宿へ戻って相談を受けたアンは、行動の速さに驚いていたようだが、話し合いに顔を出すこと自体は了承してくれた。明日はクルムたちと一緒にお出かけの予定だ。
〈サッシャー家〉の家長は、「だから何の話をしてんだよ」と気にしているようだったが、アンに「話がついたら教えてやるよ」とあっさりあしらわれていた。
クルムが部屋から退出して自室へ戻ろうとしたところ、家長も部屋から出て追いかけて来る。
クルムが振り返ると、案の定家長に「王女殿下、ちょっといいですかね」と声をかけられる。アンが話さないとはいえ、流石に家長として放っておくわけにはいかなくなったのだろう。
「わかりました、場所を変えましょう」
「ああいや、すぐ終わるんでここで。それじゃ失礼に当たりますかね」
何をどう話すか瞬時に決めて提案をしたところ、家長は手を横に振って申し訳なさそうな顔をする。
「いや、俺はただね、婆ちゃんが元気そうになったから礼を言おうと思っただけなんですよ。故郷を見たら未練はないなんて言ってたんでね、ぽっくり逝っちまうんじゃあないかって心配してたんです。でも王女殿下と話したおかげか昨日から妙に元気だ。やっぱ王様になろうって人は違うんだなってね。なんだかわからねぇけど、ありがとうございます、ってことです」
「……いえ、むしろ私のことに巻き込んでしまっているようで申し訳ありません」
「ああいや、いいんですよそれは。今回の件で財布は潤ってますし、婆ちゃんもボケちゃないから悪いようにはならんでしょう」
「そうなるよう努めます」
クルムが頷くと、家長はにかっと笑った。
「いやしかし、偉い人ってのはもっと偉そうだと思ってましたよ。ああ、一応褒めてるつもりです。王女殿下みたいな人ばかりなら、もうちょっと貴族の依頼も受けたっていいかもしれないですね」
それはあまりお勧めできないが、余計なことを言う立場でもないかと曖昧に笑うクルム。
「ああ、呼び止めてすみませんね。それじゃ、そういうことですんで」
家長はぺこりと頭を下げて去って行く。
悪くない気分だ。
できるだけ〈サッシャー家〉にも都合のいいように話を進めたいところである。
その日もクルムは早い時間に軽い夕食をとって、翌日に備えてゆっくりと眠ることにしたのだった。
翌朝、グレイとの訓練を終えてぐったりとしているところへノックがあった。
クルムは軋む体を何とか動かし、服装と姿勢を整えて「どうぞ」と入室の許可を出す。
先ほどまで繰り返し敵の攻撃を受け流す型の訓練をしていたせいで、手足が震え、小さな声で唸っていた少女とはとても思えない、涼やかな声であった。
ちなみにグレイは横で筋トレを繰り返している。
クルムが訓練をしている時からずっとやっていたが、そのくせ少しでも型が崩れると文句が飛んでくるのだ。おそらくこのグレイは、頭の後ろとか背中とかにも目がついているに違いないとクルムは思っている。
入室してきたのは王都から一緒にやってきた、加工職人のヴァモスとラーヴァだ。
彼らは連絡の取れなくなったラーヴァの父であり、ヴァモスの息子である『カリヴ』を知っている者を探している。
なぜカリヴが命を落としたのかが知りたいのだ。
表情からして捜査はかんばしくないのだろう。
「どうされました?」
「ああ、倅のことなんですけどね……。どうやら要塞軍に直接雇われて、前線の方に従軍していたらしいんですよ。腕が良かったと誰もが褒めてくれますし、従軍に関しても名誉なことなんだそうで……。ただ、当時の状況を知るには、〈要塞軍〉の方に聞くしかないってことで……、どうしたものかなと……」
クルム相手にはヴァモスも一生懸命丁寧に話す。
一緒に来ればいいだけなのだが、毎日日が暮れるまで捜査に出ていた二人は、まだグレイやクルムが〈要塞軍〉と懇意になったことを知らない。
クルムは穏やかに微笑んで小さく頷く。
ここは好感度を稼いでおくところだ。
「ヴァモスさん、昨日〈要塞軍〉の上層部の方々とお話をすることができました。今日も話をしてきますので、明日には何かしらの知らせを持って帰れると思います。毎日足を動かしお疲れでしょうから、今日はゆっくりと休んでください」
「おお……ありがとうございます! そうか……、そうだな、今日は休むか……」
ヴァモスは随分と元気な老人に見えるが、今の健康状態は決していいように見えない。きっといよいよ息子の真相がわかるかもしれないと、毎日無理をし過ぎたのだろう。
隣にいる孫のラーヴァも心配そうにしていたが、ヴァモスがクルムの言葉を聞き入れたのを見て、ほっと胸を撫でおろしている。
二人が出て行ったところで、クルムは体中の力を弛緩させて、椅子の背もたれに体を預けずるりと尻を少し前にずらした。完全にくつろぐ態勢だが、もはやベッドに戻る気力も湧かない。
三十分くらいはそのまま休憩し、それから朝食を食べてすぐに十分ほど睡眠。
目をしゃっきりと覚ましたクルムは、改めて衣服を整え直して、出かける準備をする。
その間もグレイは筋トレをし続けていたが、出発をする頃には平気な顔をしてクルムの横に立っていた。
「……先生、体力どうなっているんですか?」
「ふむ……。しばらくは程々にしておったせいか、身体が鈍ったと思っておったのだが……。最近しっかり体を動かし始めたら、案外元気だと判明してな。まあ、これくらい動ければ、数日は休憩なく戦い続けられるじゃろ」
「そうですか……」
頼りになる。
頼りになるのだが、これが本当に同じ生き物なのかどうか、時折不安になるクルム王女であった。