いた際のことはひとまず置いといて、寿命というタイムリミットのある老狩人たちの話が優先であった。

 

「それで、旧アルムガルド領の住人の話ですが……」

 

 リゾルデが切り出したところで、クルムはちらりとグレイを見る。

 アンとは約束をしているが、元アルムガルド家のグレイには何の断りもいれていない話だ。

 頼むから黙っていてくれとアイコンタクトを送ったクルムに対して、グレイは静観を決め込んだ。

 すべてが分かっていて、ではなく、分からないからこそのだんまりだが、その違いは傍からではわからない。

 

「それに関してですが、先日護衛をしていただいたアンさんという方が、私に協力してくださることになっています。あちらの善意ですので、あまり無茶は言えませんが、話し合いをする場を設けて、彼らが〈要塞軍〉に抱えている誤解を解く機会を作ることはできるかと」

「なるほど……。私はその場で旧アルムガルドの方々を重用することと、力を借りたいことを伝えればいい。私たちが昔にやってきた貴族とは違うことを説明させていただく形ですね」

「はい。どのようにお話されるかはお任せします。私からお伝えしておくことは一つ。彼らは共に戦ってくれた領主であるアルムガルド家を敬っていたということです。多分、ラウンドさんとの相性は悪くないかと」

「はい、私もそう思います」

 

 ラウンドが余計なことを言わなくなってからの話し合いは順調に進んだ。

 大物感の出し方を心得ているグレイは、交渉事の一切をクルムに丸投げしていることにしているので、こちらも静かだった。

 自分一人のことだったら即断即決なのだが、他人とはあまり意見があわない人生であったので、沈黙が金と知っている。

 そもそもこれはクルムがどうするかの話し合いだ。

 グレイがどうしたいかの話し合いではない。

 クルムが決めて、グレイがそれを受けてどうするか決める。

 

 これが二人にとっての正しいルーティンとなりつつあった。

 

 二人並んで屋敷を出て歩いていくと、時折道端で死に掛けている兵士が勢い良く立ち上がり、びしっと姿勢を正して挨拶をしてくる。今日の訓練に参加していなかった者たちは何が何やらだが、そいつに促されてつられて挨拶。

 たった一日の訓練をして、グレイの強さとやばさは、〈要塞軍〉の中に知れ渡りそうである。

 

 駐屯地を抜けたところで、クルムはグレイに話しかける。

 

「すみません、アンさんと勝手に交渉をしていました」

「何を謝る」

「アンさんは先生のお知り合いです。知らぬところで勝手をしてご気分を害すこともあったかと」

「本当にそう思っておるか?」

 

 じろりとグレイがクルムを見下ろすと、クルムは少しだけ笑ってグレイを見上げる。

 

「いえ、実のところ、許してくださると思っていました」

「生意気な……」

 

 グレイは街の娘の格好をしたクルムの頭をぐしゃぐしゃに撫でる。

 クルムは甘んじて受け入れながら体ごと揺られて笑う。

 

「まったく……。……正直なところのう」

 

 クルムの頭から手をどけて、グレイはぽつりとつぶやく。

 

「はい」

「いや、何でもないわい」

「そうですか?」

 

 グレイは今回の旅で旧アルムガルド領の住人がどのような生涯を過ごしたのかを知ってしまった。馬鹿なと思ったし、彼らが自分で選んだことだとも思った。

 そしてそうだとしても、その原因を作ったのは自分であるとはっきり自覚をしていた。

 

 アンが故郷へ帰り、懐かしい目をするのを見た時、何とかしてやれないものかと思ったのも事実だ。

 できることならば、あの街へ帰りたい者は帰してやりたい。

 そんな者ばかりではないだろうし、あの街での生活することはすなわち、毎日が戦いにまみれることになる。

 ただ、冒険者や狩人にとっては飯の種に困らぬ街でもある。

 

 古くなってしまったが、井戸や下水の施設などは整っている。

 資材も壊れているが再利用できるものは山ほどあった。

 

 ただどうするべきかわからなかった。

 街の衰退原因であるグレイが旗を振ったところで、やってくるものは少ないだろう。中にはグレイを恨んでいる者もいるはずだ。

 そもそも大っぴらにアルムガルドの名など使えるわけもない。

 先日の帰郷でアンも満足してしまっていたように見える。

 

 どこかで望んでいる者がいても、それを実行するほどの意思を持つものがいないような状況。

 

 それを形にしようとしているのがクルムだ。

 これがあったからといって、グレイがアルムガルドの家を潰し、狩人たちを街と共に見捨てたことの贖罪には、もちろんならない。

 ただ、いくらかの人の気持ちは救われることになるだろう。

 故郷で死ねる。

 それは案外、根無し草になってしまった老人の最後の願いとしては真っ当な願いだ。

 

 この王女には人の意思を燃え上がらせる力がある。

 関わるうちにグレイが気持ちの若さを取り戻したように、話をすることでアンも、何かをしてやりたいと思ったのだ。

 リゾルデだってクルムの背後により良き未来を視た。

 

 復讐から始まっているはずのクルムの歩みは、誰かの希望を背負いながら進んでいる。

 それは多分、才能だった。

 形こそ違うが、グレイの亡くなった友と同じ、人を引き付ける才能だ。

 だからこそ、事をなすためのパーツが足りなければ危険視されて、あっという間に命を落とすことになる。

 

 ずっと貸しを作り続けていたつもりのグレイであったが、ここにきてクルムに大きな借りができてしまった。

 グレイは短気で自分勝手だが、義理堅い男だ。

 これまでだってクルムの命くらいは守ってやろうと思っていたが、その気持ちは今回の件を経て、もう少しだけ強くなったようだった。

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