リゾルデがアンと共に計画を詰めていくのを聞きながら数日を過ごしたある日。
クルムは帰り道に、これまで使われていなかったであろう土地に、何やら家が建てられているのを見つけた。
珍しいことでもないのに注目してしまった理由は、その現場にパクスとスリップがいたからだ。
他に二人ほど交えて言い争うように話をしている。
主に喧嘩腰なのはパクスとスリップ以外の二人だが。
「先生、アンさん、少し寄り道を」
「放っておけ、忙しそうにしておるじゃろ」
「私は構わないよ」
自分だけが気づいているのかと思い声をかけたところ、足を止めたグレイに諫められる。グレイがあまりパクスに干渉しないようにしていることは知っているが、それが何か理屈に基づくものでないこともクルムはなんとなく分かっている。
多分それは、偉そうにあれこれ言わないようにしようという、グレイなりの気遣いなのだ。
自分の都合は押し付けるくせに、変なところで逃げ腰なのがこのグレイという老人の面倒くさいところである。
「急ぎではありませんし、何かお手伝いできることもあるかもしれません」
「どうだかのう」
クルムが歩き出すと、ぶつくさ言いながらもグレイはついてくる。
本当にやめたほうがいいと思えばちゃんと止めるのだろうから、やはりそこまで強く反対の意思はないのだろう。
クルムが近づくというのはすなわち、シルエットの大きなグレイも近づくということである。
話している四人も途中で気が付いたのだろう。
振り返って挨拶をする二人とは対照的に、グレイを知らない残る二人のうち若い方は驚いて臨戦態勢を取り、もう片方は目を丸くした。
「お帰りの途中ですか?」
「はい。たまたまお見かけしたので、挨拶に。こちらの方々は?」
「ああ、こちら、パクス商会の〈リガルド〉支店を任せるつもりの、ガントさん。こちらは店を建ててくださる親方です」
「支店、ですか?」
「ええ、良い人材と場所が見つかりましたので。倉庫も兼ねますので、それなりに大きな店にするつもりです。」
〈リガルド〉に来てから僅か十日も経たずに、人材と土地を見つけ、それを確保してきたらしい。とてつもないスピード感である。
「あのな、無茶言うなら断るぞ。いくら急げって言ったって、俺には手が二本しかねぇんだ」
「倉庫のほうだけ仮で作ってくれって言ってるだけだろ。パクスさんが帰るまでに、ある程度物を置いときたいんだよ」
「仮って言うがな、俺は半端な仕事は……」
どうやら頑固な親方と、雇ったというガントさんが言い争っていただけらしい。
王宮ではともかく、市井ではよくある話なので、トラブルとかではないのだろう。
「ガントさん、あとは任せます。予算はお伝えした通りで」
「ええ、任せてください」
「おい、俺の話を聞け!」
パクスはそれだけ言うと「行きましょうか」と言って、クルムたちを促して宿の方へと歩き出す。
少し離れたところで、クルムはずっと気になっていたことをパクスに尋ねる。
「ガントさん、片腕がないようでしたね」
「ええ、元々は〈要塞軍〉にいたそうですよ。怪我をして引退されたとか。店を任せる説得をするのに四日かかりました」
「……ずいぶんと、時間を使いましたね。それほど優秀な方ですか?」
「そう思いますよ。経歴の裏も取れていますし。予算を渡してこの街での裁量の一切を任せるつもりです」
パクスをして断定するくらいだから、よほど優秀なのだろう。
クルムは少しばかり悔しくなる。
人材発掘ができるのであれば、クルムもあちこち駆けずり回って確保したいところだが、パクスとは違ってクルムには見返りに出せるものが少ない。
弱小王女の辛いところである。
優秀な人材を取り合う、という面でいえばある意味クルムとパクスはライバル関係である。
「……ところで、アンさんはなぜこちらに同行を?」
「ちょいとばかり王女様に協力をね」
「なるほど……、協力、ですか」
「そういうことだから、あんたの話は悪いが断らせてもらうよ」
「……残念ですね」
クルムには話の流れが分からなかったが、パクスは内心で歯噛みする。
どうやらスリップが見つけてきた冒険者チーム〈サッシャー家〉が非常に優秀であるようだと判断したパクスは、これを機に専属契約して、スリップの護衛の一切を任せるつもりでいたのだ。
かなり早い段階で声をかけていたのだが、いつのまにやらクルムに懐柔されていることに気づいた、というわけである。
老人に必要なのは金や未来ではなく、名誉や満足感。
そういった面で〈サッシャー家〉の実質トップであるアンを懐柔されるのは仕方がないことであったが、パクスはパクスで少しばかり悔しく思っていた。
互いにない物ねだりである。
パクスは宿に戻ると、部屋に引っ込んでたまの息子との会話の時間を設ける。
旅に出てからは王都にいた時よりも話す時間が増えて、親子のやり取りがよくできていた。
「……クルム王女は、なかなかの人タラシのようだ」
「そうですか。父さんも絆されましたか?」
「そんな話はしていないだろう。長い目で見れば構わないけれど、短い期間で人材確保という観点から見ると、面倒な競合相手になる。ヒューレから見たクルム王女はどんな人物だ?」
人物を見極めさせるために、パクスは時折息子のヒューレをクルムと接触させている。ヒューレはそんな父親の意図を理解していたので、質問にもさらりと答える。
「少し怖いですね」
「怖い?」
「はい。話が途切れませんが、適切な話題だけを選んでいます。きっと勤勉な方なんでしょうね。ただ、あの方の強さはそういった部分ではなくて……、そこが魅力なのだと思います。ただ能力を競うだけならば、まだ勝負できる部分はあるのでしょうけれど、数値化できない部分を考慮すると僕より優秀な気がします」
「絆されたか?」
「いえ。でも魅力的な方ですよ」
それを絆されているというのだと思い、パクスは小さく肩をすくめる。
そうして優秀な息子の分析と成長を評価して、息を漏らすように笑った。