夜になって宿へ戻ったクルムは、すでにかなり眠気に襲われていた。
訓練のため早起きをしているのと、連日の交渉による精神的な疲れもあった。
「先生、もしヴァモスさんたちがカリヴさんに会いに行きたいと言えば、護衛についてくださいますか?」
「お主も共に行くのか?」
「はい。〈要塞軍〉前線とやらも見てみたいので。街とまでいかぬまでも、それなりの基地を築いているそうですよ」
「ほう……、まぁよかろう」
アンとリゾルデの話が今のところ問題なく進んでいると聞いて、グレイの気分は悪くない。子供の頃は色々と思うところのあった故郷の街だが、なくなってしまったと聞けば寂しいものだ。
毎日若い連中と訓練しているのもあって、いよいよ身体の調子も良かった。
最近は少々運動不足で調子が悪かったのだなと、一人で納得する七十代半ばの老人である。
しばし雑談をしていると、部屋がノックされる。
先ほど声をかけておいたヴァモスたちがやってきたのだろうと、クルムは入室の許可を出した。
「失礼します」
緊張した面持ちで部屋へ入ってくる二人。
この街で最も力を持っているのは〈要塞軍〉だ。
そこからカリヴなど知らない、と言われればもうこれ以上探るすべはないだろう。
どんな知らせにせよ、ここですべてがはっきりすると思っているのだから緊張もする。
クルムに促されて椅子に腰かけると、ヴァモスもラーヴァも、膝に手を置いて似たような角度で前のめりになった。
「ど、どうでしたか……?」
恐る恐る口を開いたのはラーヴァだ。
幼い頃に僅かに遊んでもらった記憶だけある父親でも、その最期はやはり気になるのだろう。
「結論から申し上げますと、カリヴさんはご存命だそうです」
「……生きてる!? どういうことだ!?」
「爺ちゃん! 落ち着いて!」
「しかしお前……!」
椅子をガタンと後ろにはねとばして立ち上がったヴァモスを、ラーヴァが腕を引いてたしなめる。
相手は王女だ。
孫娘の焦る顔を見てそれを思い出したらしいヴァモスは「あ、いや、申し訳ない、申し訳ございません」と言って、椅子を直して小さくなって座り直した。
「お気になさらずに。驚かれるのも無理はありません」
恐縮するヴァモスに言葉をかけてから、クルムは今のカリヴの状況や、どうしてそうなったのかの経緯を順を追って説明していく。できるだけカリヴに非がないように語ったつもりだが、全てを話し終えた時、ヴァモスとラーヴァは黙り込んでしまった。
「……そうか、家族よりも加工職人としての道を取ったのか」
「もし貴族に連れていかれていれば、帰ることは難しかったかもしれませんし、何かあれば罪が血縁者に及んだ可能性もあります。セナト侯爵家は、それだけの力を持った家です」
「しかし……、娘を一人王都に残してまで……」
自分のことはともかく、孫娘であるラーヴァを哀れに思ったのだろう。
ヴァモスは沈んだ声で呟いたが、一方でラーヴァの方は割とすっきりとした顔で笑っていた。
「……爺ちゃん、嬉しくないの?」
「生きていたことがか? それはもちろん嬉しいがな……」
「違うよ。父ちゃんが、この街でも一番の職人になって、あちこちから必要とされていたことだ。父ちゃんは国で一番の職人になるって約束してでてったんだ。父ちゃんはそれを守ったんだ。それってすげぇじゃんか、嬉しいじゃんか」
「……ラーヴァ、お前」
「嬉しいだろ」
ラーヴァの表情は明るかった。
多少の強がりは混ざっていたが、それでも本当に父親の功績を喜んでいるように見えた。
「会いに行けるんですか?」
「……はい。前線で移動しているそうなので、連絡を取ってからになりますが」
「よし、爺ちゃんしっかりしろよ! もしかしたら爺ちゃんも知らないような技術を磨いてるかもしれないぞ!」
「うむ……、そうか、そうだな……!」
若い勢いに引っ張られたのか、ヴァモスの表情も明るくなる。
実際生きていたこと自体はヴァモスだって嬉しいのだ。
会った時に何と声をかけていいかわからないが、素直に会いたいと思う気持ちはあった。
「では、そのように伝えておきます」
「ありがとうございます……。まさか生きているとは思っていませんでいた。思わぬ喜びです。これもクルム様が調べてくださったお陰です」
「いえ、お二人のカリヴさんを思う真剣な気持ちが手繰り寄せた結果でしょう。喜んでいただけて私も嬉しいです」
「儂も働いたんじゃが?」
感動的なやり取りの最後にグレイが自分を指さして水を差す。
「あんたは最初からそういう約束だろうが」
「おぉ、この爺、言わせておけば……」
「先生……」
ホントいつまでたってもガキみたいな爺だなと思いつつヴァモスが言い返すと、グレイは腕まくりをして太い腕を露出させる。
こんなものに攻撃されたら普通の人間は一撃で死んでしまう。
冗談と分かっていても、クルムが横から袖を引いてたしなめた。
「でもありがとよ。あんたは昔から義理堅かった。親父があんたのことを特別扱いしてた理由がよくわかった」
「……まったく、最初からそう言わんか」
グレイはすとんと椅子に座ると、腕を組んで座り目を閉じる。
そうして友人たちや世話になったヴァモスの父親と過ごした工房の景色を、懐かしく思い出すのであった。